ハイスクールD×D 内戦地帯のクリムゾン・デビル 作:出張L
言葉通りサーゼクスとセラフォルーが追ってくることはなく、グレイフィアとヴィシュナは魔王派の勢力圏に帰還することに成功した。
取り敢えずここまで戻ってくれば、反魔王派が追撃を仕掛けてくるなんていうこともない。
悪魔は転移魔方陣を使うことで、ある程度は好きな場所に瞬間移動することが出来る。しかしながらもしも好き勝手に、それこそ無制限に何処へだって転移できるのであれば、三大勢力の戦争は悪魔の圧勝という形で終わっていたことだろう。
便利なものには必ず落とし穴があるもので、転移魔方陣での転移にも幾つかの弱点と欠点がある。その一つが魔法や魔力などによる転移妨害だ。
魔王派の勢力圏には魔王派の、反魔王派の勢力圏には反魔王派の転移妨害が張られており、その勢力に属する者以外は絶対に転移が不可能なようになっている。また例えその勢力に属する悪魔でも、勢力圏外から勢力圏内に転移するのも不可能だ。
だからこそグレイフィアと、グレイフィアを追ってきたヴィシュナも転移魔方陣を使わずに勢力圏に戻ってきたのである。
グレイフィアとしては勢力圏外から圏内の転移くらいは認めて欲しいところなのだが、万が一の危険を避けるためという慎重論を四大魔王の血族より言われては沈黙するしかない。魔王ルシファーの懐刀であるルキフグス家にとって、魔王の意思は絶対なのだから。
「ニシリナ様へ顛末を報告しなければならん。転移魔方陣で城へ戻り…………むっ?」
「どうかしたの、ヴィシュナ?」
転移の準備をして振り返ったヴィシュナが、グレイフィアの姿を見た瞬間、顔を真っ赤にして目を逸らした。
その反応がサーゼクスと被って見えてしまい、反射的にグレイフィアは再び自分の胸元に視線を落とす。
するとサーゼクスの時と同じように破けた胸元から胸が露出している――――なんてことはなく、しっかり自分の腕でガードされていた。
破けた服は相変わらずそのままだが、腕がガードしているため肝心の部分が見えることはない。胸元以外にも太腿の辺りが破けたりはしているが、最低限隠すべき場所は隠れている。
これでも恥ずかしくはあるが、丸見えと比べれば一兆倍マシだ。
そも他の男ならいざしれず、ヴィシュナとはそれなりに気心知れた仲である。一緒に戦ったのも一度や二度ではない。そもそも悪魔は欲望を良しとする種族であるし、このくらい特に恥ずかしくはないのではあるが、グレイフィアにとっては兎も角、ヴィシュナにとってはそうではないらしい。
ヴィシュナは耳を真っ赤にしながら、コートを脱ぐと無愛想に手渡してくる。
「――――女性が余り肌を露出するものじゃない」
「…………驚いた。初心なのね、貴方」
「勘違いするな。私は一人の男性として忠告しているだけだ。早くしろ、目に毒だ」
ヴィシュナが語気を強める。
目に毒だ、などと言っている時点で『初心である』と認めているようなものなのだが、グレイフィアがそれを追及することはなかった。
サーゼクス・グレモリーのように裏表なく欲望をストレートに出してしまうのも――――これまで異性には絶対に見せなかった自分の胸を見たことは許し難いが――――可愛くはある。しかしこうして初心な反応をされるのもそれはそれで愛らしいものだ。
こういう感情を、庇護欲をそそられるというのかもしれない。自分の三倍以上は年上のヴィシュナ相手に庇護欲というのも妙な話だが。
「ありがとう」
くすり、と。グレイフィアは微笑み礼を言うと、差し出されたコートを受け取った。
「予定を変更しよう。ニシリナ様への報告は私一人で行く。お前は先に屋敷へ戻っていろ」
「そういうわけにもいかないわ。今回の作戦の責任者は私なのだから、私がニシリナ様へ報告しなければならないわ」
サーゼクス・グレモリーの来援というイレギュラーがあった、などというのは言い訳にはならない。グレイフィアは作戦の責任者で、その作戦に失敗したのである。ならば自分で作戦失敗の報告に赴くのが礼儀というものだろう。少なくともそれが社会の在り方だ。
「その恰好でニシリナ様の前へ報告に行くつもりか? ニシリナ様は女性だからまだしも、側近には男もいるぞ」
「貴方の貸してくれたコートがあるじゃない」
ヴィシュナは羽織っているだけだったが、前のボタンを全て閉めれば胸元も胴体も足もすっぽり隠れてしまうだろう。透視でもしかけてくる変態がニシリナの側近にいない限り問題はない筈だ。
尤もコートの中身があちこち破けた戦闘服というのも、それはそれで問題があるような気がしないでもないが、この程度で一々文句をつけていては悪魔社会で生きてはいけない。
「……いや、それはそうだが、しかし」
それでもヴィシュナは食い下がり、咎めるような視線を送ってくる。グレイフィアも負けじと睨み返す。
数秒間の睨み合い。先に折れたのはヴィシュナだった。
「分かった。好きにするといい」
いつもの冷たい面貌に戻って、ヴィシュナは転移魔方陣を発動させた。ヴィシュナの魔力を受けて魔方陣が蒼色に発光する。
「あら?」
なんの変哲もない魔方陣だったが、グレイフィアはおかしなことに気付いた。
目的地が違うのである。この魔方陣は魔王派の盟主ニシリナ・レヴィアタンの居城に転移するためのものではない。だがかといってグレイフィアにとって未知の場所というわけでもなかった。
「ただし条件が一つある。先にお前の家に寄る。報告はそれからだ」
「――――」
要するに一度家に立ち寄って着替えてこい、と言っているのだろう。
魔剣聖ヴィシュナといえば三大勢力との戦争では鬼神の如き働きぶりで、最も多くの天使と堕天使を屠ったことでも有名だ。そんなヴィシュナがこのようなことに意固地になっているのが可笑しく、グレイフィアはもう一度くすりと笑ってしまった。
時代が変われば役割も変わる。
三大勢力の間での血みどろの戦争が繰り広げられていた当時は、冥界の首都として四大魔王が君臨した旧都ルシファード。
嘗ての繁栄を象徴するかのように、街の中心地には四大魔王が建造したと伝えられる『アポカルス』という名の巨塔が聳え、その麓には四大魔王を象った像がある。
しかし隆盛を極めた冥界首都も、内乱勃発以降は首都としての役割を失っていた。
ルシファードそのものに問題があった訳ではない。ルシファードは名前に四大魔王の盟主『ルシファー』の名を宿し、嘗ての魔王達により強固な防御術式が張り巡らされている。冥界の象徴としても、純粋な軍事拠点としてもルシファードは重要な価値をもっていたといえるだろう。
このようにルシファードは首都としてなんの問題もない都市だったのだが、魔王派と反魔王派の内乱が始まったことでそれは一変した。
悪魔社会の中心として築かれたルシファードは、悪魔の勢力圏の丁度中心に位置する。もっと言うのならば魔王派と反魔王派の勢力圏の中心地点に存在するのだ。
結果としてルシファードは図らずも内乱の最前線都市になってしまい、これまで何度も魔王派と反魔王派の間で壮絶な奪い合いが起きていた。
魔王派のエースであるサーゼクス・グレモリーが、ルシファードの司令官として任命されるまでは、一週間を超えて同じ勢力圏に属することがなかったということからも、争いの激しさが分かるというものである。
とはいえサーゼクスが司令官として任命されてからは、ルシファードもそれなりに安定しており、嘗ての繁栄とはいかないまでも、それなりの賑やかさは戻ってきていた。道行く人々――――もとい悪魔たちの中には、戦争には関係のない民間人もちらほらと見受けられる。
「お疲れ様っす、サーゼクスの兄貴。セラフォルーさんも無事でなによりっすよ」
サーゼクスとセラフォルーがルシファードに帰還を果たすと、見た目十七歳頃の少年が二人を出迎えてくる。
「ただいま、ライン。留守をありがとう」
「いえいえ。このくらいお安い御用っすよ。後輩として兄貴の頼みを全うするのは当然っすから」
サーゼクスの事を『兄貴』と呼ぶこの少年はライン・ダンタリオン。七十二柱が一つ、ダンタリオン家の次男坊でサーゼクスにとっては後輩に当たる。
ダンタリオン家はグレモリー家に負けず劣らずの名家であり、よって当然ながらライン・ダンタリオンも貴族の子弟だ。だが彼は良くも悪くも貴族らしさがなく、非常に親しみ易い性格から下級・中級悪魔の友人も多い。
自分と同格の実力者でもあるアジュカ、ファルビウム、セラフォルーの三人しか友人のいないサーゼクスが、良好な先輩後輩の関係を築けたのもラインの性格によるものが大きいだろう。
「ははは。あんまり私は兄という柄じゃないんだがね。私は一人っ子だし」
「え? この前、弟か妹が生まれるかもって言ってませんでしたっけ?」
「いや、あれはどうも母の勘違いだったようでね。私が『お兄様』と呼ばれるのはまだ先のことになりそうだよ」
父と母も励んではいるのだが、如何せん悪魔は一万年という膨大な寿命に反比例して出生率が芳しくない。毎晩欠かさずに勤しんだとしても十年に一人誕生すれば幸運な方だ。
繁殖力。腕力、魔力、寿命。多くの面で優れる悪魔が、人間に明確に劣るものの一つといえるだろう。
ただ父も母も頑張ってはいるので、いつかは弟か妹が出来ると信じたい。既に弟分であるラインはいるので、出来れば妹が欲しいところだ。
「サーゼクスちゃん、顔がにやついてるわよ」
まだ見ぬ妹の顔を想像していると、セラフォルーにツッコミを入れられた。
「おっと表情に出ていたか。誕生すらしていないというのに、ここまで兄の心を鷲掴みにするとは……恐るべし、妹力!」
「確かに私も妹欲しいかも。きっと私に似て可愛い妹なんだろうな~」
セラフォルーの妹ならば、きっと彼女のようにお転婆な子になるだろう。或は彼女がお転婆な分、逆に妹は生真面目に成長するかもしれない。
どっちにせよ黙って着飾れば美人の御令嬢たりうるセラフォルーの妹だ。可愛い妹なのは間違いない。ただし、
「可愛さならば私の妹の方が上だろうね」
「むっ! サーゼクスちゃんといえど聞き捨てならないよ。私の妹の方が絶対に可愛いんだからっ!」
「いいや。例え決闘の勝利を譲っても、こればっかりは譲れん。私の妹は冥界一の妹だ」
「サーゼクスちゃんの妹が冥界一なら、私の妹は三界一ね」
「失敬。宇宙一の間違いだった」
「じゃあ私の妹は次元の狭間まで含めて宇宙一!」
「ちょっと! お二人とも! 生まれてすらいない妹のことで争わないで下さいよ! お二人が激突したら洒落じゃなくてルシファードが消し飛びますから!」
サーゼクスとセラフォルーが魔力すら滲ませて舌戦を繰り広げていると、顔面を蒼白にさせたラインが割って入る。
少々悪戯が過ぎたらしい。サーゼクスはあっさりと解き放たれようとした魔のオーラを雲散させた。
「はははは。冗談だよ、冗談。冥界ジョークさ」
「冥界ジョークってなんすか……?」
「私の妹もセラフォルーの妹も世界一可愛い。これで万事解決、そうだろう?」
「そうね」
意思を通わせたサーゼクスとセラフォルーはがっちりと固い握手をする。いつか自分達の妹が生まれることを願い、故郷で待つ両親にエールを送りながら。
ラインが呆れた眼差しを向けていたが、敢えて気にしないことにした。いずれラインにも妹の素晴らしさを理解できる日が訪れる。具体的にはサーゼクスとセラフォルーの妹が出来た日に。
「あ、そうだった。ありがとうね、ラインちゃん」
「へ?」
「ラインちゃんが私の配下に内通者がいるって気づいてくれたんでしょ。もしもラインちゃんが気付いてくれなかったら、たぶん今頃魔王派にやられちゃってたわ。本当にありがとうね!」
「い、いや。俺はその、ただ偶然怪しい話をしている人影を見つけただけで。褒められるようなことは……」
「偶然だろうとなんだろうと、君のお蔭で私は大切な友人を失わずに済んだのだ。私からも礼を言わせてくれ、ありがとう」
「きょ、恐縮っす!」
まるで全身に針金でも通されたかのように、カチコチになってラインが頭を下げる。礼を言っているのはこちらだというのに、これでは立場がアベコベだった。
けれどこれがライン・ダンタリオンという自慢の『後輩』である。隣を見るとセラフォルーが朗らかに笑っていた。
確信をもって断言できる。きっと自分も彼女と同じ顔をしているだろう。