ハイスクールD×D 内戦地帯のクリムゾン・デビル 作:出張L
物語を始める前に一つの戦いについて紡がねばならない。
人々に祝福を齎し、それ故に人々から信仰を受ける神と天使。
人々に知恵を授け、その罪によって天より追放された堕天使。
人々に甘言を囁き、それによって人々の欲望を糧とする悪魔。
聖書に刻まれた三大勢力の戦いは、十世紀以上も昔から続いた。人間や他の神話体系、魔物などの闇の住人達をも巻き込んで。
果てのない戦い。天使、堕天使、悪魔は互いに一歩も妥協することなく殺し合い、山脈を築くほどの屍を積み上げてきた。
世界の終末まで続くと思われた三大勢力による戦争。
だがそれは終わりを迎えることとなる。
神と魔王、光と闇、聖と邪。その両端に君臨する存在の滅びによって。
「会談に応じて貰い、先ずは感謝を述べさせて頂きます」
黄金色の翼をもつ天使が、黒い烏のような翼を持つ堕天使と、蝙蝠のような羽を持つ悪魔に対して厳かに言った。
ここに聖書を知る人間がいれば、驚愕の余り腰を抜かしてしまうかもしれない。
天使、堕天使、そして悪魔。三勢力の代表者が一つの空間に集う。そんなこと決して有り得ないことだった。
いや唯の一度だけ。戦争などお構いなしに好き勝手に暴れる赤い龍と白い龍、二天龍と呼ばれた者達を討伐するため三大勢力が手を組んだことはあるが、その時も代表者の背後には護衛の者が十人以上は控えていた。
しかしここに集っているのは正真正銘代表者三名のみ。他の誰もここにはいない。
「まさかお前の方から俺達に会談を申し込んでくるなんて予想外だったぜ、ミカエル。あの筋金入りの堅物の神様大好きっ子がねぇ。変われば変わるもんだ。堅物の権化な神が死んで少しは頭が柔らかくなったってことか?」
「アザゼル。私のことをどう言おうと構いません。ですが神に対する非礼は許しませんよ」
「生憎と既に『堕ちてる』んでね。今更になって神にへーこらする気はねぇよ」
「ミカエル殿、アザゼル殿」
天使、堕天使が険悪になりかけた所に〝悪魔〟の代表者が割って入る。
「長きに渡る水面下調整と、ミカエル殿の努力あって実現した会談です。つまらないことでふいにするものではないでしょう」
欲望を良しとする悪魔らしからぬ理知的な仲裁。だが天使の代表者であるミカエル、堕天使の代表者であるアザゼルは共に矛を降ろした。
アザゼルの悪戯気な態度で険悪にはなりはしたが、ここにいる全員が事態を正確に把握している。この会談を絶対に成功させなければならない、というのは三者の共通認識だった。
「悪かったな、ミカエル。状況が状況だってのにおふざけが過ぎたようだ」
「いえ。私も些か短期過ぎましたね。ところで悪魔側の代表者は貴方でしたか、大王殿」
「俺もてっきり四大魔王の息子だか孫だかが来ると思ってただけに予想外だぜ。七十二柱序列一位の大王といえど、魔王の臣下だろうに」
ミカエルとアザゼルの言葉を受け、大王――――バアル家初代当主ゼクラム・バアルは薄く笑う。
「残念ながら四大魔王様の一族は現実を理解してはおられない。身内の恥を晒すようですが、今も天使と堕天使の皆殺しを叫び、徹底抗戦を主張しておりますよ。
そのため大王家が反魔王派の盟主となって、戦争継続を唱える魔王派に対抗しているのが現状です。お蔭でとうの昔に隠居していたというのに、我が末裔達に表舞台に引っ張り出されてきましたよ」
「ま、どこにだって過激派や好戦派ってのはいるもんさ。うちのコカビエルなんかもガチガチの好戦派だしな。今日も〝魔剣聖〟に皆殺しにされた部下たちの仇をとるって息巻いてやがったよ。ミカエルのところもセラフは兎も角、教会は戦争続行派だろ?」
「はい。神の代理となって神託も出してはいるのですが、やはり私では神ほどにはシステムを扱えず……」
三勢力の代表者による苦労話は十数分に渡って続けられた。戦争とはなんの関係もない雑談が殆どだったが、その甲斐あって険悪なムードは消えて、多少なりとも打ち解けた雰囲気となっている。
ミカエル、アザゼル、そしてゼクラム・バアルもここが話を切り出すタイミングだと見た。
果たして誰が切り出すのか、三者は視線で会話し――――最終的に会談の主催者であるミカエルが口を開く。
「こうして会談を主催した目的は唯一つ。〝停戦〟です」
ゼクラム・バアルは元より、普段は飄々としているアザゼルすら真面目な顔付になる。
「戦いで我々は多くのものを失い過ぎた。父たる神、大勢の同朋(天使)、信徒たち。悪魔も四大魔王全員と軍勢を。そして――――」
「堕天使である俺達は、総督の俺は無事だが……仲間の大半が死んだ」
戦争で死んだ友人と仲間を悼むようにアザゼルは目を瞑った。が、直ぐに閉ざしていた目を開けると、ミカエルの顔を真っ直ぐに見据える。
堕天使総督の双眸には静かだが決然とした意思が灯っていた。
「もしもこれ以上、戦争を続ければ恐らく我々三勢力は共倒れになるでしょう。天使・堕天使・悪魔の滅亡という最悪の形をもって。それだけは避けなければなりません」
「だな」
「ええ」
ミカエルの言葉にアザゼルとゼクラムが同意する。三勢力の代表者である彼等の肩には、三勢力全員の命がかかっていた。
「俺としちゃ停戦なんて面倒なことせずに、和平でも問題ないんだがな」
「それは些か難しいでしょう。我等はそれで良いかもしれませんが、停戦ではなく和平となれば三大勢力の戦争継続派が騒がしくなります」
「でしょうね。戦争継続派を刺激するのも拙い。戦争を終わらせるのではなく、戦力が回復するまで停戦する。そういう建前があった方が良いでしょう」
親や友人、子供を戦争で殺された者達による復讐を叫ぶ声は決して小さくはない。この痛みが消えるのには恐らく数百年単位の時間がかかるだろう。
停戦を飛ばして和平を結ぶのは時期尚早と言う他ない。
「ま、仕方ねぇか。俺も天使や悪魔に復讐してぇって気持ちは理解できなくもない。俺も随分と仲間を殺られたからな。だが俺達は組織の頭だ。個人の恨みつらみよりも、種の存続を考えねえといけねえ。それにこれ以上、戦争で仲間を喪うのは御免だ」
ここに天使、堕天使、悪魔。三勢力の代表者の意思は固まった。
会談から数週間後。正式に三勢力が停戦したという報が三界を駆け巡ることとなる。
停戦中は互いの勢力に攻撃を仕掛けることは禁止とされ、破る者には厳罰が下されることとなった。また人間界を混乱に陥れないために『聖書の神』の死は一般には伏せられることになる。
しかしそれは戦いの終わりを意味しない。
三大勢力の戦争が戦いに勝利するための戦いだとしたら、停戦が決まった瞬間、新しく戦いを終わらせるための戦いが始まったのだ。
天使であればセラフと教会の意思のズレという形で。
堕天使ならば一部過激派と堕天使信者による暴動という形で。
そして最も激しかった戦いは悪魔によって紡がれる。
四大魔王の血族を盟主とする魔王派と、大王家が中心となった反魔王派による内乱。
後の世の歴史において畏敬の念と共に語り継がれる、冥界の英雄が出現したのはこの時期である。
また多くの歌劇で題材となる物語が生まれたのもこの時期だ。それは一人の悪魔が魔王に至るまでの英雄譚でもあるし、一人の悪魔と一人の悪魔による恋物語でもある。
そして一人の悪魔と一人の悪魔による、冥界の運命を懸けた闘いの物語でもあるのだ。
広がる空は一面を生気のない紫色に塗られ、大地には血に濡れたような赤黒い荒野が広がる。充満する寒々しい空気は、地上の人間を拒絶しているようですらあった。
人間に暴きつくされた人界とは違い、未だ人の手の及ばぬ世界。人にとっては余りにも遠く深き場所にある暗黒の世。だが同時に人界と隣り合わせに存在する地平。
ここは冥界。神に敵対し、人々を堕落させる堕天使と悪魔の住まう場所だ。
蒼穹――――とは口が裂けても言えぬ空を、一つの黒影が疾飛する。それを追うように無数の蒼い騎士と、銀色の殲滅者が空を舞った。
冥界が悪魔と堕天使の住まう場所であるのならば、その空を自在に飛び回る彼等彼女等が人間である筈はない。
彼等に共通するのは背中より蝙蝠のような羽を生やし、それを用いて空を飛んでいるということ。であればその正体は一つしか有り得ない。
悪魔、人間の欲望を糧とする悪しき魔物達だ。
「ちょっと不味いかも……」
敵の猛攻を掻い潜っていた黒影、セラフォルー・シトリーは、久しぶりに本気の焦りを覚えた。
反魔王派最強の女性悪魔と謳われ、エースであるセラフォルーが部下を率いて偵察任務に出たのがつい数時間前。任務を終えて旧首都でもある前線都市ルシファードへ戻ろうとした所に、魔王派の一団による奇襲を受けたのだ。
セラフォルーは伊達に反魔王派でエースを務めてはいない。奇襲してきたのが並大抵の相手なら、それこそ鼻歌交じりに撃退しただろう。だが現実はそうではなく、率いていた部下はとうに全滅させられ、セラフォルーだけがどうにか持ち堪えている有様だ。このままではセラフォルーが討たれるのもそう遠くはないだろう。
こうなってしまった理由は一つ、奇襲してきた悪魔が並大抵の相手ではなかったからだ。
「セラフォルー・シトリー。個人的には貴女とは正々堂々と決着をつけたかったものですが、これもニシリナ様の御命令です」
死刑を告げる裁判官ように冷徹な声が響く。
セラフォルーの冥界の空と同じ色をした眼は、一人の女性悪魔の姿を映し出す。純銀よりも透き通った銀髪を一本の三つ編みに纏め上げ、身を包むのはボディラインが浮き彫りになる。その顔立ちは女のセラフォルーすら見惚れるほどに美しく、それ以上に近寄りがたい冷たい気配を放っていた。
女性悪魔は体中に戦死した魔王たちにも匹敵する魔力を凝縮させ、言い放つ。
「ここで滅びなさい」
「そんなに恐い顔をしていると美人が台無しだよ、グレイフィアちゃん」
セラフォルーは焦りを隠すようにフランクに言葉を返すが、グレイフィアと呼ばれた女性の眉はピクリとも動かない。
彼女の名はグレイフィア・ルキフグス。七十二柱にこそ含まれないが、代々魔王ルシファーに仕えてきた名門中の名門出身の悪魔だ。そして魔王派における最強の女性悪魔でもある。七十二柱出身で反魔王派のエースであるセラフォルーとは宿敵の間柄だ。
彼女の存在こそがセラフォルーが追い詰められている最大の要因の一つだった。
「――――行きます!」
銀色の軌跡を描きながら、グレイフィアが迫ってくる。白魚のような手からは、高密度の魔力が凝縮された刃が出現した。
あれで傷つけられれば上級悪魔といえど一溜まりもない。セラフォルーは得意とする氷と水の魔力で防壁を張り、どうにか距離を離そうとする。
『魔力を溜める隙を与えるな、切りかかれ!』
そこへ厭らしいタイミングで蒼い騎士達の邪魔が入る。
セラフォルーとグレイフィアを囲むように滞空していた騎士たちは、リーダー格らしい男が指示すると、まるで一個の生物の如き連携で切りかかってきた。
彼等こそがセラフォルーが追い詰められている最大の要因のもう一つだ。
蒼い騎士服という悪魔らしからぬ装束に身を包んだ者達。魔蒼騎士団と呼ばれる彼等は七十二柱が一つ、フォロカル家当主イザロ・フォカロルに付き従う精鋭である。団員は全て下級・中級悪魔出身ばかりと聞くが、実力の方は全員が上級悪魔クラスだ。
しかし彼等が真に厄介なのは個々の実力ではなく、完璧にまで呼吸を合わせた連携攻撃にある。セラフォルーが大技を繰り出そうとする度に、最悪なタイミングで邪魔をされたことは一度や二度ではない。グレイフィアに漸く一撃与えられるという時に、四方からの援護射撃で妨害されたこともある。
主君であるイザロ共々冥界最強の剣士と謳われる『魔剣聖』に教えを受けたという噂だが、この実力を見る限り事実なのだろう。
一騎当千の実力を誇る悪魔に、集団戦において類まれな強さを発揮する騎士団。
はっきり言って悪夢のような組み合わせだ。せめてセラフォルーと共に任務についていた部下が、魔蒼騎士団の半分でも有能ならばどうにかなったのだが、ないもの強請りをしても仕方ない。
(ここは悔しいけど逃げるしかないわねっ!)
自分の戦闘力と相手の戦力、それらを考慮してセラフォルーは決断する。素早く氷で障壁を展開すると、黒い羽に焼けるほどの魔力を送り込んだ。
孫子曰く、三十六計逃げるにしかず。
どれだけ計略を張り巡らせようと勝ち目がないのならば、玉砕するのではなく大人しく逃げるのも兵法だ。
「逃げの一手……。いえ臆病と詰りはりません。この状況では適切な判断です。逆の立場ならば私もそうしたでしょう。普段の言動からして貴女はお頭が足りないと思っていたのですが、改める必要がありますね」
慇懃無礼な口調で語りながら、グレイフィアは体全体に魔力を張らせる。髪の色と同じ銀色のオーラがグレイフィアを包み込んだ。
グレイフィアは魔力のオーラを纏ったまま、真っ直ぐに突貫した。
なんの飾り気もない愚直なまでの突進。ルキフグスらしからぬ原始的な戦法。だがセラフォルーの氷の障壁を突破するには十分な威力だった。
障壁に空いた穴よりグレイフィアと、それに続くように魔蒼騎士団の面々が追ってくる。
「人気者は辛いわね。でも強引なだけじゃ女の子は捕まらないんだからっ!」
劣勢を消し飛ばすような茶目っ気を含みながら、セラフォルーが無数の巨大な氷柱を飛ばす。ただの氷柱と侮るなかれ。氷柱に込められた魔力量は埒外のそれ。掠っただけで並みの悪魔は死を免れないだろう。
だからこそグレイフィアは己の全力をもってそれに対抗した。
グレイフィアから放たれた銀色の閃光が紫色の空を貫く。氷柱と閃光はお互いの中間地点で激突し、激しい余波を辺りに撒き散らした。
込められた魔力、破壊力。属性の違いはあれど、それらはまったくの互角。故に勝負はセラフォルーの負けだった。
「セラフォルー・シトリー、覚悟!」
セラフォルーとグレイフィアの激突が互角であれば、勝負を分けるのはプラスαの存在である。衝突の余波を掻い潜ってセラフォルーに迫った魔蒼騎士団は、一斉に彼女に切りかかった。
魔蒼騎士団の団員が持つ剣はただの剣ではない。天使や堕天使を殺すため冥界一の刀匠が鍛え上げた魔剣だ。当然、悪魔に対しても十分な殺傷力を秘めている。
しかし彼等の魔剣がセラフォルーを傷つけることはなかった。
「すまない。駆け付けるのが遅れてしまったな」
瞬間、紅の球体が超高速で飛び回り、騎士たちの魔剣を一本残らず消滅させていく。
いきなりのことに騎士達が慌てる中、セラフォルーは安堵から顔を綻ばせた。
バアル家に代々受け継がれる特徴である、存在を消滅させる『滅びの力』。それを凝縮させた高密度球体を自在に操作する秘技〝滅殺の魔弾〟。これを扱う者など冥界に一人しかいない。
「本当に危ないところだったんだからね、サーゼクスちゃん。女の子を待たせるなんて紳士失格よ」
「それは参ったな、父上と母上に叱責されてしまう。父上はまだしも母上を怒らせるのは恐いのでね、ここから挽回させて貰うとしよう」
紅い――――ストロベリーブロンドよりもさらに鮮やかな紅の髪。雪のように白い肌、明るいグリーンの瞳。
その男が戦場に現れただけで、錆びた大地が舞踏会の会場のような華やかさに包まれる。優雅であり高貴でもあり、どこか超然とした雰囲気を纏った悪魔。だが超越者特有の近寄り難さは微塵も感じられない。寧ろ引き込まれ、吸い込まれるような魅力に満ちている。
ここにいる全員が、グレイフィアすらその男に注目した。
「紅の悪魔(クリムゾン・デビル)……! まさか貴方まで来るとは」
「こうして見えるのは初めてだったかな。ミス・ルキフグス。御初お目にかかる」
紅の悪魔。反魔王派において最強と称えられる冥界の英雄。
サーゼクス・グレモリーが戦場に舞い降りた。