ハイスクールD×D 内戦地帯のクリムゾン・デビル 作:出張L
紅の空間を満たしていた剣戟はもう遠くへ消えた。冥界の未来を懸けた戦いは、ここに幕を閉じる。
勝者たるサーゼクスは、大の字に倒れる敗者、ヴィシュナへ歩み寄った。グレイフィアも倣うようにサーゼクスに続く。
「――見事だ」
倒れるヴィシュナは、惜しみない賞賛をサーゼクスとグレイフィアへ送る。
紅銀の閃光は、ただの一撃で魔剣聖より戦闘継続に必要な力を奪い去っていった。息はあるだろうが、暫くは戦うことは出来ないだろう。
そしてサーゼクスの脳裏に蘇ったのは、愛すべき後輩の顔だった。
ヴィシュナはライン・ダンタリオンの仇。そのことをサーゼクスは片時も忘れていなかった。
「…………」
「サーゼクス。お願いなんて、できた義理ではないけれど……でも」
懇願するようにグレイフィアがサーゼクスに視線を送ってくる。
互いの信念の違い故に敵味方に分かれた二人であるが、長い間、共に戦場を駆け抜けてきたのだ。グレイフィアにとってヴィシュナは大切な戦友なのだろう。
サーゼクスは怒りとも悲しみとも違った目で、ヴィシュナを見下ろす。ヴィシュナの瞳はサーゼクスのそれと同じ光があった。
「ヴィシュナ、もしかしたら君は――――私に教えたかったんじゃないのかい?」
「…………なんのことだ」
思えばヴィシュナの戦い方は奇妙だった。
サーゼクスとグレイフィアが話している間は手を出そうとはしなかったり、強力な力となる『無限のエネルギー』を自ら封じるような行動をとるなど。わざと勝負を長引かせようとしていた。まるで何かを待ち望んでいるかのように。
そして彼はサーゼクスがグレイフィアと力を合わせた時、待ち焦がれていたかのように自らの最大最強の奥義を解放したのである。
「四大魔王様の教えを……。自分一人の力を頼りに独走せずに、周りの者に助けを求めるということを。意図的に私一人では勝てない状況を生み出すことで」
だからこそ『フェニックスの涙』を使って、サーゼクス一人では勝てない状況を作り出した。
態々一騎打ちを挑むようなことを言ってサーゼクスの矜持を刺激し、冥界の未来のためプライドを捨てても助けを求められるかどうか試した。
そう考えるとヴィシュナの行動全てに納得がいくのである。
「なんのことか…………分からんな」
ヴィシュナは無表情で白を切る。だが、
「嘘は苦手じゃなかったのかい?」
「……好きに解釈すればいい」
「なら私の好きに解釈しよう」
不器用な男だ。そして純粋な男だ。
こんなにも不器用で純粋だから、戦争を憎む余り、こんな破滅的な選択しか選べなかったのだろう。
「それよりこうして後輩の仇が大の字で倒れているのだ。やることがあるだろう?」
「まさか、君の方から言ってくるなんてね」
「まだ私の首を掻き斬る程度の魔力は残っているはずだ。今なら私はなんの抵抗もできん。敵討ちをするのなら絶好の機会だぞ」
「ヴィシュナ!」
自分から死を望むような口調に、グレイフィアが慌てて割って入る。
「グレイフィア、これは私とサーゼクスの問題だ。さぁ、サーゼクス・グレモリー。悲願に敗れ朽ちた命ではあるが、それが次代を担う『魔王』の心の安寧に繋がるのならば私の死にも価値があるだろう。この命、持っていけ。そしてライン・ダンタリオンの墓前にこの首を供えるといい」
後輩の仇は、自ら仇討ちをするよう勧めてきた。
確かに今ならばヴィシュナを殺すのは容易い。サーゼクスが魔力を急所へと飛ばす、それだけで仇討は完了するだろう。
感情を理性的に制御できる者は難しい。こうして戦いを通じてヴィシュナという男の『意志』に触れても、サーゼクスにはヴィシュナを憎悪する心がありありと残っている。これを偽ることは出来ない。
「本音を吐露するのならば、私は君を殺したい。どす黒い殺意が心に渦を巻いて、君を肉片たりとも残さず滅ぼし尽せと叫んでいる」
「ならばその殺意が、私の命で払われることを願うとしよう」
「だが」
そう言ってサーゼクスはヴィシュナに手を差し伸べた。
「それ以上に、私は君を
「――――っ!」
これにはヴィシュナも鉄面皮を崩して、驚愕を露わにする。黄色い眼は大きく開かれて、驚きのあまり指の先まで硬直してしまっていた。
完全に呆然としていたヴィシュナはどうにか現実へ復帰すると、躊躇いがちに口を開く。
「どういう、つもりだ? 正気か。仇だぞ、後輩の。私を、同志とするなど」
「私は本気だ。どうだろうか? 私の同志として、友として一緒に私の夢を手伝ってはくれないだろうか?」
「なにを考えている、サーゼクス」
ヴィシュナが疑問を抱き、混乱するのも尤もなことだ。
七十二柱の中でもグレモリー家は情愛が深いことで有名である。そのグレモリーの長子たるサーゼクスが、よりにもよって後輩の仇に同志となれ、と言っているのだ。
サーゼクス・グレモリーの性格を知る者にとっては、ある種のホラーにも等しいだろう。しかしサーゼクスは本気だ。
「……君は下級悪魔から上級悪魔になるまで、私の見たことのない多くのものを見てきた筈だ。それに君は悪魔でありながら、悪魔以外の者の立場となって物事を見ることができる。
私もセラフォルーたちも、そしてグレイフィアも。恥ずかしながら私の夢に賛同してくれているのは、生まれながらの上級悪魔ばかりだ。それに生まれが悪魔なものだから、どうしても悪魔の視点で物事を考えてしまう。
だからこそ君のような男が私には、いやこれからの冥界に必要なんだ。どうか、私と一緒に夢を目指してはくれないだろうか? 私と同じ新しい『魔王』として」
「後輩の仇を、許すというのか? 憎しみを消すと?」
「まさか。私だって聖人君子ではないよ。そう簡単に恨みや憎しみを消すことは出来ないさ」
大切な人を殺された憎しみを消すなど不可能だ。サーゼクスの心で燃え上がる憎悪の炎は、或は永久に消えることがないのかもしれない。
だが憎みながらも、赦すことはできる。怒りを消すことはできずとも、分かり合うことはできるはずだ。それに、
「『魔王』を目指すのならば、個人の恨みや辛みで、判断を左右させるなんてあってはならないだろう」
冥界の未来を切り開く魔王となるとはそういうこと。魔王となった途端、サーゼクス・グレモリーという悪魔は世界より消滅する。
例えどれほど辛くとも厳しくとも、個人よりも責務を優先しなければならないのが『魔王』の務めだ。ミカエルとアザゼル。天使と堕天使の長達もきっとこういう気持ちで互いに握手をしたのだろうから。
「良い、覚悟だ」
「それでどうだろうか?」
「……敵の命どころか心まで欲するか、サーゼクス。謙虚な男と思っていたが、お前はニシリナ以上に強欲な男だな」
「自覚はあるよ」
「まぁ、どうせ枯れた魂だ。欲しいと言うのならば、持っていけばいい」
「っ! では!」
「ああ。私で良ければ、お前の夢に手を貸そう」
「ありがとう! 君が力を貸してくれるなら、これほど心強いものはない」
サーゼクスが差し伸べた掌を、ヴィシュナが力強く握りしめる。そしてサーゼクスの力を借りて、ゆっくりとヴィシュナが立ち上がった。
起き上がるのに手を貸した――――言ってしまえばこれだけのこと。しかしこれは冥界の未来にとっては、きっと大きな意味をもったことになるだろう。
しかし世界というのは、無情だった。
紅の空間に、地響きが起こる。
「っ! なんだ、これはっ?」
見上げれば世界に皹が入っている。柱はボロボロと崩れていき、地面は割れる程に揺れていた。
「……どうやらこれがお前の同志となった私の、最初で最期の仕事となりそうだ」
「ヴィシュナ?」
「頑丈な空間だからと、羽目を外して暴れすぎたようだ。この空間が……崩壊しつつある。次元の狭間へ呑まれようとしているぞ」
「なんだと!?」
淡々とした口調で言われたことは、紛れもない真実だった。
四大魔王が真龍を総べるため築き上げた至尊の玉座。凄まじく頑丈な造りだったここも、悪魔を超越した者達による激闘には耐え切れなかったのだ。
「しかも……これはグレードレッドが接近しつつある。グレードレッドめ、無理矢理に精神を操られそうになって激怒しているな。このままだと激昂したグレードレッドが冥界に飛び出しかねん。冥界が焦土になるぞ」
怒れるグレードレッドが冥界で五分も暴れれば、それだけで悪魔は滅亡することになる。神仏や二天龍すら凌駕する真龍とは、それだけの力を持っているのだ。
なんとしても最悪の事態だけは阻止しなければならない。そうなれば、これまでの戦い全てが無意味になる。
「止める方法はないのか!?」
「――――ある」
力強くヴィシュナが断言した。それを聞いてサーゼクスとグレイフィアの顔色にも希望が戻る。
「それはなんなの、ヴィシュナ?」
「簡単なことだ。この空間と冥界へ繋がるゲートを封じてしまえばいい。そうすればグレードレッドも怒りの矛先を失い、冥界の危機は防げるはずだ。あのドラゴンは自分から『次元の狭間』から抜け出してまで、悪魔へ報復しようとするほど行動力に溢れていないからな」
「では今すぐ脱出しよう。それからゲートを閉じれば――――」
「無理だな。ゲートを閉じるには、この『鍵』を持った者が装置を操作しなければならん」
「なっ! それは、まさか……」
サーゼクスの明晰な頭脳は、このやり取りだけでヴィシュナが何を言わんとしているか分かってしまった。
アポカルスの『鍵』たる『生命の実』と一緒に、黄金の台座が床よりせり上がってくる。
サーゼクスは肩を震わせて、ヴィシュナを見た。サーゼクスとは反対に、ヴィシュナは落ち着いた表情で言う。
「そうだ。冥界を救うには、誰か一人がここに残らねばならん。残ってコレを操作しなければならん。さっき言ったろう? これがお前の同志となった私の最初で最期の仕事になると……」
「馬鹿をいうな! 私は君を生け贄にするために同志になって欲しいと言ったわけじゃない!」
「残るならば自分が残る……などとは言わないだろうな?」
「っ!」
こらから言おうとしたことに先手をうたれて、サーゼクスは狼狽した。
「甘えるなよ。お前には冥界の次代を切り開く義務があるだろう。こんな所で死なれては、お前の夢のために死んでいった者達が報われん。
そもそもこれは私のやったことだ。自分の仕出かしたことの後始末は、自分でつけるべきだろう」
「だ、だが……」
「サーゼクス。情愛の深さは美徳だが、魔王となれば時に友人や親族に『死ね』と命じなければならん時もあるだろう。その時のために私で慣れておけ。それとも何も選ばないことを選ぶか?」
「――――」
きっとサーゼクスが何を選ばなくとも、ヴィシュナは一人でここに残ろうとするだろう。だからサーゼクスが何を言おうと結果は変わらない。
だがここで何も選ばないでいるのは逃げだ。そして命を張っているヴィシュナに対して余りにも失礼なことである。
もしもサーゼクス・グレモリーが『魔王』になるのであれば、これは己の背負わなければならぬ命なのだろう。
サーゼクスは覚悟を決めた。ヴィシュナの顔を真っ直ぐ見つめて言い放つ。
「――――分かった」
「サーゼクス!?」
「命令する。ヴィシュナ、私の志のために死んでくれ」
グレイフィアの制止も今度ばかりは無視して、サーゼクス・グレモリーは同志になれと言ったその口で、同志に『死ね』と命令した。
命令を受けたヴィシュナは、サーゼクスとグレイフィアに背を向けて満足そうに微笑む。後ろ髪を結っていた髪留めが外れ、蒼い髪が解き放たれるように風に靡く。
「その命令、確かに受諾した」
言うべきことはもう何もない。グレイフィアは何か言おうとしたが、ヴィシュナの意志を汲んでそれを発言することはなかった。
蒼い剣士は此方へ。サーゼクスとグレイフィアは彼方へ。
サーゼクスとグレイフィアは出口へと向かい、ヴィシュナは一人、玉座に残る。
「――――グレイフィア」
最期に溢れた優しい声色に、グレイフィアが目元に涙をためて振り返る。
蒼い剣士も同じだった。心からの笑顔と、心からの涙を浮かべてグレイフィアに言う。
「健やかに生きろ。その男と共に……いつまでも幸せに」
グレイフィアが堪えていたものが決壊するかのように、ヴィシュナへ向かって手を伸ばす。しかしその手がもうヴィシュナに届くことはない。
世界が崩壊していく。四大魔王の玉座が、次元の狭間へと――――無へ呑まれていく。
そして悪魔でありながら、人間を慈しんだ優しき男もまた彼岸の果てへと消えていった。