ハイスクールD×D 内戦地帯のクリムゾン・デビル   作:出張L

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Life.20  生まれた疑念

 ファルビウムの行動も空しく魔王派の作戦はいよいよ大詰めを迎えようとしていた。

 首都リリスに潜り込ませていた内偵により、サーゼクス・グレモリーが査問会に召喚されたことは確認済み。ルシファードにいるエースはセラフォルー・シトリーだけだ。

 セラフォルーは魔王級の実力者ではあるが、サーゼクスと違って『超越者』ではない。ルシファードがどれほどの要害だろうと魔王派が全戦力を結集して攻め込めば、落とすことは難しくはない。

 ルシファードから10㎞離れた森に集った魔王派の精鋭たち。そこには赤龍帝たるラヴィリや『双璧』を含めた魔王派の精鋭が集結していた。

 久しく反魔王派に奪われたままだった旧都を奪還する作戦ということで、集った悪魔たちは一様に興奮を抑えきれないようだったが、その中にあってグレイフィアだけが暗鬱とした思いを抱えていた。

 

――――本当にこれでいいのか?

 

 いざ計画の大詰めを前にしても、グレイフィアはそんな女々しい感情を引きずっていた。

 休戦協定を破って騙し討ちのような作戦を強行したことが不満なのではない。いや不満が皆無というわけではないが、戦争である以上はこういうことも仕方ないとは理解している。

 グレイフィアを悩ませている原因はサーゼクス・グレモリーだ。

 あれから三日が経ったが、未だにサーゼクスの語った『夢』が脳裏を離れない。

 サーゼクスの夢を忘れるため、魔王派の中核を成す者達と話もしたが、それはまったくの逆効果だったといえるだろう。なにせ彼等の余りにも荒唐無稽な計画を聞く度に、グレイフィアの思いは膨らんでいったのだから。

 腹の底が見えないニシリナ・レヴィアタンは兎も角として、他の魔王の血族達にサーゼクスほど明確な『夢』がある者は皆無といえる。

 クルゼレイ・アスモデウスとシャルバ・ベルゼブブ。この両名がニシリナを除いた魔王血族の有力者ではあるが、彼等はただ『魔王になる』ために魔王となろうとしているだけだ。魔王になってから三大勢力との戦争をどう進めるか、そういった具体的なプランはまるで持っていなかった。

 或は本人たちは持っているつもりなのだろう。だがしかし『魔王の血族が力を結集すれば天使・堕天使など恐るるに足らぬ』などという精神論を、グレイフィアは具体的なプランとして認めるわけにはいかなかった。

 

――――まだ、なんとかなるかもしれない。

 

 明確な根拠などはない。だが予感があった。

 こここそが冥界にとっての分水嶺。ここを過ぎれば、もはや事態は取り返しのつかないほどに転がり落ちるだけ。

 

(馬鹿らしい。なにを、今更)

 

 取り返しがつかない事態というのならば、それは生まれてからずっとそうだ。

 ルキフグス家に生まれた瞬間、グレイフィア・ルキフグスは魔王の血族の剣となる宿命を持っていた。

 取り返すものなどはない。引き返す道などありはしない。そもそも最初から道は一つしかないのだから。もう一度人生を最初からやり直したとしても、グレイフィアは全く同じ道を辿って同じ地点に辿り着くだろう。

 そして今日という日を迎えるのだ。

 

「フフフ。皆、心の準備はできたかしら?」

 

 グレイフィアが諦めにも似た感情で自分を納得させるのと、ニシリナ・レヴィアタンが皆の前に現れたのはほぼ同時だった。

 今後の戦局を左右する此度の一戦は、ニシリナ・レヴィアタンが総指揮をとることになっている。

 内戦始まって以来、初めての魔王派盟主による親征。それがこの作戦の重要性を表していた。

 

「以前にも説明した通りコレが作戦の集大成よ。教皇を唆したのも、反魔王派との休戦協定も、首都リリスへの奇襲も全てはこの時のため。

 今日我等は嘗て四大魔王が君臨した旧都を取り戻す。あそこに眠る四大魔王の〝権威〟と〝力〟を奪還し、世界を我がものとするために」

 

 逆を言えばこの作戦に失敗すれば、これまでの事が全て無駄になるということだ。

 魔王派にとって正にこの戦いは天下分け目の一戦といえる。

 

「グレイフィア。言った通り貴女の〝メイド〟は連れてきているわねぇ?」

 

「……はい。エルアナ」

 

「はっ。ここに」

 

 グレイフィアは不満を押し殺してエルアナを呼ぶ。エルアナは戦場にも拘わらず、普段通りの粛々とした態度でニシリナの前に立った。

 

「フフフ。ヴィシュナとグレイフィアが脱出する時、随分と役に立ったみたいねぇ。だから今度も神器の力を使わせて貰うわよ。いいわね?」

 

「それがお嬢様の意思と合致するのであれば、私はどのような命令にも従いましょう」

 

「なら問題はないわねぇ。グレイフィアは私の大切な大切な客将……そう、お友達だもの。ご主人様のお友達の命令なんだから、しっかりと役に立って頂戴」

 

 そんなエルアナを見てニシリナは笑みを深める。嫌な笑みだった。エルアナのことを『神器をもっている使える人間』としか見做していない。

 合理主義である悪魔らしいと言えばらしいが、大切な自分のメイドが『道具』として見られるのは気に入らなかった。

 だがルキフグスのグレイフィアが、レヴィアタンのニシリナに文句を言うことはできない。喋れば不満を口にしてしまいそうだったので、グレイフィアは無言の沈黙をもって苛立ちを堪えた。

 

「ヴィシュナ」

 

「はっ」

 

 ニシリナが呼ぶと、ヴィシュナが冷めた顔で姿を現す。

 

「先鋒は貴方よ。そこの神器もちを使ってルシファードの城壁の内側へ侵入したら『本気』を出して適当に暴れなさい。だけどやり過ぎちゃ駄目よ。ルシファードの街並みは……重要施設は傷つけたくはないもの」

 

「了承した」

 

 たった一人で敵の都市に侵入して暴れろ――――無茶な命令だが、それを受けたのがヴィシュナであれば、そこに誰も違和感を覚えることはなかった。

 

「後の流れは至ってシンプルよ。ヴィシュナが暴れて敵が混乱したら全員でルシファードに総攻撃。そして」

 

 ニシリナは一拍置いてから、嬉々として言った。

 

「ルシファードにいる者を皆殺しにしなさい」

 

「―――――――――」

 

 瞬間、世界が静止する。

 グレイフィアは聞き間違いかと思って周囲を見回すが、他の者達も唖然とした顔で硬直している。聞き間違いなどではない。ニシリナ・レヴィアタンは確かに皆殺しと、そう命じたのだ。

 そんな悪魔達を可笑しそうに見下ろして、悪戯の成功した子供のように笑うニシリナ・レヴィアタン。その笑顔が酷くおぞましく映ったのは、決して気のせいではないだろう。

 命じた本人以外に驚いていないのは、腕を組んだまま静かに瞑想しているヴィシュナだけだった。

 

「ニシリナ様。皆殺しとは、どういう……」

 

「どうってそのままの意味よ、グレイフィア。皆殺しは皆殺し、ルシファードにいる悪魔は一人残らず駆除するの」

 

「それは……反魔王派に参加している上級悪魔や兵士達を、ですか?」

 

「あらあら。殺す相手を選別するなんて酷い差別ねぇ。勿論ちゃんと市民含めて全員平等かつ公平に皆殺すのよ」

 

「な、何故ですか――――っ! 反魔王派に参加している悪魔達は我々の敵です、皆殺しにせよと仰るのであれば従いましょう!

 ですが市民はそうではありません。彼等は魔王派・反魔王派、どちらの勢力にも属さぬ両派にとって等しく領民たる存在。彼等はこちらへ取り込むべき者であって、殺すべきではありません!」

 

 皆殺しという言葉に反感をもった悪魔達全てを代表するように、グレイフィアは自分の心の声を叩き付けた。

 ルキフグス家の義務として、魔王の血族に従うことを選んだグレイフィアだが、今回ばかりは話が別である。貴族にとって領民とは守るべきもの。それを自ら殺すなど、ルキフグス家以前に貴族の義務に反する行いだ。

 だがグレイフィアの言葉にニシリナが耳を傾けることはなく、彼女の面貌に新たに浮かび上がったのは嘲笑。

 

「フフフ。熱弁を振るってくれたところ悪いけど、私は反魔王派の領土にいるから市民を皆殺しにしろなんて命じているんじゃないわよ。

 ルシファードにいる市民を皆殺しにするのは単に邪魔だから。貴女だって道の真ん中に障害物があれば退かすでしょう? それと同じことよ」

 

「邪魔? 市民のなにが邪魔になると言うのですか?」

 

「それは秘密よ。私も教えたいのは山々だけど、万が一にも〝計画〟の情報が漏れるといけないから教えられないの。ただ安心して。ちゃんと魔王派のためにもなることだから」

 

「……!」

 

 ニシリナ・レヴィアタンがかなり以前から立てていた計画。それを知るのは彼女自身とヴィシュナだけだ。他の誰にも、同じ魔王の血族にすら知らされていないという。

 これまでニシリナは存在を仄めかすだけで、表では計画を成就するため活動していなかったが、裏でなにかを進めているのだけは薄々感づいていた。それがここに来て遂に表へ出始めてきたというのか。

 

「ほらほら。グレイフィア以外もあんまり狼狽えては駄目よぉ。どうせ戦争すれば多かれ少なかれ市民も死ぬことになるんだから。今回はそれが市民全員になるだけよぉ。大したことじゃないでしょう。

 それとも――――まさか私を殺してでも皆殺しを止めようっていうガッツのある子がいるのかしら?」

 

 パチンとニシリナが指を鳴らすと、ヴィシュナが亜空間より〝異形殺し〟の邪剣を取り出す。

 この作戦に不満がある者はヴィシュナが斬る。ニシリナは言外にそう告げていた。

 それで不満は、表面上は収まる。自分の命を懸けてでも、見ず知らずの他人を助けたいと思う者は少ないのだから。

 

「…………」

 

 知らずグレイフィアは鬱血するほど手を握りしめていた。冷酷な魔女の仮面を被っていても、感情が荒ぶるのを抑えきれない。

 もしも己が反魔王派に属していたのであれば、直ぐにでもニシリナに襲い掛かっていたことだろう。しかしルキフグスという名の鎖が、グレイフィアの行動を雁字搦めに拘束する。

 結局グレイフィアが何かを言うことはなかった。

 

「ああ、言い忘れていたわ。ルシファードにいるのは皆殺しでいいけれど、ルシファードの施設なんかは絶対に傷つけちゃ駄目よ。私の『計画』に必要なものもあるのだから。

 特に赤龍帝ラヴィリ・グラズノフ。首都リリスでは随分と大暴れしたそうだけど、今回は抑えてね。でないと成功報酬は出さないわよぉ」

 

「それは困る。覚えておこう」

 

「じゃあ作戦を開始しましょう」

 

 グレイフィア・ルキフグスとして生きてきて、これほど自分のことを不甲斐なく、憎らしく、腹立たしく思ったのは生まれて初めてだった。

 

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