ハイスクールD×D 内戦地帯のクリムゾン・デビル   作:出張L

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Life.33  蒼の逸脱者

 下級悪魔出身でありながら魔王派の双璧に名を連ね、超越者にも匹敵する実力をもつと噂される魔剣聖ヴィシュナ。

 人の噂も中々馬鹿にできないものだ。本気の彼と『真の姿』を晒した状態で、こうして一対一で相対してみるとそれが良く分かる。

 ピリピリと肌を焼く緊張感。凝固された鬼気に脈打つ心臓。サーゼクス・グレモリーの本能は、目の前の敵に明確な脅威を感じていた。『真の姿』の状態でこんなにも敵を脅威に思うのは、以前に本気のアジュカと戦った時以来である。そしてそれ以上にサーゼクスの心には、マグマのように溢れてくる憤怒の激情が渦巻いていた。

 忘れるはずがない。魔剣聖ヴィシュナ、この男が大切な友人であるセラフォルーを傷つけたのだ。この男がグレイフィアをあんなにも痛めつけた。この男が自分の大切な後輩を殺したのだ。

 サーゼクスにとってヴィシュナは後輩の仇、許し難い宿敵である。

 

――――目の前の相手を髪の毛一本たりとも残さず世界より消し去ってやりたい。

 

 純粋な闘争本能とは口が裂けても言えない、憎悪から生まれる殺戮衝動がサーゼクスの心を埋め尽くそうとする。

 だがサーゼクスはグレイフィアへの想いと、反魔王派としての責任感から、無限大に増殖する負の感情に歯止めをかけた。

 自分が優先すべきはあくまでもニシリナ・レヴィアタンの計画阻止。敵討ちなど後から幾らでもとれる。

 

(奴の背後にあるゲート、あれがアポカルス中枢へ至る道か)

 

 ゲートから発せられる禍々しい魔力。幸い儀式はまだ完了していないようだが、それも時間の問題だ。なんとしてでもゲートを潜ってグレイフィアを助け出さなければならない。

 だが念のため試せることは試しておくことにした。掌に魔力を集中して、隕石にも等しい大きさとなった滅びの魔力。それをアポカルスへと叩き付けた。

 

「無駄だ」

 

 山脈を消し飛ばすだけの魔力、それの直撃を受けても巨塔は無傷のまま。まるでビクともしていない。

 

「一度起動したアポカルスの強度は私の〝異形殺し〟にも等しい強度をもつ。なにせこの巨塔には『無限』の力が宿っているからな。例えグレードレッドでも破壊するのは骨が折れる作業だ。

 巨塔を破壊することで儀式を中止する……。悪くないアイディアだったが、そんな危険性を危惧できないほど四大魔王は無能ではないということだ」

 

『どうも、そうらしい』

 

 予想していたことなので、サーゼクスに特にショックはなかった。

 ただこれで確認できた。ニシリナの計画を止めるには、やはり直接彼女の下に赴くしかないと。

 

「急いでグレイフィアを……愛する女を救いに行きたいという顔だな。戦場でそんな顔をする奴も珍しい。しかし言うまでもないことだが、私はお前を通すわけにはいかん。どうしてもというのならば無理を通すといい」

 

『ヴィシュナ、君には――――いいや貴様には言いたいことが山ほどある。ぶつけたい傷みがある。しかし今の私には復讐よりも優先しなければならないことがあるのだ』

 

 ライン・ダンタリオンはサーゼクスの夢に殉じて死んでいった。ならば彼の為にサーゼクスが出来るのは、仇討ではなく冥界を危機に陥れる原因を一刻も早く取り除くことである

 サーゼクスは魔力と殺意を研ぎ澄ませ、ヴィシュナの背後にあるゲートを睨んだ。

 

『故に、押し通る!』

 

「やってみるがいい」

 

 サーゼクスの纏う消滅魔力が、八つ首の龍の形となりてヴィシュナへと殺到する。相手を丸呑みにせんと獰猛に迫り掛かる様は、邪龍の一角に名を連ねる日本最古の怪物、八岐大蛇を想起させた。

 そしてそれは形だけのものではなく、中身も同様。悪魔としてのサーゼクスは精密なコントロールを最大の武器とするテクニックタイプ寄りの強者だが、『真の姿』を解放したサーゼクスにはテクニックタイプやパワータイプなどのつまらぬ境界線は存在しない。

 圧倒的質量と範囲を兼ね備えた消滅魔力は、触れるどころか近づいただけで命を滅ぼし尽してしまうだろう。

 

『――――貴様が救世者を名乗り、安世の邪魔をするというのであれば。私は再び独覚し、悪鬼となりて天魔の化身をここに粛清しよう』

 

 サーゼクスが『真の姿』を解放した時と同規模の爆発が起きる。

 ヴィシュナの立っていた爆心地より噴き出したのは、震えるほどに蒼い濃密な闘気。無限に噴出し立ち昇る巨大な闘気に、天上の雲すらが恐れ慄き道を譲った。自由に舞う風すら、今日ばかりは目の前の男を避けて鎮まりきる。

 紫炎の空は、蒼穹に。森羅万象は鳴りを潜める。

 これまでサーゼクスは地獄の修行の果てに『闘気』を目覚めさせた武人を何人も見てきた。しかし天空を覆い尽くすほどの闘気を目の当たりにしたのは生まれて初めての経験だった。

 地球そのものが伸し掛かってきたかのようなプレッシャーを感じる。一体の悪魔ではなく、まるで大自然そのもの――――否、大自然を内包した『星』そのものと対峙している気分だ。

 爆風が張れヴィシュナだった者が、悪魔だった男が姿を現す。

 

『――蒼い』

 

 思わずサーゼクスはそう零した。

 戦国武者が着込む鎧甲冑の如き堅牢さを備えた蒼い体躯。頭より禍々しく伸びた二本の角。

 その姿は悪魔というより東洋の鬼に近かった。だが鬼という表現はこの怪物に対して余りにも生易しい表現である。悪鬼、鬼神、修羅。そういった物騒な例えがこれほど相応しい存在もいないだろう。

 これが魔剣聖ヴィシュナの至った姿。天使、堕天使、悪魔、吸血鬼、人狼、鬼、魔物、そして龍。世界が始まって以来、最も多くの異形の血を浴び続けた男の成れの果て。

 異形でありながら最も異形を殺めた、異形たちのユダ。あのゼクラム・バアルをして悪魔社会の癌細胞とまで言わしめた男。

 サーゼクスが異常だったのが〝生まれ〟ならば、ヴィシュナは〝育ち〟が異常だった。

 先天的超越者がサーゼクスならば、ヴィシュナは後天的な超越者。

 最初は真っ当であったにも拘らず、後に外れてしまった存在。

 逸脱者と、そう呼ぶべきなのだろう。

 

『貴様は紅いな、サーゼクス。不快な色だ』

 

 ヴィシュナへ伸びてきた滅びの魔力、それを異形殺しの邪剣で一刀のもとに斬り伏せる。

 近付いて斬っただけでも並みの相手なら致死量の滅びの魔力を浴びてしまうはずだが、ヴィシュナの体が傷ついた様子はない。異形殺しの邪剣の方は言わずもがなだった。

 

『そうかい。私は紅も好きだが、蒼も好きだよ。蒼穹の如く澄み渡る空を見上げれば思わず手を伸ばしたくなる。ただ貴様は好きになれそうにないな』

 

『全くの同意見だ』

 

 初めて二人の意見が重なり合う。お互いにお互いが、決して好きになれないと。自分達は敵同士であるという見解で同意した。

 もしも生涯に運命に定められた宿敵がいるのだとすれば、目の前の男こそがそれなのだろう。サーゼクスとヴィシュナは同時に理解する。

 

『私は』

 

『お前を』

 

 紅の消滅魔力が曼荼羅のように広がる。蒼い闘気が邪剣に宿り、悪鬼は修羅と化した。

 邪剣の剣圧と消滅魔力が激しく鬩ぎ合い、炸裂する。

 超越者と逸脱者。

 悪魔として生まれながらも、悪魔を外れた二柱は共に地面を蹴った。

 

『――――消し去る!』

 

『粛清する――――!』

 

 片や救うため、片や滅ぼすため。ここに紅と蒼が正面より激突する。

 決戦の始まりを告げる号砲のように、蒼穹の空に天雷が鳴り響いた。

 猛烈なる踏み込みで一瞬のうちで距離を詰めようとしてくるヴァルナ。だがヴァルナが一瞬で距離を詰めてきたのと同等の速度で、サーゼクスもまた後ろへ飛びのいた。

 こうして『本気』でこそなかったが、サーゼクスはヴィシュナと何度か交戦している。そのためヴィシュナの剣技がどれほど埒外なのかも熟知していた。

 どちらかといえばウィザードタイプに分類されるサーゼクスだが、同時に肉弾戦闘でも達人並みの技量をもっている。しかし相手が魔剣聖となると、達人級の武技も途端に蟷螂の斧と化してしまうのだ。

 パワー、スピード、ディフェンスなどのスペックで劣る気は更々ないが、十世紀以上もの年月、最前線で剣を振るってきたヴィシュナは、こと経験値においてサーゼクスを大きく上回る。

 特に剣技に関してヴィシュナは最強だ。無敵と言い換えてもいいだろう。あの間合いに踏み込み近接戦などすれば最後、もはや敗北の未来しか見えない。

 しかしヴィシュナの強さが完璧というわけではない。

 ヴィシュナは冥界最強の剣士であるが、剣士であるが故の不得意分野は彼にも当て嵌まる。近接ではヴィシュナに譲るが、遠距離での魔力戦ならばウィザードタイプであるサーゼクスに分があった。

 踏み込むヴィシュナと、飛びのくサーゼクス。ヴィシュナが距離を詰めれば、サーゼクスは距離を離す。

 必然的に二人は近接でも遠距離でもない中距離で激しい打ち合いを演じることとなった。

 

『温い――!』

 

 津波のように押し寄せてくる消滅魔力を、ヴィシュナは剣で薙ぎ払いながら前進してくる。

 異形殺しの邪剣から魂を焼くほどの邪気をこれでもかというほどに放っているが、太刀筋は清廉にして流麗。足運び一つすら雅だった。

 無暗矢鱈と消滅魔力を放つだけではヴィシュナは倒せない。サーゼクスは鷹の眼光でヴィシュナの一挙一動を観察し、そして風の揺らぎに全力の攻撃を放った。

 竜巻染みた剣舞を潜り抜け、研ぎ澄まされた紅の刃が飛来する。果たして消滅魔力を研ぎ澄ませた刃は、ヴィシュナの肩を貫いた。

 

「邪剣・預流斬り」

 

 一撃を与えたことに喜ぶ間もなく、飛んできた斬撃がサーゼクスの右足を斬った。

 超越者と逸脱者、共に悪魔を超えた力をもつ両者は自然回復力も相当のものがある。しかしサーゼクスは異形殺しの毒のせいで、ヴィシュナは存在ごと削られたせいで――――悪魔として埒外の回復力をもつ二人であったが、回復遅々としていた。

 だが二人が二人ともこの程度の負傷で怯む弱卒ではない。

 自分の受けた傷を気合いで押し込めると、紅と蒼の悪魔は激しくぶつかり合った。

 

『邪剣秘技・皆苦応報』

 

『くっ……!』

 

 ヴィシュナは十世紀以上もの年月で体得した数々の『秘技』を繰り出してくる。

 中距離で撃ち合いと斬り合うことで拮抗していた両者の戦い、それがヴィシュナの秘技によって僅かに崩れた。滅びの魔力の弾幕に、剣の奥義で風穴をあけると、ヴィシュナが剣の間合いにまで接近してくる。

 近接はヴィシュナの距離だ。まともに戦えば一刀のもとに斬り伏せられるだけ。

 咄嗟にサーゼクスは全身を強固な滅びの魔力で包み込んだ。外敵を滅ぼすためではなく、近づいてきたものだけを弾き返す――――全身鎧にまで一時的に魔力を凝固させる。

 なんのことはない。どうせ近接ではまともに打ち合うこともできないのであれば、どこを打たれても大丈夫なほどに防御を固めてしまえばいい。

 

『邪剣・真空輪袈裟』

 

命名、紅貴なるや鉄滅の甲冑(ロート・リュストゥング)

 

 他の音を消し飛ばすほどの轟音。サーゼクスの『滅び』の鎧と、ヴィシュナの邪剣が鍔迫り合った。

 邪剣は異形殺しの毒を送ろうと震えるが、サーゼクスの滅びが、毒の進行を阻んで通さない。

 まさか己の剣を受け止められるとは思っていなかったらしく、ヴィシュナの目が大きく見開かれた。

 敵の動揺が収まるのを待ってやる義理はない。そこへサーゼクスは容赦ない回し蹴りを喰らわす。

 しかし流石に『武』においてヴィシュナの技量は隔絶している。あっさりと回し蹴りを回避すると、敢えて自分から距離を離した。

 そして闘気を整えると、再び突進してきた。

 滅びの魔弾は、雨となってヴィシュナへと降り注ぐ。だがどれほどの脅威が迫っても、ヴィシュナの目はサーゼクスを捉えて離さない。

 完全に防いだはずなのに、腕がじんじんと痺れる。

 こうして戦い、拳を交えて――――これまで見えなかったものが見えてきた。

 魔剣聖ヴィシュナ、この男には才能が欠片もない。魔力だけではなく、恐らくは剣の才能すらこの男にはなかった。

 神業染みた剣技も、天空を覆い尽くすほどの巨大な闘気も。全て無限の如き修練と、無限の如き実勢経験の中で血反吐を吐きながら体得したものに過ぎない。

 故に一挙一動全てに隙がない。流麗な剣技にも無骨さが垣間見える。剣の一振りにヴィシュナという男の生涯が宿っていた。

 だからこそ解せない。これほどの男が、どうしてこんな事をしているのかが。

 

『これほどの力と技量を持ちながら……ッ! 何故ニシリナ・レヴィアタンに協力する!?』

 

『いつかの舞踏会でもセラフォルー・シトリーに似たことを訊かれた』

 

『なにがっ!』

 

『故に私の返答はあの時と変わらんな』

 

 エルアナ・ロノウェから伝えられたニシリナの野望、それがサーゼクスの頭に蘇った。

 

『目的が一致、三界の統一が目当てか!』

 

『それを言ったのはニシリナ・レヴィアタンだ。私は天使と堕天使を滅ぼす……それだけだ。そのためニシリナに手を貸しているに過ぎん』

 

『ヴィシュナ! 滅ぼすことを、それだけなどと……』

 

『不甲斐ない話だ。私一人では貴様とアジュカ・アスタロトという二人の超越者に、反魔王派に勝利を齎せると確信をできん。だからこそ私はグレードレッドで確信を得る!』

 

『D×Dの力まで借りて――――そこまで天使と堕天使を滅ぼしたいかっ!』

 

『生憎だな!』

 

 闘気が一層膨れ上がり、それは爆風となってサーゼクスを弾き飛ばす。

 

『ヴィシュナッ! なにをッ!』

 

『私は好き好んで一つの種族を滅ぼしたいと焦がれられるほど、自分を狂信してはいない!』

 

『ならどうして滅ぼす! グレイフィアまで巻き込んで!』

 

 剣と拳を交えて分かったのは、ヴィシュナという男の歩いてきた道筋だけではない。

 予感はあったが、この清廉な闘気がサーゼクスに確信を与えてくれた。ヴィシュナのグレイフィアへ焦がれている感情に。

 

『どの道、速いか遅いかだ。彼女もいずれ滅ぼすつもりだった』

 

『なんだとっ!』

 

『粛清対象は天使、堕天使だけではない。三大勢力の戦争を始めた悪魔……我々も同罪だ。よって三大勢力全てに等しく消えて貰う。

 もしも三大勢力が戦争を再開すれば、確実に結果は共倒れになるのは貴様も知っているな。それでいい、戦乱ばかりを無意味に続けてきた三大勢力は、戦争と共に滅び去るべきなのだ! だがそのためには戦争継続を阻む反魔王派の存在は邪魔となる。消えろ! サーゼクス!』

 

『悪魔はお前もだろうに!』

 

 膨れ上がった闘気を、爆発させた消滅魔力で押し返す。今度はヴィシュナが弾き飛ぶ番だった。

 飛ばされたヴィシュナに、滅びの槍の追撃がかかる。それをヴィシュナは邪剣をもって打ち落しながら、闘気を爆発させた。

 

『故にこそだよ。戦争が私のような男を生み出した。三大勢力は、自らが生み出した罪過に押し潰され滅び去るのだ』

 

『勝手な理屈を、世界の意思のように語るな!』

 

『意思など世界にはない。意思を持つのは星に住む総ての生命だ。そして過半数以上の生命にとって、三大勢力は不要であると判断する。滅びる理由としては十分だろう』

 

『なにが十分なものか! 三大勢力を滅ぼせば、三大勢力だけではない。それと共存する人間もただではすまなくなる! お前は我々だけではなく人間まで滅ぼすつもりか!』

 

 天界側は元より、どうして堕天使や悪魔までもが『聖書の神』の死に口を噤んでいるのか。それは自分達のためではなく、自分達が生きる上で必要な『人間』を守るためだ。

 事実、神の死が公表されていないにも拘らず、既に人間界では悪影響が出始めている。もしも『聖書の神』どころか、三大勢力全てが滅びるなんてことがあれば、確実に人間界は大きな混乱と混沌に包まれる。或は滅亡することすらあるかもしれない。

 しかしサーゼクスの言葉に、ヴィシュナは珍しく……もしかしたら初めて生の感情を剥き出しにして叫んだ。

 

『人間を過小評価するな! 人はもうそんなに弱くなどない!』

 

『これは……邪剣が震えている……? ヴィシュナの叫びに、呼応しているのか……』

 

『神は教えを授け、堕天使は知恵を与え、悪魔は欲望を教えた。もう我々の役目は全て終えている……! もはや人間は神に縋らずとも、堕天使に縋らずとも、悪魔に頼らずとも、自分達だけでまだ見ぬ未知を切り開いてゆくことができる。

 そう、あらゆる神話・宗教において人々を救うのは神ではない。神の教えを受けた人間だ。人間は人が人を救えるまでに進歩したのだ。三大勢力の滅びも、人間は乗り越えられる! 四大魔王の死を未だ乗り越えられぬ悪魔と違ってな!』

 

『人間にとって不要だから滅びろと? 私達、悪魔もまた一つの生命体、一つの種族。人間の役に立つため生きる奴隷ではない!』

 

 悪魔は人間の奴隷ではなく、かといって人間は悪魔の奴隷ではない。人間と悪魔は相互利用の間柄。どちらが上で、どちらが下もない別個の生命だ。

 人間にとって不要な種族だから滅びろなどと、それは人間の傲慢に過ぎない。と、言った者が『人間』ならばこう反論できたのだが、相手は自分と同じ『悪魔』だ。その理屈は通用しない。

 

『悪魔が人間の奴隷でなくとも、どちらが上等な生物かは明白だな。迷いながらも、この十世紀で人間は少しずつ進歩してきた。だが悪魔は創生以来なに一つとして進歩していない。天使や堕天使もだ。進歩なき生命に生きる価値などありはしない』

 

『悪魔は進歩してきた!』

 

『技術はな。だが精神や価値観は数千年前から一歩も進んでいない。いつまで経っても独り立ちできぬ子供は、親に迷惑をかける前に粛清されるべきだ』

 

 断固たる決意と共に、蒼黒い邪剣の烈風が大地を両断した。

 それでもサーゼクスは慄くことすらなく、緑色の双眸を静かにヴィシュナへと向ける。

 

『……諦めか?』

 

『なに?』

 

『独り立ちできぬのであれば、独り立ちさせればいい。十世紀進歩がなくとも、十一世紀も進歩がないとどうして言える。これまで誰も進歩させようとしてこなかったのならば、私が、私達が悪魔社会の針を進めればいい』

 

『理想論だな。そんなことは不可能だ。一介の悪魔になにが出来る? 貴様も見てきただろう。旧体制の指導者たる魔王の血族に逆らう反魔王派といえば聞こえは良いが、実態はただの利権の奪い合いに過ぎん。

 貴様も査問会で上層部に名を連ねている連中の愚かさを見たはずだ。あんな俗物共の作り上げる冥界に未来はない』

 

 人間であれば世代交代によって、能力と志のある者が改革を行うことも出来るだろう。だが悪魔の永遠にも等しい寿命は、自分の利益しか考えられない俗物たちをのさばらせる結果となった。

 俗物はその利権にすり寄って来る新たな俗物を生み、改革者の志は、既得権益を守ろうとする貴族主義の老害によって踏み潰される。

 そんなことがこれまで千年……否、悪魔創生以来、数千年以上にも渡って続いてきたのだ。恐らくはヴィシュナも改革の志を抱き、そして俗物の権化たる老害に踏み付けられた一人なのだろう。

 故にサーゼクスはヴィシュナの言葉を否定することはなかった。

 

『君の言う通り……一介の悪魔には無理だ』

 

『そら見たことか』

 

『だが魔王ならばやれる』

 

『なにっ?』

 

 一介の悪魔では冥界の現状を変えるなど不可能だ。それは認めよう。けれどそれならば一介の悪魔でなくなってしまえばいい。

 

『私は冥界を導く新たな魔王となる。一介の悪魔には不可能でも、魔王ならば可能の筈だ!』

 

『貴様が魔王になどなれる筈がない!』

 

『そう言うからこそ、お前は諦めたのだ……ッ!』

 

 ヴィシュナの太刀筋に生まれた迷い。

 消滅魔力と蒼い闘気の拮抗が崩れる。闘気は紅の滅びに呑み込まれ、そのままヴィシュナの肌を焼いた。

 

『がっぁっ! サーゼクス、貴様――――私を!』

 

『私は諦めない。魔王となって、私は戦争の先を行く。どんな種族も滅びぬ未来へ!』

 

『そんな都合のよい良い未来があるものか! 悪魔は戦いを好む生き物。貴様がどれほど抑えようと、いずれ爆発するだけだ』

 

『だとしても! 悪魔が悪魔の在り方に囚われず、下らないことを馬鹿みたいに楽しめるような! いずれ天使や堕天使とも笑い合えるような冥界を、私は求め続ける!』

 

『ちっ!』

 

 ヴィシュナは今度は『無理』だと言わなかった。サーゼクスは自らの心を曝け出しながら、今の自分の最大魔力を全身から絞り出す。

 やがて滅びの魔力は、あらゆるものを穿つ無数の紅槍となってサーゼクスの背後に展開した。

 

『悪魔も人間も天使も何もかも、滅んでいい種族などこの世に一つもないのだから』

 

『――――!』

 

 幾多もの滅びの槍は流星となって、魔剣聖ヴィシュナの鋼の体躯を突き穿つ。

 苦悶の絶叫はなかった。魔剣聖と謳われた男は、噛み締めるように地面へと墜落していく。蒼い彗星は地面へと堕ち、光が爆ぜた。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 力を出し切った反動で『真の姿』を解除したサーゼクスは、元の悪魔としての姿に戻る。

 言いたいことは言い切った。やれることもやった。思う存分、意思をぶつけあった。

 ヴィシュナが立ち上がる気配はない。だとすればこの戦いはサーゼクス・グレモリーの勝利である。

 巨塔の麓にあるゲートへと視線を戻す。ヴィシュナを倒したのならば、やることは一つだけ。サーゼクスは光の爆ぜた場所を一瞥してから、強い覚悟を秘めた瞳でゲートを潜った。

 

「下らないことで、馬鹿みたいに楽しめるような……冥界、か」

 

 大の字に倒れ天を仰ぐ悪魔に、止めを刺すことなく。

 

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