ハイスクールD×D 内戦地帯のクリムゾン・デビル 作:出張L
ゲートを潜ったサーゼクスは、一面が血の色に染まった魔界へと足を踏み入れた。呼吸をする度に噎せ返るほどの死の臭いが五臓六腑に流れ込んでくる。
此処は黙示録へと手を伸ばした魔王の玉座。真龍を我が物にせんとした傲慢のモニュメント。果たして地底に生を受けた悪魔でありながら、天と人をも望んだ女は魔界の中心にいた。
ニシリナ・レヴィアタンは現れたサーゼクスに振り返ることもなく、儀式の準備を進めている。サーゼクスの存在に気付いていないのか、それとも気づいて尚も無視しているのか。その判別はサーゼクスにはつかなかった。
黙ってサーゼクスは静かに掌をニシリナへ向ける。
「チェックメイト」
サーゼクスが声を掛けると、漸くニシリナが反応を示した。
「へぇ。念のため『とっておいた』けど、本当にヴィシュナが負けるなんて驚いたわぁ。案外とアレも使えないわねぇ」
クスクスと艶然と笑いながら、ニシリナがゆっくりと振り返る。
自信に満ち溢れた笑み、自分こそを至尊であると信じて疑わない傲岸さ、飽くなき欲望の気迫。これが世界を我が物にしようとする女の面貌なのだろう。
この無限にも等しい欲望と比べれば、ジャマリア・バルバトスの俗物的な欲望など赤子のそれに等しい。
「ニシリナ殿。今すぐグレイフィアを解放して貰いたい。そうすれば命まではとらないとグレモリー家の名に懸けて誓おう。返答は如何に?」
銀色の磔台に拘束されているグレイフィア。見たところ意識を失っている上に、あの磔台が彼女の魂まで拘束している。
グレイフィアが魔王級だろうとあれでは自力での脱出は不可能だ。しかしこの魔界を制御しているニシリナであれば、あれを解除することも出来るだろう。
「あらあら。一介の上級悪魔が、魔王派の盟主に向かって随分と偉そうに口を聞くのねぇ。しかも命まではとらないだなんて随分と優しいこと。そういうの反吐が出るけど嫌いじゃないわよぉ」
「……もう一度だけ言う。グレイフィアを解放しろ」
エルアナの話によればニシリナは『白龍皇の光翼』を所持しているそうだ。しかも彼女自身が魔王級の強者となれば、その実力は並大抵のものではないだろう。或は神器込みでならば母たる魔王レヴィアタンをも超えるかもしれない
だがそれでも『超越者』には届かない。サーゼクスが『真の姿』を発揮すれば、白龍皇の光翼ごとニシリナを滅殺するも容易だ。
あのヴィシュナを配下として操っていたのならば、互いの戦力差が分からないニシリナではない筈だ。だというのにニシリナは嘲るように言い放つ。
「お生憎ね。私は命令するのは大好きだけど、されるのは大嫌いなのぉ」
『――ならば仕方ない』
元よりここに来るまでに下手な甘さは捨てている。一人の悪魔として、魔王の娘を殺すことへの抵抗感も僅かに残っていたが、それも今のやり取りで消えた。
サーゼクスは『真の姿』を解放して、ニシリナを睥睨する。
この『魔界』は余程頑強に作られているらしく、サーゼクスが『真の姿』を解放してもまるで壊れる気配はなかった。
正直ありがたい。これでなんの躊躇いもなく全力でニシリナを倒すことが出来る。
『魔王の娘、討ち取らせて頂こう』
嘗ての魔王ルシファーの十倍以上に相当する魔力が、ニシリナ・レヴィアタンに襲い掛かった。
如何に『白龍皇の光翼』があるとはいえ、この魔力を削り切ることは出来まい。しかし紅の滅びがニシリナを呑み込もうとした刹那、
「暑苦しいわぁ」
無限の黒き暴風によって、紅の津波は吹き飛ばされた。
『そのエネルギー……なんだ、この力は……』
「誰が私の切り札が『白龍皇の光翼』だけなんて言ったのぉ? 私はここの魔界の主、魔界の支配者。私に敵対するということは、この世界に敵対することと同じ……」
『っ! 成程、四大魔王様も芸が細かい』
このアポカルスにはグレードレッドを支配するため『無限のエネルギー』が供給され続けている。ニシリナはそのエネルギーの一部を、自分の強化へと回したのだ。
魔王級の魔力に白龍皇を備えた悪魔に無限の力が加わる。確かにこれならば超越者と同等、否、それ以上の力を発揮することも叶うだろう。
「貴方が『超越者』なら、私はこの世界の『絶対者』。超越者をも凌駕する絶対の存在……」
憎悪と嫉妬の入り混じった目で、ニシリナはサーゼクスを睨む。
彼女の視線が向けられているのはサーゼクスだったが、それはサーゼクス個人というより『超越者』という存在そのものへ向けられているような気がした。
きっとこれは気のせいではあるまい。ニシリナはサーゼクスを通して別の誰かを見ている。
「そう。頭が、高いのよ」
ニシリナの背より噴出する機械的な光翼。神滅具が一つ、白龍皇の光翼。
しかし今度はそれだけには留まらない。ドス黒い無限のオーラがニシリナを包み込んだかと思うと『白龍皇の光翼』が白亜の輝きを強くしていった。
『――――
黒いオーラに包まれながら、白亜の輝きがニシリナの全身を染め上げる。
光が晴れると、そこにいたのは白い龍人だった。肉体を守る龍鱗と、背中から生える龍の翼。口からは獰猛な牙が伸び、爪は鋭利に尖っている。
ラヴィリの機械的全身鎧とはまるで異なる。機械的な気配など欠片もない、悪魔と龍が融合したかのようなシルエット。さしずめ龍魔人とでもいったところか。
『白龍皇の光翼の亜種禁手。〝
大言壮語ではない。あの亜種禁手によってニシリナの魔力と白龍皇の力は完全に一体化している。しかも恐らくは白龍皇のもつ固有能力たる『半減』は、亜種禁手であっても失われてはいないはずだ。
これはもしかするとあのヴィシュナよりも厄介な敵かもしれない。サーゼクスは予期せぬ強敵に歯噛みした。
『死になさい』
わざとらしい猫撫で声を止め、無慈悲な言葉でニシリナがいきなり最大火力の砲撃を放ってくる。
相手の力押しに態々力で対抗することもない。サーゼクスは魔力を噴射させて加速を得ると、砲撃を寸でのところで躱しきる。
『まだまだ、こんなのは序の序』
だが最大火力を放ったニシリナは、再び最大火力の砲撃でサーゼクスを追撃してきた。
狙いは正確だ。今度は回避するのは難しいだろう。かといってやはり力で押し返すのは消耗が大きい。
ならば、と。サーゼクスは凝固させた魔弾を横からぶつけて、砲撃の軌道を逸らす。目論見は当たり、砲撃はまるで見当違いの場所へ飛んでいった。
『あっはははははははははははははは! ほ~ら、まだまだぁ!』
最大火力に次ぐ最大火力。超越者であるサーゼクスすら連発は困難の破壊力を、ニシリナはこれでもかという程に大盤振る舞いしてきた。
普通こんなことをしていれば、直ぐにガス欠となり戦闘不能になる。だが今のニシリナは『無限』のエネルギー供給を受けている存在だ。無限をどれだけマイナスしようと無限は無限。よってそのエネルギーが減ることはない。
故にニシリナの魔力は正に無尽蔵。常に最大火力を放つことができるというわけだ。
超越者といえどサーゼクスの魔力は無限ではない。グレイフィアの安全と儀式完了という観点においても、持久戦は余りにも不利。
(例えリスクがあろうと、素早くやるしかない!)
ヴィシュナ戦でやったように、サーゼクスは滅びの魔力で生み出した鎧を纏う。
そしてニシリナの繰り出す砲撃に向かって真っすぐ突貫した。
『自分から喰らいに!? はは、愚かなのよ!』
『どうかなっ!』
戦いには技量も必要だが、時に暑苦しいまでの強引さが現状を打破する術となりうる。
それに一つ分かったこともあった。ニシリナは確かに無限のエネルギーを供給できるが、別に無限の魔力を持っている訳ではない。魔力を無尽蔵に使えても、無限の魔力を放出することは出来ないのだ。もしも真実ニシリナが無限の力を自由自在に操れるというのならば、サーゼクスなどとっくに消し炭にされていたはずである。
ニシリナ・レヴィアタンの最大火力――――逆を言えば限界火力を無理矢理突破したサーゼクスは、鋭い踏み込みでニシリナに迫った。
『白龍皇に近付くなど!』
赤龍帝の力が『倍加』ならば、白龍皇の力は『半減』だ。触れた者の力を半分にして、その力を自分のものとして吸収する。
ニシリナがサーゼクスに触れる――――それで起動条件が満たされ、白龍皇の神器は真価を発揮した。
『Divide!』
白龍皇の力がサーゼクスの魔力を半減し、その力を奪い取る。だがそんなものは気にもとめない。
『淑女を殴る趣味はないがッ!』
『――――がぁっ!』
抉り込むようなサーゼクスの突きがニシリナに突き刺さる。滅びの魔力を纏わせての一撃は、ニシリナの生命力までも抉っていった。
失われた生命力を即座に『無限』で補填すると、ニシリナはより力を奪おうと手を伸ばしてくる。
『単調だ』
しかしサーゼクスはあっさりとニシリナの手を躱すと、裏拳を鼻っ面に叩き込んだ。
碌な防御もできないまま直撃を喰らったニシリナは、呻き声をあげながら後退る。だが逃がしはしない。サーゼクスは後退しようとするニシリナに、容赦ない肉弾戦を仕掛けていった。
(思った通りだ)
生まれつき強力な魔力をもって生まれた上級悪魔は、肉弾戦を軽視しがちな傾向がある。これはニシリナ・レヴィアタンにも当て嵌まることだった。
ニシリナは溢れんばかりのエネルギーで対抗してはくるのだが、如何せんパワーに技量が追い付いていない。
ヴィシュナ程ではないにしても、サーゼクスも腕力には自信がある方だ。ニシリナの単調極まる動きであれば、どれだけ重く速さがあろうと回避することは難しくはない。
『こ、のっ! 超越者が、私の邪魔を――――』
『はぁあああッ!』
サーゼクスはなんの飾りもない、全力の正拳突きを繰り出した。シンプル、それ故に破壊力は尋常ではない。
ありったけの滅びの魔力が宿った拳が、ニシリナの顔面を殴り飛ばす。吹っ飛ばされたニシリナは、地面に叩き付けられ動かなくなった。