ハイスクールD×D 内戦地帯のクリムゾン・デビル 作:出張L
外面を完璧にすることはできても、内面はフリーダムでノリの軽いサーゼクスである。子供の頃はそれ相応にヤンチャをしたもので、その度に母から説教を受けてきたものだ。
サーゼクスの母親ヴェネラナ・グレモリーは『亜麻髪の絶滅淑女』などと呼ばれ、グレモリー家に嫁ぐ前はバアル家最強の女性悪魔と畏怖された女傑。故にその説教の厳しさといえば、今思い出しても肝が凍てつく程のものだった。
しかし母親がおっかないのに反比例するように、父親の方は優しかった。元々サーゼクスの性格が父親似ということもあって、母の説教がいき過ぎるとよく父が助け舟を出してくれたものである。
助け舟が来ても逆に一緒に怒られることになるパターンが殆どだったが、それでもやはり味方になってくれる人が一人でもいるというのは嬉しいものだ。
そして現在。サーゼクスは孤立無援の状況で、グレイフィアに説教を受けていた。
「いいですか。貴方も上級悪魔の一人ならばそれ相応の振る舞いというものがあるでしょう。貴方は友人と二人だけで話しているつもりだったかもしれませんが、こっそり聞き耳を立てている貴族や部下もいたのですよ? 魔王派である私が言うのもなんですが、少しは立場を自覚した方が良いのではないですか?」
流れるような説教が的確にサーゼクスの急所を抉っていく。
正論に次ぐ正論の連続攻撃。言い返したいのは山々だが、グレイフィアの言っている事が至極真っ当過ぎて反論の余地がなかった。
即座に撤退を選んだラインの決断は正解だったといえるだろう。これは勝ち目がない。
(それにしても……)
説教しているグレイフィアに気取られないよう、サーゼクスは慎重に視線を下へ逸らす。そこにはサーゼクスとラインが求めてやまない双丘の谷間があった。
ゴクリと生唾を呑み込む。至近距離でこの谷間を拝めるのならば、説教されるのも悪くなかったかもしれない。
「サーゼクス殿、真面目に聞いているのですか?」
「っ! も、勿論だよ、グレイフィア」
グレイフィアに自分の名前を呼ばれ、サーゼクスは慌てて返事をする。
魅力的な女性と二人っきりで会話するなんて、非常に魅力的シチュエーションではあるのだが、その切っ掛けが説教中の勢いというのが悲しいものだった。
「と、ところでグレイフィア。このお酒、グレモリー領の七十年物のワインなんてどうだい? やはり舞踏会は楽しまなければ損だろう」
「露骨に話を逸らそうとしないで下さい」
「あ、いや、うむ。だ、だが君も舞踏会が終わるまで延々と私の説教などしたくはないだろう?」
「それは、そうですが……」
グレイフィアの目に迷いが生まれた。
ここしかない。ここで決めなければ、自分は舞踏会中延々とグレイフィアの説教を受け続けることになる。それだけは阻止しなければならない。
サーゼクスは一気に攻勢へ転じた。
「魔王派と反魔王派がこうして語り合える機会はそう多くはない。これを無駄にすることはないだろう。実を言うとね、私も君達魔王派の事を色々知りたいのだよ」
グレイフィアの説教を逃れるという目的もあったが、本心からサーゼクスは言う。真っ直ぐにグレイフィアの目を見つめて。
サーゼクスの本気が伝わったのか、それとも説教という行為に疲れたのか。グレイフィアは嘆息しながらも快諾してくれた。
「分かりました。何が知りたいのです」
「今現在、付き合ってる人はいるのだろうか?」
言ってからしまったと思った。
冥界の未来に1ミリたりとも関係ない質問内容に、グレイフィアは怒るを通り越して唖然としている。またグレイフィアの火山が噴火する前に、サーゼクスは急いで取り繕う。
「す、すまない。本当に悪気はなかったのだ……ただ君を前にしたら無意識にこんな質問が口から出てきてしまってね」
サーゼクスがしどろもどろに弁解していると、唖然としていたグレイフィアがくすりと笑う。
政治の場での形作った笑顔ではなく、自然と生まれた微笑み。サーゼクスはなにもかも忘れて、その可愛らしい笑顔に惹きこまれた。
「ふふふ」
「ぐ、グレイフィア?」
「貴方って本当に……子供っぽい人なのね。主催者としての挨拶はあんなにしっかり出来るのに。本当に変な人。ふふふふ」
「あ、あははははは。褒められているのかな、これは」
取り敢えず怒っていないようでなによりだ。
それにやっと『グレイフィア・ルキフグス』ではなく、グレイフィアという一人の女性に出逢えたような気がする。コロコロと笑うグレイフィアを見てサーゼクスはそう感じた。
「失礼、話を戻しましょう」
笑いの収まったグレイフィアが咳払いをして話の軌道を戻す。
「待ってくれ」
「なにか」
「そう畏まって話さなくていい。これは公式の会談じゃないのだ」
「貴方がそう言うなら分かったわ。ならどうして魔王派の事が知りたいの 私にも話せることと話せないことがあるわよ」
「相手の事を知らなければ、仲直りはできないだろう?」
「仲直り? 貴方は自身が何を言っているのか分かっているの? よもや内乱を話し合いで解決しようとでも?」
「そうだ」
きっぱりと断言する。
武力による相手の打倒ではなく、話し合いによる平和的な解決。それがサーゼクス・グレモリーの目指すものだ。これを偽ることは出来ない。
「夢物語ね。三大勢力の戦争が一時的に停戦するのに何年……いえ何千年かかったと思っているの? 話し合いによる解決なんて不可能だわ」
「それは誰が決めたんだい? まさか〝神〟だとでも? 不可能の一言で可能性を摘み取るなんてナンセンスだよ。それに私は悪魔が天使と堕天使を滅ぼして、全てを支配するなんて未来の方が余程不可能に思える」
「――――!」
魔王派の目的は内乱に勝利して、冥界を総べる魔王の座を手にすることではない。三大勢力との戦争に勝利して、世界の覇権を握ることだ。内乱の勝利などは通過点に過ぎない。
その過程には当然のように天使と堕天使の殲滅が含まれている。つまりサーゼクスは魔王派の大義を真っ向から否定したのだ。グレイフィアの顔が強張るのは当たり前だろう。
「これは私と、私の友人達の考えだがね。もしも三大勢力の戦争を再開すれば悪魔は滅ぶよ、間違いなく。今度こそ種の存続すら不可能なほどに、完全に、完膚なきまでに、悪魔という存在は絶滅する。
天使や堕天使が滅んで悪魔だけが生き残るなんて都合の良い未来は有り得ない。死ねば諸共、戦争の再開は三大勢力全ての死をもって終戦を迎えるだろう」
「……それは貴方の見解であって、世界の真理ではないでしょう?」
「まったくもってその通り。だがゼクラム・バアル殿も同じ考えだ」
「!」
大王家初代当主ゼクラム・バアル。三大勢力停戦の立役者にして、魔王派にとっては最大の裏切り者。
反魔王派で最大の大物の名が出てきたことに、グレイフィアの瞳孔が開いた。
「根拠は、あるの?」
「というと?」
「私は魔王派を知っているの、知っているのよ。その陣容も、盟主の器も。貴方より正確に」
「だろうね。だからこそ話を聞きたかったのだから」
「私だけじゃない。魔王派には彼がいる。魔剣聖ヴィシュナが。彼が天使や堕天使に遅れをとるとは思えない」
「ああ、そうだろう。だが彼がいても結局三大勢力の戦争で悪魔は勝利出来なかった」
下級悪魔出身でありながら最も多くの天使と堕天使を殺したことで、魔王レヴィアタンにより上級悪魔として引き立てられた魔剣聖ヴィシュナ。彼の実力は、単純な強さならば四大魔王をも凌ぐという。
だがそのヴィシュナがいても悪魔は勝利するどころか主君たる魔王を喪った。
ヴィシュナという悪魔がどれほど強大な力をもっていようと、個人の武力で戦略全体を覆すことは出来ない。これはその証明といえるだろう。
「――――それだけじゃないわ。魔王派の盟主、ニシリナ・レヴィアタン様は聡明な御方よ。もし貴方の言うことが事実だとしたら、それがあの御方に分からない筈がないわ。
だからあの御方にはなにか考えがあるはず。悪魔が天使・堕天使に勝利する明確なプランを、あの御方は持っている」
「一理ある。残念なことに否定できないな」
〝超越者〟に数えられるリゼヴィム・リヴァン・ルシファーの陰に隠れがちだったが、ニシリナ・レヴィアタンも魔王の娘に相応しい実力をもつ悪魔だ。
事実ルシファーが去った魔王派を見事に纏めているのは彼女の才覚あってこそだろう。
グレイフィアの言うことはあながち間違ってはいない。それだけの能力がある者ならば、サーゼクスの言った戦争を継続する上での致命的な問題に気付かない訳がないのだ。
なのに彼女が魔王派の盟主として戦争継続を叫んでいるということは、理性的な判断を見失わせるほどの激情か、天使・堕天使を倒しうるだけの切り札があるということになる。
グレイフィアの言葉を信じるならば後者なのだろう。問題は後者がなんなのか皆目見当がつかないということだが。
「けれどやはり私は出来る限り平和的解決を模索していきたい。世界の覇権なんてものより、今苦しんでいる者達を一人でも多く救うため、冥界の復興に力を注ぐべきだと思う。それが私の考えであり目標だ。それに――――」
悪魔だけではなく天使や堕天使とて同じ命。信じるべきものも、背中の翼も違えど、同じように心を宿す者。滅ぼしていい筈がない。
喉元まで出かかったその言葉を、サーゼクスは寸前で呑み込む。
「いや、止めておこう。これは少しばかり危険な発言だ。聞かれたら粛清されかねない。立場を自覚する……うむ。君のお説教はしっかり活かさせて貰うよ」
「そう……。それは……良かった。私もお説教をした甲斐があったわ」
グレイフィアは目を伏せ、堪える様に胸を抑える。
「グレイフィア? 顔色が悪そうだが、どうかしたのかい? 医者を呼ぼうか」
「違うわ。ちょっと悪酔いしただけ……。それよりプランはあるのかしら?」
「プラン? なんのだい?」
「冥界の今後についての、よ。どれだけ目標を掲げても、それを叶えるための理屈に沿った計画がなければ単なる妄想に過ぎないわ」
「それなら、あるよ。友人のアジュカ、セラフォルー、ファルビウムと会うたびにあーだこーだと意見を交わしてね。草案みたいなものは出来ている。ただ実行するには協力者に地位に色々と足りないものは多いがね」
「ふふ……。貴方が〝魔王〟なら話は簡単なのにね」
「私が、魔王?」
一瞬サーゼクスは自分が魔王の衣装を身に着け、玉座に踏ん反り返っている姿を思い浮かべて、たまらず噴き出してしまった。
「魔王なんてとんでもない。私は魔王の血筋でもなんでもない一介の貴族だ。分不相応というものだろう。そもそも私はグレモリーの次期当主であるしね」
「だけど一介の貴族に冥界全土の未来を切り開くことは出来ないわよ」
「――――!」
言われてみればグレイフィアの言うことには一理ある。
これまで自分達がたてた『計画』をどうすれば大王を筆頭とする上層部に受け入れてもらえるかばかり考えていたが、もっと大々的な『変革』を行うためには、自分達が上層部になる必要があるのかもしれない。
四大魔王が戦死して空席となった四つの玉座。その一つに自分が座れれば、
「ところで」
「なんだい?」
「貴方たちの『草案』ってどんなものなのかしら? 差し支えなければ教えて欲しいわね」
「こちらだけ聞いておいて、答えないのは不公平だな。分かった、ただ立場を自覚しているせいで話せないこともあるから、そこは許して欲しい」
悪戯げに笑うとサーゼクスは話し始めた。友人達と寝る間を惜しんで考えた壮大な未来図を。