ハイスクールD×D 内戦地帯のクリムゾン・デビル   作:出張L

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Life.35  摩天は昇る

 倒れているニシリナは起き上がる気配がない。温室育ちなら誰かに思いっきり殴られた経験など数える程しかないだろう。或は殴られたショックで意識を失ったのかもしれない。

 そう、ほんの刹那でも気を緩めたのがいけなかった。倒れていたニシリナがビクンッと跳ね起きたかと思うと、彼女の全身から真っ黒な波動が爆発的に放出された。

 

『っ!』

 

 サーゼクスは反射的に障壁を生み出して、膨れ上がる黒い死風を防御する。

 禍々しい竜巻は激しさを増していき、やがてそれが臨界に達した時、黒の中に白が入り混じり始めた。殺意なんて生易しいものを遥かに超えた鬼気が、この紅の世界に充満する。

 

『――――遊びはこれまでよ』

 

 無間地獄の底の底から響いてくるような怨嗟の声。

 サーゼクスは本能的になにかよくないことが起きようとしていることを察知した。ニシリナのやろうとしていることを妨害すべく、ありったけの消滅魔力を放つが、黒い死風は消滅すら呑み込んで突破を許さない。

 黒い竜巻はさながら万象全てを呑み込んで『無』へと誘うブラックホールにも見えた。

 天龍の力、白き覇者のオーラが黒き無限と溶け合っていく。

 

『我、目覚めるは――』

 

<消し飛ぶよっ!><消し飛ぶねっ!>

 

 ニシリナの声と重なる形で、老若男女入り混じった呪いの言葉が溢れだしてくる。

 これは恐らく『白い龍』という人のみに余る神器を持って生まれたせいで、凄惨な末路を迎えてきた歴代所有者の怨念。彼等の怨念は黒き死風と混ざり合って、無限の呪いへと昇華される。

 ニシリナのやろうとしていることに気付いたサーゼクスは、どうにかして死風を突破しようとするが、歴代所有者の思念が壁となって思うようにいかない。そしてサーゼクスが手古摺っている間にも、呪いは更に進行していた。

 

『覇の理に全てを奪われし、二天龍なり――』

 

<夢が終わるっ!><幻が始まるっ!>

 

『無限を妬み、夢幻を想う――』

 

<全部だっ!><そう、全てを捧げろっ!>

 

『我、白き龍の覇道を極め――』

 

 白龍皇の白と無限の黒、その二つが混ざり合った結果、それは灰色のオーラとなって魔界全体を覆い尽くした。

 呪いが終わる。サーゼクス・グレモリーは間に合わなかった。

 

「「「「「「「「「「汝を無垢の極限へと誘おう――ッ!」」」」」」」」」」

 

『Juggernaut Drive!!!!』

 

 凄まじい暴力の嵐に、黒い死風が吹き飛ばされる。

 死風が消えた時、そこにもはや龍魔人の姿はなかった。代わりに佇んでいるのは一体の巨龍。

 無限を色濃く宿した深い灰色の鱗。闇色に光る鋭利な眼球。これこそが『覇龍』。神器に封じられた天龍の力を、一時的に全開放するという禁忌の業。禁じ手中の禁じ手だ。

 

(天龍……白龍皇アルビオン……これがか、これがたった二体で三大勢力に挑んだほどの力か!)

 

 六大龍王すら遥かに超え、神と魔王を凌駕した二体のドラゴン。その力がサーゼクスの目の前に顕現している。

 まともな所有者なら『覇龍』なんて寿命全てを削り切りかねない禁忌、そう長く使えたものではないだろう。だが今のニシリナに関しては例外だ。無限のエネルギーを獲得している彼女は、その気になれば数百年間でも覇龍を発動し続けることが可能である。

 これは正真正銘、不味い状況だ。

 

『嗚呼、汲めども汲めども尽きぬ力。これが〝超越者〟をも凌駕した領域。ふふふふふ、やっと私はここまで至った』

 

 ドラゴンの口から恍惚とした女の声が響いてくる。

 

『例え超越者であろうと、今の私を倒すことは出来ない。そう、貴方もよ! サーゼクス・グレモリーッ!』

 

 覇龍により完全に天龍と化したニシリナが、その巨体を武器に突進してきた。

 なんの技もなにもない力任せの突貫。相手が人間体ならば投げるなり、間接を極めるなり幾らでも手はあったが、それがドラゴンの巨体をもって行われるのならば話は別である。流石のサーゼクスもあの巨体を投げ飛ばすのは難しい。

 地面を蹴ってニシリナの突進を躱す。自分が紅髪のせいで、まるで闘牛士にでもなっているような気分だった。

 

『ハハ、遅い遅い! スローに見えるよ!』

 

 自分の攻撃に回避するしかなかったサーゼクスを嘲笑いながら、ニシリナは右手――――いや右前足で殴ってきた。

 殴る、と言ってもドラゴンの足には当然の如く鋭利な爪が生えている。故にそれは打撃でありながらも、斬撃としての性質も兼ね備えていた。

 幾らなんでもあのデカブツと原始的な殴り合いなど余りにも分が悪い。サーゼクスは消滅魔力を飛ばして、ニシリナの進行を遮ろうとした。

 

『Half Dimension!!』

 

 だが消滅魔力は、神器から発せられたかと思うと、問答無用に『半減』されてしまう。覇龍になっても白龍皇の『半減』は健在ということなのだろう。

 半減された消滅魔力では龍鱗を削るには至らず、灰色の体躯にあっさりと弾かれてしまった。攻撃を防いだニシリナは、サーゼクスに鉤爪を振り下ろす。

 

(避け、られない――――っ!)

 

 直撃を覚悟し、サーゼクスはありったけの魔力を全身に張らせる。

 けれど爪が振り下ろされる寸前、猛回転しながら飛来してきた剣がドラゴンの腹を掻っ切っていった。

 

『――――この剣っ!』

 

 サーゼクスよりも早くニシリナがその剣の正体に気付く。白い龍の腹を切っていった〝邪剣〟は、ブーメランのように持ち主の手元へ戻っていく。

 これと同じ技をサーゼクスはずっと前に見たことがあった。

 風に靡く蒼い髪、月のように妖しく輝く黄色い双眸。魔剣聖ヴィシュナがそこにいた。

 

『ヴィシュナ、まさか……助けに来てくれたのか?』

 

「勘違いするな。お前の助太刀に来たわけじゃない。元々アポカルスが起動すれば、ニシリナは始末する予定だったからな。お前を利用すればそれが楽になると思った故、こうして援護したに過ぎん。

 私がお前の味方になったなどという下らん考えを抱いたなら直ぐに捨てることだ。私が後輩の仇であることを忘れたわけではあるまい」

 

『ああ、そうだ……』

 

 ヴィシュナはライン・ダンタリオンを殺した、サーゼクスにとって許せぬ敵である。だとしても今だけは刃を向けることはない。

 改革と破滅、平和と戦争、協調と粛清。共に未来を憂いながらも、まるで正反対の思想を抱いた両雄。されど今この瞬間だけは二人の敵は共通していた。

 

『ヴィシュナッ! 私の道具の分際で、私に剣を向けるなど……ッ! どういうつもり!? 恩知らずめッ!』

 

 余程裏切りが許せなかったのか、ニシリナが生の感情を剥き出しにして怒声をぶつけてきた。

 しかしヴィシュナは冷淡な瞳のまま、嘗ての主君に刃を向ける。

 

「心得違いをしないで貰いたい。私が恩を受けたのは貴様の母たる魔王レヴィアタンだ。断じてお前ではない。それともう一つ――――これまで我慢してきたが、私は貴様のことが大嫌いだったよ。漸く反旗を翻すことができて、私としても嬉しい限りだ」

 

『ヴィ、ヴィシュナぁぁああああああああ――――ッ!』

 

 それが無限と混ざりし白龍皇、灰色の龍の逆鱗に触れた。

 龍の口にどす黒い魔力が集まっていく。閉ざされた口内で背筋が凍る魔力がどんどんと溜まっていった。そして口が開かれた時、世界を壊しかねない規模のエネルギーが一気に解放される。

 巨大隕石にも等しい質量をもった息吹がヴィシュナへと迫る。しかし、

 

『失せるがいい』

 

 灰色の息吹は、蒼き稲妻によって打ち払われた。

 内側に封じていた力を解き放ち、真の姿となったヴィシュナは無限にも届くほどの闘気を噴出させる。戦いのダメージが残っているからか、闘気の量は先の戦いより少ないが、密度の方は寧ろ上がっているようだった。

 

『ニシリナ・レヴィアタン、貴様の野心は危険だ。よってここで粛清する。四大魔王が築いた玉座に溺れ死ぬがいい』

 

『私も貴女の背後にいる女性に用がある。退いて貰おう』

 

 紅の悪魔と蒼の悪魔。決して交わることなき二騎は、今ここに交わる。

 嘗てたった二人で三大勢力に喧嘩を売った二天龍の一角に、たった二人の悪魔が挑む。

 

『天龍と無限を得た私に、一介の悪魔風情がァ!』

 

 ヴィシュナの離反により感情のタガが外れたニシリナが、肝が凍てつくほどの殺気を放ちながら牙を剥く。口より出鱈目に吐き出される灰色の炎。ドラゴンの代名詞ともいうべき技、龍の息吹だ。

 魔王、天龍、無限。そのどれもが世界にとっては畏怖の象徴である名前である。それら三つ全てを束ねしニシリナは、完全に超越者をも凌駕する存在にまでなっているだろう。

 もしもこの場にいるのがサーゼクス一人であれば勝てなかった。だが超越者の隣に逸脱者が並び立つのであれば話は別。

 

『――――邪剣・阿頼耶』

 

 灰色の炎がヴィシュナを呑み込もうとした瞬間、猛火はあっさりと両断されてしまった。

 しかし恐るべきは炎を両断してみせたことではない。その程度のことヴィシュナと邪剣〝異形殺し〟であれば出来て当然のことである。

 

(驚いたな。視えなかったぞ)

 

 そう、まるで剣の軌道が見えなかったのだ。

 不可視の魔力で剣が覆い隠されただとか、神器による効果だとかいうオカルトは一切絡んでいない。ただ単純に途轍もなく速すぎて、剣速が認識を凌駕してしまったのだ。

 完全に怒りで我を失っているニシリナは、炎の息があっさり両断されたにも拘わらず、隕石染みたブレスを次々に吐き出していく。

 

『邪剣妙技・無量阿頼耶』

 

 阿頼耶の速度に到達した神速の斬撃が、ヴィシュナの間合いに入ったブレスを片っ端から真っ二つにしていく。

 さながらそれは斬撃の結界だった。炎の息吹は結界に阻まれ、ヴィシュナに届くことはない。けれどこの世に完全無欠な技など存在しないもの。ヴィシュナの妙技にも当然ながら弱点があった。

 

『絶対者の力を舐めるなッ!』

 

 先程までのブレスがお遊戯だったのかと思うほど、極大のブレスが吐き出された。地表に激突すれば大地震が発生するレベルの、次元違いのエネルギーの奔流。これにはさしものヴィシュナも足を止めた。

 ここまでの大きさだと例え両断したとしても、勢いと威力を殺すことは出来ない。両断してもそのままヴィシュナの肉体を跡形もなく焼き払ってしまうだろう。

 なればこそコレはサーゼクス・グレモリーの受け持ちだった。

 

『行け、滅亡の輝星(ダウンフォール・フォース)

 

 極限まで圧縮された消滅魔力が、バチバチと音を鳴らしながら、ヴィシュナを守るようにブレスへと向かっていく。紅黒い消滅魔力は強烈な引力のようなものを発生させて、ブレスのエネルギーを吸い込んでゼロへと還していった。

 相殺。完全にブレスを呑み込み切ったことで、消滅の尽きた輝星は泡沫の夢と消える。だがそれで十分。もはや魔剣聖を遮るものは何もない。

 

『まずは目の前まで来たぞ、ニシリナ・レヴィアタン』

 

『っ! ヴィシュナぁぁあああッ!』

 

 ニシリナが怒りに身を任せて、暴れる様に前足を叩き付ける。

 動きは完全に理性なきバーサーカーのそれであるが、それだけに破壊力は尋常ではなかった。鎧甲冑染みた肌に覆われているとはいえ、あれが直撃すればヴィシュナといえど致命傷は免れない。ニシリナの猛攻にヴィシュナも回避するのが精一杯だった。

 だがそれで良いのだ。ニシリナがヴィシュナにのみ意識を傾ければ、必然サーゼクスへの警戒が疎かになる。

 その隙をサーゼクスは見逃さない。

 

『踊り咲け、滅殺の魔刃(スラッシュ・ディトネイション)

 

 滅びの魔力を内包した紅の刃が、サーゼクスの思念を受けて自在に宙を舞う。ニシリナの意識の隙間を縫うように飛んだ刃は、灰色の龍の巨躯を容赦なく切り裂いていった。

 傷口から肉体へと染み込んでいく消滅の毒素。ニシリナは内側から肉を蛇に咀嚼されるような苦痛を味わったことだろう。

 絶叫。余りの苦痛に耐えきれず、灰色の巨龍が天に咆哮した。

 不死身と謳われるフェニックスと同じである。無限に送られる魔力が、致命傷すら一瞬で回復させたとしても精神までは不死ではない。肉体が回復しても、傷みを受けたことを精神は記憶し続けてしまう。

 セラフォルーやグレイフィア、ヴィシュナのように、どんな苦痛でも堪えてしまうほどの並外れた『精神力』の持ち主にはさして効果はないが、ニシリナ・レヴィアタン相手には非情な有効な一手だった。

 生涯を通しても最大の苦痛を味わわされたニシリナは、それを与えた者――――サーゼクス・グレモリーに憎悪の目を向けた。

 

『き、さまぁあああああああッ!』

 

 まるで受けた痛みを吐き出すように、ニシリナは巨大なブレスをサーゼクスに発射してくる。

 

『魔王派の盟主たる貴女に、そこまで情熱的に求められるなど一人の男性として光栄です。だが私には生憎と心に決めた女性がいる。それと――――』

 

『他の男に目移りとは品がないな』

 

 サーゼクスに意識を傾けた途端、今度はヴィシュナがニシリナの背中を切り裂く。消滅の毒がニシリナを蝕んだのと同じように、今度は異形殺しの毒がニシリナを蝕んだ。

 ニシリナがヴィシュナへ向かえばサーゼクスが、サーゼクスへ向かえばヴィシュナが。囮と攻撃を交互に入れ替えながら、紅と蒼は『灰色』を攻めたてる。

 無限の黒。白龍皇の白。サーゼクスの紅、ヴィシュナの蒼。奇しくも白黒紅蒼が揃った演舞は、限界などなくヒートアップしていく。

 

『Half Dimension!!』

 

 白龍皇の半減が負荷を与えてこようと、二柱の悪魔はまるで止まりはしない。遅れもしない。魔力と闘気で白龍皇の呪縛を跳ね返して、加速し続けていく。

 二柱の加速が臨界へと達した時、自分は負ける。ニシリナ・レヴィアタンはそう本能的に悟った。

 

『まだっ! まだ足りないっ! もっと、力を――――もっとッ!』

 

 傷つけられれば傷つけられるだけ、ニシリナはそれ以上の魔力を吸い上げていく。限界値を超えるほど無限から魔力を吸い上げたせいか、ゴボゴボとドラゴンの巨躯がみるみる異形そのものへ変貌していった。

 切り裂かれた背中からは手足が湧きだし、穿たれた腹からは第二の首が生まれていく。これまで数多くの怪物と戦ってきたサーゼクスとヴィシュナすら、生理的嫌悪を隠し切れない異形の姿。そこにもはやニシリナの美貌も、白龍皇の威容もまるで残ってはいなかった。

 

『がぁああああああああああああああああ――――ッ!』

 

 自分の肉体が傷つけられていくことも構わずに、ニシリナはドラゴンのオーラを体の一点へと集中していく。魔界の瘴気は逃げるように消え失せ、サーゼクスとヴィシュナは途端に危険を察知する。

 神をも滅ぼすとされる神滅具というカテゴリーは、神の子を殺した聖槍が『神器』より昇華されたことで定められた。それから聖杯、聖十字などの聖遺物に、煌天雷獄や魔獣創造などの神器も名を連ねていき、現在確認されている神滅具は十三種。その中には当然の如く『赤龍帝』と『白龍皇』もある。

 十三種の神滅具は効果も能力も其々バラバラで統一性がないが、たった一つだけ共通項がある。それは極めれば〝神をも滅ぼす〟ということだ。

 故に神滅具たる『白龍皇』がその力を持っているのは自然のことだった。

 神にも疎まれ封じられた、二天龍がもつ禁じられた奥の手。それが『覇龍』として顕現していることで、ここに解放される。

 

『Longinus Smasher!!!!』

 

 無限の黒もこの時ばかりは失せる。

 ロンギヌス・スマッシャー、莫大な白いオーラが巨龍より吐き出された。白いオーラは射線上にあった全てを、問答無用に滅ぼし去っていく。

 神をも滅ぼし、下手すれば星をも滅ぼしかねない一撃。これを受けて生きている者などいない。だからこそ生きている二人は、そもそも喰らってなどいなかった。

 

『威力があっても―――ッ』

 

『狙いが甘い――――!』

 

 ロンギヌス・スマッシャーを予想して、全身全霊を回避に注いだサーゼクスとヴィシュナは、攻撃が終わると同時に勢いよく飛び出した。

 

『チッ! 賢しい真似をする――――うっ、身体が……っ! 遅い!?』

 

 ニシリナは即座に二人を迎撃しようとするが、思うように体が動かない様子だった。

 無理もないことである。ロンギヌス・スマッシャーなどという規格外のエネルギーを放ったのだ。その反動で動きが硬直するのは至極当然である。

 

『ふざけないで! 私は無限の力を得て、天龍をも凌駕する絶対者になったのに! 超越者すら跪く至高の存在になった筈なのに、どうして貴様たちは――――ッ!』

 

 絶叫するニシリナにサーゼクスとヴィシュナは冷徹に攻撃の矛先を向けた。

 

『嘗て赤龍帝は我々如きがドラゴンの決闘に口を挟むと言ったそうだが』

 

『天龍如きに悪魔の道を遮ることは出来なかった。そういうことだろう』

 

 嘗て二天龍が三大勢力に放った言葉を模して、サーゼクスとヴィシュナが皮肉る。

 ロンギヌス・スマッシャーの反動でニシリナは数秒は動けない。二人にとってはその数秒で十分。先ずは前衛のヴィシュナが一気に懐へ飛び込む。

 

『邪剣・無間阿弥陀』

 

 神速の連続突きが、ドラゴンの巨躯を貫いていく。否、掘り進んでいく。十分なほどに『道』を開いたところで、ヴィシュナが飛びのく。

 ニシリナが反動から回復するまで残り一秒。

 余裕だ。一秒など不要、刹那あれば事足りる。

 

『轟け、夢現の槍。天消せし炮滅の紅星(アブソリュート・ルイン・スピア)

 

 ヴィシュナが目に見えぬ神速の斬撃を開幕の号砲としたのならば、サーゼクスは目に見えぬ神速の投げ槍をもって返礼とする。

 投擲された滅びの紅槍が、ヴィシュナの貫き開けた腹へ吸い込まれていく。そしてドラゴンの体内に侵入した紅槍は、五臓六腑や肉体を一切傷つけることなく、目標だけを正確に貫いた。即ち、ニシリナ・レヴィアタンの体内にあった『知恵の実』を。

 

『――――――あ』

 

 紅槍に貫かれた『知恵の実』はニシリナの体内で砕け、破壊された。瞬間、ニシリナへの無限のエネルギー供給が止まる。ニシリナの体内に『知恵の実』――――鍵があったからこそ、彼女はこの空間の絶対者として君臨できた。

 それが消えたのならば彼女は『絶対者』でも『超越者』でも『逸脱者』でもない。ただの悪魔へと回帰するのみ。

 

『あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!!』

 

 耳をつんざく絶叫。だがどれほど叫ぼうと、彼女を絶対者たらしめていた力は戻ってなどこない。

 もはや彼女はサーゼクスとヴィシュナにとってはただの敵に過ぎなかった。

 

失楽すべき断滅の剣(フォビドゥン・スラッシャー)

 

『邪剣・真空輪袈裟』

 

 無限の力を喪失したニシリナを、蒼と紅の刃が十字に切り裂いた。

 消えていく。あれだけの威容と異様を誇った異形の怪物、最も『無限』の玉座へと迫った者が。灰色の龍の巨躯が消えた時、後に残ったのは半死半生で斃れる女が一人。

 絶対者の敗北により、魔界には静寂が戻ってきた。

 

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