ハイスクールD×D 内戦地帯のクリムゾン・デビル 作:出張L
「サーゼクスの旦那。借りた金の方ですが……」
「ははははははははははははは! なぁに。あんまり気にすることはないさ。返せる時に返してくれればいい」
酒が入っていることも手伝って、サーゼクスは豪快に笑いながら酒場の主人に言った。
ありがとうございます、と頭を下げる酒場の主人に手を振って、サーゼクスとラインは酒場を後にする。
三時間以上もの時間を、激しく無駄なことに情熱を注ぎこんでいたせいで、外はすっかりと暗くなっていた。
常日頃から空が紫色の冥界であるが、こうして夜の帳が落ちれば空は闇一色だ。時計で確認すれば完全に午前0時を過ぎている。
「いやぁ。すっかり語り明かしてしまったね」
「本当っすよ。けどお蔭で俺も『銀髪の殲滅姫』の胸を拝めたんで万々歳っす。……本物じゃなくて幻影っすけどね」
「謙遜することはない。私から見ても、君の生み出した幻影は寸分違わずに完璧だった。ただ悔やまれるのは彼女の胸を視覚、映像で知っていても触覚、手触りでは知らないことだよ。手触りさえ知っていれば、より完全に再現できたものを」
「大丈夫っすよ、兄貴。昔から言うじゃないっすか。千里の道も一歩からって。これは偉大なる第一歩。いつか『胸の感触』を掴んで、見た目も肌触りも完璧な100%グレイフィア・ルキフグスを再現すればいいんっす!」
「ライン……」
「俺、四大魔王像に誓うっす!」
「ふっ。ならば私も四大魔王様に誓おう。私、サーゼクス・グレモリーは必ずやグレイフィア・ルキフグスの胸を掴むと」
二人の童貞は壮大(と本人達は思っている)夢を見据え、四大魔王像に熱い視線を向けた。
ルックスが二人ともトップクラスなこともあって、傍から見ればそれは歌劇の一場面にすら見える光景であった。しかし誓いの内容が余りにも残念過ぎるので、仮にこれが劇になることがあれば、この場面は必ず適切な修正が施されることになるだろう。
というよりこんなアホなことを自分の像に誓われた四大魔王は、草葉の陰で泣いているに違いない。
「ところで」
「ん?」
「前々から気になってたことなんっすけど、アレってなんなんっすかね?」
そう言ってラインが指差したのは四大魔王の像。より正確には四大魔王たちが掲げている二等分された果実だった。
果実といっても、よく目を凝らせばルシファーとレヴィアタンの持っているものと、ベルゼブブとアスモデウスの持つそれは似ているようで別物なのが分かるだろう。
僅かなズレもなく綺麗に等分されている果実を一つずつ。合計二つの似ているようで異なる果実を、さも御旗のように掲げる魔王達の像。
この像が気になる気持ちはサーゼクスにも良く分かる。他ならぬサーゼクスも初めてここを訪れた時は、この像がなにを意味するのかさっぱりだったのだから。
「人間界のリンゴ……にも似てますけど、ちょっと違うし。大体なんで魔王様が果物なんて掲げてるんっすか? まだ人間の頭蓋骨でも掲げてた方が魔王様らしいっすよ」
おっかないことをさらりと言うラインだったが、確かに果物を掲げた魔王よりも、頭蓋骨を掲げた魔王の方がイメージには合うだろう。
もしもその果実がなんの変哲もない果実ならばの話であるが。
「あの果実はね。生命の実と知恵の実だよ」
「それってエデンの園にある〝生命の樹〟に実ってるっていう?」
「うむ」
サーゼクスは頷いて肯定の意を示す。
聖書を読んだことのある人間ならば、知らぬ者などいない――――アダムとイブ伝承。
最初の人アダムの妻イヴは、蛇に騙され知恵の実を食してしまい、不老不死を与える生命の実をも食べられることを恐れた神によって、二人の『人間』は楽園を追放された。これが俗にいう人間が生まれながらにもつ原初の罪、原罪である。
知恵の実と生命の実。神より禁じられし二つの果実は、言うなれば背徳の具現。神の敵対者たる悪魔の象徴としてはこれ以上もなく相応しいといえるだろう。
またアダムの前妻たるリリスは、後に悪魔となり魔王ルシファーの妻となった。そういう意味でも『最初の人』の伝承は悪魔にとっては馴染み深いものなのである。
「けどなんで四大魔王様全員で二等分されたものを持ってるんっすか?」
「良い質問だね。それは結束のためさ」
「結束?」
「聖書の神が神聖不可侵の頂点として存在する天界、総督であるアザゼルが率いるグリゴリ。二つの勢力にはリーダーとなる存在は唯の一人しか存在しない。
だが悪魔はそうではないだろう? 盟主としてのルシファーはいても、四大魔王は原則的に対等であり同等だ。そこに格差はない。三大勢力の中で悪魔だけが頂点が一人ではないのだよ」
「言われてみればその通りっすね」
天界もグリゴリも頂点に立つ唯一の存在が独裁する形で、組織として成り立っている。けれど悪魔には四人の魔王が君臨しているため『独裁』は起こりえない。
三大勢力で最も背徳的な悪魔の政治体制が、実は最も民主的というのも奇妙な話であった。
「だからあの等分された実は、四大魔王の対等と永遠の友情を象徴しているのさ。一人の魔王では神に及ばずとも、四人の魔王が結束すれば神をも上回る。そんな風にね」
「へぇ。なんだか良い話っす。ためになるっす」
「ま、私も父上から聞いただけなんだがね」
共に肩を並べ結束することで神に挑んだ四大魔王達。彼等が悪魔同士で覇権を競い合う今の冥界を見たらどう思うだろうか。嘆くのか憤るのか、それとも嗤うのか。
四大魔王たちの像を見上げながら、サーゼクスはそんなことを思った。
「はっ! ということは、ということはっすよ……グレイフィア・ルキフグスの胸を100%再現するっていう夢も、俺と兄貴が力を合わせれば叶うってことっすか!?」
「そう、その通りだ。つまり四大魔王様もそういうことが言いたかったのだよ!」
悪魔同士で相争う冥界を見て、死した四大魔王達がどう思うかは分からない。
ただ自分達の像にアホな願掛けをする悪魔二人を見たら、確実に四大魔王たちは頭を抱えて嘆くだろう。
阿呆で童貞な悪魔二人は馬鹿みたいに笑い合いながら、自分達の城へと戻っていった。
破れた服を着替えるためルキフグス家を経由してから、グレイフィアとヴィシュナはレヴィアタンの領土にある城を訪れていた。
まだ四大魔王が存命中だった時代には、魔王レヴィアタンの居城として権威の象徴の一つだった城。魔王の居城だけあって、天辺は天にも届くほどに高く、外壁はさながら万里の長城のように広がっている。ルシファードが首都としての能力を失って以来、この居城が魔王派の中心地となっていた。
グレイフィアとヴィシュナは特に萎縮することもなく、魔王城の内部を進む。普通の悪魔にとっては入ることすら恐れ多い城であるが、魔王派の幹部である二人にとって、この城は自分の〝職場〟に過ぎない。今更になって気後れするなど有り得ないことだ。
「待っていたわよ。御苦労様、二人とも」
謁見の間に到着した二人を出迎えたのは、頬杖をついて玉座に座る艶やかな女性だ。
大きく開いた胸元に、露出度の高いドレス。銀褐色のロングヘアは足首まで届くほどで、僅かに桃色の混じった瞳は愉快げに細められている。
傾国の美女というのは彼女のような者を言うのだろう。男を駄目にする色香をこれ以上ないほどに放った女性だった。
グレイフィアとヴィシュナは彼女を前にすると恭しく傅く。
「グレイフィア・ルキフグス、ただいま帰還致しました。ニシリナ・レヴィアタン様」
「同じく。ヴィシュナ、帰還致しました」
レヴィアタンの姓が示す通り、彼女はレヴィアタンの血族が一人。それも先代魔王レヴィアタンの実の娘に当たる女性である。
魔王の娘だけあって内包する魔力はグレイフィアと同等かそれ以上。魔王級の実力者であることは疑いようがない。ルシファーの子息たる〝リリン〟が謎の失踪を遂げてからは、ニシリナ・レヴィアタンが事実上の魔王派のトップを務めていた。
彼女の周囲には明らかに上級悪魔であろう護衛が常に待機している。……護衛対象より弱い護衛に、さして価値があるようにも思えないが、こういうものは権威を示す意味合いが強いので関係ないのだろう。
「災難だったわね、グレイフィア。後一歩でセラフォルー・シトリーを討ち取る武功が手に入ったのに」
「ご期待に添えず申し訳ありません。もし次を御許し頂けるのであれば、その時は必ずやセラフォルー・シトリーを討ち取って御覧入れましょう」
「いいのよ。そんなに畏まらないでも。それに一番責任があるのは作戦を実行した責任者ではなく、作戦を立案した責任者でしょう」
「あいや。耳が痛い御話ですな」
ニシリナの傍に控えていた金髪碧眼の優男が、宮廷道化師のように声を発した。
「ただ申し開きをさせて貰えるのであれば、吾輩の策にミスはありませんでした。なのに策が失敗に終わったのは、ルシファードに忍び込んでいた内通者が失態を犯したからでありますからして。
料理に例えるのであれば吾輩がレシピを作成し、グレイフィア殿が調理をした。しかし用意された食材が腐っていたために失敗したと、こんなようなものですな。
ちなみに内通者を潜り込ませたのは吾輩ではありません故、作戦失敗の責任は内通者と内通者を人選した者に追及するべきでは?」
一気に自己弁護を捲し立てた男はダリオ・シャックス。七十二柱が一つ、シャックス家の次期当主だ。
反魔王派において随一の戦術家・戦略家とされるファルビウム・グラシャラボラスにも劣らぬ知略の持ち主で、魔王派においては軍師の役職についている。
「相変わらずよく回る舌ね」
「弁舌に長けておらねば、軍師などは務まりません故」
「フフフ。まぁいいわ。セラフォルーを討ち漏らしたのは残念だけれど、私の〝計画〟に支障はないわ。貴方の策も順調なのでしょう、軍師」
「無論ですとも。吾輩の灰色の脳細胞は常にフルスロットルですぞ。反魔王派首都リリス、前線都市ルシファード、教会による大規模な悪魔討伐軍の侵攻、そして此方の戦力。あらゆるものが順調に進んでおります」
「そう。ならいいわ。存分に知恵をこらしなさい」
「御意」
「…………」
グレイフィアはこっそりとニシリナの表情を伺う。だがニシリナは嫣然と微笑んでいるだけで、そこからは何も見えてはこない。
ニシリナ・レヴィアタンの計画。それがなんなのかグレイフィアは知らない。どうやら反魔王派を一掃するような壮大な計画らしいということは口振りから伝わってきたが、具体的な詳細はさっぱりだ。
ヴィシュナはなにか知っているようだったが、彼に計画について尋ねた際の返答は『言うことができない』だった。嘘が苦手なヴィシュナらしい返答である。
「ニシリナ様。計画というのは一体――――」
「あら? 気になる? 気になるの?」
「…………魔王派の命運を決める計画となれば、気にならずにいることは出来ません」
「ふふふふ。グレイフィアは素直ねぇ。だけど駄目よ、教えてあげられないわ。万が一反魔王派に計画が漏れでもしたら一大事だもの。
グレイフィア。貴女は取り敢えず表面的な作戦に従っておきなさい。いずれ貴女にも教えるかもしれないから。もしその時がきたら貴女の〝力〟を貸して頂戴」
「私の力で良ければ喜んで」
「ふふっ。〝約束〟よ?」
そう言ってニシリナ・レヴィアタンはわざとらしく微笑んだ。
すると隣で傅いているヴィシュナから一瞬プレッシャーのようなものが放たれたが、ニシリナが視線を向けると即座に雲散させる。
グレイフィアが何事かと口を開こうとすると、被せるようにニシリナが言った。
「グレイフィア。貴女は下がっていいわ。戦いの後で疲れたでしょう。家でゆっくりと休むといいわ。ヴィシュナには話があるのでここに残って頂戴」
こう言われては『臣下』という立場にあるグレイフィアはどうすることもできない。
一瞬だけ放出したプレッシャーについてヴィシュナを問い質したかったが、この様子だと答えてはくれないだろう。
グレイフィアはニシリナに礼をしてから、その場を立ち去った。