ハイスクールD×D 内戦地帯のクリムゾン・デビル 作:出張L
赤龍帝。悪魔ならばその忌むべき名を知らぬ筈がない。
天使、堕天使、悪魔が覇を競い合った三大勢力の戦争。決して手を取り合うことのなかった三者が、ただの一度だけ力を合わせたことがあった。
その原因となったのが二体のドラゴンの大喧嘩と聞けば。なんとも微笑ましいようにも思えるが、あの闘いを見た者ならば決してそんな呑気な感想を抱けはすまい。
〝二天龍〟
神をも凌駕する強さをもつ二体のドラゴン。
ドラゴンは昔より力の象徴として崇められてきたが、その中でも二天龍は極め付きだった。二天龍を超えるドラゴンは、もはやランク付けすることすら烏滸がましい龍神と真龍だけ。龍の王者たる六大龍王も、邪悪の化身たる邪龍も足元にも及ばない。
赤龍帝の二つ名をもつ赤い龍。
白龍皇の二つ名をもつ白い龍。
切っ掛けがなんだったのかは定かではない。だがともかくある日突然、二体の龍は大喧嘩を始めたのだ。三大勢力が争う戦場のど真ん中で。
神をも凌駕する力をもつ二天龍の激突は、もはや天災どころか世界の終末を覚悟させるほどのものだった。
『神如きが、魔王如きが、ドラゴンの決闘に介入するな』
それが必死に説得を行った三大勢力の代表者達に対する返答だったという。実に無茶苦茶で自分勝手極まる暴論ではあるが、二天龍にはそれを通すだけの力があったのだから性質が悪い。
しかしながら世界に暴力しか振り撒かぬ存在というのは、やがては暴力によって滅び去るもの。
二天龍の暴虐に耐え切れなくなった三大勢力は、一時的に手を取り合い共闘してこれを討ち滅ぼした。
滅ぼされた二体の天龍は体を幾重にも切り刻まれ、神器に封じられたという。それが13種の神滅具にも数えられる神器『赤龍帝の籠手』と『白龍皇の光翼』である。
二天龍を宿した神器に選ばれた人間は、その都度、過去の大喧嘩を再現するかの如くぶつかりあってきた。そして今代の『赤龍帝』がこのラヴィリ・グラズノフだという。
「赤龍帝が我々の味方になるだと」
「確かに『赤龍帝』の神器を持つ者であれば、大きな戦力となりうるが……」
慄くもの、震える者、警戒する者。伝説の〝赤龍帝〟を前に悪魔達の反応はばらばらだった。
「待て待て! どうして赤龍帝が我々悪魔に協力するのだ! 貴様と白龍皇が好き勝手に暴れて、我々悪魔がどれほどの損害を受けたか。忘れたとは言わせんぞ!」
嘗て二天龍討伐戦にも参加した悪魔が、恐怖を隠し切れぬ表情で怒鳴る。しかし怒鳴られた赤龍帝――――ラヴィリ・グラズノフにはまったく変化がなかった。
「忘れた。というか知らん」
「し、知らんだと!?」
「そりゃそうだろう。確かに俺はこういう感じに――――」
パァと光が漏れ出し、ラヴィリの左腕に集まる。赤色の粒子はやがて赤い籠手となり顕現した。
「赤龍帝の籠手を宿しているが、だからといって俺がその何百年前だか何千年前だかの大喧嘩をやらかしたわけじゃない。というよりそんな大昔、俺は生まれてすらないぞ。
ま、籠手の中には大喧嘩をやらかした天龍の魂も宿っちゃいるが、そいつの意思は俺には関係ないことだ。というわけでお前の勘繰りは見当違いも甚だしいわけだが、これで疑問解決でOKか?
一万年なんていう無駄に長い寿命をもつアンタ等と違って、人間の俺の時間は貴重なんだ。出来れば無駄に浪費しないでくれるとありがたい」
『ハハハハハハハハハハ!』
無礼極まるラヴィリに喜悦が極まったか、心底可笑しそうな笑い声が響き渡る。声の発生源はラヴィリの左腕。より正しくはラヴィリの左腕にある『赤龍帝の籠手』だ。
笑い声に合わせるように、籠手にある宝玉が点滅する。この声の主はもしかしなくても神器に封じられた赤い龍の魂だろう。
『見所のある奴だと思っていたが、これだけの悪魔を前にそこまで言える宿主は久しぶりだぞ。よく見れば魔王級の奴もちらほらいるじゃないか。
お前さんのことだ。一々言われずとも分かってると思うが、こいつらに同時に襲い掛かられたら〝覇龍〟を使ってもちと面倒だぞ、相棒』
「ビジネスの最中だ、黙っていろドライグ」
『へいへい。今代の相棒は、素質の方は十分なんだが無愛想なのが瑕だな。だがまぁ相棒の邪魔をするのは俺も本意じゃあない。〝商談〟が成立するまで黙っておくさ』
宝玉の点滅がピタリと止まる。意外にも赤い龍の魂――――ドライグはかなり理知的で宿主に従順な人格のようだ。
「で、なんの話だったか?」
「とぼけるな。どうして貴様が我々に協力するのか、その理由だ」
クルゼレイ・アスモデウスが凄味をきかせラヴィリを睨みつける。
「貴様が嘗ての赤龍帝の意思とは関係なく動いているというのは認めよう。しかしならば『人間』であるお前は、一体全体どういう理由で悪魔の内乱に介入するというのだ?」
クルゼレイの疑問はこの場にいる全員がほぼ等しく持つ疑問といって良かった。他ならぬグレイフィアも『赤龍帝が魔王派に加わる』と聞いて最初に疑問に思ったことである。
この内乱はあくまでも悪魔の覇権争い。人間であるラヴィリにとっては対岸の火事に等しいことといえる。なのにどうしてラヴィリは魔王派に味方するため態々冥界まで足を運んだのか。
なにか特別な、複雑怪奇な事情があるのかもしれない。そんなグレイフィアの考えはあっさりと裏切られた。
「金のためだよ」
「な、なんだ……と?」
余りにも俗物的、余りにも単純な理由。それがラヴィリ・グラズノフの戦う動機だった。
「ふ、ふざけるな! か、金のために、だと!?」
「ふざけていない。俺は至極真面目だ。真面目に命を懸けて金のために戦いに来ているんだよ。俺は傭兵だからな」
「傭兵っ?」
「品行方正で通っている俺としては、生きてる間に冥界観光なんて御免蒙るところだったんだがな。テーブルに山のように積まれた金の延べ棒、今代の白龍皇探しの協力。ここまで破格な報酬を出されたら傭兵として首を縦に振らないわけにもいかないだろう。悲しいことに金は人の命より重いのだからな」
さも無感動にラヴィリは言い切った。
「ニシリナ様! この男は魔王派の誇りある戦いを金儲けの場としか考えておりません! 私はこのような男に背中を預けるなど御免です。どうかご再考を」
「金で動く人間は信用できないって? 俺に言わせれば金で動かない奴の方が信用できないがね」
「な、なんだと!?」
「それとも俺が正義や友情愛情を『理由』にすれば、そちらは納得するのか? だったらすまんな。俺が動くのは徹頭徹尾〝金〟のためだ。どれだけ正義を積み上げようと、どれだけ友情に訴えようと、どれだけ愛を叫ぼうと、金以外の取引には応じかねる」
「貴様! 我等を侮辱しているのか!」
「いいや、まったく。俺はただ金の素晴らしさを説いているだけだ。金はいいぞ、悪魔のお歴々。特に金(ゴールド)は素晴らしい。正義・友情・愛は〝当人〟にとってしか価値がないが、金は〝万人〟にとって等しく価値があるのだからな。お蔭で根本から異なる生命体であるところの『悪魔』とだって取引を行うことができる」
「――――そこまでにしておきなさい」
ニシリナの鶴の一声で騒がしかった謁見の間が鎮まる。
「無駄に熱を入れて議論してくれたところ悪いけれど、彼を雇うのは私の中でもう決定しているの」
「ですがニシリナ様。金で動いているということは、反魔王派が買収などの手を使えば裏切るという危険性があります」
「酷い侮辱だな」
これまで悪魔たちの悪意を適当に流してきたラヴィリも、これには不機嫌そうに眉を潜めた。
「こう見えても俺はプロだ。そりゃ傭兵なんていう職業上、昨日の味方が今日の敵になるなんていうのはしょっちゅうだが、一度引き受けた仕事をこなすまで他の仕事を受けたりはせん。傭兵としての信用性に関わるからな。一度交わした契約は絶対。これは悪魔にとっても同じだろう?」
「――――む」
「もういいでしょう。私も無意味に時間を浪費するのは好きじゃないの。それに万が一赤龍帝が裏切ったのなら、然るべき制裁を加えるまでのこと。魔王派が誇る天龍殺しが、ねぇ」
悪魔たちの視線が一斉にヴィシュナへと向けられた。
魔剣聖、天龍殺し、蒼の悪魔。冥界最強の剣士としてヴィシュナは数多くの異名をもつ。そのうち一つである〝天龍殺し〟は、その邪剣をもって天龍を討ち取ったという証だった。
『懐かしい気配がするとは思っていたが、やはりお前だったか。ヴィシュナ』
黙っていろと命じられたドライグが、やや重苦しい口調で声を発する。完全に命令違反だったが、ラヴィリが口を挟むことはなかった。
「赤龍帝に名を覚えられているとは光栄だな」
『ふん。俺も自分の首を斬り落としてくれた奴の顔を忘れるほど薄情じゃない。いつぞやは世話になったな』
「……あの時は天使、堕天使、悪魔の波状攻撃でお前もかなり疲弊していただろう。最終的に首を斬り落とすことになったのが私だっただけで、一対一で戦えばどうなっていたかは分からん」
『それで謙遜しているつもりか? 天龍相手に一対一でやればどうなるか分からん、などと吼える時点で相当に剛毅だぞ』
「生憎と私は嘘や謙遜の類は苦手だ」
『ククッ。それはすまなかったな。こうして味方同士なのがちと残念だが、自分を殺した相手と肩を並べるのも面白くはある。精々気を付けることだ。仮にも俺の首を斬り落とした男が、無様に死ぬなど許されんからな』
「肝に銘じておこう」
これ以上語るべき言葉はないということだろう。ヴィシュナとドライグは口を閉じた。
「もう十分でしょう。そういうわけよ、赤龍帝。報酬はしっかりと支払うわ。だから存分に仕事を果たして頂戴ねぇ?」
「ふっ、商談成立だな。あい分かった。首都リリスにいる悪魔を手あたり次第に殺し回ればいいんだな。ああ万事了解した、楽な仕事だ」
ここに契約は結ばれた。
悪魔にとって契約とは絶対的なもの。これは下級悪魔だろうと魔王だろうと変わらない掟である。よってここに悪魔の戦場に伝説の赤龍帝が舞い戻ることが確定した。
赤龍帝というイレギュラーな来訪者によって白熱した軍議も、ニシリナ・レヴィアタンの采配により終わった。
未だ魔王派の幹部には赤龍帝に対しての疑念を抱く者はいるが、魔王派の盟主たるニシリナに真っ向から反論する勇気の持ち主は一人もいない。実際問題、リリスの奇襲には戦力が一人でも必要なこともあって、大半の幹部は静観という形で落ち着いた。
赤龍帝が裏切らずに働けば良し。もしも裏切るようなことがあれば、ニシリナ・レヴィアタンに責任をとらせればいい。幹部達の思惑はそんなところだろう。
そして幹部達に赤龍帝のことを納得させた要因の一つであるヴィシュナは、会議後に転移魔方陣を使って自分の家へ戻っていた。
自分の家といってもレヴィアタンの城やルキフグスの屋敷のような立派なものではない。上級悪魔としての体裁がたつ最低限度のこじんまりとした屋敷だ。
その反面、修行の際に存分に動けるよう敷地だけは無意味なまでに広大である。なにもない荒野にポツリと聳える屋敷は、上空から見下ろせば酷く滑稽で寂しげであった。
久しぶりの自宅への帰還。出迎える者は一人としていない。これはヴィシュナの屋敷に仕える使用人が不真面目だからではなく、ただ単に元々使用人が一人として存在しないだけだった。
魔王派の最強戦力にして、冥界の英雄の住居としては不相応な屋敷。だがヴィシュナにとってはこれで十分だった。
無駄に広い屋敷など維持するのが面倒なだけ。使用人などは不要。
自分の事は極力自分でやろうとするヴィシュナにとって、こじんまりとしていて使用人の一人もいない屋敷は理想的とすら言えた。
両親も既に亡く、結婚や恋人なんて浮いた話の一つもないヴィシュナに家族などはいない。
故にこの屋敷にいるのはヴィシュナ一人だけ――――ということもなかった。
ヴィシュナの自室。木彫りの彫刻が並べられた部屋の中心に彼は、否、彼女はいた。
ゴシックロリータのファッションに身を包んだ年端もいかぬ少女。少女は澄み切った無垢な瞳で、木材を彫刻刀で切り付けていた。恐らく彫刻を作ろうとしているのだろうが、お世辞にもその手つきは良いものとは言えない。というより基礎がまるでできておらず、下手以前の問題だった。
ともすればヴィシュナの娘にも思える少女。けれどそれは擬態に過ぎない。そも彼/彼女にとっては性別や姿形など何の意味もないことだ。
「なにをしている、オーフィス」
オーフィス、その名前は世界において絶対的な力の象徴だった。
次元の狭間より生まれ、この世界が誕生した時より最強であり続けるドラゴン。無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)オーフィス。
彼女に比肩する強さの持ち主はこの世界には存在しない。恐らく天使、堕天使、悪魔の三大勢力が手を取り合ったとしても、オーフィスを殺すことは不可能だろう。
もしもオーフィスに並ぶ者がいるとすれば、それはD×D――――次元の狭間を泳いでいる真なる赤龍神帝(アポカリュプス・ドラゴン)グレートレッドだけだ。
「我、彫刻作ってる。だけど上手く出来ない。何故?」
「………………」
神と魔王すら足元にも及ばぬ強さを誇る龍神が、自分の部屋で木彫をしている。ある意味歴史的な出来事に、ヴィシュナが我を取り戻すのには十数秒の間を置く必要がった。
無限の力を持ち、その気になれば冥界を一日で滅ぼせるほどの強者であるオーフィス。そんな彼女の強さも木彫りには発揮されていないようで、彼女の周りには彫刻とは口が裂けても言えない幾つもの失敗作が転がっている。
「木彫に興味があるのか?」
「ヴィシュナ、家に戻る度ここで一人、木を彫ってる。その時のヴィシュナの顔、安らいでる。そこに、我の求める静寂の気配あった。だから我、興味があった。木を彫れば、静寂を得れる?」
グレードレッドを倒し、故郷である次元の狭間へと戻り静寂を手にする。それが無限を司る龍神の願いであり、彼女がニシリナの計画の協力者として冥界にいる理由だ。
静寂を手にする。故郷へと戻りたい。龍神の願いとしては普通過ぎるようにも思えるが、古来より神話に記された神々が、幼稚極まる意味不明な動機で、世界を混沌に陥れる大事を引き起こすのは珍しいことではない。
それに比べればオーフィスの願いは、万人にとって理解できるという点で真っ当ともいえる。
「残念ながら木を彫ってもグレートレッドは倒せん。次元の狭間で通じる穴を開けるなど論外だ」
「だけど我、木を彫るヴィシュナに静寂を見た。何故?」
「一人趣味に没頭している間は心が安らぐ。きっとそれは故郷の空気に包まれて感じる安心感に似たところがあるのだろう」
「趣味と故郷。安らぎと静寂、似てる?」
「一悪魔の戯言だ。龍神が気にするようなことじゃない。珍しく時間はある。木彫りがしたいのなら教えるが?」
「我、趣味に興味ある。教えて欲しい」
「――――分かった」
彼女は大切な計画の協力者だ。彼女がいなければ計画は始まらないとすら言っていい。ならば彼女の頼みには出来る限り応えなければならないだろう。
自分に倣って木を彫るオーフィスが、まるで親の真似をする子供に見えてしまったのは、果たして錯覚だったのだろうか。