ハイスクールD×D 内戦地帯のクリムゾン・デビル 作:出張L
魔王派と反魔王派が一時休戦する。この報告は光のような速度でその日のうちに冥界全土へと伝わった。
ルシファードなど休戦の噂だけで大賑わいだったのである。それが本当に『休戦』するということで、冥界中の盛り上がりは最高潮に達した。
三大勢力との戦争、二天龍討伐戦、再開された戦争、そして停戦後の悪魔同士の内乱。
悪魔はかれこれ十世紀以上もの年月を戦争に費やしてきた。それが今回の休戦によって、久しぶりに戦争から解放された日が訪れたのである。
常日頃から張りつめている堅物な者も、今日ばかりは羽目を外して大いに笑い、最前線にて戦い漬けだった者は久しぶりに故郷へと帰省する。
反魔王派の本拠地であるリリスなど、街中に煌びやかなイリュミネーションが咲き誇り、貴族の子弟が下級・中級悪魔たちに混ざり合って踊り合うほどの盛り上がりようだった。
休戦といっても所詮は泡沫の夢。一週間の休息期間に過ぎない。
約束された終わりの日が訪れれば、楽しい夢は終わり、辛い現実は再開される。けれど例えそれが一時の幻想だったとしても、眠っている間くらいそれを満喫しても罰は当たらないだろう。
それにサーゼクスはこれを幻想で終わらせるつもりは毛頭なかった。既に実家にいる父や、リリスに滞在している母、他にも信頼できる者に連絡をとり、反魔王派に和平を望む派閥を作る下準備を進めていた。
これは準備段階だがアジュカやファルビウムが人間界より戻れば、反魔王派のみならず魔王派へも本格的に工作を仕掛けていくことになるだろう。
ただサーゼクスは前線司令官にしてルシファードを任された将でもある。もっと言えばルシファードには現在グレイフィア・ルキフグスとヴィシュナという魔王派の双璧が滞在中だ。
当然ながらそういう裏工作だけに動いているわけにもいかなかった。
具体的にはルシファードで『双璧』を招いての舞踏会を開くことになり、サーゼクスはその主催者を務めることになったのである。
舞踏会に参加するのは、魔王派からは言うまでもなく『双璧』であるグレイフィアとヴィシュナ、そしてエルアナ・ロノウェ。反魔王派からはセラフォルーやラインなどの上級悪魔と、一部の士官階級にある中級悪魔たちだ。
中には魔王派の重鎮であるルキフグスに媚びを売るため、わざわざ領地から赴いてきた上級悪魔もいる。要するにもしも反魔王派が負けることになった場合の『保険』として、グレイフィア・ルキフグスへのコネを作っておこうという算段なのだろう。
ともあれ主催者を務める以上、サーゼクスにはグレモリー家次期当主として、ルシファードの将として、そして反魔王派の『英雄』としての振る舞いを要求される。
だがそこは中身が少々フリーダムでも、外面はパーフェクトなサーゼクスである。その気になれば完璧なる貴公子になるのは雑作もないことだ。
貴族たちや『双璧』が見守る中、サーゼクスはあっさりと、礼儀作法に五月蠅い貴族でも文句のつけようのない挨拶をしてみせた。
高貴で貴公子然とした振る舞いに、参列していた淑女たちはうっとりと吐息を漏らし、男性ですら性別を超えた魅力に圧倒される。その様はとても後輩と胸について激論を交わした男と同一人物には見えなかった。
以前サーゼクスに狼藉を働かれたグレイフィアも、これには驚いた眼をして評価を改める。ただしヴィシュナだけはサーゼクスなど気にもとめず、周りの気配やホールの構造にだけ気を払っていたが。
しかし挨拶を終えてもサーゼクスにはやることが沢山ある。〝主催者〟としてのグレイフィアとヴィシュナへの挨拶。参加した貴族たちの相手。集まってきた淑女への応対。配下の将への激励の言葉。
サーゼクスが主催者としてやるべきことを全て終えるのには、二時間もの時間を必要とした。
「やれやれ、だな」
疲れを吐き出すように、サーゼクスは深く息を吐く。
反魔王派内部での水面下工作などで余り寝ていないこともあって、戦場で戦うのとは種類の異なる疲労感がサーゼクスの体に溜まっていた。
ともあれ主催者としての義務は果たした。やるべき事をやり終えたサーゼクスは、気心知れた後輩の下へと帰還を果たす。
「お疲れ様でした、兄貴。どうぞっす」
「はは。この手のイベントには慣れているつもりだったんだがね。戦ってばかりいると、どうにも昔の勘を忘れてしまうな」
後輩より渡されたワイングラスを受け取りながら、サーゼクスは舞踏会での立ち振る舞いを、さも武術か魔法のように語った。
だが大袈裟ということはないだろう。舞踏会に限らず社交界というものは、貴族にとっては戦場と同じ。社交界で上手く立ち回れば、それだけ有力な貴族と交流を深めることができるし、それはそのまま家の影響力を上げることにも繋がるのだ。事実社交界での立ち振る舞いだけで名を上げた悪魔もいるし、逆に破滅した悪魔も過去には存在した。
磨かずにいれば衰え、実戦でミスをすれば死に繋がる。
そういう意味で社交界における立ち振る舞いは、武術や魔法とさして変わらないといえる。
「あれだけ既婚者未婚者問わずウットリさせておいて勘を忘れてるんなら、全盛期はどんだけなんっすか。見ただけで相手を惚れさせるレベル?」
「それじゃ立ち振る舞いじゃなくて、ただの魅了の魔眼じゃないか。生憎と私はそんなものは持っていないよ。それに仮に持っていても私は使わない」
「どうしてっすか? 見るだけで女の子にモテモテなんてサイコーじゃないっすか! ハーレムっすよ?」
ラインの問いかけに、サーゼクスはキリッと決め顔になって言い放つ。
「フッ。魔眼などで得た愛など所詮仮初、空しいだけさ。自分の力で掴み取るからこそ胸もハーレムも尊いのだよ。お金や家柄、それに魔力で得たハーレムなどマヤカシに過ぎない」
「あ、兄貴……」
だから社交界の場で近づいて来る女性たちに、政略結婚的な意味での下心がちらほら見えるせいで、どうしても一歩が踏み出せないのも仕方ないのだ。
サキュバスの経営する店に行けないのも、お金だけの繋がりに価値がないと思っているだけであって、決して入る勇気がない訳ではないのである。
そうこれは断じて『女性にはモテるのに何故か未だ童貞』という悲しい現実に対しての言い訳ではないのだ。自分が童貞なのは未だに『運命の赤い糸』的なものが働いていないだけなのである。
このようにいい歳こいて運命の出会いなんてものを信じているサーゼクスは、完全にただの残念な童貞でしかないわけであるが、同じく残念な童貞であるライン・ダンタリオンには、サーゼクスの言葉が神託かなにかのように聞こえたらしい。貴族たちの華やかな社交場のど真ん中で、体育会系全開の暑苦しい感動の涙を流している。
「にしても兄貴。実物はやっぱり〝凄い〟っすね」
「ああ」
何が凄いのか、そんなものはラインの視線を追えば明白だった。
舞踏会にて優雅に踊る貴族たちの中でも、周囲の注目を引き付けてやまない淑やかさと美しさを備えた華。銀髪の姫君グレイフィア・ルキフグス。より正確に言うならばグレイフィア・ルキフグスの胸だ。
グレイフィアが身を包んでいるのはいつもの戦闘服ではなく、薔薇を溶かし込んだように真っ赤なドレスである。
赤というのは情熱の色というが、グレイフィアが普段放っているのは銀のナイフを思わせるクールな美しさだ。だから彼女には赤いドレスは似合わない――――なんてことはなく、寧ろ彼女自身のクールさとドレスの熱情が絶妙に混ざり合い、グレイフィアという女性の魅力を何倍にも引き立てていた。
彼女にあのドレスをコーディネートした人物は間違いなく天才だろう。もしもサーゼクスが魔王ならば、冥界特別功労賞を授与するほどの功績だった。
特にドレスに隠されながらも、激しく揺れる自重しない双丘が素晴らしい。あれをオカズにすれば十年は戦えるだろう。敢えてナニがとは言わないが。
「……Iっすね」
ふとラインがそんなことを言った。
「いいやHだろう」
「なに言ってんっすか! IっすよI! Iと書いて愛、即ちLOVEっす!」
「違う! Hと書いてエッチ、即ち〝いやんエッチ〟だ!」
「兄貴といえどこればかりは譲れないっすね。彼女は絶対にIの持ち主っすよ!」
「…………ふぅ。ライン、やはり君はまだまだ修行が足りないな。胸は大きければ大きいほど良いなんて、そう物事を単純に捉えている」
「なっ! なに言ってるっすか、兄貴! 大は小を兼ねるんっすよ!」
「やれやれ。そこが未熟だというのだ。いいかね。胸は――――ボインは――――おっぱいは一つのものではない。一つの乳房ともう一つの乳房、二つ揃って初めてボインたりえるのだよ。
故に女性の胸に熱い思いを抱く我々男性も、おっぱいを大きさという単一のもので測るべきではない。もっと多角的に考えねば。おっぱいをあらゆる角度から観察するのと同じように」
「じゃ、じゃあ兄貴がHって言ったのにも理由があるんっすか!?」
「その通り。ここで問題とすべきはバランスだ」
「バランス?」
「そう。大きい乳が大変魅力的だという学説には私も同意するが、ただ単に大きければ大きいほど良い訳ではない。最も理想的な乳の大きさは、乳をもつ女性によって異なるというのが私の意見だ。
人間は一人一人が十人十色、千差万別。誰一人として全く同じ人間など存在しない。それと同じように、全ての女性にとって理想的な胸のサイズなどは有り得ないのだよ。
想像してみるといい。背丈も小さい八歳くらいの可愛らしい少女に、J級の凶悪なボインが装備されていたとしたらどう思う? 明らかにバランスが悪いだろう? もはや肉体よりおっぱいの比重が大きいくらいだ。
それはいけない。確かにおっぱいは芸術だ。おっぱいは宝だ。だがそれは女性の価値の全てではない。私はおっぱいが大好きだが、足も、尻も、うなじも、腋も、耳朶も、指先も全部大好きだ。女性の魅力の一つがおっぱいなのであって、おっぱいの魅力が女性になってはいけないのだよ。
さて。極端な例を出してしまったが、その女性のプロポーションや性格によって、ベストなサイズのおっぱいも変わってくるというのは分かったかね? 分からないなら今すぐ原稿用紙にメモしたまえ!
要するに私が言いたいことは一つ! グレイフィア・ルキフグス、彼女にはHなバストがベストサイズということだっ!」
胸の内を言い切ったサーゼクスはすっきりとした顔でラインを見る。素直な後輩ならばきっと自分の言葉に感銘を受け、真のおっぱいソムリエとしての覚悟を新たにしてくれるだろう。
だがサーゼクスの思いに反してラインはまるで感銘などしていなかった。引き攣った顔で氷像のように固まっている。
「ライン? どうかしたのかね?」
「あ、兄貴……う、後ろ」
「後ろ? 一体どうし―――――んなっ!?」
背後を振り向いたサーゼクスは、ラインと同じように固まることとなった。
「ふふふ。一体なんの話でそんなに盛り上がっているのです? サーゼクス・グレモリー殿」
そこには鬼がいた。いや悪魔がいた。絶対零度の微笑みを浮かべ、マグマのような怒りを目に秘めたグレイフィア・ルキフグスが立っていた。
「じゃ、兄貴。俺はちょっとトイレに行ってくるんで、後は若い二人にお任せするっす!」
「あ、待てライン! 私を置いて逃げるつもりか!?」
いつの間にやら後輩は自分を置き去りにするほど逞しくなっていたらしい。ラインはサーゼクスを囮にして、一目散に逃げ去っていった。
このままでは不味いとサーゼクスも逃げ出そうとするが、
「何処へ行かれるのです、サーゼクス殿?」
グレイフィアに腕を掴まれ、敢え無く逃走に失敗する。
諦めの境地に達したサーゼクスは、ぼんやりと天を仰ぐ。シャンデリアの明かりが眩しい。悪魔は光に弱い種族なれど、こうして光に目を奪われるのは、地上を追われ冥い世界に住まう種族だからだろうか。
届かないものに手を伸ばす。拒絶されたからこそ求める。蝋燭の翼で太陽へ挑んだイカロスの気持ちが分かったような気がした。
しかしこうして現実逃避していても、目の前の現実が消えてくれることはない。恥も外聞も捨てて敵前逃亡したいと思ったのは生まれて初めてだ。……グレイフィアの手の柔らかさを知れたのだけが、唯一の有益事項だった