ハイスクールD×D 内戦地帯のクリムゾン・デビル 作:出張L
まるで仲の良い友人、或は恋人同士のように仲睦まじく話すサーゼクスとグレイフィア。それをセラフォルーが見つけたのは、色目を使ってきた貴族を失礼にならないようあしらって直ぐのことだった。
セラフォルーは人を見る目はある方だと自認している。そしてそれは決して自己の過大評価ではなく、客観的見てもセラフォルーの人物眼は優れているといっていいだろう。
そんなセラフォルーだからこそ分かる。グレイフィアが浮かべているのは外交の場での作った笑顔ではなく、裏表のない自然な笑顔だ。
(サーゼクスちゃんとグレイフィアちゃん。いつの間にあんなに親密になったのかしら? うーん、乙女心は同じ乙女にも謎だわ。でもいい雰囲気……邪魔しちゃ悪そう)
反魔王派最強の女性悪魔として英雄視されているセラフォルーも、一皮剥けば年頃の少女である。自分の恋愛に関してはさっぱりだが、他人の恋愛については興味津々だった。それが普通にモテる癖して浮いた話が一つもなかった友人の事となれば尚更である。
(しかもグレイフィアちゃんは魔王派の双璧でサーゼクスちゃんは反魔王派のエース。これが世にいう許されざる恋。さしずめロメオとジョリーロジャーね…………あれ、違かったかしら? なんだかミニマム違和感。
でもでも許されざる恋なのは確かよね。サーゼクスちゃんが前々からグレイフィアちゃんを気にしてたのは知ってたけど、グレイフィアちゃんの立場的に結ばれるには障害が多そう。
けどけど! 恋する二人ならどんな障害でも乗り越えられると思う! あのロメオさんみたくっ! あ、でもあのお話は悲劇で終わるんだっけ?
ともかく! 私は応援するわ。頑張れ、サーゼクスちゃん! グレイフィアちゃんのハートを射抜いちゃえ!)
心の中で友人の恋路を応援するセラフォルー。
セラフォルーは二人にばれないギリギリの位置まで近づくと、こっそりと聞き耳をたてる。
(さーて。二人はどんな会話してるのかな)
サーゼクスの情熱的な口説き文句と、それを恥じらいながらも聞き入るグレイフィアを想像して、セラフォルーは耳をすませた。
「やはり先ずは激減した悪魔の人口をどうにかするのが急務だろう。幸い七十二柱がグレモリー家含めて幾つか残っているが、このまま弱った状態が続けば外敵の侵略に耐え切れなくなる恐れがある」
「だけど悪魔の出生率の低さは知っているでしょう? 政府が子沢山政策をとったところで、その効果が現れるまで何百年かかるか。下手すれば何千年かけても大した成果が上がらない可能性だってある」
「……ここだけの話。実は私の友人のアジュカが異種族を悪魔へ転生させる技術を開発中でね。これが本格的に導入されれば悪魔の人口不足と人材不足に一石を投じることができるかもしれない」
「待って。画期的なアイディアだけど、異種族を悪魔に迎えることに拒否感をもつ上級悪魔は多いはずよ。技術的に可能だったとしても、導入するのは難しいんじゃないかしら」
「ふむ、そこは――――」
「…………」
真面目だった。セラフォルーの抱いた甘酸っぱい恋物語の幻想が木端微塵になるほどに、二人の会話は真面目一直線だった。
期待を盛大に裏切られたセラフォルーは、ずっこけそうになるのをどうにか堪える。
(さ、サーゼクスちゃん! 舞踏会で気になってる女の子と冥界の今後について語り合う男の子が何処にいるの!? そんなんだから顔が良いのに彼女が出来ないんだよ! 本当に肝心なところでおバカさんになっちゃうんだから)
心の中で盛大に火を吐くセラフォルーだったが、しかしと思い直す。
話の内容こそ『冥界の将来』についてという色気など皆無なものだが、ああしてサーゼクスと話しているグレイフィアの表情は楽しそうだ。
戦場で戦っている時よりも、どこか生き生きとしている。
(ま、二人が良いならOKなのかな。愛の形は人其々って言うしね。…………あら?)
次に目に留まったのは蒼い男だった。
見目麗しい淑女達からの誘いを丁寧に断りながら、会場の片隅で一人ジュースを啜る男。
魔剣聖ヴィシュナ。彼の視線は仲睦まじく談笑するサーゼクスとグレイフィアへと向けられていた。
(ま、まさか!)
ピコーンとセラフォルーの脳裏に天啓のように閃くものがあった。
描かれるのはサーゼクス→グレイフィア←ヴィシュナという見事なまでのトライアングラー。
思えばヴィシュナとグレイフィアは魔王派の『双璧』として共に行動する事も多いと言う。これはもしかするともしかするかもしれない。
気になったら即行動。即断即決がセラフォルーの持ち味だ。
個人的に『冥界最強の剣士』と呼ばれた男に興味があったことも手伝い、セラフォルーはヴィシュナへ近づいていった。
「そんなところで一人でなにしてるの? 女の子たちからの踊りの誘いも断って」
「セラフォルー・シトリーか。生憎と私は生まれが卑しいものでな。踊りの嗜みなどない私がダンスの相手を務めても、相手に恥を欠かすだけだろう。だからここでこうしてリンゴジュースを飲んでいる」
「お酒は?」
「アルコールは苦手だ」
そう言ってチビチビとリンゴジュースを飲むヴィシュナの姿は、魔剣聖などという仰々しい異名に反して子供のようだった。
余りの可笑しさに噴き出しそうになるのを、セラフォルーは必死に堪える。
「ふーん。ちょっと意外だなー。魔剣聖がお酒に弱かったなんて」
「弱いわけじゃない。苦手なだけだ。それに酒が強ければ、戦いにも強い訳でもないだろう」
会話を拒絶するかのように、ヴィシュナは無愛想に言い放つ。
こうも冷淡に対応されてはそんじょそこらの淑女なら大人しく立ち去るのだろうが、無論セラフォルーはそんじょそこらの中には入らない。
逆により興味を引かれて話を続ける。
「さっきからサーゼクスちゃんとグレイフィアちゃんのこと見てるけど、もしかして二人のこと気になってるの?」
「私は彼女の護衛として来ている。グレイフィアの周囲に気を配るのは当然のことだろう。ましてや近くにいるのが『紅の悪魔』なら尚更だ」
「うーん、私の言いたいのはそういうことじゃないんだけどなー」
「ならどういうことだ?」
「ぶっちゃけヴィシュナちゃん、グレイフィアちゃんのこと好きだったり?」
「――――――」
さっとヴィシュナの顔から表情が消える。
静寂がヴィシュナとセラフォルーの間に充満した。黄色い双眸からは殺意も、敵意も何も感じとれない。ただ空気を凍てつかせる冷徹さだけがあった。
会場では今も音楽が流れているはずなのに、それすら耳に入ってこない。一瞬セラフォルーはヴィシュナが邪剣を取り出すのではないかと錯覚した。
だがそんなことはなくヴィシュナが嘆息すると、震えるほどに冷たい無表情から、ただの無愛想な無表情に戻った。
「私は下級悪魔出身だ。ルキフグスのグレイフィアと釣り合う訳がないだろう」
「むむむ。でもそういう言い方をするということは、心の中ではやっぱり――――」
「勝手に勘違いしているところ悪いが、例え私が名門貴族出身だったとしても、彼女を愛するつもりはない。その資格は私にはないだろう」
そう言ってサーゼクスとグレイフィアを見詰める双眸は、あの空気を凍てつかせる冷酷さが秘められていた。
敵味方に別れての恋と身分違いの恋、禁断と禁断の三角関係。
しかしどうもヴィシュナの方はそれ以外にもなにか事情があるようだった。流石にそれが何なのかまでは分からないが、ヴィシュナがグレイフィアに複雑な感情を抱いているのは確かだろう。
「…………」
ヴィシュナはセラフォルーと視線を合わそうとせず、会話を自分から振ろうともしない。ただ質問すれば応えるあたり完全に会話を拒絶しているわけでもないようだ。
余り自分だけ一方的に質問攻めするというのは好きではないのだが、相手が相手だけに仕方ない。セラフォルーは少しでも気になったことを聞いてみることにした。
「グレイフィアちゃんはルキフグスだからなんだろうけど、ヴィシュナちゃんはどうして魔王派に加わったの? 後ろ盾の魔王レヴィアタン様はお亡くなりになられたのに。魔王派じゃ下級悪魔出身者は辛いでしょう。反魔王派の方が色々と楽だと思うわよ?」
「……だろうな」
反魔王派も貴族主義・血統主義は根強く残っているが、同時に実力主義的な気風も強くある。ヴィシュナほどの実力者であれば、反魔王派は確実に幹部の席を用意するだろう。
しかし魔王派は天秤が些か血統主義に傾きすぎている。下級悪魔出身のヴィシュナにとっては良い環境とは言えない。ニシリナ・レヴィアタンが盟主だからまだしも、もしも彼女がいなくなることがあれば、確実にヴィシュナに待っているのは冷遇の日々だろう。そんなことはヴィシュナ自身が一番良く分かっている筈だ。なのにヴィシュナは魔王派に参加し、忠実に勤め続けている。
「やっぱりレヴィアタン様に引き立てて貰った恩があるから?」
「それもある。だがその恩は十分返したつもりだ。そもそも私を引き立ててくれたのは魔王レヴィアタン様であってニシリナ様ではない。私が魔王派にいる一番の理由は、魔王派の目的が私の目的と一致しているからだ」
「目的?」
「天使と堕天使を滅ぼすこと」
至極当然のことのようにヴィシュナは言い切った。
「本気?」
「正気だ。私は嘘や冗談は苦手だ」
三大勢力の戦争を再開し、天使と堕天使を滅ぼし、悪魔が世界の覇権を握る。それが魔王派の主張だ。
全く現実的ではない荒唐無稽な感情論。セラフォルーは魔王派の中核にいる連中はそんな者ばかりだと思ってきたし、実際殆どはその通りだった。
だがヴィシュナは彼等と同じように『天使と堕天使を滅ぼす』と言いながら、その瞳はもっと遠く、より破滅的な所へと向けられているような気がする。いや、そもそも。
(向き以前にそもそも視点の位置がズレている?)
突拍子もない考えだが、あながち間違っているとは思えなかった。
ただどちらにせよヴィシュナは戦争を継続する上での致命的問題に気付かないほど愚かではないだろう。
「そう」
だからセラフォルーも敢えて食い下がることはなかった。代わりにもう一つ気になることを尋ねることにする。
「ヴィシュナちゃんを引き立てた魔王レヴィアタン様ってどんな御方だったの? 四大魔王で唯一の女性悪魔っていうんだから、やっぱり綺麗な人だった? グレイフィアちゃんみたく」
「グレイフィアとはタイプが違う。かといってニシリナ様のように妖艶な女性という訳でもなかった。公務では生真面目だったが、プライベートでは豪快でお祭り好きで常に笑っているような御方だったよ」
「ふむふむ。レヴィアタン様はフリーダムで、イベント好きで、常にスマイルを忘れないっと」
ヴィシュナが言わんとしたのは歴戦の悪魔達を従える風格をもつ女傑を体現したような女性だったのだが、セラフォルーがイメージしたのは煌びやかなファッションに身を包む明るい美少女だった。
この食い違いが後にどういう結果を生むかは、この時はまだ誰にも分からなかった。