ハイスクールD×D 内戦地帯のクリムゾン・デビル   作:出張L

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Life.14  グレイフィア・ルキフグスの葛藤

 舞踏会が終わって、宛がわれた部屋へ戻ったグレイフィアは、糸の切れた人形のように体をベッドへ投げ出す。

 ふんわりとした弾力が、疲れ切ったグレイフィアを迎え入れる。こうしていると煩わしい全てを忘れ、寝入ってしまいそうだった。

 グレイフィアは目を瞑り、枕に顔を埋める。

 全身を包み込む疲労感は、全てあの紅の男――――サーゼクスとの会話によるものだった。

 といっても別にサーゼクスとの会話が退屈だったのではない。それどころか彼との会話は新鮮で、発見が多く楽しいくらいだった。

 

「サーゼクス、グレモリー……」

 

 名前を呟く。すると彼の夢見る子供のような笑顔が目蓋の裏側に蘇った。

 サーゼクスの語った新しい冥界を作る計画は、心の隙間を埋めるような自然さでグレイフィアの心に入ってきている。こうして目を閉じているだけで、サーゼクスの語った計画を一言一句思い出せた。

 彼の計画は理想的で画期的で革新的で、それ故に実現困難なものだった。

 しかし荒唐無稽な程ではない。サーゼクスの『計画』を全面的に支持する者が魔王ならば、或はサーゼクス自身が魔王として政治を取り仕切れば、実現することは可能だろう。

 

「駄目よ、なにを考えているの」

 

 心が惹かれているのが分かる。サーゼクスの語る未来に夢を見ている、彼の夢に協力したいと思っている自分がいた。

 けれどそんなことは決して許されない。例えサーゼクスの夢見た未来がどれほど素晴らしいものだったとしても、グレイフィアはそれに賛同してはいけないのだ。

 

「そう、私は『ルキフグス』なのだから」

 

 ルキフグス家の務めは魔王ルシファーの力となること。

 万の軍勢が主君を襲うことがあれば、万の軍勢を弾き返す盾となり。

 万の軍勢を主君が襲えと命が下れば、万の軍勢を薙ぎ払う剣となる。

 それが魔王ルシファーの懐刀たるルキフグスの務めだ。

 グレイフィアの父も母もそうやって生きてきた。祖父も祖母も、曽祖父も曾祖母もそうだろう。弟もリゼヴィム・リヴァン・ルシファーを探すため、今この瞬間も万里を駆け巡っている。

 故にグレイフィア・ルキフグスもまたそういう生き方をしなければならないのだ。

 サーゼクス・グレモリー。たかが七十二柱に名を連ねるだけの男の夢を手伝うなどと、そんなこと考えてはいけないのである。

 なのに自分の心は、どうしようもなくサーゼクスの夢に揺れ動いている。

 冷静で冷血な殲滅姫の仮面を被れば、他人を誤魔化すなど造作もない。他人に自分の心を偽るなど簡単だ。だが自分だけは誤魔化せない。

 

「私はルキフグスの『務め』を果たさないと」

 

 グレイフィアが与えられた任務は囮。グレイフィアとヴィシュナという『双璧』がルシファードにいることで、首都リリスの反魔王派を油断させる役割だ。

 今頃、選抜された奇襲組は首都リリスを襲撃する準備をしているだろう。

 そう、やはり自分はサーゼクスの夢を手伝うことは出来ない。

 自分は彼を騙しているのだ。グレイフィア・ルキフグスという女を馬鹿みたいに信じて、嬉しそうに夢を語ってくれた男を。彼の信用を最悪の形で踏み躙ろうとしている。

 こんな自分に彼の夢を手伝う資格などある筈がない。

 サーゼクスの裏表のない好意が、身を蝕む毒のように心を掻き乱す。あの笑顔を思い出すだけで、自分が酷く穢れた女のように思えた。

 ふと下らないことを考える。もしもサーゼクスがルシファーだったのならば、自分はこんなにも迷うことなどなかっただろうに、と。

 莫迦げた妄想だ。サーゼクスはルシファーではない。ただの一貴族だ。そんなIFなど考えた所で仕方がない。まったくの無駄だ。

 こんな無意味な事を考えるなど、自分の思っていた以上に自分という女は弱かったらしい。

 

「これでいいの、これで……」

 

 自分は魔王派の幹部、ルキフグス家の責務、与えられた命令の遵守。

 耳触りの良い大義名分で罪悪感に蓋をする。が、直ぐに中身が溢れて蓋を吹き飛ばした。

 小奇麗な免罪符で罪を誤魔化そうとしたこと、それが新たに自分の罪悪に加わる。蓋の外れた心が目元から溢れそうだった。

 しかしそれだけは駄目だ。ここが決壊したら、きっと止まらなくなる。

 グレイフィアはきゅっと目を強く閉じて、溢れるものを堪えた。すると背後から声が掛かる。

 

「――――お嬢様」

 

「エルアナ?」

 

 正直エルアナが来てくれたことは有難かった。一人でいると弱くなってしまうが、近くに誰かがいれば簡単に仮面を嵌めることができる。

 例え相手がエルアナ・ロノウェという最も信頼する人物でも。

 

「お顔が優れませんがどうかなされたのですか? 具合が悪いのでしたら、お水でも」

 

「要らないわ。大丈夫よ、本当に」

 

「しかし」

 

「私は『大丈夫』だと言ったのよ。聞こえなかったかしら?」

 

「……はい」

 

 エルアナは何か言いたげだったが、グレイフィアが強く言うと引き下がる。

 時間にすれば十秒ほど。気まずい沈黙が漂う。

 意を決して声を発したのは、やはりというべきかエルアナだった。

 

「お嬢様。もしかしてサーゼクス様となにかあったのですか?」

 

「どうして?」

 

「あれだけ楽しそうに誰かと話すお嬢様を見るのは、初めてだったものですから。もしかしてサーゼクス様がなにか失礼なことでも――――」

 

「違うわ。失礼なことをしているのは、私よ。胸の内を曝け出してくれた相手に本心を隠して、嘘を吐いて、騙している。悪い女ね」

 

 この場に同行しているエルアナは、当然のことだが今回の作戦についても聞かされている。

 だからグレイフィアの言葉を聞くと納得のいった顔になった。

 

「亡命なされたらどうです?」

 

「……簡単に言ってくれるわね」

 

 そんなことが出来たら罪悪感に苦しめられることはない。

 グレイフィア・ルキフグスはサーゼクスの夢に心惹かれている。これはもう隠しようがない。けれどだから亡命するという結論に至れるほど、世界は単純ではないのだ。

 立場と生まれ故の義務。それを放棄して思い通りに生きるなどグレイフィアには出来ない。

 それに魔王派の掲げる大義が、サーゼクスの夢に劣ると決まった訳ではないのだ。魔王派のニシリナ・レヴィアタンの切り開く未来が、サーゼクスの未来より素晴らしい可能性も確かに存在する。

 ならば魔王派のグレイフィアのその大義に懸けるべきだろう。

 

「お嬢様。私には政治など分かりません。ですから私がお嬢様にかけられる言葉は唯一つです。例えお嬢様がどのような道を選ぼうと、私は死ぬまでお嬢様に着いていきます」

 

「……ありがとう。少し楽になったわ」

 

 その時だった。部屋のドアがコンコンとノックされる。

 

「誰?」

 

『私だ。開けていいか?』

 

 淡々としたヴィシュナの声がドアを伝って響く。断る理由はない。グレイフィアが促すと、エルアナがゆっくりとドアを開けた。

 ヴィシュナが部屋に入って来る。サーゼクスと会話していないヴィシュナは、当然彼の夢も知らないわけで、その様子は全く普段通りだった。

 それが少しだけ羨ましいと思うのと同時に、不思議と残念にも感じる。

 

「そろそろ『作戦』が始まる。脱出するぞ」

 

「――――!」

 

 慌てて時計を見て、次に日付を確認する。

 ヴィシュナの言う通りだった。そろそろ奇襲部隊が動き出す頃合いである。

 首都リリスが襲撃を受けたという報がルシファードに伝われば、グレイフィアとヴィシュナは反魔王派のど真ん中で孤立することになるだろう。

 そうならないためにも襲撃が始まる前にルシファードを脱出しなければならないのだ。

 刹那の躊躇い。提示された二つの道筋。

 

「分かったわ。急ぎましょう」

 

 グレイフィアが選んだのはルキフグスとしての責務だった。

 

「エルアナ」

 

「はい」

 

 エルアナの手から白い粒子が生まれ、それが集まり一つの形を成す。

 出現したのは白いマントだった。見た目はなんの変哲もないが、大の大人五人は軽く包み込めるほどのサイズがある。ここまで大きいとマントというよりカーテンに近いだろう。

 

「神器発動〝無垢なる外衣(サイレンス・ルーセント)〟。お嬢様、ヴィシュナ様。お早く」

 

「ええ」

 

「ああ」

 

 エルアナがマントですっぽりと自分ごと二人を包み込む。するとその場から三人の姿は忽然と掻き消えた。

 といっても別に空間を転移したわけではない。単にマントの外側から内側が見えなくなっただけだ。

 包み込んだモノを不可視にして魔法・魔力の探知すら無力化する、それがエルアナの神器〝無垢なる外衣(サイレンス・ルーセント)〟の能力である。神器の種類は綺羅星の如くといえど、これほど隠遁に秀でたものはそうはない。

 サーゼクスの采配により休戦中でありながら、ルシファードには普段以上に厳重な警備が敷かれているが、この神器があれば脱出も可能だろう。

 グレイフィアは罪悪感に後ろ髪を引かれるが、それを義務感で振り払うと、二人と共にルシファードを脱出する。ルシファードに首都リリス襲撃の報が届くのは、それからかなり後になってからのことだった。

 

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