ハイスクールD×D 内戦地帯のクリムゾン・デビル 作:出張L
三大勢力の中で最も人間界に影響力をもっているのは、議論するまでもなく天界である。
堕天使は人間に『知恵』を与えることで、悪魔は人間と『契約』することで。其々人間界に独自の勢力圏を持ってはいるが、教会という組織をもち、人々の信仰を集める天界サイドには劣る。世界三大宗教は伊達ではないのだ。
しかし教会の力がイコールで天界の武力に繋がる訳ではない。
〝聖書の神〟が存命中の頃は、神の作り上げた『システム』を用いることで、十字架や聖水に聖なる力を与え、信仰者への神託も安定して出すことが出来ていた。あの頃の天界と教会は正に一体だったといって良いだろう。
だがそれも過去の話。〝聖書の神〟の死後、神の『システム』を継承することになったミカエルには、神ほどシステムを扱う力はなかった。
その結果として人間界では様々な問題が発生することとなる。
システムの安定のため教会の教義に反する能力を持つ者は、例え敬虔な信徒であろうと異端者として追放せざるを得なくなった。そしてこれまで人々を導いてきた『神託』も、おいそれと出すことはできなくなった。
中でも『神託』を出すことが困難になったのは、天界にとって大きな痛手だったといえるだろう。
神託は人間にとっては道標であり、天使にとっては自分の意思を人間へ伝える術である。それが困難になったというのだから、天界と教会の意思統一が難しくなったのは自明のことであった。
天使・堕天使・悪魔の三大勢力で一応の停戦協定が結ばれたにも拘らず、教会が悪魔側へ大規模討伐軍を派遣したのも、天界と教会の意思の剥離が招いたことといえるだろう。
尤もこの一連の出来事には『神託』と偽って出鱈目を囁いて、人間を意のままに躍らせた『悪魔』の暗躍があったのだが、そのことは天界側・人間側共に誰一人として気付くことはなかった。
しかし明確な証拠こそ見つけられずとも、それに気付いた男が唯一人。
ファルビウム・グラシャラボラス。冥界最強の軍略家と謳われる男は、討伐軍の対処を一段落させて、久しぶりに人間界から冥界への帰還を果たしていた。
「……ふぁ~あ。転移魔方陣使えば首都まで一瞬なのに、どうして一々転移ポートを経由させるかなぁ。おまけに手続が長いし……。僕は早く戻ってふかふかベッドで安眠したいのに……」
「ファルビウム様。今、冥界は魔王派と反魔王派の二大派閥による内戦の真っ最中なのですぞ。天使・堕天使にも不穏な動きがありますし、現に教会は停戦後だというのに大挙して押し寄せてきたではありませぬか。人間界から冥界への転移を制限するのは当然のことです」
「…………分かってるよー、そんなことー。ああ、戦争なんてかったるいこと皆よくやるよ。悪魔も人間も働き過ぎ……。もっと他力本願を覚えないと……」
グラシャラボラスに代々仕えてきた武人たるアンドリスは、相変わらずの若き次期当主に嘆息する。
これでファルビウムがただの怠け者ならば叱責の一つでもするところなのだが、何だかんだ言いつつやるべき仕事だけは完璧以上にやるため何も言えないのだ。
反魔王派において四英雄と謳われる若手悪魔。サーゼクス、セラフォルー、アジュカ、ファルビウム。この四人は魔力も頭脳もずば抜けているのだが、プライベートではやや軽いのが玉に瑕である。特にファルビウム・グラシャラボラスの怠け癖は筋金入りだった。
「それにしてもファルビウム様」
「……んー」
「ファルビウム様程の御方が指揮をとり、アジュカ・アスタロト様までおられたというのに、随分と対処に時間がかかったようですが、なにか問題でも起きたのですか?」
「……特にイレギュラーとかは起きてないよ。精々あちら側に〝聖槍〟の使い手が一人いたくらいで、特に事前情報と違うことはなかったしねぇ。普通に戦って、普通に苦戦して、普通に時間がかかっちゃっただけだよ」
「苦戦? 人間の討伐軍に、ですか?」
人間の力は弱い。天使・堕天使・悪魔と比べれば遥かに劣るといっていいだろう。中には百の悪魔を単騎で薙ぎ倒すような『英雄』もいるが、そんなものは例外中の例外である。
決して人間を侮っているわけではないが、ファルビウム・グラシャラボラスが指揮をとり、サーゼクスと並び『超越者』に数えられるアジュカまでもがいた悪魔が、人間の討伐軍に苦戦するとはどうしても思えなかった。
そんな臣下の心を見透かすように、ファルビウムは告げる。
「……うーん。そりゃアジュカもいたし、天使も出張ってこなかったから、戦力的には悪魔の方が上だったよ? ぶっちゃけ適当にジェノサイドとかしちゃえば、もう二か月くらいは早く戻って来れたかもね~。
でもさぁ。もし討伐軍を皆殺しにしたりしたら、流石に天使も静観を決め込んでいられなくなるだろうし、下手したら天使と悪魔の間で本格的に『戦争』再開だよ~。
物凄く面倒な戦争が嫌から内乱なんて面倒なことしてるのに、そんなことになったらまったく意味がないじゃないか。
だからアジュカに特殊な術式を組んで貰ったりして、死傷者をなるべく出さないようやってたら…………こんなにかかっちゃったんだよねぇ~~」
「下らぬ質問をしたことを謝罪します。御慧眼、お見それ致しました」
改めて自分の仕える主君の戦術眼を目の当たりにしたアンドリスは、畏敬の念と共に己が不明を詫びる。
「……そんなことないよ~。僕はただ面倒臭いのが嫌なだけだし、だから面倒臭いことを避けるためにだるいけど頭を使うんだよ……。それよりアンドリス、僕がいない間になにか面倒なこととかあった?」
「その問いにはYesとお答えするしかないでしょう」
「…………うわ~。なんか嫌な予感がするなぁ。きっと面倒臭いことなんだろうな~。…………でも聞かないでいるともっと面倒臭くなりそうだから…………うん、覚悟決めたよ。教えて」
「三日前のことです。首都リリスが魔王派の奇襲を受けました」
「…………へぇ」
それからアンドリスは自分の知っていることは全て話した。いや正確には話そうとしたのだ。だがアンドリスが一連の出来事の始まり、グレイフィアとヴィシュナの『双璧』がルシファードに休戦の使者としてやって来たことを告げた途端、まだ手続きも終わっていないというのにポートを飛び出していった。
いきなりのことに呆然としていたアンドリスだったが、我に返ると慌ててファルビウムを追う。
「ど、どうされたのですかファルビウム様! 事情は分かりませぬが手続きが終わるのをお待ち下さい。問題になりますぞ!」
「冥界の危機に手続の終わりなど待ってられるか!」
「は? で、ですがもう首都リリスは奇襲を受けた後で…………そもそもまだ『双璧』が使者として来たことしか話していないではありませぬか!」
「十分だよ、それで。どうせ休戦になって警戒心を緩めたリリスが奇襲にあって、その責任をサーゼクスに押し付けようとしてるんだろう。今頃はリリスで査問でも受けてるんじゃないか?」
「お、お見それしました。全くその通りです」
一を聞いて十を知るという諺があることは知っていたが、それを実際に目の当たりにしたのは初めてだった。
驚嘆するアンドリスを他所に、ファルビウムは普段の怠惰が嘘のように転移魔方陣を作り上げていく。
「で、ですがサーゼクス殿の弁護ならば焦らずとも良いのでは? 流石に二、三日中にどうこうということもないでしょうし」
「サーゼクスのことはどうでもいい」
「は?」
「二、三日も待っていたら間に合わなくなる。なにせ魔王派の本当の作戦はこれから始まるのだから」
「な、なんですと!?」
「休戦を申し込むことで油断させ、首都リリスに奇襲を仕掛ける。成程インパクトは十分だね。実際この奇襲でかなりの悪魔が殺されたんだろうし、かなりの損害を受けたんだろう。
だがね。残酷なようだけどたったそれだけのことなんだよ。リリスは損害を受けただけで陥落したわけでも壊滅した訳でもない。戦力の要である僕を含めた四英雄は健在だし、重要拠点だって何一つ奪われていない。戦術的にはどうあれ、戦略的には然程の影響はないんだ」
「は、はぁ。よくは分かりませぬが、戦略的な被害が少ないのは良い事なのでは?」
「残念だけど協定違反の汚名を被ってまで戦略的に効果の薄い作戦を行うほど、ニシリナ・レヴィアタンも軍師のダリオ・シャックスも無能じゃない。こちらの総司令官殿と違ってね。
魔王派がリリスを奇襲した真の目的は、サーゼクスに損害の責任をとらせることだ」
「サーゼクス殿に、責任を!? た、確かにサーゼクス殿は今回の件の責任を追及されていますが、幾らなんでもここまで読むのは無理というものでは?」
「不可能じゃないよ。だって僕ならそこまで読めるからね。謀略にかけては僕以上のダリオ・シャックスなら、魔王派の内情くらいお見通しだろうし楽勝さ」
サーゼクスがバアル家に疎まれていること。反魔王派総司令部の連中が自己保身に長けており、尚且つ四英雄を良く思っていないこと。
それらの情報を入手していれば、総司令部が責任をサーゼクスに押し付けることまで読み切るのは、不可能ではないのかもしれない。
「しかしサーゼクス殿を追い詰めるためだけに首都に奇襲するなど……。些かやり過ぎでは?」
「そうでもないさ。サーゼクスが司令をしていたルシファードは戦略的最重要軍事拠点だ。ここを守り通すだけで反魔王派は戦いを有利に進めることができるが、逆にここが陥落するようなことがあれば、魔王派は大挙して反魔王派の勢力圏に雪崩れ込んでくるだろうね。
といっても此処には四大魔王の施した防御結界が幾重にも張り巡らされているし、サーゼクスとセラフォルーの二人がばっちり守っている。陥落することなんて普通は有り得ないさ。サーゼクスがいればの話だけどね」
「!」
そう、忘れてはならない。サーゼクスが司令になってルシファードは安定したが、その前は魔王派と反魔王派による壮絶な奪い合いが起きていたのだ。
一週間を超えて一つの勢力に留まることのなかった灰色の旧都。それを反魔王派の都市として確固たる色に染めたのがサーゼクス・グレモリー。
ならばそのサーゼクスがいなくなるということは、ルシファードが再び元の灰色の都市へと回帰することに他ならない。
「まさか魔王派の計画というのは!」
「そう、前線都市ルシファードを陥落させることだ。――――良し。準備が出来た」
ファルビウムの描いた魔方陣が、彼の魔力を流し込まれて発光する。
「これから、どうされるのですか?」
「魔剣聖に対抗できるのはサーゼクスかアジュカだけだ。アジュカが人間界から動けない以上、どうしてもサーゼクスを解放する必要がある。
僕はこれからゼクラム・バアル殿に謁見を求めてくる。あの御方ならサーゼクスを解放するなんて容易いだろうし、事情を説明すればたぶん分かってくれると思うしね。アンドリスはルシファードへ飛んでセラフォルーにこのことを伝えてくれ」
「分かりました。このアンドリス、命に代えましても」
魔方陣の上にのったファルビウムは、バアル領の奥深く――――ゼクラム・バアルの居城へと転移していく。
法律やマナーを軽く100以上は破っていたが、冥界の危機に比べればそんなものは安いものだ。