ハイスクールD×D 内戦地帯のクリムゾン・デビル   作:出張L

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Life.8  軍師の策謀

 時は金なり。時間だけはお金で買えないというが、それは決して誰もが等しく同じだけの時間を体感するということではない。

 悲しいことに辛い時間というものは長く感じられるもので、逆に楽しい時間は短く思えてしまう。自慢のメイドとの心温まる一日。久しぶりの安息日は、それこそ疾風のような速さで過ぎ去っていった。

 休みが終われば、次に待つのは仕事。平和から戦争へ。日常から非日常への回帰である。

 ルキフグスの屋敷にニシリナ・レヴィアタンからの使者が訪れたのは朝のこと。

 使者は大切な軍議があるから12時までに出頭すること、その際に神器所有者であるメイドを伴ってくることを捲し立て、訪れた際と同じ足取りで去って行った。

 わざわざエルアナを連れてくるよう命じたあたり、ニシリナは彼女の『神器』を利用する算段を立てているのだろう。ダリオの献策かどうかは知らないが、余り愉快なことではなかった。

 幾らルキフグス家に仕えるメイドといえど、彼女は戦闘要員ではない。エルアナが内乱に参加する必要などないのだ。……という極々真っ当な意見は、ニシリナは元よりエルアナにも通じない。

 グレイフィアの傍らで使者の言葉を聞いていたエルアナは、あっさりと同行を頷いた。

 魔王ルシファーとその息子であるリゼヴィムが不在の今、魔王派の盟主であるニシリナは仮の主君である。主君の命令があり、本人も乗り気だというのならばグレイフィアが否と言うこともできない。

 結果としてグレイフィアはエルアナを伴ってレヴィアタンの居城へと赴くことになった。

 内心ではエルアナを内乱に巻き込んだニシリナに僅かながらの反感もあったが、グレイフィアもそれを表に出すほど愚かな女ではない。

 レヴィアタン城に入った途端、常日頃から浮かべている無表情の仮面を装着すると、軍議が開かれるという謁見の間へと向かった。

 

「おやおや。吾輩の策をなすための大切なヒロインの御登場ですな」

 

「控えろ、ダリオ。ルキフグスの姫君に対して非礼だぞ」

 

 謁見の間に入った途端、ダリオ・シャックスの不躾な声と、それを咎める厳格な声がグレイフィアの耳に届く。

 ダリオを嗜めたのは、蒼い騎士服に身を包んだ武人だ。余り話したことはないが、お互い顔は知っている。

 彼はイザロ・フォカロル。フォロカル家の若き当主にして、魔蒼騎士団を率いる団長だ。冥界屈指の精鋭であるところの魔蒼騎士団の頂点に君臨するだけあって、立ち振る舞い一つとっても隙がない。魔剣聖の弟子という話は嘘ではないようだ。

 謁見の間には他にもクルゼレイ・アスモデウス、シャルバ・ベルゼブブなど魔王派の重鎮の姿もちらほらと見える。

 玉座にはニシリナ・レヴィアタンが座り、魔王派の最大戦力であるヴィシュナは目立たぬよう隅にいた。

 

「大切な軍議だとは聞いていたけれど、凄いわね」

 

「ええ。魔王派の中心人物の方々の九割が集まっていらっしゃいます」

 

 仮にここにいる全員が一気に死ぬような事があれば、明日にでも内乱は反魔王派の勝利という形で終結するだろう。それだけの面子がここには揃っている。

 だがこれでもまだ全員集合してはいないらしく、軍議が始まる気配はない。そのため各々は近くにいる者と雑談するなり、好き勝手に過ごしていた。

 黙って待っているのもなんなのでグレイフィアも場の空気に合わせることとする。

 問題は誰と話をするかだ。ダリオは論外、イザロは精神統一の瞑想中で、邪魔しては悪い雰囲気を漂わせている。クルゼレイやシャルバなどの魔王の血族は無意味なまでに尊大なので、話していて面白い相手ではない。

 なのでグレイフィアは一番気心の知れているヴィシュナに話しかけることにした。

 

「ヴィシュナ。そんな隅でなにをしているの? そんな所にいたんじゃ誰も貴方が魔王派の重鎮だと分からないわよ」

 

「私はニシリナ様にはそれなりに厚遇されているが、シャルバ殿には良く思われていない。私が重鎮らしく偉そうにしていれば、シャルバ殿は不快に感じるだろう。下らないことで先代魔王の血族の結束を乱すことはない」

 

 クルゼレイ・アスモデウスと談笑するシャルバを見ながら、ヴィシュナは淡々と理由を説明した。

 シャルバを見つめるヴィシュナの瞳には、憤りや理不尽に対しての怒りはない。ただただ冷淡で冷血で冷酷な冷たさだけがある。

 それは下手すれば上級悪魔が下級悪魔を見下す目よりも冷ややかだった。恐らくヴィシュナにとってシャルバ・ベルゼブブは『魔王派の足並みを乱す要素の一つ』に過ぎないのだろう。シャルバ・ベルゼブブという個人は、文字通り眼中に無いのだ。

 

「ところでそちらの女性は? 見たところメイドのようだが、この城では見ない顔だ」

 

 ヴィシュナの視線が今度はグレイフィアの傍に控えるエルアナへ注がれる。

 

「そういえば貴方には紹介したことがなかったわね。彼女はエルアナ、私の専属メイドなの」

 

「エルアナ・ロノウェと申します。以後、お見知りおきを」

 

「ロノウェ? 七十二柱のロノウェ家の縁者か。しかしロノウェ家は…………いや、いい」

 

 複雑な事情を察してくれたらしく、ヴィシュナは質問を撤回した。

 正直ありがたい。ロノウェ家のことはエルアナのプライバシーに深く関わることだ。このような場所で言いたいことではない。

 

「だがどうして専属のメイドを連れてきた?」

 

「ニシリナ様の御命令よ」

 

「成程、そういうことか」

 

 ヴィシュナはエルアナを探るように観察し、納得したように頷いた。言葉にはしなかったが、エルアナが神器所有者であることを見抜いたのだろう。

 グレイフィアがヴィシュナと話していると徐々にだがざわめきが収まっていっていくのに気付く。振り返ればニシリナ・レヴィアタンが玉座より立ち上がっていた。

 静粛に、私語をやめろ、などといった場を静かにさせるための言葉をニシリナはなにも発していない。彼女は本当にただ立ち上がっただけだ。それ以外のことは何もしていない。

 だというのに場に集った面々は、ニシリナ・レヴィアタンが立ち上がっているのを見ると、自然と口をつぐみ私語を止める。

 この様子が魔王派のトップが誰なのかを如実に表していた。

 最後の一人が黙り込んだのを合図に、ニシリナ・レヴィアタンが漸く口を開く。

 

「さ。お喋りも終わったことだし、軍議を始めましょう」

 

 いつものように妖艶に、妖しく艶やかに微笑みかける。

 場の空気が完全にニシリナという一人の悪魔に呑まれていた。幹部として軍勢を率いる上級悪魔達の殆どは、空気と一緒にニシリナに呑まれている。

 彼女の注目しながらも呑まれていないのはグレイフィアとヴィシュナ、それとイザロ・フォロカルとダリオ・シャックスくらいだった。

 

「今回魔王派の幹部のほぼ全員を呼び出した理由は、聡明な幹部の皆々なら一々説明しなくても理解しているわよねぇ? でも理解できていない1%のために説明すると、これから行う作戦が魔王派の全戦力を結集した大規模なものになるからよ」

 

『……………』

 

 そんなことはニシリナの言う通り説明されずとも予想していたことだ。

 わざわざ説明されたところで驚きなどはない。しかし驚きはなくても緊張はした。

 全戦力を結集しての大規模作戦。成功するならば良いとして、万が一失敗するなんてことがあれば、魔王派は嘗てない窮地に立たされることになるだろう。それが分かっているからこその緊張である。平然としているのはニシリナ以外ではヴィシュナだけだった。

 ニシリナは配下を見下ろして満足げに笑みを深めると、言葉を続ける。

 

「心の準備はできたようねぇ。それじゃあダリオ、軍師として作戦内容を説明しなさい」

 

「御意」

 

 ダリオの語った作戦というのは、これだけの面子を呼び出すに値する壮大なものだった。

 人間界における教会勢力の大規模悪魔狩り。それによるアジュカ・アスタロトとファルビウム・グラシャラボラスの不在。ルシファード守将のサーゼクスに、反魔王派の首都リリス。その全てが計算尽くされている。

 正々堂々という四文字熟語とは対極の、嘘と裏切りに満ちた策ではあるが、それが有効であることは認めざるを得ない。

 

「グレイフィア・ルキフグス殿には使者としてルシファードへ赴いて頂きます。反魔王派に一時休戦を申し込むために。

 明後日は亡き四大魔王様達が冥界に政府を開いた建国記念日。我々魔王派が『四大魔王様の鎮魂のために休戦したい』と申し込むのは不自然ではないでしょう。ヴィシュナ殿はグレイフィア殿の護衛という形で御同行を。魔王派の双璧たる御二人がルシファードへ赴けば、反魔王派も残った我々に対する警戒心を薄めるでしょう。

 そここそが狙い目。反魔王派の気が緩んだところを、魔王派の精鋭をもって首都リリスに奇襲を仕掛けます。この策が成功すれば反魔王派は面目丸潰れ間違いなしでしょう」

 

「――――待て」

 

 ダリオが自分の策を語っていると、ヴィシュナが横槍を入れる。

 

「おやおや。ヴィシュナ殿、吾輩の策に問題点でも?」

 

「〝策〟そのものにはない。しかしその策を実行するには足りないものがあるだろう」

 

「と、言いますと?」

 

「戦力だ。幾ら警戒心を薄めたとはいえ、首都リリスにはそれなりの戦力が常駐しているはずだ。打撃を与えられれば良し、だがなんら成果を得られなかったら魔王派の面目が潰れることになる。万全を期すため、私は奇襲メンバーに加わるべきだと思うが?」

 

「貴様、よりにもよって我等の力が頼りないと言うのか!」

 

 ヴィシュナの提案に火を噴いたのはシャルバ・ベルゼブブ。魔王の血族である幹部の中でも筋金入りの血統主義者だ。

 

「下賤な下級悪魔出身者風情がッ! 魔王レヴィアタン様の恩情で上級悪魔の列に加えられて、我々魔王の血族と対等になったつもりか。愚か者め! 貴様など――――」

 

 ヴィシュナがシャルバへ振り返り、その顔を見る。ただそれだけのことで怒り散らすシャルバの口は強制的に塞がれた。

 正面から侮辱されても、やはりヴィシュナにはシャルバに対しての怒りはない。黄色い双眸に宿るのは、どこまでも冷え切った〝無関心〟という名の否定だけ。

 虫ケラが粗相をしたからといって、激昂するような者はいないだろう。ヴィシュナにとってのシャルバ・ベルゼブブとはつまるところそういう存在だった。

 彼の事を臆病と謗ることはすまい。こんな存在そのものを認識していない眼光に晒されれば、シャルバではなくとも口を噤むだろう。

 凍てつくような静寂が謁見の間に充満した。

 

「いやはや。ヴィシュナ殿の仰ることは至極もっともですな」

 

 不気味なまでの静寂を打ち破ったのは、ダリオのひょうきんな声だった。

 グレイフィアは初めてダリオ・シャックスという胡散臭い軍師に心から感謝した。

 

「魔王の血族の方々は血統の通り強力な御方ばかりですが、首都リリスにも七十二柱に名を連ねる名家出身者が多く存在しております。

 ヴィシュナ殿とグレイフィア殿。魔王派が誇る双璧の力なしに、リリスに大打撃を与えるのはやや難しい。成功率は五分五分といったところでしょう。

 ですがここに新たに魔王を打倒しうるほどの戦力が加われば、話は別です」

 

「……なに?」

 

「ではでは。ゲストに御登場頂きましょう」

 

 芝居がかった仕草でダリオが指をパチンと鳴らすと、謁見の間のドアが開く。

 悪魔たちの注目を一身に集め、姿を現したのは黒い男だ。黒いというのは決して比喩表現ではなく、本当になにもかもが黒いのだ。

 髪、瞳、衣服、手袋。それら全てが黒一色で統一されている。黒ではない部分は白い肌の色だけという徹底ぶりだった。ここまでくるとある種の美学すら感じる。

 場に集った幹部達のざわめきが濃くなる。

 

「なっ! この男が魔王を打倒するほどの戦力!?」

 

「馬鹿な。どんな悪魔かと思えば、ただの『人間』ではないか」

 

「冥界の我等悪魔の領域に『人間』が入ってくるとはどういう了見だ!」

 

 そう、悪魔達がざわめいた理由がこれだった。

 ダリオ・シャックスに促され現れたのは人間である。エルアナのようなハーフでもない、100%混じり気なしの純粋で純血で純然たる人間。

 この場で唯一真っ当な人間である男は、無数の悪魔達の視線に晒されながら、まるで緊張することなく葉巻に火をつけて吹かし始めた。

 どうして『人間』がこのような所に現れたのか、グレイフィアも気になるところであるが、少なくともこの図太さ。只者でないのは確かだろう。

 

「別にいいじゃないか。お宅等も好き勝手に人間界に入ってきては、欲深な連中相手に営業活動してるんだ。不法入国者の一人や二人くらいはお互い様ってことで目ぇ瞑ってくれ。人間社会に悪魔を縛る法がないように、悪魔社会にも人間を縛る法はないんだからな」

 

「な、なんだと!?」

 

「まぁまぁ。皆様、落ち着いて落ち着いて。深呼吸して落ち着いて」

 

 顔を赤くする悪魔達をダリオが抑える。悪魔達はそれでもなお食い掛かろうとしたが、ニシリナが一睨みすると黙り込んだ。

 場が落ち着いたところでダリオが『人間』に振り返り言う。

 

「ラヴィリ殿、自己紹介を」

 

「ん、あぁ。ラヴィリ・グラズノフだ。以後宜しく」

 

 余りにも短すぎる名乗り。これでは名前以外はなにも分からない。

 どういう理由でここにいるのか、どれだけの強さの持ち主なのか。聞きたいプロフィールを全く公開しない簡素な自己紹介。

 当然こんなことで幹部たちが納得するはずがない。

 

「ダリオ! 言うに事欠いて人間風情を、しかもこのような無礼者を連れてくるとはどういう了見だ!? 真面目にやらぬか!」

 

「吾輩は至極真面目ですぞ、シャルバ・ベルゼブブ殿」

 

「ならば何故ただの『人間』などを連れてきた! この『人間』が魔王に匹敵する実力者とでも言うつもりか!?」

 

「言いますよ、当然のように」

 

 あっさりとダリオは肯定した。

 

「な、に?」

 

「なにせこのラヴィリ・グラズノフ殿は今代の赤龍帝であります故」

 

『!』

 

 その一言に誰もが硬直した。

 

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