ハイスクールD×D 内戦地帯のクリムゾン・デビル 作:出張L
「う……、ぐっ……っ!」
邪剣の一撃を浴びたセラフォルーは、肩から血を流しながら壁に叩き付けられた。
異形殺しの猛毒が全身に回り、魂まで殺し尽そうとするのを、セラフォルーは自分の魔力で相殺することでどうにか堪える。
戦いは途中までは互角だったといっていいだろう。氷を操るセラフォルーと、邪剣を操るヴィシュナは、互いに一歩も退かずに大立ち回りを繰り広げた。周囲の破壊し尽くされた建物が、戦いの激しさを物語っている。
だが拮抗はヴィシュナが『真の姿』となったことで終わった。あの姿になったヴィシュナの強さはサーゼクスと同等。超越者クラスのそれだ。
魔王級のセラフォルーも『超越者』には力及ばず、こうして無様を晒す結果となった。
「止めだ」
そんなセラフォルーにヴィシュナはゆっくりと近づいて来る。
全身に〝異形殺し〟の毒が回っているセラフォルーには、もはや通常時のヴィシュナとも拮抗するだけの力は残っていない。自分の生命を保つのがやっとだ。
しかしながらセラフォルーとて反魔王派のエースと呼ばれた悪魔。ただで殺されはしない。
(相討ち……せめて腕の一本でも)
自分自身の生命力を全て魔力へ還元しての一撃。それであれば例え相手が魔剣聖でも無傷では済まないだろう。
セラフォルーは慎重に機会を伺いながら、ヴィシュナがある程度の距離まで接近してくるのを待つ。
「姐さん!」
「っ!」
だがセラフォルーが文字通り命懸けの一撃を繰り出すよりも早く、ライン・ダンタリオンの声が響き渡った。
四方八方。全方位から発射された灰色の魔力弾が、邪剣を構えるヴィシュナへと殺到する。
百を超える魔力弾の標的にされたヴィシュナはしかし、まるで狼狽することなく邪剣を横薙ぎに振るい全弾を――――叩き落せなかった。
「!」
ヴィシュナの端正な眉がピクリと動く。
あろうことか灰色の魔力弾の半数以上は、邪剣により斬られても物ともせず、まるで透き通るかの如く突破してきたのだ。天使、堕天使、ドラゴンすら邪剣で斬り屠ってきたヴィシュナにとっても、これは初めての体験だろう。ヴィシュナは意識を完全に魔力弾の迎撃へと注いだ。
けれどそれこそがライン・ダンタリオンの狙い。
魔剣聖ヴィシュナが下級悪魔出身者だったのが幸いした。余り貴族社会に馴染みが深くない彼は、七十二柱の家が其々もつ特色についての知識も薄い。故にそれがダンタリオン家の得意とする『幻術』であるとヴィシュナは初見で気付くことができなかった。
ヴィシュナが魔力弾の迎撃に力を向けた数秒の時間。その数秒の間にラインはセラフォルーをおぶると、そのまま振り返ることもなく逃走した。
「ラインちゃん、どうしてここに!? 避難誘導はどうしたの!?」
「それならやり終えたっすよ! 首都リリスはごたごたしていて難しかったので、反魔王派の勢力圏の奥深くに皆を脱出させたっす!」
「……そう。良かったわ」
取り敢えずルシファードの市民が皆殺しにされるという最低最悪の事態だけは免れたらしい。まだ楽観できる状況ではないが、セラフォルーは一先ず安心する。
ラインは魔王派のいない街角に降下すると、セラフォルーを降ろして地面に魔方陣を描いた。
「もう直ぐルシファードにも転移妨害が張られるっす。そうなる前に姐さんはここから脱出するっすよ」
「ラインちゃんは?」
「自分はもうちょっと残るっす。避難に間に合わなかった人がいるかもしれないっすからね」
「駄目よ!」
気づけば反射的にそう叫んでいた。
大声を出せば魔王派の連中に気付かれるかもしれないというのに、そんなことも頭から離れていた。
「残るなら私が残るわ。これでもルシファードの司令官なんだもの……。ラインちゃんよりは……」
気丈に立ち上がろうとするセラフォルーだったが、体を蝕む猛毒のせいで上手く立つことすら出来なかった。
思い通りに動かない自分の肉体が恨めしい。親友の大切な後輩に虚勢すら見せられない己が情けなかった。
「そんな体でなにが出来るって言うんっすか。姐さんはこれからの冥界にとって必要な人っす。命を大事にして下さい。――――兄貴の近くで、兄貴と肩を並べて戦えるのは貴女達くらいなんっすから」
ラインの言葉には兄貴分への溢れんばかりの尊敬と、それ以上の悔しさが滲んでいた。
肩を震わせるライン・ダンタリオンに、セラフォルーは目を見開く。
これまでいつも素直にサーゼクスを兄貴と慕い付き従ってきたラインだが、もしかしたらずっと兄貴分と肩を並べられない己の非力に情けなさを感じていたのかもしれない。
(でも……)
だからこそ、ここでライン・ダンタリオンが命を投げ捨てるなど駄目だ。
確かにラインはサーゼクスと肩を並べるほど強くはない。実力は精々が上級悪魔の上位クラス程度だろう。しかしサーゼクス・グレモリーという男にとって、この後輩がどれほど大切な存在なのかはセラフォルーにも良く分かる。
サーゼクスにとっても冥界の未来のためにも、彼は決してこんな所で死んではいけないのだ。
「司令官としての、命令よ。ラインちゃん、私を置いて逃げなさい……」
「……命令っすか?」
「そう、命令。サーゼクスちゃんに私のサポートを頼まれたんでしょう。だったら命令には従って」
サーゼクスを『兄貴』と慕うからこそ、セラフォルーを姐と呼ぶからこそ――――ライン・ダンタリオンには決して抗えぬ言葉。
ラインは諦めるかのように空を仰ぐと、
「すまねっす。初めて兄貴の言いつけを破るっす」
転移魔方陣を起動させた。
「ラインちゃん!?」
「大丈夫っすよ。俺も死ぬ気はないっす。逃げ遅れた人を見つけたら、俺も急いで脱出するっすから。じゃあ兄貴のことは任せるっすよ」
伸ばした手は、転移魔方陣の光に阻まれ届くことはない。
セラフォルーが最後に見たのは、ラインのハリボテのような笑顔だった。
セラフォルー・シトリーが素早く撤退を指示したことと、皆殺しを前提とした魔王派による容赦のない攻撃。多くの要因が重なって、反魔王派屈指の要害ルシファードの制圧は驚くほど迅速に進んでいた。
ルシファードから反魔王派の悪魔が消えるにつれて、空を飛び交う魔力弾も数を少なくしていく。
そんな戦場をグレイフィアは共の者も連れず一人で歩いていた。
魔王派のエースとしては、自分も戦闘という名の虐殺に加わるべきなのだろう。だがどれほど義務感で心を凍てつかせようと、体は頑として働いてはくれず、かといって魔王派の意向に逆らう気力もなく。結局グレイフィアが選んだのは『何も選ばない』という最も消極的な選択肢だった。
銀髪の殲滅姫が聞いて呆れる。魔王派の双璧など誇張表現もいいところだ。グレイフィア・ルキフグスを恐れてか、反魔王派の連中が誰一人として自分に向かってこなかったのは不幸中の幸いだろう。
グレイフィアの心に自嘲と自責の念が渦巻く。しかし自嘲は己の不甲斐なさに対してのものだとしても、自責は果たしてどういった感情からくるものなのか。
魔王の命令に従わない己か、それとも魔王の命令を止めない己か。
考えても答えは出てくれない。自分の心がこれほど難解に感じたのは生まれて初めてだった。
そんな時、グレイフィアの背後で物音がする。
「誰っ!」
どれほど心に『迷い』があろうとグレイフィアは超一流の戦士だ。即座に魔力を纏うと、最大限の警戒を物音のした方向へ向ける。
だがどれほど待てども物音の主が出てくる気配はない。痺れを切らしたグレイフィアは、軽く魔力弾を放って邪魔な障害物を消し去った。
上がる爆煙。煙が張れるとそこにいたのは、
「……子供?」
小さな蝙蝠の羽を生やし、涙目でがたがたと震えている年端もいかぬ少女。それが物音の主だった。
まさか魔王派が敵拠点を攻めるのに子供を連れてくる筈がない。もしかしなくても逃げ遅れたルシファードの市民だろう。
子供を相手に攻撃しても仕方ない。グレイフィアは魔力を溜めていた手を降ろそうとして、追及するように命令が蘇る。
〝皆殺し〟
男だろうと女だろうと老人だろうと――――子供だろうと関係ない。軍民問わずルシファードにいる反魔王派は全て殺せ。
それがニシリナ・レヴィアタンの下した言葉。グレイフィア・ルキフグスが従う義務のある命令だ。
「……た、たすけ……て……」
怯えの余り少女は立ち上がることすら出来ない。震えながら敵であるグレイフィアに「助けて」と懇願する。
少女の懇願にグレイフィアは命令を遵守することが出来ず攻撃を停止しようとするが、遅れてそれがただの欺瞞であることに気付く。
ここでグレイフィアが殺さなかったとして、それで何がどうなるというのか。ここで自分が少女を見逃したとしよう。だが転移魔方陣も使わず、こんな所で一人震えていることから、この少女に戦場から離脱する力はないと考えていい。となれば何も出来ない少女は、このまま震えていることしか出来ないわけだ。そうなればいずれは、グレイフィア以外の魔王派に見つかって殺されるだけだ。いや血の気が多く下種な連中に見つかれば、死ぬより酷い目にあうかもしれない。
かといって『魔王派』のグレイフィアに少女を助けることは不可能だ。それは完全にニシリナ・レヴィアタンの命令に、ルキフグスの責務に反する行いのだから。
だとすればグレイフィアが少女にしてあげられることは、せめて苦しまずに……眠るように殺すことではないのか。
冷たい汗が滴り落ちる。少女の緑色の瞳が、あの男のものと重なった。
グレイフィアはあらゆるものがぐちゃぐちゃに混ざり、どうしようもなくなった感情に押されて、魔力弾を放とうとした。だがその瞬間、少女を助けるヒーローが現れた。
「やめろぉおおおおおおおおお!!」
戦場全体に響くほど感情の乗った強い叫び。
怒りの形相のライン・ダンタリオンが、グレイフィアと少女の間に降り立った。