ハイスクールD×D 内戦地帯のクリムゾン・デビル 作:出張L
そもそもの話。ラヴィリ・グラズノフの予定表には魔王級の怪物と戦う予定などありはしなかった。
一番恐ろしいサーゼクス・グレモリーと反魔王派最強の女性悪魔たるセラフォルーはルシファード。アジュカ・アスタロトとファルビウムは教会による大規模討伐軍への対処に追われているときている。
よって首都リリスには反魔王派の四大エースは悉く不在であり、いるのはエース級未満の上級悪魔達に中級・下級悪魔ばかり。
赤龍帝であるラヴィリにとっては雑魚同然である。
よって魔王の本拠地に攻撃なんて大それた作戦の割に、ラヴィリの負担は然程ではない筈だったのだ。しかしどういうバアル家最強の女性悪魔に、不死身のフェニックスという面倒臭い組み合わせを、一人で相手することになってしまっている。
藁をも掴む気持ちで他の奇襲部隊の悪魔に救援を要請してはみたのだが、
『高い報酬を支払っているのだから、自分でなんとかしろ! それでも赤龍帝か!』
というありがたい言葉が返ってきたので、助けは期待できそうにない。
随分と酷い扱いではあるが、仕方ないだろう。高い報酬を受け取っているのは確かであるし、そもそも傭兵などこういうものだ。
「ドライグ」
『なんだ?』
「成功報酬というのは残酷だな。逃げたくとも逃げられなくなる」
『はははははは。ま、気張ることだ。気休めにしかならんかもしれないが、神器に封じられる前の俺なら、この程度は窮地でもなんでもなかったぞ』
「…………まぁ、たった二体で三大勢力全てを敵に回した天龍がついていると思えば、多少は心強い、か」
いざとなれば『覇龍』を使うという手もある。
神器に封印された天龍の力を一時的に完全解放させれば、相手が魔王だろうと恐れるに足らずだ。とはいえアレは使用後〝魔法力〟がすっからかんになるリスクがあるので、正真正銘の最後の手段である。使わないにこしたことはない。
「不死身の私が前へ出ます。ヴェネラナ様は後ろへお下がりを」
「あら、心配は無用よ。前線を離れて久しいけれど、そこまで鈍ってはいないわ」
「失礼。では援護させて頂きます」
ヴェネラナという名の悪魔が、肉体に内包していた消滅の魔力を解放する。すると攻撃していないというのに、彼女の周囲にあるものが消滅し始めた。
ただ魔力を全開に解放しただけでこれならば、そのエネルギーを攻撃に転じた時、どれほどの威力になるのか。これまで数多くの修羅場を潜ってきたラヴィリにも予想がつかなかった。
「――――滅びなさい」
戦いの号砲は解き放たれた滅びの魔力によって告げられた。
一斉解放された滅びの力は、立ち塞がるものを片っ端から消滅させながらラヴィリへと迫る。だがラヴィリはそれに対してなんの回避行動もとらず、平然と棒立ちしたまま滅びの力を迎え入れた。
そして滅びの魔力がラヴィリに到達する刹那、
『Transfer!』
赤龍帝の宝玉に溜められていたエネルギーが、ラヴィリの展開する魔法障壁へと譲渡された。
滅びの魔力が障壁に直撃する。滅びの魔力はヴェネラナの意思を宿しているかのように、猛然と障壁を食い破ろうと突き進む。だが障壁を十数枚破ったところで力尽き亜麻色の魔力は雲散した。
「大した防御力ですね」
「そこのフェニックスとかと違って、俺は不死身じゃないんでな。こうして殻に閉じこもらなければ、悪魔の相手なんてとてもとても……。実際肝が冷えたぞ。今の一撃、赤龍帝の力がなければ消し飛んでいた」
商売がてら人外の化け物と戦うことの多いラヴィリは、異形と比べて人間がどれほど脆弱なのかを理解していた。血を流し過ぎれば死ぬし、環境が悪ければ直ぐに病気になるし、未知の病一つによって町が壊滅することもある。
だからこそ攻撃を絶対に受けないために、ラヴィリは常に999重に張り巡らせた魔法障壁を展開しているし、戦う際は極力防御力にも秀でた禁手になることを心がけていた。
これほど防御を固めれば、どんな相手だろうと一撃でやられることはない。これまでそう思っていたのだが、どうもそれは誤りだったらしい。
ヴェネラナ・グレモリーの『滅びの力』の全力解放。あれはラヴィリの魔法障壁どころか中身の全身鎧まで丸ごと消し飛ばす破壊力を秘めていた。
(息子のサーゼクスは魔力の精密操作にかけて並ぶ者がいないらしいが、母親の方は巨砲主義というわけか。しかしあれほどの一撃、連発はできんだろう)
それなりに魔力を『溜める』時間があれば二撃目を放つことも可能だろうが、あの破壊力を知ったラヴィリがそれを許す道理はなかった。
魔法の波状攻撃を仕掛けて、ヴェネラナに大技を繰り出す暇を与えない。多種多様な属性入り乱れた魔法の雨、ヴェネラナはそれらを絶対的な滅びによって防いでいく。
だがヴェネラナは迫りくる魔法をただ防いでいるだけではなかった。滅びの魔力によって迎撃するのはあくまで最小限。魔法の多くは、一流の武人もかくやという歩法で躱していっている。しかも少しずつラヴィリに近づきながら。
『相棒!』
ドライグの警告ではっとする。ヴェネラナの回避技術に気を取られているうちに、ルヴァル・フェニックスが炎の翼を噴出させて突っ込んで来ていた。
一種の舞踊にも似たヴェネラナの回避とは対照的な、どこまでも真っ直ぐな捨て身の突貫。
固定砲台に徹して厚い弾幕を張っているラヴィリ相手に、そのような捨て身は普通なら下策中の下策だ。99%ラヴィリに到達する前に、魔法のフルバーストに蜂の巣にされて終わりだろう。
しかしそれがフェニックス家の者ならば話は別だ。
ラヴィリの魔法がルヴァルの右腕を抉っていく。風の刃がルヴァルの首を斬り落とした。
通常ならこれで終わるところなのだが、フェニックスにはこの先がある。
――――曰く、死した不死鳥は灰の内より蘇るという。
その伝承を証明するかの如く、消し飛ばされた箇所に炎が起こると、ルヴァル・フェニックスという悪魔の肉体を完全に再生させてしまう。
フェニックス故の不死。不死故のフェニックス。なんとも単純な能力ではあるが、だからこそ厄介である。肉を切らせて骨を断つという諺があるが、フェニックスは骨を断たせて肉を切っても十分なのだ。なにせどれだけ骨を断ってもキリがない。
だがフェニックスの不死性は絶対のものではないだろう。そもそもフェニックスが、如何なる相手にも殺されない不滅の悪魔なのだとしたら、とっくに世界の覇権は悪魔のものになっている。そうならないのはフェニックスの不死身にも限界があるからだ。
「
ラヴィリが新たに発動させたのは、自然の精霊の力を借りる精霊魔術とは異なる、天使・堕天使より人間が授けられた魔術。即ち天使・堕天使が持つという光力を再現する魔法だ。
悪魔は人間より遥かに巨大な力を持つ分、弱点も多い。その一つが天使や堕天使の扱う光力。
そして不死身のフェニックスは肉体が不死身でも、その精神まで不死身ではない。悪魔にとって毒である『光』は、フェニックスの精神を抉るには十分だろう。
『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!』
更にそこへ赤龍帝のパワーを加えれば、毒は即死級の猛毒まで昇華される。
ラヴィリの背後に巨大な光槍が戦列を並べた。悪魔にとって最悪の軍団を前に、ルヴァルとヴェネラナは顔を青褪める。
「
光槍の大軍が滅びの悪魔と不死鳥へ殺到する。
不死を頼りに果敢に突進していたルヴァルも、これには一度足を止めざるを得なかった。炎を操り、どうにか光槍を回避しようとする。
それを臆病と詰りはすまい。ルヴァルの判断は的確で、理にかなったものだ。寧ろここで突貫してくるほうが愚かといえる。
ルヴァル・フェニックス。豪胆さと慎重さを兼ね備えた将来有望な若手悪魔。魔王派の情報に偽りはなかったとみるべきだろう。
だからこそ、それを見た時、ラヴィリは唖然として一瞬動きを止めた。
「はぁあああああああああああああああああーーーーッッ!!」
「なっ!?」
『おいおい……』
天龍たるドライグすらも呆れ交じりに声を漏らす。
あろうことかヴェネラナは猛然と降り注ぐ光槍に対して、真正面から突っ込んできたのだ。
「ヴぇ、ヴェネラナ様!? 危険です、お止め下さい!」
「危険? この男を討ち損じることは冥界全土を危機に陥れること! それに比べたら我が身一つの危険など大したことではないわ!」
光槍をヴェネラナは滅びの魔力で相殺しながら、ラヴィリ・グラズノフへと近づいてくる。といっても全ての光槍を相殺することはできず、滅びを掻い潜った光槍がヴェネラナの体を傷つけていった。
ヴェネラナにはフェニックスのような再生能力はない。受けた傷は回復しないし、そもそも光は悪魔にとって猛毒。立つことすら出来ない激痛が、ヴェネラナの肉体を駆け巡っている筈だ。
なのにヴェネラナは前進することを止めはしない。
〝烈女〟
そんな二文字がラヴィリの脳裏を蘇ったのは、極々自然なことだろう。
ラヴィリは光槍の雨をヴェネラナへと集中させる。けれどヴェネラナは足を止めない。流れた己の血で戦化粧を施された顔は、正に悪龍に挑む英雄そのものだった。
「うぉおおおおおおおお!!」
そして英雄の気迫は周囲の者へと伝播する。ヴェネラナの勇猛な背中に鼓舞されたルヴァルは、猛毒である光も恐れずに向かってきたのだ。
ここでラヴィリは自身の失策に気付く。光槍をヴェネラナへ集中し過ぎたせいで、ルヴァルへの抑えが疎かになっていたのである。
ルヴァルは魔力を燃焼させながら空を射抜くように飛ぶと、遂にラヴィリ・グラズノフの正面へと到達した。
「喰らえッ! これがヴェネラナ様の、いや貴様に殺された者達の怒りだ!」
ルヴァルの右手に炎が宿る。右手の炎は大気中の風を吸い込んで、より激しく燃え上がっていった。
そして限界にまで溜め込んだ力に己の魂を乗せて、ルヴァルは正拳突きを放つ。
ルヴァルの右手は吸い込まれるようにラヴィリの顔面へ向かっていき、その顔を突き刺すことなく停止した。
「――――!」
「障壁があるのを忘れたか?」
999の障壁のうち421が破られたが、障壁は未だ健在。当然障壁に守護されているラヴィリにダメージはない。
ラヴィリは止めを刺すべくルヴァルに掌を向けた。
掌に集まる光。この至近距離から極大光力の全力魔法など浴びれば、如何にフェニックスといえど一溜まりもないだろう。
「惜しかったな、フェニックス」
「いいえ。よくやってくれました、ルヴァル」
ラヴィリの声に被せるような惜しみない賞賛。それは今正に光槍を掻い潜ってきたヴェネラナから発せられたものだった。しかもヴェネラナの右手には、先程のルヴァル以上の魔力が破裂しそうなほどに凝縮されている。
ラヴィリは瞬時にルヴァルへの攻撃を停止して、全神経をヴェネラナへと注いだ。
(不味い、な――――)
ラヴィリの障壁は一枚一枚が全体を補うように構築されている。つまり障壁の421枚が破られた今、ラヴィリを守るそれは通常の半分未満まで防御力を低下させているということだった。
そこへ先程以上の魔力を喰らえばどうなるか。そんなものは考えるまでもないことだ。
赤龍帝でブーストした力を障壁へ送ろうとするが、ヴェネラナの動きはそれよりも早い。
「さっきのルヴァルの叫びに、ルヴァル自身の痛みも加えての一撃よ。喰らいなさいッ!」
ヴェネラナの正拳突きは、容赦なくラヴィリ・グラズノフの障壁全てを消滅させた。
「やはり、惜しかったな」
「なん、ですって……?」
だが障壁の全てが破壊されながら、ヴェネラナの拳がラヴィリに届くことはなかった。滅びの力が込められたヴェネラナの拳。それはラヴィリの顔面の前で完全に静止していた。
といってもヴェネラナが寸止めしたわけではないし、見えない壁に阻まれたわけでもない。ヴェネラナの手がとまったのはもっとシンプルな理由である。
なんのことはない。赤龍帝の鎧に覆われたラヴィリの掌。それがヴェネラナの手を完全に受け止めていたのだ。
「ドライグ、固定砲台も馬鹿には出来ないだろう。なにせラヴィリ・グラズノフは魔法一辺倒で接近戦は不得手であると、勝手に勘違いしてくれるのだからな」
『ふっ、違いない』
これにはさしものヴェネラナも顔を青褪める。ルヴァルも開いた口が塞がらないという様子で、視線がラヴィリに釘づけになっていた。
「そら―――っ!」
魔法力を帯びさせた手を薙いで、ヴェネラナとルヴァルを弾き飛ばす。
こうまで障壁を破壊されてしまった以上、もはや出し惜しみはなしだ。ブーストしたエネルギーを自分の肉体を活性化させることに注ぎ込む。
「モード2だ。これからは固定砲台改め高速移動砲台でいくぞ」
風を置き去りにする速度で、赤い破壊者が掻き消える。そして首都リリスに嘗ての二天龍討伐戦の情景が再現された。