ハイスクールD×D 内戦地帯のクリムゾン・デビル   作:出張L

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Life.26  屈辱

 この世界に存在する凡そあらゆるものには表と裏がある。美徳とは言うまでもなく長所や美点のことであるが、それにも当然のことならが裏――――影の部分が存在するのだ。

 グレモリー家は貴族の中でも特に情愛が深いことで有名である。だからこそ七十二柱に名を連ねる名家でありながら、下級・中級悪魔にも優しく接し、統治においても善政を敷いている。

 だがしかし情愛が深いことが、必ずしも優しいということに繋がる訳ではない。寧ろ情愛が深いからこそ、身内が傷つけられた時の激怒は並外れていると言える。サーゼクスの父であるグレモリー卿は普段は非常に温厚であるが、一度激怒すれば、妻であるヴェネラナをも超えるほどの憎悪を剥き出しにしたという。

 サーゼクスは『魔力』に関してはバアル出身の母親から継いでいるところが多いが、性格や髪色は父親からの遺伝が濃い。

 よってサーゼクス・グレモリーが、今正に起こった事に激怒したのは自然なことだった。

 

「貴様――――ッ!」

 

 常日頃の穏やかさを消し飛ばし、憤怒の滲んだ形相でサーゼクスは己の魔力を放出した。

 紅のオーラが周囲の空間を問答無用に消滅させていく。サーゼクスの周囲に十数からなる滅びの魔力を凝縮された紅の魔弾が展開した。

 戦列を並べた魔弾はサーゼクスが意思を送ると、暗闇を断ち切るように異なる軌道を描いてヴィシュナへ襲い掛かる。

 

「サーゼクス・グレモリーか。査問会に召喚されたはずだが――――成程。反魔王派にも人材はいるというわけか」

 

 大人ですら恐怖のあまり失神するほどのサーゼクスの怒り、それを間近で浴びながらヴィシュナは特に慌てた様子はない。

 冷静にサーゼクスがルシファードにいる理由を察すると、持ち上げていたグレイフィアを魔弾の盾にした。

 

「っ! 止まれ!」

 

 意表をつかれたサーゼクスは咄嗟に魔弾に停止命令を送る。間一髪、魔弾はグレイフィアの体を貫く直前で停止した。

 

「甘い男だ」

 

 ヴィシュナは感情を込めずに呟くと、邪剣を横薙ぎに振るった。

 邪剣の剣圧は鎌鼬となってサーゼクスに向かってくる。だがサーゼクスにとって、この程度の剣圧は恐れるに値しない。紅の魔力を飛ばすことで、あっさりと黒い風刃を相殺した。

 ただ剣圧が防がれるのはヴィシュナにとっても想定の範囲内だったらしい。グレイフィアを抱えたまま、ヴィシュナは邪剣を構えて真っ直ぐ突貫してきた。

 雷光に見間違わんばかりの速度で距離を詰めてくる魔剣聖。それに対してサーゼクスがとった行動は後退。ヴィシュナが近づいた分だけ、サーゼクスは後ろへ下がり、同時に紅の魔弾をヴィシュナへと飛ばした。

 

「同じことを……いや」

 

 ヴィシュナは先程と同じようにグレイフィアを盾にしようとするが、魔弾がヒットする直前、邪剣での迎撃に行動を切り替える。異形殺しの邪剣は絶対的な『滅びの力』すら問答無用で切り裂いて叩き落した。

 

「驚いたな。滅殺の魔弾(ルイン・ザ・エクスティンクト)……変幻自在・自由自在に滅びの魔力を操る秘技と聞いていたが、しかし……。他一切になんの害を与えることなく、標的だけに攻撃を通すほどのコントロールを与えるとは恐れ入った。

 リゼヴィム様と並び『超越者』の一人だという噂は嘘ではなかったらしい。心底肝が冷えたぞ。寸前で気付かなければ、危うく直撃を喰らっていたところだ」

 

(よく言うものだ)

 

 障害物を透過して、対象のみを限定して滅ぼすのは、サーゼクスの秘技の中でもとっておきの一つだ。

 初見でこれに対応できたのは、長年の好敵手であるアジュカ・アスタロト一人だけ。セラフォルーやファルビウムでさえ、初見ではなんら対応出来なかったのだ。

 それをあっさりと初見で看破し攻略したあたり、魔剣聖ヴィシュナの実力は相当のものであることは疑いようがない。

 一度交錯したことで、怒りで滾っていた心にも、段々と冷静さが戻ってきた。一度落ち着いてみれば、これまで忘れていたことが気になりだしてくる。例えば魔王派のヴィシュナが、どうして魔王派のグレイフィアを攻撃したかなど。

 

「一つ聞きたい」

 

「……戦いの最中にお喋りか。余裕だな、サーゼクス」

 

「どうして貴様がグレイフィアを攻撃した。彼女は君の仲間ではなかったのか?」

 

「ついさっきまではな」

 

「どういうことだ?」

 

 まるでもう仲間ではないというような言い方だ。ヴィシュナは珍しく苛立ち混じりの口調で言う。

 

「グレイフィアは魔王派の虐殺が許せなかったらしい。いや恐らくは元々不満の種はあって、それが今回の一件で爆発したといったところか。

 私がそこで転がっているライン・ダンタリオンを殺そうとしたのを、彼女は邪魔をしてきた。もう魔王派には着いていけない。自分は自分の道を行く、と」

 

「グレイフィアが、ラインを……?」

 

 ふとサーゼクスは背後で気絶しているラインに振り返る。だがライン・ダンタリオンは沈黙したまま何も答えてはくれない。

 ラインが答えず、グレイフィアも気絶している以上、証言はヴィシュナのものだけ。よってこれが全くの出鱈目という可能性もゼロではないのだが、サーゼクスにはヴィシュナが偽りを語っているようには見えなかった。

 それにこんな状況下で不謹慎にも程があるかもしれないが、サーゼクスは嬉しかったのだ。グレイフィアが『ルキフグス』としてではなく、彼女自身の意思で魔王派に背いてくれたことが。やはり自分と夢を語り合った時の彼女に嘘はなかったのである。

 

「……共に戦ったよしみで説得はしたのだがな。応じる素振りがなかった故、こうして眠らせた。これで納得したか?」

 

「待て! 彼女を、グレイフィアをどうするつもりだ!?」

 

 態々眠らせた、なんて言い方をしたということは、少なくともヴィシュナはグレイフィアを殺さずに拘束するつもりだったということだ。

 あの冷徹にして無双の働きぶりで鬼神と畏怖された魔剣聖が、理由もなく殺さずに敵を捕らえるなど普通では考えられない。なにか理由があるはずなのだ。

 

「聞きたいことは一つではなかったのか?」

 

「……今もう一つ増えたのだよ」

 

 ヴィシュナは嘆息すると、無表情で言い放つ。

 

「ニシリナ様に引き渡す」

 

「!」

 

「彼女は裏切り者なのだからな。当然。――――己こそが冥界の支配者という矜持があるからだろう。魔王派は裏切りには特に厳しい。彼女がルキフグスだということを考慮しても、死は免れんだろうな」

 

「君は、それを知っていて!」

 

「知っている。知っていてグレイフィアを生け捕りにした。彼女にはまだ『利用価値』がありそうだったからな」

 

 サーゼクスはヴィシュナの瞳の奥に燻っているものを知っていた。

 自分も鏡を見れば、同じものを己の瞳に見つけるから分かってしまうのだ。魔剣聖ヴィシュナが自分と同じように、グレイフィアという一人の女性に焦がれていることを。

 だからこそ腹立たしい。グレイフィアに惹かれた一人として、利用価値がありそうなどと、彼女をまるで『道具』のように見做したことが。

 誰かに怒りを抱いたことはこれまで何度かあったが、苛立ちを覚えたのは生まれて初めてだった。

 

「良く分かったよ、ヴィシュナ。どうやら私と君は相容れない間柄らしい」

 

「今頃気付いたのか。私はとっくに知っていたぞ。それで、どうする? 私から……いいや、これでは彼女が私の所有物のように聞こえてしまうな。力ずくで魔王派からグレイフィアを奪うつもりか?」

 

「…………」

 

 サーゼクスも出来ることならばそうしたい。しかしサーゼクスの後ろには傷つき倒れるライン・ダンタリオンがいる。

 早くルシファードを脱出して、治癒を施さなければ間に合わなくなるかもしれない。だがそうすればグレイフィアはニシリナ・レヴィアタンに引き渡され、相応の罰を受けることになるだろう。

 グレイフィアを助けようとすれば、ラインが間に合わなくなるかもしれず。ラインを助けようとすれば、グレイフィアが死ぬかもしれない。

 相手は魔剣聖ヴィシュナ。瞬殺するなど不可能。

 選べる選択肢は一つだけ。選べる命も一つだけ。それでもサーゼクスは両方を救う第三の選択肢を、必死になって探す。――――既にラインは手遅れかもしれないという絶望から、必死に目を背けながら

 

「迷っているようだな。だがもう迷っている時間も残ってはいない。これで終わりだ」

 

「――――!」

 

 四方から降り注ぐ魔力砲の雨を、サーゼクスは消滅の魔力で障壁を張って防ぐ。

 ヴィシュナという圧倒的強者が目の前にいるせいで気付くのに遅れた。何時の間にかサーゼクスの周囲を、魔王派の精鋭が取り囲み、退路を塞いでいた。

 精鋭の中には赤い全身鎧に身を包んだ男――――話には聞いていた『赤龍帝』の姿もあった。

 

「戦争だからな。卑怯とは言ってくれるなよ。お前は『計画』を実行する上でアジュカ・アスタロトと並んで最大の脅威だ。ここで消えて貰う」

 

「っ!」

 

 拮抗状態はここに崩れ去る。

 魔剣聖ヴィシュナだけでも難敵だったというのに、来援に現れたのは極めれば神と魔王をも滅ぼすとまで称される赤龍帝。疑いようなく絶体絶命の窮地だった。もはや悪魔としての形を保ったままでは、この状況を打開することは不可能に等しい。打破するために必要なのは、悪魔を超えた『超越者』としての力を解放する以外に術はないだろう。

 ただアレは無差別的だ。どれだけ抑えようとしても、消滅のオーラが周囲を問答無用に消し飛ばしてしまう。そうなれば魔王派の連中は度外視するにしても、意識を失っているグレイフィアやラインはただでは済まない。

 

(私一人が逃げる為に二人を犠牲にするなどと……!)

 

 サーゼクスの躊躇いを他所に、凶弾は放たれる。

 しかしその凶弾がサーゼクスに届くよりも前に、それに立ち塞がる者が一人いた。拳の猛打が凶弾を打ち払う。

 

「ら、ライン!?」

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 

 矢面に躍り出たラインは、血を吐き出すような咆哮をあげながら、闘気に覆われた肉体で凶弾を受け止めていった。ライン・ダンタリオンの肉体が、魔力弾で削り取られているが、彼は苦悶の声一つあげずに耐え切る。

 そしてサーゼクスが声を出すよりも早く、ラインが振り返った。

 

「俺が殿をするっす。兄貴は早くここを脱出して下さい」

 

「な、なにを馬鹿なことを言っている! 君を置いて私一人だけ逃げるなど出来る筈がないだろう!」

 

「俺のことなら心配いらねっす。俺、もう助からないっすから」

 

「ッ!」

 

 そんなことはない、ここを脱出して治療を受ければきっと助かる。そう声をかけられればどれほど良かったことか。

 残酷なことにラインの語ったことは真実だった。

 こうして間近で見れば瞭然である。異形殺しの邪剣による傷は、完全にラインの命を奪い去っていた。ライン・ダンタリオンはもう助からないし、手の施しようがない。死を遅らせることはできても、死を回避することは無理だ。

 

「だ、だが」

 

 それでもサーゼクス・グレモリーはラインの命を見捨てることなど出来ない。

 ラインを止めようとして、彼の余りにも壮絶な決意に口を噤まされる。

 

「兄貴には夢があるんでしょう。兄貴の夢に俺も夢を見たから、今日まで命懸けで戦ってきたんっす。グレイフィアもたぶん兄貴の夢を知ったから裏切ったんっすよ。だったら兄貴は生きて夢を叶えてくださいよ。こんなところで兄貴に死なれたら、それこそ俺の生涯が無駄になるっす」

 

「――――!」

 

 真っ直ぐな決意が、サーゼクスの心を貫く。この意志を折ることは出来ない。

 

「……………分かった。君の意思、確かに受け取った」

 

 サーゼクス・グレモリーは男だ。自分の夢に己の命を懸けている一人の男だ。故に夢に殉じ、死を覚悟した男の決意に水を差すことなど出来ない。

 鬱血するほど拳を握りしめながら、サーゼクスは身を翻す。そしてそのまま決して振り返ることなく、その場から逃げ出した。

 この日のことをサーゼクス・グレモリーは生涯忘れまい。今日サーゼクスは、後輩の命を見捨てたのだ。

 

 

 

 兄貴分であるサーゼクスが逃げ、四面楚歌となったルシファードでライン・ダンタリオンは魔王派の精鋭たちを睥睨する。

 相手は三大勢力の戦争を潜り抜けてきた歴戦の勇者たち。対するは半死人の上級悪魔一人。ここまで戦力が圧倒的に脆弱だと笑いすら出てこない。全てを振り絞って戦おうという純粋な闘志だけが湧いてくる。

 

「逃がすか、サーゼクス・グレモリー!」

 

 精鋭の一部が撤退するサーゼクスを追撃しようとする。

 

「俺を無視してんじゃねえよ」

 

 ラインは一瞬で彼等との距離を詰めると、己を眼中に入れていなかった不届き者を殴殺する。

 明らかにライン・ダンタリオンより強大な悪魔をあっさり『瞬殺』したことに、魔剣聖ヴィシュナが眉を潜める。

 

「さっきとは動きが別人だな。一体どんな手品を使った?」

 

「ハッ! 手品なんて大層なもんは使ってねぇし、妙なドーピングもしてねえ。けどカラクリはあるぜ」

 

 下らない三文小説ではないのだ。死に瀕したことで、何の脈絡もなく突発的に新たな力に目覚めた訳ではない。

 ライン・ダンタリオンが使っているのは元々自分が持っていた力であるし、それ以外のものは一切使っていなかった。

 

「一万年という永遠にも等しい悪魔の寿命。それを全て燃焼させりゃ、こんな俺でもほんの一時だけ魔王級の力を手に入れられる。流石に兄貴と同等のアンタを殺すことは無理だろうが、足止めするくれえは出来るだろう」

 

「嘘だな。それは足止めなんて生易しいことを考えている男の目ではない。命と引き換えにしても腕一本くらいは奪おうとする獣の目だ。

 そういう目をした者は、どんなに実力的に劣っていようと油断はできない。だから微塵の容赦も加減もなく、お前を滅ぼすとしよう」

 

 ヴィシュナの持つ邪剣が蒼黒い輝きを鎮めていく。代わりに不気味なまでの無色なオーラが邪剣に纏わりついた。そして、

 

「――――邪剣絶技(じゃけんぜつぎ)降魔生来(こうましょうらい)

 

 爆発的な光力が〝異形殺し〟の邪剣から噴出する。ライン・ダンタリオンはヴィシュナの背後に、十二枚の翼を生やした天使の幻影を垣間見た。

 アレはきっとこれまでヴィシュナによって斬り殺してきた犠牲者たちの〝呪い〟が形となったものだろう。

 

「へっ。上等だ……!」

 

 敵は魔剣聖。それに赤龍帝に魔王派の精鋭たち。男が命を懸けるには十分な戦場だ。

 己の命を燃焼させ、ライン・ダンタリオンは敵わぬ敵へ向かっていった。

 

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