ハイスクールD×D 内戦地帯のクリムゾン・デビル 作:出張L
ニシリナを倒したサーゼクスは、直ぐに十字架に磔にされているグレイフィアの下へと走る。
銀の十字架はグレイフィアの魂を完全に縛り付けており、簡単には引きはがすことは出来ない。神器と同じだ。魂を縛り付け一体化している十字架を強引に引きはがせば、縛られている魂までもが壊れてしまう。
だがそこは魔力の精密動作にかけては並ぶ者のいないサーゼクスである。神経を極限にまで集中させて、魂を一切傷つけることなく、グレイフィアを拘束している呪縛だけを消滅させた。
「おっと」
拘束から解き放たれ落下するグレイフィアを、サーゼクスは優しく抱き留める。
腕にふんわりと柔らかい感触が伝わり、甘い香りが鼻孔をくすぐった。目を瞑っているグレイフィアを間近で見ていると、その唇を奪いたい衝動にかられるが――――それは自重する。こんな状況で不謹慎であるし、彼女とは出来れば同意の上でそういうことをしたい。意識のない彼女に一方的にするなど、それはルール違反だ。主義に反する。
(だ、だが……しかし……)
グレイフィアの寝顔はなんというべきか反則だった。
あのいつもクールで落ち着き払っているグレイフィアが、無防備そのものの安らいだ顔で眠っているのである。このギャップが生み出す破壊力の凄まじさといったら、グレードレッドの放つ最大火力のブレスにも等しい。余命僅かの枯れ果てた老人すら、これを見れば嘗ての若さと元気を取り戻して一目惚れするレベルだ。
理性と矜持で逸る気持ちを必死で抑えるが、こうして寝顔を見ているだけでブラックホール染みた吸引力で、サーゼクスの心をぐいぐいと吸い寄せてしまう。
「…………サー、ゼクス?」
「っ!? 意識が戻ったのか!」
サーゼクスが理性と本能の狭間で悶えていると、目を覚ましたグレイフィアがキョトンとした顔で自分を見上げているのに気付く。
十字架の拘束による負荷は並大抵のものではなかったはずだ。それこそ最上級悪魔クラスですら、一日は目を覚まさなくても不思議ではない程の。それを拘束が解かれて直ぐ意識を取り戻すとは、グレイフィアが魔王派の『双璧』に数えられる理由の一端を垣間見たような気がした。
「ごめんなさい。……なにがなんだか分からないの。どうして私は貴方に……その、抱きかかえられているのかしら? 確か私はヴィシュナに倒されて……それから、どうしたの?」
「沢山のことがあったんだよ。一言じゃとても説明しきれない――――沢山のことがね」
「……」
魔王派と反魔王派の軍勢の正面衝突に、サーゼクスとヴィシュナの死闘と共闘。そしてニシリナ・レヴィアタンとグレードレッド。
グレイフィアが囚われ意識を失ってから、これまで起きた出来事を並べてみれば、とんでもなく濃密な二日間だった。よくも五体満足で生きているものだと、自分を褒めたくなるくらいである。
「だけど一つだけ言わせてほしい」
「なに、かしら?」
「助けにきたよ。もう大丈夫だ」
そう言ってサーゼクスが安心させるように笑いかけると、グレイフィアの顔に赤みがさす。
もしかして照れているのだろうか。だとすれば嬉しい――――そんなことを考えながら、サーゼクスはグレイフィアを地面に降ろした。彼女はもう囚われの姫君ではない。だとすればこんな風に抱きかかえているのはフェアではないだろう。
「あ、」
ふとグレイフィアと視線が交わる。前に見た時は冷え切っていただけの瞳、そこに仄かな熱さが混じっているように見えるのは気のせいなのだろうか。それとも多少なりともサーゼクス・グレモリーを意識してくれているのか。サーゼクスとしては後者であって欲しいところだった。
グレイフィアと見つめ合っていると、自然とサーゼクスの顔に笑みが浮かぶ。なにはともあれグレイフィアを助け出すことは出来た。生け贄がいない以上、もはや儀式は終わり。世界の危機も未然に防がれたというわけだ。
だが大仕事をやり終えた達成感に脱力しようとしたサーゼクスは、次の瞬間、心臓を鷲掴みにされたような悪寒を味わうこととなった。
「ギャッ、ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーッッッッ!!!!」
この世のものとは思えぬ、聞くだけで苦痛が伝わってくる絶叫が魔界に響き渡った。
顔面を蒼白にさせてサーゼクスは振り返る。絶叫の発生源はニシリナ・レヴィアタン、そしてその原因となったのはヴィシュナがニシリナから彼女の『神器』を奪ったことによるものだった。
「ヴィシュナ! お前はっ!」
『なにを驚いている? 言ったはずだぞ。別にお前の味方になったわけではないと。私はニシリナを粛清するため、お前を利用したに過ぎん。ニシリナという共通の目的が消えたのならば、元の形に戻るのが道理というものだろう』
ヴィシュナはニシリナより奪った神器――――『白龍皇の光翼』を、赤と対極の白の台座へと置く。
赤龍帝と白龍皇、ここに二天龍を封じた神器が揃った。二つの台座から赤と白のオーラが爆発的に噴出されていく。
『さて』
「う、あああ……」
ヴィシュナがニシリナの髪を掴んで引っ張り上げる。
『思った通りだ。本来の所有者でなく、元々の生命力が並外れているニシリナであれば、神器を抜き出されようと死ぬことはない、か。……それに、これはもう貴女に不要なものだろう。私が頂いておこう』
ニシリナの懐から小瓶に入れられた『フェニックスの涙』を奪うと、ヴィシュナはそれを自身に使う。
涙の効力は瞬時に現れた。ヴィシュナがこれまで負ったダメージがたちどころに癒されていく。それは傷の回復というより、もはや肉体の再生に等しい。内戦が始まり悪魔同士の戦いが盛んになった現代において、フェニックス家が繁栄を極めている理由の一端がここにあった。
『やはり存在ごと〝消滅〟させられた傷は易々とは回復しないか。だがこれで十分。これだけ回復すれば、消耗しているお前に負けることなどありはしない。後は――――』
「そ、それは!? まさか四大魔王像が掲げていた……『生命の実』か!」
四大魔王の掲げていた実の片方、知恵の実はアポカルスを起動するための鍵でありコントローラーでもあった。それが体にあったからこそ、ニシリナは『絶対者』として君臨できていたのである。
そして『知恵の実』がそんな機能を有していたのならば、『生命の実』の方がただの飾りということはあるまい。
『明星からの贈り物だ。「知恵の実」はお前が消してしまったが、予備の「生命の実」があれば問題はない。私は魔王の血族ではないが、ここまで儀式が進めば、私でもアポカルスを自由に出来る。さぁ、ニシリナ・レヴィアタン。どうせ死ぬ命だ。最期に私の計画に使われてくれ』
ヴィシュナが機械を操作すると、新たに出現した銀色の十字架にニシリナが磔にされる。神器を抜き取られたショックで気絶しているニシリナは、魂を拘束される痛みにもピクリともしなかった。
生け贄の条件は魔王級の悪魔であること。魔王の娘であるニシリナは十分にその条件をクリアしていた。二天龍の神器、魔王の生け贄、無限の如きエネルギー源。ここにその全てが揃ってしまう。
地響きが鳴る。終わったと思っていた黙示録が、再び始まろうとしていた。
『ヴィシュナッ!』
真の姿へ戻ったサーゼクスは、背後に展開させた滅びの剣軍を一斉掃射した。
真の姿となってから攻撃まで、コンマ1秒とかからない早業。だがしかしヴィシュナはあっさりと対応して、向かってきた剣を全て叩き落してしまう。
『まだ……続けるのか?』
『当然だ。私は降参したなんて言っていないぞ。選択を誤ったな。私が倒れた時、止めを刺していればこんな手間は省けたろうに。その甘さが命取りになる』
『常に最短距離が正解とは限らないよ』
認めたくはない事だがヴィシュナの加勢がなければニシリナ・レヴィアタンを倒すことは困難だっただろう。無限の力を得て『絶対者』となったニシリナはそれ程の存在だったのだ。
そしてもしもサーゼクスが最善とやらを尽くして一切の甘さなくヴィシュナを殺害していれば、無論のことヴィシュナが加勢に来るという結果は起こりえなかった。
『お前の……君の計画もそうだ。アポカルスを用いてグレードレッドを操り三大勢力を消す。悪魔である私達からすれば冗談じゃないことだが、なるほど人間側の視点のみで考えると確かに良い事でもあるのかもしれない。だが――――』
『随分と小さいことを言うのだな、サーゼクス』
『なに?』
『三大勢力の絶滅? そんなものは序の口に過ぎん。グレードレッドの夢幻をもってすれば三大勢力だけではなく、この星に住まうあらゆる神話体系を消し去ることも出来よう。
私は差別などしないぞ。オリュンポス、高天原、ヴァルハラ、崑崙、須弥山、天上界。全て平等に粛清する。その果てにこそ訪れるのだ。人間が人間によって自立し自律する
『過激だが一部の無神論者は喜ぶかもしれないな。だが世の大勢の何かしらの神を信じる人間からすれば、君のやろうとしている事は余計なお世話だ』
『勘違いするな。私を宗教を否定している訳ではない。宗教もまた人類にとって掛け替えのない財産。その価値は即物的概念を超えた所にこそある。
だが信仰される神は無口であれば良い。祈りを聞き届けるだけで良いのだ。信徒の祈りを聞き届けて、願いを叶えてやるなど無粋の極み。人が人のみによって生み出したものこそが美しく価値あるのではないか。願いを叶えるのは、神に祈りを捧げた当人の努力によって為されるべきだ。
即身仏というものを知っているか? 厳しい修行の末に自らをミイラとして残し、仏となることだ。死者である彼等は何もしない。信仰を受け、祈りを黙して聞くのみだ。でありながら彼等は死んでからも多くの人々の心を救い続けている。私は彼等を――――心から尊敬し、感謝の言葉を送りたい』
『悪魔である私は感謝の言葉こそ送れないが、今を生きる一つの生命としてその
『そうだ。それこそが粛清が完遂した後に訪れる
ヴィシュナはまるで懺悔する信徒のように、天に――――人間世界に向かって告白する。
『私は人間を愛しているのだから』
人間への深い愛情。これこそがヴィシュナをこのような狂気に駆り立てた最大の原動力。
その姿が嘗て魔女として殺された聖女とだぶって見えたのはどうしてか。サーゼクスは両の拳を鬱血するほど握りしめ、真っ直ぐにヴィシュナの視線を受け止めながら口を開く。
『ふざけるな……っ』
人間世界に不要だから消え去れ、人間の邪魔だからいなくなれ、人間の為に死ね。そんな馬鹿げた提案に賛同する悪魔などいるものか。
サーゼクスは悪魔ではなく、人間以外の生命の一つとしてこんな暴論を認める訳にはいかなかった。
『私達は生きている……生きているんだ。生きてるということは、生きねばならないということなんだ!』
人間だって他の動植物のために絶滅しろと言われれば必死に抗うだろう。
この世に善悪はあれど、生きようと足掻く事が間違っている筈がないとサーゼクスは信じている。
『だから何度だって言おう。悪魔も人間も天使も何もかも、滅んでいい種族などこの世に一つもありはしない!』
ヴィシュナが剣を構える。
『吼えたな。では戦おう。お前が自分の正しさを主張するのならば、この私の屍を超えてからにしろ』
『勝った方が正義だと?』
『それは歴史を知らぬ俗人の考えだ』
例え勝利によって敗者を抑えつけ正義を名乗ろうと、それはその時代だけでしか通用しない。
文明が時代の流れと共に移ろいゆくように、正義も時代によって千変万化するもの。現代の正義が千年後も正義である保障はなく、時代の変化により悪とされた者が正義とされることもある。故にこの地上に永劫不滅の絶対正義など存在しない。
ヴィシュナはそう語ってから、
『だが私一人すら倒せん男に、あんな馬鹿げた夢を果たすことは出来ん。もしも〝今〟のお前が〝今〟の私を倒せたのならば、それは少なくともお前に魔王の素養があるという証明にはなるだろう』
不思議なほど〝今〟を強調してヴィシュナは言った。
『今一度、問おう。お前が吼えた夢、それに嘘偽りはないか?』
『ない』
間髪入れないサーゼクスの即答に、ヴィシュナはほんの一瞬だけ口元を緩ませる。だが直ぐに元の冷淡な顔付きに戻ると、蒼く清廉な闘気を全身に纏った。
『ならば、良い。彼女が、グレイフィアが心を揺らしたのだ。具体的な案も既にあるのだろう』
『……』
『故に後は剣にて決着をつけるのみ。己のエゴを押し通せるのはいつだって勝者の特権なのだからな。来るがいい、サーゼクス・グレモリー。戦争が生み出した怪物を打ち倒し、その先にある未来を掴みとってみせろ。さもなくば三大勢力は滅ぶぞ』
確かにこれ以上の問答は無用だろう。サーゼクスはヴィシュナと向かい合うように前へ出る。
『グレイフィア、君は下がっていてくれ』
「だけど……事情はまだ掴めないけど、貴方一人では不利よ! ヴィシュナは『フェニックスの涙』を使ったのよ。私も……」
『お願いだ。私は、彼とは一対一で決着をつけたいんだ』
サーゼクスにも譲れぬ矜持というものがある。それに懸けて魔剣聖ヴィシュナは、自分一人の力で倒したい。そんなサーゼクスにヴィシュナは何か言いかけたが、思い直したように口を閉ざす。
そして『生命の実』を装置の上へと置くと、一時的にそれごと地面へと引っ込ませる。
『万が一にもこちらの鍵まで消されるわけにはいかないからな』
『……用心深い』
これでヴィシュナではなく『鍵』を消滅させるという勝利条件は消えたわけだ。だが『生命の実』を通して無限のエネルギーを獲得することも出来なくなったわけだ。
好都合である。無限の力を得たヴィシュナを相手に鍵を消滅させることに比べれば、まだ生身のヴィシュナの打倒を目指す方が易い。
『ゆくぞ』
紅の魔力を発するサーゼクスと、蒼の闘気を纏うヴィシュナ。両雄による二度目の、恐らくは最後となる戦いが始まった。