ハイスクールD×D 内戦地帯のクリムゾン・デビル 作:出張L
三大勢力が戦争を繰り広げた当時は首都として栄え、現在では内乱の前線都市にして軍事的重要拠点となっているルシファード。
一時期は廃墟に近い有様に成り果てながらも、サーゼクスが守将として派遣されたことで復興を遂げはしたものの、嘗ての賑わいを取り戻すまでは至らなかった。
それは決してサーゼクスの力不足などではない。以前のように栄えるには如何せん戦場が近すぎるのだ。戦場の空気が身近にあり過ぎて、平和が定着してくれない。
ルシファードが以前のように良い意味での騒がしさが戻るには、先ずは内乱の終結を待たなければならないだろう。
サーゼクスはそう思っていたのだが、その予想はひょんなことで裏切られることになった。魔王派から『休戦』の使者が来たことによって。
そもそも此度の内乱、魔王の血族達や七十二柱などの上級悪魔は兎も角、政治の中心と遠い場所にいる下級・中級悪魔の士気は然程高くはない。
なにせ敵は天使でも堕天使でもなく悪魔。即ち自分達の同朋だ。三大勢力の戦争では肩を並べて戦った仲間同士である。酷い例では住む場所が50m離れていたせいで、親友同士が敵味方に別れるなんてこともあったくらいだ。
それに異種族である天使や堕天使を幾ら殺しても心痛まないが、悪魔を殺すのは忍びない。そう考える者は魔王派・反魔王派問わずに多い。
魔王派・反魔王派共にエースの戦績などを前面に押し出した情報操作などで士気を盛り上げようとはしているのだが、それにも限度というものがある。
友人同士、戦友同士、恋人同士が殺し合うなんてことが多発すれば、厭戦気分が蔓延するのも無理からぬことだろう。風の噂によれば首都リリスなどでは、魔王派との和平を訴える下級・中級悪魔を中心にしたデモも起きたという。
そんな事情もあって魔王派から『休戦の使者』がやって来たという噂は、ルシファードにおいて爆発的に広まった。今やルシファードは魔王派との休戦を祝って、一足先にお祭り状態となっている。
もし仮にこれが本当にただの『噂』ならば、サーゼクスも市民達を宥めに動いただろう。だが噂が真実になったことでそうも言っていられなくなった。
「白旗を掲げた一団がルシファードへ迫っています。連中は魔王派の使者を名乗り、サーゼクス様との面会を望んでおります」
サーゼクスの下にそういった内容の連絡がきたのが一時間程前。
ルシファードで蔓延していた噂のせいで『心の準備』は出来ていたサーゼクスの行動は早かった。
サーゼクスは反魔王派のエースとして、最前線都市ルシファードの全権を委ねられているが、それはあくまでも前線司令官としての権限である。魔王派からの休戦の申し込みに『YES』と返答する権限は有していない。
なのでサーゼクスは規定に従い、即座に首都リリスにて反魔王派の指揮を執っているジャマリア・バルバトスへ連絡をとった。
迅速な対応のお手本のようなサーゼクスの対応。しかしサーゼクスがお手本を示してからといって、連絡を受け取った側もお手本を示し返してくれるとは限らない。
一応の上官にあたる男を悪く言うのはサーゼクス・グレモリーとしても心苦しいのではあるが、ジャマリア・バルバトスの対応は〝手放し〟に褒められるものではなかった。というよりも手を放したのである。ただ休戦を受けるようにとサーゼクスに促しつつ、魔王派の要求を受け入れることを決断する責任を、そのままサーゼクスに放り出したのだ。
ジャマリア・バルバトスの考えていることは、サーゼクスには大体想像できた。自分の親友である戦略家・ファルビウムであればとるであろう対応についてもなんとなく分かっていた。
かといってそれを面と向かって指摘すれば、上官に対して非礼にあたる。これで聞く耳をもっている上官であるのならば、非礼による顰蹙を覚悟してもサーゼクスは物申しただろうが、生憎とジャマリア・バルバトスという男の器は大きくない。上位者の指摘には服従しても、下位者の指摘に怒ることしかできない男だ。
サーゼクスは上官への不満を陰口というやり方で発散するほど陰湿ではないので、不満は胸の内にとどめ、自分の役割を果たすこととした。即ち、使者の一団への応対である。
兎にも角にも首都リリスの許可が出たことで、城門前で待たされていたグレイフィアを筆頭とする使者団はルシファードに足を踏み入れた。
使者団と形容するのは些か大袈裟過ぎたかもしれない。なにせグレイフィアが率いているのはたった二人だけだったのだから。
一人は世話役として同行している、メイド服に身を包んだ淑女。発する魔力はか細いが、なにかを秘めている臭いがあった。
そしてもう一人は黒いコートを羽織った蒼い髪の男。名はヴィシュナ。魔剣聖、魔王派の双璧、天龍殺し、蒼の悪魔。数多くの異名をもつ冥界最強の剣士だ。
休戦の使者であるという噂が後押しして、ルシファードの市民は歓声をあげながら使者団を出迎える。グレイフィアが見目麗しい淑女であることが、男性たちの心を鷲掴みにしてもいたのだろう。男の悪魔たちの興奮ぶりは凄まじいものだった。だが中にはセラフォルーと並び最強の女性悪魔に、純粋な尊敬の眼差しを向ける市民達もいる。
ヴィシュナに対しての歓声もかなりのものだった。こちらは特に女性悪魔と、下級・中級悪魔のものが根強い。下級悪魔出身でありながら、魔王派のエースとして名を馳せるヴィシュナは、下級・中級悪魔にとっては陣営を超えて憧れの存在なのだろう。
サーゼクスとヴィシュナ。セラフォルーとグレイフィア。
紅の悪魔と蒼の悪魔。冥界最強の女性悪魔達。魔王と同等、或は凌駕する強さを誇る四人の悪魔はここに一堂に会した。
魔王派からは他に件のメイドが一人同席し、反魔王派からは念のためにラインが控えている。
合計六人。その気になれば一昼夜で一国を滅ぼせる戦力だった。
「……お久しぶりです。セラフォルー殿、サーゼクス殿。グレイフィア・ルキフグスでございます。此度は魔王派の使者として参りました。
隣にいるのは私の護衛として同行しているヴィシュナ。ルキフグス家のメイドのエルアナです」
数日前の『因縁』の怒りなどまるで伺えぬ礼儀正しい口調でグレイフィアが挨拶をする。
彼女の隣に控えるヴィシュナとエルアナも静かに黙礼した。
「御丁寧な挨拶痛み入ります。サーゼクス・グレモリー、ルシファードの守将を務めております」
「同じくセラフォルー・シトリー、ルシファードの副将ですわ」
あの陽気さとお気楽さにかけては並ぶ者なしのセラフォルーも、流石に真面目な口調で挨拶を返す。
「前置きの堅苦しい挨拶はこれでいいだろう。我々はこれまで幾度となく戦った仇敵の間柄だが、私達も使者として訪れた者を害するほど野蛮ではないつもりだ。警戒心は解いてくれるとありがたい」
「そうだな。私も敵陣のど真ん中で事を構えるほど命知らずではない。相手がサーゼクス・グレモリーであるのならば尚更だ」
そう言ってあっさりヴィシュナは張りつめていた闘気を解く。ただそれだけのことで部屋の気温が5℃は上がった気がした。いやこの場合は戻ったというべきか。
ヴィシュナが闘気を解除したことで、セラフォルーも深窓の令嬢然としているのが疲れたのか、いつもの自然体の顔付に戻る。
「前に冗談交じりに『出来れば戦場ではない場所で』などと言ったが、まさか真実になるとはね。不思議なものだよ。さて、グレイフィア殿」
グレイフィアとヴィシュナは双璧として並び称される悪魔だが、使者として派遣されているのはグレイフィアだけ。ヴィシュナは護衛として付き添っているだけだ。
よってサーゼクスは真っ直ぐにグレイフィアを見詰め口を開く。
「知っての通り私は反魔王派の前線司令官なんていう立場にいるが、リリスにある臨時政府から此度の会談における全権を委ねられている。
首都リリスへ赴き直接反魔王派の幹部の方々に話をつけたいという君たちの要望は理解できるが、生憎とそれを叶えることはできない。もしも――――」
「構いません。私が最優先すべきは此度の会談の成功なのですから。首都リリスにいるお歴々や、大王殿に謁見できないのは残念ではありますが仕方ありません」
あっさりとグレイフィアが頷いてくれて先ずは一安心だった。
グレイフィアとヴィシュナの二人が暴れれば、街一つは容易く消し飛ぶ。全権をサーゼクスに委ね最前線のルシファードで会談させたのは、二人の魔王級をほんの少しでも首都リリスに近づけさせたくないという警戒心故だった。
といってそれを理由にもしグレイフィアが申し込みを破棄すれば、今度は会談失敗の責任をサーゼクスに擦り付けるであろうことは火を見るよりも明らかなので、サーゼクスにとっては溜まったものではない。
「それは良かった。では話を伺いましょう。魔王派の双璧が揃ってルシファードへ訪れた理由を」
「明後日が冥界に四大魔王による政府が開かれた日だというのはご存知ですね」
「私も全悪魔の安息日を忘れるほど非常識じゃないよ」
「戦死された四大魔王様の死を悼むため、建国記念日の週の休戦を所望しています。ニシリナ様の書状もここに」
グレイフィアから渡された書簡を受け取る。書状には魔王レヴィアタンの魔方陣によるサインが施されていた。魔方陣からはレヴィアタンの魔力が発せられている。
魔方陣の形を偽装するのは容易であるが、魔方陣に宿る魔力まで偽ることはできない。間違いなく本物だった。
「確かに。ニシリナ・レヴィアタン殿の書状は受け取った」
「どうでしょうか? そちらにとっても悪い話ではないと思いますが?」
「ふむ」
勿体ぶるように腕を組み、熟考する。グレイフィアの言う通りこれは悪い話ではない。戦争で疲れた兵士達にとって良い息抜きになるし、四大魔王や戦友、家族の死を悼む時間も必要だろう。
ルシファードの市民も休戦の噂に活気づいていることからも、民意がそちらに傾いているのも明らかだ。
断る理由などはどこにもない。まるで全てが計算づくされているかのように。
『……サーゼクス、面倒だけど君が死ぬのは嫌だから忠告しておくよ。魔王派で軍師してるダリオ・シャックスには用心した方がいい。戦術と戦略じゃ負けるつもりはないけど、謀略や奇策姦策にかけては僕以上だから。ああ眠い……。本当に面倒臭いな、戦争なんて……』
冥界最強の戦術家・戦略家と呼ばれた友人の忠告を思い出す。
もしもこの休戦の裏にダリオ・シャックスなる軍師がいるとすれば、これがなんらかの罠である可能性は高い。
(私は、どうするべきか)
幸いにしてこの会談の全権はサーゼクスに委ねられている。この要求を突っぱねることは可能だ。
その後、会談失敗の責任を臨時政府に追及され、下手したら査問にまで発展するかもしれないが、自分一人の責任で冥界全体が策謀から逃れられるならば安いものである。
ただ同時にサーゼクスには会談にある種の期待、希望も抱いていた。
建国記念日の週だけの僅か七日間の休戦協定。だがこれを切っ掛けに両者の間で厭戦気分が高まれば、和平への道も開けるかもしれない。
そうすれば戦争で費やすエネルギーを復興へ向けられるだろうし、多くの命を助けることにもなるだろう。
無論ことはそう簡単ではないのはサーゼクスとて理解している。サーゼクスは理想家ではあるが理想主義者ではない。理想を目指す上で現実を弁えている。
魔王派と反魔王派の内乱。これはただ単に戦争継続派と戦争反対派による争いではない。魔王の派閥と大王の派閥、その両者の権力闘争でもあるのだ。
悲しいことに権力者階級たる上級悪魔の多くは、市民階級たる下級・中級悪魔のことを単なる下僕・配下としてしか認識していない。休戦により厭戦ムードが漂ったところで、それが上級悪魔まで伝播することはないだろう。
だとしても和平の第一歩になる可能性は決して〝ゼロ〟ではない。下級・中級悪魔の声が上級悪魔すら無視できないほど大きくなり、そこに一部の上級悪魔が加われば或は。
「分かった。魔王派の要求を受け入れよう。私、サーゼクス・グレモリーの名の下に魔王派との一時休戦に同意する」
「感謝いたします。私も荷が下りました」
グレイフィアが作りものめいた顔で微笑む。何故かサーゼクスにはそれが酷く痛々しいものに見えた。