コードギアス 反逆のルルーシュ ~全ての命に祝福を~   作:あーさぁ

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Phase25

 とある日の昼下がり、多数の人々が行き交う租界を行くのは荷物片手に頭上へ疑問符を浮かべる枢木スザク。

 

 彼は軍事法廷で裁かれるのを覚悟していたが、蓋を開けてみれば証拠不十分で無罪放免。その後、少しばかり檻の中でゼロについて事情徴収を受けた後、まるで出ていけとばかりに釈放された。

 

 彼はその結末に、どこか納得できていない様子。

 

「どうして、いきなり──?」

 

 とはいえ、釈放と言われたのなら自由である。居残るわけにもいかない彼は、身元引き受け人に名乗り出たロイドから指定された場所を目指し歩を進める。

 

──その時

 

──どこか間の抜けた声が聞こえた

 

──出所は、彼の頭上

 

「──どいてくださーいッ!! あぶなーいッ!!」

 

「──────えぇッ!?」

 

 ふとスザクが声をした方を見上げると、なんと女の子が降ってくるではないか。あまりにも突然の事態にスザクは一瞬、思考が停止してしまう。

 

 「危ない」と言いながら落ちてくるが、どう見ても危ないのは落ちてくる女の子の方である。さらには「どいて」と言われても、もし言う通りにすれば彼女は地面へ叩きつけられるだろう。

 

──などと、考えている暇などない

 

──スザクは本能的に

 

──落ちてくる女の子の直下で

 

──腕を広げると

 

「────うお、っと──」

 

 その腕をもって、女の子を受け止めた。

 

 緩やかな衝撃によるものか、スザクの腕の中で女の子が短く息を吐き出したのが聞こえた。幸いなことに、スザクと女の子、どちらにも怪我は無さそうだ。

 

「あの、怪我とかしてませんか?」

 

 とはいえ、見た目では分からないもの。スザクは腕の中の女の子を心配そうに覗き込む、すると彼女は何度か目を瞬かせた後、ハッとした様子で彼を見上げてきた。

 

「ごめんなさい、下に人が居るとは思わなくて──」

 

──違う、そうじゃない

 

 スザクは女の子の身を案じ、彼女はスザクへ気を遣う。そのこと自体は問題ない、むしろお互いに相手を気遣い合う、とても素晴らしい対応だ。しかし、まったくもって会話になっていないのはいかがなものだろうか?

 

 それは、スザクも感じたらしい。怪我の有無は置いておき、話を相手へ合わすことにしたようだ。

 

「あ、いえ、僕も女の人が上から降ってくるとは思いませんでしたから──」

 

 スザクはそう返したものの、世間一般では、そうそう頻繁に女の子が上から降ってくるものではない。というか、頻繁にあってたまるものか。人生に一度あるか無いか、それくらいの大事件だろう。

 

「───あら?」

 

「──ッ──? どうか、しました?」

 

 そこで、不意に女の子がスザクから顔を逸らした。まさか怪我でも、とスザクは心配し彼女へ言葉を投げ掛けようとするが、その言葉は女の子が微笑みながらスザクを見上げてきたことで、紡ぐことができなかった。

 

「──はい、どうかしたんです」

 

「────え?」

 

「私、実は悪い人に追われていて──だから、助けて下さいませんか?」

 

「──えぁ、あ、いや──はい」

 

 女の子の能天気そうな声は、まったくもって追われているという緊迫感を感じない。しかし、否定するわけにもいかないスザクは「はい」と答えるより他にない。

 

 スザクが彼女を下ろそうとすると、その前に女の子は腕から抜け出してしまう。そしてスザクの腕を掴むと強引に引っ張り、いまだに屈んでいた彼を無理やり立たせた。

 

「ほら、早く逃げないと──ッ!!」

 

「ち、ちょっと──わぁッ──ッ!!」

 

 腕を引かれるがままに走り出すスザク、その途中、なんとか手荷物は回収できたのは行幸だといえる。

 

 ともあれ、女の子に腕を引かれ始めて数分ほど。

 

 木々が立ち並ぶ街路へと差し掛かった頃、女の子はようやく速度を緩めてくれた。

 

 非難とまではいかないにしても、あまりに唐突な行動に抗議しようとスザクは口を開く。しかし、立ち止まった女の子は、楽しそうに微笑んでいた。

 

 これには引かれるがまま、振り回されるままだったスザクも、さすがに毒気を抜かれてしまい苦笑が浮かんでくる。

 

「──はぁー、ここまで来れば大丈夫です」

 

 大きく息を吐いた女の子は周囲を見回し、立ち並ぶ木々や道端で遊ぶ子供たち、行き交う人々を眺めながら歩き始めた。

 

 彼女に遅れぬよう、隣まで足早に来たスザクは周囲の目を気にしてか懐からサングラスを取り出し素顔を隠す。先ほどまでは気が利かなかったが、今の自分は有名人であることを思い出したから。

 

「あ、自己紹介がまだでしたね。私は──」

 

 途中、周囲からスザクへと視線を戻した女の子が、何かに気付いた様子で口を開いた。しかし自己紹介、と自分で言いながらも一瞬、言い淀んでしまう。

 

──だが、それも一瞬のこと

 

──彼女は隣を歩くスザクの顔を見上げ

 

──微笑みながら

 

「────ユフィ」

 

──そう、名乗った

 

「ユフィ? 僕は──」

 

 相手の名前を確かめるように呟いた後、スザクは先ほど装着したばかりのサングラスを外し名乗ろうとする。

 

「ダメですよ、貴方は有名人なんですから。枢木ゲンブ首相の息子さん、枢木スザク一等兵──」

 

 しかし、そう言われて言葉に詰まる。ふと見れば、ユフィは立ち止まってスザクを真っ正面から見つめていた。

 

 自分の素性は知られているだろう、というスザクの予感は当たった。それには、さすがのスザクも警戒心を強めてしまう。

 

 こちらを見つめてくる彼女へ背中を向け、彼自身も無意識のうちに、つい語気を強めてしまった上に口調まで荒くなってしまった。

 

「────嘘なんでしょ、悪い人に追われてるって」

 

 予想通り、すぐに答えは返ってこない。バレバレの嘘を吐いてまで、その場から離れたいという目的があったのだろう。見たところ、ユフィは良家のお嬢様といった風貌だ。世間離した思考や独特な雰囲気も、彼女が箱入りだというなら全て納得できる。となれば、ありきたりだが家出でも画策したのだろう。

 

 と、そこまで予想したものの、結論から言えば扱いに困る。さて、どうしたものか、とスザクが考え始めた頃、ようやくユフィからの答えが返ってきた。

 

「にゃー?」

 

「─────は?」

 

 ただし、人語ではなかったが。

 

「にゃーにゃー?」

 

 彼女に向き直るも、すでにユフィはスザクの目の前から消えていた。視線を巡らせると、少し離れた場所へ屈み込んでいる彼女が居る。その足元には、一匹の猫。

 

 本当に猫と話せているのかは甚だ疑問だ、何故なら話しかけられている(?)猫の方は、尻尾を立ててユフィを威嚇していたから。

 

「怪我しちゃったのかにゃー? にゃー、にゃにゃー」

 

 だが、ユフィが指先を猫の鼻先へと持っていくと──

 

「─────♪」

 

 今の今まで威嚇していた猫は唸るのを止め、文字通り猫なで声で鳴く。そして猫は、そのまま鼻先まで寄ってきたユフィの指先を何度か嗅ぐと、彼女のされるがままに撫でられ始めた。

 

「にゃにゃー」

 

 猫に触れるのを許されたのが嬉しかったのか、ユフィは上機嫌だ。そのまま猫の顎下を掻いてやったり、頭を撫でたりと楽しそう。

 

 そんなユフィを見て、スザクは人知れず溜め息を吐いた。自分の素性を知っていたことに加えて、上から落ちてくるし、話は聞かないしと彼女には振り回されっぱなし。

 

 なのに、不思議と嫌な気分にならない。どうすべきか、という考えも自由奔放なユフィを見ているうちに、どうでも良いことのように感じられた。

 

「──ふふっ」

 

 スザクが彼女へ歩み寄ると、ユフィは猫を抱え上げ彼の方へと差し出してきた。ふと見れば、その猫は灰色っぽい毛並みなのに、右目の部分だけは真っ黒という特徴的な見た目だった。

 

「──────」

 

 ユフィに習い、スザクも彼女が抱えている猫へと指を近付ける。

 

──が、その瞬間

 

──大人しかった猫は大口を開け

 

「─────う"ッ!!」

 

──思いっきり、スザクの指へ噛み付いた

 

「あら? 怪我してるんだから、止めましょうにゃー?」

 

 ユフィの言葉を理解したわけではないだろうが、その言葉と共に猫は歯を立てていたスザクの指を解放してくれた。

 

 噛まれた指を逆の手でさすりながら、スザクは苦笑とも自嘲とも見える笑みを浮かべた。先ほどまでユフィには触らせていたのに、スザクには敵意全開な猫。噛むことは止めたものの、いまだに威嚇するように唸っている猫を見るスザクはとても残念そうだ。

 

「あの──」

 

「──ん?」

 

「この子、怪我してるみたいなんです。治療してあげましょう」

 

 猫を抱きながら放たれたユフィの言葉、スザクには拒否権などない。「分かりました」と苦笑混じりに答えると、街路から繁華街の方へと彼女を案内した。

 

 ほどなくして、最初に見つけたコンビニで無事に消毒薬と包帯を購入することができた二人は、ゆっくりと治療できる場所を探す。

 

 すると、タイミング良く小さな公園が二人の進路上に見えた。

 

「あそこなら、ゆっくり治療できそうだよ?」

 

「本当ですか? 良かったにゃー?」

 

 猫と戯れながら道と公園を繋ぐ階段へと腰掛けた二人は、購入した消毒薬と包帯をビニール袋から取り出すと猫の治療を始めた。

 

 暴れるかも、と身構えていたスザクだが、その心配は杞憂だった。ユフィが猫の前足を持ち上げ、優しく消毒薬を垂らし、包帯を巻くまでの一部始終、猫は暴れるどころか鳴き声一つ上げなかったのだ。

 

「────猫、苦手なんですか?」

 

 包帯を巻き終えたユフィが、ふとした疑問をスザクへ投げ掛けた。何故かというと、スザクは猫と一定の距離を保ち自分からは触ろうとしないから。

 

「僕は、好きなんですけど───」

 

 質問に対して、どこか歯切れ悪く答えるスザク。

 

 そんな彼が治療を終えた猫へ手を近付けると──

 

「───────ッ!!」

 

 それだけで、猫は大口を開けスザクを威嚇した。

 

 ここまで来ると、もはや可哀想を通り越して憐れにも思えてくるほどの清々しい嫌われっぷりだ。噛まれる前に、ゆっくりと手を引いたスザクは苦笑が浮かべながら一言。

 

「────片思いばっかりなんです」

 

 少しスザクの声には、悲哀の響きが含まれていた。好きなのに触ることができない、嫌われるというのは、彼の心へ少なからずダメージを与えているようだ。

 

「片思いって、優しい人がするんですよ?」

 

 そんなスザクの胸中を知ってか知らずか、ユフィは柔らかく微笑みながらスザクを見つめた。彼女の言葉の根拠は不明だが、その言葉を聞いたスザクの悲壮感が少し弱まった気がする。

 

 と、その時、いきなり猫は階段を飛び降りると一目散に駆けて行ってしまった。

 

「あ、行っちゃいましたね──」

 

「──ユフィ、さっきは、どうしてあんな嘘を?」

 

 スザクは猫が居なくなった今が、先ほど棚上げにした質問を投げる機会と踏んだ。なぜ追われていると嘘を吐いたのか、それを聞かないと、このままズルズルと引っ張られてしまう気がしたからだ。

 

 しかし、その質問にユフィは首を傾げ──

 

「私のこと、気になりますか?」

 

 不思議そうに、そう呟いた。

 

「──え? あ、はい」

 

 質問に質問で返され、スザクは言葉を詰まらせる。自分の質問に対する答えは貰っていないのだが、彼は律儀にも先に相手の質問に対する答えを考えてしまい返事をしてしまった。

 

 するとユフィは立ち上がり、どこか嬉しそうに再びスザクの腕を取ると引っ張ってきた。

 

「じゃあ、もう少し私に付き合って下さいな──」

 

「──えぇ?」

 

 ユフィに手を引かれるまま、再び彼等は繁華街へと向かう。

 

──人々が行き交う街を、二人で巡った

 

──時にはショーウィンドウを二人で眺め

 

──ユフィがマネキンの真似をしてスザクを笑わせたり

 

──時には露店に立ち寄り二人でクレープを頬張り

 

──目的もなく行き交う人々の流れに乗ってみたり

 

──緩やかで、穏やかな時間を二人で過ごした

 

 二人が繁華街を巡り始めて、数時間が経過した頃。徐々に租界の端部へと近付きつつあった二人は、大きな海の絵が飾られた通りへと差し掛かる。

 

「こうしてみると、ブリタニアに居るのと変わらないのですね」

 

「ユフィは、本国から?」

 

「はい。学生でした。先週までは──」

 

「先週までって、じゃあ今は? 学生って、高校生? 観光なら、いつだって出来るでしょ?」

 

「ふふっ、質問攻めですね──」

 

「──あ、すみません──」

 

「ああぁ、そんなつもりじゃ──その、今日が最後の休日で。だから見ておきたかったんです、エリア11を。どんなところなのかなぁ、って」

 

「だったら、僕じゃなくったって──」

 

「いいえ、良かったです。貴方で──」

 

「──ッ──そうですか」

 

 話は、尽きることがない。しかし、今日という時間は有限だ。すでに陽は傾きつつあり、楽しい時間の終わりを告げるように空を燈色へと染めていく。

 

「スザクさん、もう一ヶ所だけ案内して頂けますか?」

 

 途中、ふとユフィが立ち止まった。

 

 もはや、このやり取りも何度目になるのだろう、とスザクは彼女にバレぬよう苦笑する。

 

 繁華街を巡っている最中ロイドと待ち合わせをしていたのを思い出すこともあったが、すでにスザクは吹っ切れていた。毒を食らわば皿まで、とも言う。

 

 肩へ掛けていた手荷物を下ろすと、わざとらしく、それでいて恭しくユフィへ頭を下げるスザク。

 

「何なりとお申し付け下さい、お姫様──」

 

 軽い冗談のつもりで騎士を演じるスザク、サングラスの奥ではユフィがどう返してくるのかを予想し無意識のままに口が弧を描いている。

 

──だが、ユフィの一言を耳にしたスザクは

 

「では、シンジュクへ──」

 

「────えッ!?」

 

──彼女の言葉を聞いた瞬間、笑みを掻き消した

 

 スザクが顔を上げると、優しく微笑み繁華街を共に巡っていた、どこか世間知らずで能天気なユフィは、そこに居なかった。彼と向き合うユフィは毅然とした佇まいで、もう一度、はっきりスザクへ聞こえるよう凜とした声で告げた。

 

「私にシンジュクを見せて下さい、枢木スザクさん──」

 

 と。

 

 

 

~scene out~

 

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