コードギアス 反逆のルルーシュ ~全ての命に祝福を~   作:あーさぁ

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Phase26

 黄昏時、荒廃し瓦解した建物が連なる街、シンジュクゲットーが夕日に照らされ燈に染まる。先日のシンジュク事変により新たに刻まれた痛々しい傷跡を残す戦場跡地に落ちているのは、二つの影。

 

 シンジュクの入口、租界とゲットーの境界へと訪れたのはスザクとユフィ。二人はゲットーの崩れた街並みを一望できる場所で、落陽を迎えようとしていた。

 

 二人の側には、シンジュク事変で亡くなった者達の慰霊碑と思われる石片が置かれている。周囲には身内の者達が置いて行ったのであろう写真が飾られており、近くへ置かれたロウソクは時おり風にあおられ寂しそうに揺れる。

 

「シンジュクゲットーは、もうおしまいです。やっと人が戻り始めていたんですが──」

 

「──────」

 

 二人の目前には、木やパイプで作られた無数の墓標が乱立している。花飾りを掛けられた墓標には幼い少女の写真が貼られており、根元辺りに菓子が供えられているもの、花が添えられているもの、玩具が傍らに置かれているもの、いくら数えても終わりが見えない。

 

 この一つ一つが、散っていった命と比例している。その真実に二人の心は揺れてしまう、残された遺族の悲しみを想像するだけでも胸が痛む。

 

 しかし、そんな悲しみが充満する場所で、この場には似つかわしくない声が聞こえてきた。

 

「あーあ、やっぱイレヴン相手じゃRGは使ってないな」

 

 ふと二人が声のする方へ目を向けると、そこにはカメラを持ったブリタニア人の学生らしき者の姿があった。専門用語を使っている辺り、ミリタリー趣味なのだろう。

 

「おい、こっち。ヒューマー弾の跡だ、ちょっと撮って──」

 

「──分かってるよッ!!」

 

 ブリタニア人の学生二人の行動、それは趣味と言ってしまえばそれまで。しかし、仮にも亡くなった者達が眠る場所で楽しげに語るのは、いくらなんでも不謹慎だ。

 

 スザクとユフィの表情にも、静かな怒りが見て取れる。

 

 そんな中、不謹慎にも写真撮影に勤しむ学生達へ近付く一団が居た。風貌からすると、おそらく日本人。

 

「出てけよ、ブリタニアの豚共──ッ!!」

 

 どうやらタイミングの悪いことに、ガラの悪い連中に学生達は目を付けられてしまったらしい。スザクとユフィも静かに怒りを感じてはいたが、当事者であり被害者でもある日本人達には学生達への怒りを抑えることはできなかったようだ。

 

「────ぁ」

 

「──ここに居て──ッ!!」

 

 口論する声が聞こえ始めると、ユフィが息を飲む。それと同時にスザクは持っていた荷物を投げ出すと、学生達とガラの悪い連中が争う現場へ向かって走り出した。

 

「な、なんだよ、イレヴンのくせにッ!!」

 

「日本人だッ!! イレヴンなんて言うなァッ!!」

 

「何言ってんだ、お前等ウチ(神聖ブリタニア帝国)に負けたんだろ、敗戦国の犬がッ!!」

 

「──このブリキ野郎ォ──ッ!!」

 

 かたや、暴力をチラつかせ脅す連中。

 

 かたや、国家間の優劣を己の優劣と勘違いする学生達。

 

 第三者から見れば、どちらも醜い。

 

 自身は日本人だと主張するならば、相応しい方法があるはずだ。それを模索し、抗い、何度でも立ち上がり、叶えられるまで実践すべきだ。主張するだけならば、子供どころか泣くことしかできない赤ん坊でも出来る。ただ声を張り上げ主張するだけなガラの悪い男の言い分は、子供のワガママでしかない。

 

 敗戦国、戦勝国などは国と国の問題だ。だいたい、それは己で勝ち取ったものではないはずだ。故に、ただ戦勝国の出身だからと言って、敗戦国の者を見下して良いという理論にはならない。

 

 とはいえ、そんな少し考えれば分かるはずのことに"彼等"は気付かない。ほんの少しだけ、相手のことを思いやるだけで良いのに。

 

「────やめて下さい、暴力は──ッ!!」

 

 一触即発の空気を察してか、現場へと乱入するや否やスザクは制止を掛ける。渦中へと飛び込んだ彼が最初に駆け寄ったのは、学生達へ食って掛かり今にも暴力を振るおうとする男。

 

「────邪魔すんなよッ!!」

 

 しかし、男は駆け寄ってきたスザクへ振り向き様に平手を翻す。

 

 自分の顔を目掛けて翻ってくる男の手、この時スザクが戦闘態勢に入っていたのなら、この程度の攻撃は楽々と避けることができただろう。

 

 だが、今のスザクに戦う意思はない。仲裁するつもりだったが故に、不用意に駆け寄ってしまった。間合いを詰め過ぎたスザクは、後ろに跳びながら首を曲げることによって直撃を回避するのが精一杯だった。

 

 スザク自身は平手打ちを喰らうことはなかったが、男の指先がスザクの目元のサングラスを打つ。横からの衝撃を受けて弾き飛び、転がっていくサングラス。

 

 カラカラと乾いた音が響くなか、不覚にもスザクは素顔を晒してしまった。

 

「こいつ──ッ!?」

 

「お前、枢木スザクか──?」

 

 問い掛けに、スザクは答えない。ただ少し彼等から顔を逸らし、居心地悪そうに口を固く引き結ぶだけ。

 

「クロヴィスを()った、枢木スザク──?」

 

「バカッ、()ったのはゼロだろ──ッ!?」

 

 仲裁しに来た人物がスザクであったことに気付き、おそらく日本人であろうガラの悪い連中達が口々に騒ぎ出す。しかし、学生達へ食って掛かり最も激昂していたはずの男は、騒ぐだけの取り巻き二人と違い侮蔑を込めた呟きを放つ。

 

「──ケッ、こいつはただの奴隷だよ。何が名誉ブリタニア人だ、嬉しそうに。プライドも仲間も魂も売って、それでも日本人かァッ!!」

 

 その言葉に、スザクは食って下がる。正しいと思った信念に従い、現状の苦しみと辛さに耐え、いつか日本を取り戻すと願っていたスザクは、相手の言葉を否定する。

 

「──違う、僕は──ッ!!」

 

「違わねぇんだよ──ッ!!」

 

 だが、スザクの深意は男に伝わらない、否定を認めない。それどころか、拳を振り上げ殴りかかろうとスザクへと飛び込んでいく。

 

「このブリタニアの犬──ッ!!」

 

「──ッ───ッ!!」

 

 自分へ向けて一直線に繰り出される右拳。それを見たスザクは正中線をズラし、相手の懐へと潜り込むようにして大きく拳を避けた。

 

 そして、そのまま突き出された相手の右手首を取り、同時に襟元を掴む。懐の中で相手を背負うようにすれば、あとは飛び込んできた相手の勢いのままに足をすくうだけで良い。

 

「────があァァッ!?」

 

 スザクの肩を支点に、飛び込んできた男は半転。足裏は空へ、頭は地面を向く。投げられた側である男は、世界が回っていたように見えたことだろう。

 

 本来なら背中から地面へ叩きつけるまでが一連の動作だが、あくまで防衛として技を繰り出したスザクは途中で男を解放してやる。

 

 だが空中で半転した慣性と重力までは、どうにもならなかった。投げ出された男は背中から地面へと着地し、その衝撃は男の肺から空気を吐かせた。

 

「やめてください、自分は訓練を受けた人間です。これ以上、同じ仲間で──」

 

「──ぐッ──ッ──何が仲間だァッ!!」

 

 背中を打ち付けた男は、体に走る痛みに耐えながらも立ち上がった。怨みと、妬みと、怒りの瞳をもって相対するスザクを睨み付け、再び殴りかかろうとするも──

 

「おい、もういいだろ──」

 

 それに制止を掛けたのは、取り巻きの一人。わざとスザクと男の間を通り、二人の戦意を削ぐ男。どうやらガラの悪い連中には、スザク自身が図らずも見せ付けてしまった"力"の方が説得に足る要素だったらしい。

 

 一人が歩き出すと、二人目もそれに習う。そして、いまだに敵意を振り撒く長身の男も舌打ち混じりに踵を返すと、捨て台詞を吐きながら先行する取り巻き二人と共に歩き出した。

 

「──チッ、この裏切り者が──ッ!!」

 

「─────────」

 

 スザクの心は晴れない。誰かのためを思い、自分が正しいと思ったことをしてきたつもりだった。だが、向けられるのは侮蔑の言葉ばかり。

 

 その事実は、スザクの表情を曇らせる。

 

 その時──

 

「スザク、大丈夫ですか?」

 

 現場へ急行するたためにスザクが投げ出した荷物を抱えながら、ユフィが駆け寄ってきた。顔を伏せていたスザクは彼女に気付くと、先ほどまで考えていたことを払拭し、努めて平静を装い返事を返した。

 

「────ええ」

 

 差し出されるままに荷物を受け取ったスザク。そこで彼は、ガラの悪い連中に絡まれていた学生達のことを思い出した。

 

 視線を巡らせると、学生達は元居た場所から少し離れたところへ居た。何やら騒いでいる彼等の手には、カメラが握られている。それはスザクが駆け付ける前、ガラの悪い連中に学生の腕から叩き落とされた物。

 

「大丈夫じゃないよ、僕のプライムGとMX4が──ッ!!」

 

「遅いんだよッ!! 名誉のくせにッ!!」

 

 自分達では解決できなかったであろう事態を収めたスザクへ、本来ならば口にすべき感謝の言葉はない。それどころか、助けられた自覚もない彼等はスザクを罵倒する。

 

 それが戦勝国である神聖ブリタニア帝国による、エリア11で行われた教育の賜物なのか、彼等という人間が持つ価値観なのか、知る由はない。

 

「なんで逃がしたんだ、やっちまえよッ!! どうせ何人もイレヴンを殺してきたんだろうッ!? 誰がお前を養っていると思ってんだよッ!!」

 

 もはや、学生の言葉に感謝はおろか倫理すらない。

 

 名誉ブリタニア人といえども、全ての人間が日本人を殺し回っているわけではない。

 

 それに彼の言葉を借りるならば、スザクのような名誉ブリタニア人を養っているのは学生達本人ではない。彼等の親を始めとする大人達の税金によって賄われている。言葉汚く言うなら、学生達に言われる筋合いはない。

 

 それは、ただの八つ当たりだ。

 

 立場的に弱い者を、戦争に勝利して得た事実と両国の状況を盾に虐げているだけ。負けた者に人権はない、強き者が生き残るという思想を掲げるブリタニアが国民へ浸透させた"弱肉強食"という毒。

 

 それを一身に受けたスザクは、口をつむぐ。

 

──しかし、代わりに

 

──パンッ、という乾いた音が辺りへ響く

 

 黙ったまま罵声を浴びていたスザクの傍らから、ユフィが学生達の前へ歩み出る。そして、そのまま彼女は声を荒げる学生の頬へ平手を放ったのだ。

 

「それ以上、この方を侮辱するのは許しませんッ!!」

 

 女性に叩かれた学生は、何が起こったのか分からなかったようだ。再びカメラを取り零したことにも気付かず、痛む頬を押さえながら怯えていた。

 

 静かな怒気を纏うユフィの瞳と雰囲気に、学生達は後ずさる。なぜ自分が叩かれたのか理解できぬ彼等に、ユフィは言葉をもって畳み掛けた。

 

「弱肉強食が国是だとしても、貴方方と彼は同じ人間。ブリタニア人、イレヴンという関係は二の次です。事態を収めた彼へ感謝を贈るならいざ知らず、罵声を浴びせるとは何事ですかッ!! 謝罪なさい、今すぐに──ッ!!」

 

「──ヒッ───ッ!!」

 

 国と国としての在り方ではなく、人間としての尊厳を説くユフィ。強い語気で放たれる要求、しかし学生達に返事はない。

 

 その時、地面を這いつくばっていた学生を、もう一人の学生が起こした。途中、ちゃんとカメラも拾っていた辺り抜け目がない。そしてユフィに気圧された学生は恐怖と戦慄に顔を歪めたまま、謝罪も感謝もなく逃げるように走っていく。

 

 たった二人、取り残されたスザクとユフィは逃げていく学生達の背中を見送る。彼等以外には誰も居なくなった広場へ、緩やかな風が流れ込んでくる。

 

「弱いことは、いけない事なんだろうか?」

 

 ふと、スザクがユフィの傍らを通り過ぎ、呟いた。

 

「あの頃、十歳の僕等には世界はとても悲しいものに見えた。飢餓、病気、差別、繰り返される憎しみの連鎖。誰かが、この連鎖を断ち切らなければならない。もちろん、そうしたもの全てが無くせるとは思わない──だから、せめて大切な人を失なわなくて済む、優しい世界を作りたい──」

 

 それは、願いだ。

 

 悲しみ、怒り、憎しみ、あらゆる負の感情によって左右されてしまう不完全な世界。先のスザクが漏らした言葉は、願いであると同時に理想でしかない。

 

「そんな世界、どうすれば──?」

 

 理想、机上の空論でしかないスザクの願いにユフィが問う。

 

 具体的な方法など、スザクには浮かばない。昔からそうだった、彼は考えるより先に体を動かしてしまうような人間だ。思考し、予測するのは彼の仕事ではなかった。

 

──いつも彼の隣には頼りになる親友(ルルーシュ)が居たから

 

「僕には、まだ分からない──」

 

──今、スザクの隣に彼は居ない

 

 絞り出すような言葉がスザクの口から漏れる。

 

──具体的な方法が分からぬが故に

 

──スザクは、苦汁を飲むことを選んだ

 

──抗い続けることを選んだ

 

──いつか願いを叶えると

 

──理想を現実のものにすると

 

──自分が選んだ"この道"が

 

──正しい行いであることを信じて

 

 

 

~scene out~

 

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