ハイスクールD×D 内戦地帯のクリムゾン・デビル 作:出張L
セラフォルー・シトリーはミスをした。もっと自分の行動に注意を払えば、自分の事を探っている内通者がいたことに気付けたかもしれない。
内通者もミスをした。もっと慎重に行動していれば、セラフォルーの情報を売ったことを見つかることもなかったはずだ。
反魔王派と魔王派は共に一つのミスをした。だからグレイフィア・ルキフグスは此処にいるセラフォルーに奇襲を仕掛け、サーゼクス・グレモリーは此処にいるセラフォルーを助けに現れた。
紅の悪魔、銀の悪魔。
魔王の血を受け継がぬ者でありながら、魔王に肩を並べる魔力をもった二体の悪魔が対峙する。
グレイフィアの表情に変化はない。だがそれは表面上だけのこと。内心ではサーゼクス・グレモリーの来援に緊張を隠せてはいなかった。
それはサーゼクスとて同様である。後輩悪魔のライン・ダンタリオンから内通者のことを聞かされ、直ぐに文字通り飛んできたわけであるが、よもやセラフォルーを襲撃した相手があのグレイフィア・ルキフグスとは思ってもいなかった。
(グレイフィア・ルキフグス……か。このような場所で会いたくはなかったが)
ふと子供の頃の記憶がフラッシュバックするが、状況が状況だけにそれを心の奥底に封じ込める。
なにはともあれこうして戦場で出逢ってしまった以上はやむを得ない。手加減できるような相手でもなし、本気で戦うだけだ。尤も流石に『真の姿』まで解放するつもりはないが。あれは下手に使えば冥界の環境そのものに悪影響を与える。
「さて。グレイフィア、私の友人が世話になったようだな。ここは一つ返礼をさせて貰おう」
サーゼクスの周囲に〝滅びの魔力〟を超高密度に凝縮した球体が無数に浮かび上がる。
球体一つ一つのサイズは然程ではない。セラフォルーが放った氷柱やグレイフィアの魔力砲と比べれば、その差は歴然としている。しかしサイズの大小がエネルギーの量に直結するわけではない。サーゼクスの周囲に浮かぶ球体一つ一つには、上級悪魔を容易く消し飛ばすだけの力が込められていた。
「踊れ」
サーゼクスが思念を飛ばすと、紅の球体全てが独自の意識を宿したかのように飛び交う。それはサーゼクスの言う通り光が踊っているようでもあった。
紫色の空にて踊り狂う紅の球体。幻想的な光景ではあったがしかし、グレイフィアはそれに目を奪われることはない。球体は超高速でグレイフィアに迫るが、彼女はそれを追い抜く速度で上空へと上昇していく。
グレイフィアが上昇すれば、紅の球体とサーゼクスもそれを追うように上へ昇る。グレイフィアを追いながら、サーゼクスはセラフォルーに叫んだ。
「セラフォルー! 彼女は私がやる。君は――――」
「OK。任せておいて。魔蒼騎士団は私が相手しておくから、サーゼクスちゃんはグレイフィアちゃんをお願いね」
長い付き合いだけあって、セラフォルーは直ぐにサーゼクスの言わんとしたことを悟ってくれた。こういう時に昔馴染みというのは頼もしい。
魔蒼騎士団は見事な連携でセラフォルーを追い詰めたが、それは彼女と互角の力量をもつグレイフィアがいたからこその成果である。彼等だけで魔王クラスのセラフォルーを相手取ることは不可能だ。
だからこそサーゼクスはセラフォルーに魔蒼騎士団のことを任せると、全身全霊をグレイフィアへ注ぐ。
雲を射抜く銀色の閃光と、それを追う紅の閃光。二色の閃光は空中に幻想的なアートグラフを描き出した。
大地がみるみるうちに離れていく。サーゼクスが空を覆っていた最後の白雲を貫き、紫だけの世界へと飛び出した瞬間、白銀の雨が降り注いでくる。
無論、冥界においても雲の上に雨が降る道理などはなく、それは雨ではなく極小に凝縮された魔力の塊だ。
グレイフィアはサーゼクスの『滅殺の魔弾』に対して、球体よりも小さな飛礫により応戦しようという算段らしい。これまでサーゼクスと相対した敵の多くは、馬鹿正直に大威力広範囲の魔力を繰り出してきただけに、グレイフィアの反撃には新鮮さがある。命のやり取りをしているというのに不謹慎ではあるが、こういう新鮮味は嫌いではない。
知らず知らずのうちにサーゼクスは笑みさえ浮かべながら、自分の手足以上に球体を自在に操る。
グレイフィアの放った魔力の飛礫は、一つ一つ数えれば軽く500以上はあっただろう。しかしサーゼクスの操る球体は、その全てを悉く呑み込み消滅させた。ただの一粒の消し漏らしもなく。
想像を絶する神業。否、悪魔に神業というのも妙なものなので絶技とでも言うべきか。これにはさしものグレイフィアも目を見張らせた。
「成程。バアル家最強の女性悪魔と称されたヴェネラナ・バアル……今はヴェネラナ・グレモリーでしたか。彼女の息子だけありますね」
「お褒めに預かり光栄だよ。才能と時間のほぼ全てを注ぎ込んで鍛え上げた甲斐があった」
サーゼクスがニヒルに笑う。グレイフィアは無表情のままだったが、サーゼクスには彼女が一瞬だけ微笑んだような気がした。
ほんの一瞬、それも光の錯覚かもしれない事にサーゼクスは目を奪われる。それは明らかな不覚だった。
グレイフィア・ルキフグスはそんな刹那の不覚をも見逃さない。全身に魔力を纏わせると、一気にサーゼクスの懐に潜り込んだ。
「――――ッ!」
「隙あり、です」
グレイフィアの繰り出した貫手が、サーゼクスの横腹を切り裂いていく。サーゼクスが咄嗟に体を捻らせるのがほんの僅かでも遅れれば、グレイフィアの白い手は心臓を穿っていただろう。
ここが勝負の決め時と判断し、グレイフィアはそのまま一気に畳み掛けてきた。
今度はサーゼクスの背後に回り込んでの踵落とし。一片の慈悲をもたぬ、殺意だけが宿った一撃。それはもはや雷にも等しかった。
〝滅殺の魔弾〟という絶技に才能を注ぎ込んだサーゼクスは、テクニックタイプの極地にして典型的なウィザードタイプ。魔力を用いた中~遠距離戦は得意でも、己の五体を武器にした肉弾戦等は不得意。グレイフィアはそう考えているのだろう。しかしそれは大きな誤りだった。
サーゼクスは笑う。微笑みではなく、闘争心を剥き出しにした肉食獣のように猛々しい笑みでグレイフィアを迎え撃った。
「っ!」
驚きはグレイフィアのもの。魔力を帯びたグレイフィアの踵落としをサーゼクスは器用に掴むと、勢いをそのままに投げ飛ばしたのだ。
それだけでは終わらない。周囲に滞空していた球体が、みるみる内にサーゼクスに吸い込まれていく。サーゼクスの全身を包み込む紅のオーラ。それはサーゼクスの肉体が滅びの力を帯びたという証明だった。今のサーゼクスは両手両足どころか、髪の毛一本すらが名刀に勝る凶器に等しいだろう。
「はっ――――ッ!」
先程の返礼とばかりにサーゼクスが繰り出すのは踵落とし。滅びの力の宿ったそれは、死神の鎌よりも鋭利で鋭い凶器だ。
グレイフィアは端正な顔を歪めながらも、崩された体勢を整えると踵落としを蹴り払う。
だがそれは序の口だ。サーゼクスとグレイフィアは魔力を帯び凶器と化した五体を武器に、超至近距離から激しく打ち合った。
「貴方に驚嘆させられたのはこれで二度目です。あれだけの絶技を身に着けておきながら、肉体(フィジカル)をここまで鍛え上げているだなんて」
「それは私の台詞でもあるな」
下級・中級悪魔とは違い七十二柱などの名家出身の上級悪魔は、生まれながらに強力な魔力を有している。そのため上級悪魔は自分の魔力運用を鍛えるのに執心し、肉体面を疎かにし易い傾向があった。
しかしサーゼクスとグレイフィアはこれに当て嵌まらない。類まれな魔力をもって生まれながら、肉体面での修行を欠かさなかった二人は、魔力なしの格闘戦だけで上級悪魔を打倒できるだけの戦闘力をもっていた。
蹴りが髪を掠める。突きが肩を傷つける。そして腕や足が振るわれる度に、突風が吹き荒れた。
聖書や書物に記されし上級悪魔同士の戦いとは思えぬ、人間臭さすらある原始的な格闘戦。
互いに紙一重、ただの一度の直撃もないままに拮抗は続く。
ここが何もない上空であったのは不幸中の幸いだろう。もしも市街地で戦っていれば、戦闘の余波だけで周囲は消し飛んでいたに違いない。
「はぁああッ!」
「せいっ!」
両者が全く同時のタイミングで放った貫手がぶつかり合い、周囲に竜巻が発生した。
サーゼクスは筋力全てを振り絞り、そこへありったけの魔力を乗せて押し込もうとする。だが同じことをグレイフィアもまた行っていた。
力は完全に互角。巨大過ぎるエネルギーの衝突に、サーゼクスとグレイフィアではなく空間に限界がきた。
轟音と共に空間が破裂する。途轍もない衝撃波にサーゼクスとグレイフィアは互いに吹き飛ばされた。
気を抜けば冥界の果てまで飛んでいってしまいそうな衝撃だったが、サーゼクスは羽に魔力を送ってどうにかその場に留まる。
サーゼクスは自分の体を見下ろす。貫手で切り裂かれた横腹からは血が流れ、体の所々には擦り傷だらけだ。だがまだ戦えない程ではない。体力も魔力も気力も十分以上に漲っている。
魔王級の実力者であるサーゼクスと互角に戦える悪魔は少ない。他の勢力を探してもそうはいないだろう。
セラフォルーなどの友人たちとも内戦が始まってからは試合などもしていなかったので、血が熱くなる感覚を味わうのは久しぶりのことだった。
「まったく戦いで熱くなったのはアジュカとの一戦以来だよ。グレイフィ――――あァア!?」
「いきなりどうしたのです? 変な声を出して」
素っ頓狂な声をあげたサーゼクスに、訝しげな視線を向けるグレイフィア。だがサーゼクスの視線は、グレイフィアの体のある部位に釘づけになっていた。
やがてグレイフィアもそれに気付いて、サーゼクスの視線が注がれている場所。つまりは自分の胸元を見下ろして、絶句した。
恐らくは激しい肉弾戦のせいだろう。グレイフィアの戦闘服は胸元がパックリと裂けて、そこから白いたわわな双丘が顔を覗かせていた。
「な、ななななな……」
わなわなと肩を震わせ、手で胸元を隠すグレイフィア。
サーゼクスは生唾を呑み込みながらも、由緒正しい貴族の貴公子のマナーとして手で目を覆う。だが悪魔という種族は欲望に弱いもので、指の隙間からしっかりとグレイフィアの姿を見ていた。
よく観察してみると胸元だけではなく、全身の所々が破けて、生肌が露出している。ほっそりとしたくびれ、太腿のライン、露わになっている左肩など正直たまらなかった。
確信する。きっと自分はこの世界の終末まで、今見た光景を忘れないだろう。
「み、見たわね!?」
クールな仮面を被る余裕すら失ったのか、怒気を孕ませグレイフィアが睨んできた。
こういう場合、お約束に従えば『見ていない』と嘘を吐くべきなのだろう。けれどそれは果たして本当に正解なのだろうか。
四大天使の一人であるガブリエルは天界一の美女とされる女性で、未だ誰一人として彼女の胸を見たことがないと言う。世界にはきっと命と引き換えにしても、彼女の胸を見たいという男はいるだろう。
サーゼクスは前にガブリエルを見たことがあるが、なるほど噂に違わぬ美女だった。どうせ堕天するならば、彼女の胸を揉んで堕天したかったと呟いた堕天使の気持ちが痛いほど理解できるほどに。
つまり何が言いたいかというと、美女の胸というのは命を懸けるに値する価値をもつものなのだ。
そしてグレイフィア・ルキフグス。彼女の美しさはガブリエルに決して劣らない。いや其々好みの違いはあれど、サーゼクスにとってはガブリエル以上に美しく映る。
わざとではなかったとはいえ、自分は彼女の胸を見てしまった。だとしたらここで『見ていない』などと虚言を吐き出すのは、彼女の胸に対する侮辱ではないのか。男であれば堂々と『見た』と認めるべきではないのか。その上で感謝を述べるのが、男としての正しい在り方ではないのか。
時間にして数秒の思考の後。サーゼクスは堂々と胸を張って言い放つ。
「ああ。見た! 素敵な胸だったよ。一生忘れない思い出をありがとう!」
良い笑顔でサムズアップしたサーゼクスの顔面に、銀色の魔力が直撃した。