ハイスクールD×D 内戦地帯のクリムゾン・デビル 作:出張L
ライン・ダンタリオンは右手に魔力を込めると、怒りの形相のままに殴りかかってくる。
込められた魔力は中々のものだったが、動きに身を任せた単調な動きだ。躱すのは難しくない。グレイフィアは反射的に回避行動をとろうとして、目の前の光景に絶句した。
「なっ!」
ライン・ダンタリオンがなにか奇妙な動きをしたというわけではない。思いっきり突っ込んで殴りに行く、という文章にすればこれだけの単純な攻撃である。グレイフィアほどの実力者ならばラインの動きに合わせて、カウンターを叩きこむのも難しくはないだろう。
異常だったのは動きではなく数。あろうことかグレイフィアの目の前には、百人のライン・ダンタリオンが全く同じ動きで、しかも同時に殴りかかって来るという光景が展開されていたのだ。
(そういえばダンタリオン家は幻術を得意とする家だったかしら。ということはこれが……)
幻影を用いた分身の術。
東洋の忍と呼ばれる一族が、似たような術を使っていたのを目の当たりにしていたこともあって、グレイフィアは即座に異常の原因を特定する。
種が割れてしまえば後はどうということはない。如何に百人に分身しようと、所詮それは幻影。幻となって浮き出た影に過ぎない。攻撃能力を備えているのは本体たる一人だけで、残りは全てマヤカシだ。
冷静に観察すれば『魔力の波長』や『微妙な存在感の差異』などから本物を特定するのは難しいことではない。
(取り敢えず一度距離をとって)
グレイフィアは後ろへ大きく飛びのくと、百人のライン・ダンタリオンを慎重に観察する。
ラインはそんなグレイフィアの心の動きなどまるで構わず、拳打の嵐を繰り出してきた。
「うぉぉぉぉおおおおおおおおッ!」
観察する。ライン・ダンタリオンの一挙一動、指や髪の揺れまで悉く。
しかし見えない。
「くっ……!」
「まだまだぁあああッ!」
なにも視えない。
「どらぁあああああああああッ!」
百人のライン・ダンタリオンは、魔力の波長や気配に至るまで完全に同じだった。これでは幾ら観察しようと、どれが本物なのかまるで分からない。ここまで完成度の高い幻影を見たのは初めての経験だった。
しかもラインの繰り出す攻撃は単調ではあるが、その全てが心臓や頭などの急所を的確に狙ったもの。わざと受けて、本体を確かめるというのも危険である。下手な一撃が致命傷になりかねない。
そのためグレイフィアは1%しか本物のない100人の攻撃を、全て本物のように対処することを強いられていた。
「ここだぁあああッ!」
そして遂に躱しきれなかった一撃が、グレイフィアの体に突き刺さった。
拳の勢いに飛ばされたグレイフィアは、背中から悪魔の両翼を生やし空中で体勢を整える。心臓を抉るように突き出された一撃、腕をクロスさせて防御していなければ大きなダメージは避けられなかっただろう。
「へっ。サーゼクスの兄貴、胸は無理でしたがグレイフィア・ルキフグスに一撃喰らわしてやりましたよ。……次は胸を通り越して心臓を頂く」
「――――兄貴? 貴方はダンタリオン家の次男。グレモリー家のサーゼクスと血縁関係があるとは聞いてませんが?」
「はっ! 血の繋がりなんて関係ねえ。サーゼクス・グレモリーは俺の兄貴分だ。兄貴分を兄貴って呼んでなにが悪い」
「兄貴分……」
「ああ、だからムカつくんだよ。兄貴が信じて自分の夢を聞かせたような奴が、子供まで殺そうとする下種だったことがっ!」
「っ!」
ラインの憎々しげな叫びは、鋭利な棘となってグレイフィアの心を突き刺した。心が抉られたショックに、グレイフィアは不覚にも纏っていた魔力を雲散させてしまう。
「俺は兄貴と違って馬鹿だから、政治とかあんまり難しいことは分からねえ。あの休戦協定のこととかがムカつかないわけじゃねえが、アンタは魔王派の所属なんだし色々あるんだろうよ。
けどな。ルシファードにいた市民達は! あそこで震えていた子供は戦争とはなんも関係ねぇじゃねぇか! 俺達みたいに反魔王派に参加して戦ってるわけでもねえ! ただ日々を必死に生きてるだけだ! アンタ等魔王派にとっても守るべき民衆の筈だろうがっ! なのになんで殺してんだよ!」
グレイフィアは声を失う。ラインの吐き出した言葉は、グレイフィア・ルキフグスが心の底で抱いた本心そのものだった。
命令だから、義務だから、運命だから。耳障りの良い大義名分で正当化した心が、圧倒的な本音の濁流に押し潰されそうになる。
「魔王派がもし市民の命なんて関係ねえと思ってる奴らの集まりだってんなら、兄貴には悪いけど俺は許せねえし手を取り合いたいとも思わねえ。ここでぶっ飛ばす」
灰色の魔力光がラインの体から噴出し、まるで万華鏡のように幻影が無限に出現していく。
しかもよく見ればラインから噴出しているのは魔力だけではない。ラインの肉体を覆う可視化するほど濃密な白いオーラ――――それは仙道における〝闘気〟と呼ばれるエネルギーだ。
だが仙道は東洋の神秘であり、西洋の異形たるライン・ダンタリオンがそれを会得している筈がない。となると考えられる可能性は一つだ。
気を操る術たる仙道。それによって作り上げられた闘気ではなく、肉体を極限にまで鍛え抜いた者のみが到達しうる生命の根源たる力。ライン・ダンタリオンはそれを目覚めさせていた。
白いオーラは鎧のようにラインの体を覆い、肉体の力を何倍にも上昇させる。ライン・ダンタリオンの細胞一つ一つが嘗てないほどに活性化していた。
(サーゼクス・グレモリーの弟分は伊達ではないということ。まさかこの領域に至るほど肉体を鍛え上げて…………いえ、違うわね。
修練の果てに既に『至っていた』にしては、ライン・ダンタリオンの体は闘気に馴染んでいない。寧ろ闘気の力に肉体が困惑している。元々発動の下地が出来上がっていたのが、私への怒りで一気に噴出したというところかしら)
心は滅茶苦茶になっているのに、思考回路だけは冷静に回る自分が恨めしい。
お蔭で動く気力がないというのに、動かず攻撃を受ければどうなるかハッキリと理解してしまった。
「うおぉぉおおおおお!」
百人を超えるライン・ダンタリオンの幻影が一斉に飛びかかってくる。
躱すことはできる、だからこそ躱すことは出来なかった。グレイフィアの足は縫い付けられたように地面から動かない。
罪のない子供を殺そうとしたのを妨害されて、一人の正義感溢れる悪魔によって討ち取られる――――双璧の一人としては情けない末路だが、それこそが相応の報いというものだろう。
なによりも魔王派でいることに色々と疲れてしまった。このまま暗鬱とした気分で死ぬように生き続けるくらいならば、ここで綺麗さっぱり死んでおくのも悪くない。
グレイフィアは観念するように目を瞑り、
「――――なにを遊んでいる、グレイフィア」
その一言に世界が静止した。
「ヴィシュ、ナ……?」
新しく100人の生き血を啜った邪剣を持って、魔剣聖ヴィシュナが姿を現す。
最悪の敵の登場にグレイフィアを今正に殴り殺そうとしていたラインまでもが動きを止めた。ラインの視線が向かう先はヴィシュナの足元。腰を抜かし震えたままの子供だった。
ヴィシュナは足元にいる少女を見ると、なんの躊躇いもなく剣を振り上げた。
「やめ――――」
ヴィシュナは迅速だった。グレイフィアと違って迷いなどありはしない。
鮮血が地面にぶちまけられる。ラインの制止も間に合わず、少女は邪剣によって無残に切り殺された。
その時、グレイフィアはなにかが切れる音を聞いた。
「て、てめぇえええええええええええええええええッ!」
限界を超えた怒りが、ラインの纏う闘気をより雄々しく噴出させる。百人以上もの幻影と共にラインは『必殺』の拳をもって、ヴィシュナへ殴りかかった。
グレイフィアの時は自身の中の迷いが足を縫い付け回避を拒んだが、ヴィシュナは純粋に回避する必要がなかった故に不動だった。
百人を超える幻影の中より、正確に唯一人の『本体』を看破すると、音速を超える刃をもってライン・ダンタリオンを切り裂く。
「が、は――――っ!」
「悪くない闘気だったが、それが仇になったな。百の幻影に一体だけ闘気を纏っているのがいれば、それが本体であると教えているようなものだ」
「――――!」
言われてみれば正にその通り。その程度の事にも気付かぬほど目が曇るとは、自分は余程心を乱していたらしい。
異形殺しの邪剣に斬られたラインは、肩から噴水のように血を噴出させる。しかしそれでも尚、ライン・ダンタリオンが膝をつくことはなかった。
「う、おおおおおおおおおっ!!」
自分の血で体を赤く染め上げながら、ラインは闘気を込めた拳をヴィシュナへと叩き込む。命を賭したライン・ダンタリオン、生涯最大の一撃。
だがラインの決死の覚悟を嘲笑うかの如く、闘気を込めた拳は、それを遥かに超える闘気を内包したヴィシュナの掌によって受け止められた。
ラインは自分の傷や激痛など無視して、我武者羅に拳を押し込もうとするが、ヴィシュナの掌は山のように不動を保っている。
「――――よくぞここまで練り上げた。見事だ」
ヴィシュナが送るのは惜しみない賞賛。それと同時に蒼い悪魔の正拳突きが、ラインの腹に突き刺さった。
天雷にも等しい衝撃を受け、吹っ飛ばされたラインが壁に叩き付けられる。それでもラインが息を保っているのを見ると、止めを刺すべくヴィシュナが邪剣を構えた。
ヴィシュナに迷いはない。殺す時は一切躊躇することなく、呼吸するように斬り屠る。
――――故に。
ヴィシュナを妨害するのに、グレイフィアが悩んだ時間は皆無だった。