砕蜂のお兄ちゃんに転生したから、ほのぼのと生き残る。   作:ぽよぽよ太郎

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第15話

 

 

 

         +++

 

 

 早朝。未だに日が昇りきっておらず、周囲が薄暗く感じるほどの時間帯。二番隊の隊舎で二人の声が木霊していた。

 

 「――夜一さん、準備できました?」

 

 「ぬ、まだじゃ。なんとなく気に入らぬ」

 

 「いやいや、息子の入学式に行く母親じゃないんすから……」

 

 隊首執務室の前で、俺は先ほどからこの調子で声をかけ続けていた。こんな時間からこんなことをしているのは、本日とある式典があるからだ。

 

 新任の儀。新しい隊長を任官するための式典であり、浦原喜助が今日新たにその隊長へと就任することになる。

 

 喜助は俺たちの弟分とも言える間柄だ。夜一さんに至っては幼馴染である。気合を入れるのは仕方ないのだが――

 

 「――せめて俺を中に入れてもらえないっすかねぇ……」

 

 朝が早いため、隊舎内はまだ肌寒い。そんな中、俺はすでに一時間ほどもこうして外で待たされていた。本来もう少し遅い時間でも大丈夫なのだが、夜一さんが張り切っているためこの時間から準備を始めてしまったのだ。

 

 百歩譲ってそこまでは良いが、問題はその理由だ。夜一さん曰く”乙女の支度を見るとはどういうことだ”ということらしい。すでにお互いの身体で知らないところはないという関係なので、今更感があるのだが……。まあ、それを言うと血を見ることになりそうで、こうして俺は何も言えずに佇んでいるわけだ。

 

 どれくらい経ったのだろうか。時折来る警備の隊士になぜか優しい笑みを向けられながら待ち続けていると、やっと扉が開いた。

 

 「――どうじゃ!?」

 

 そして、そう言って夜一さんが出てきた。腰に手を当て、大きな胸をこれでもかと張っている。ぶっちゃけ、いつも通りの夜一さんだった。というか、久しぶりに羽織り着ている夜一さんを見た気がする。

 

 「なにか思ってた反応と違うんじゃが……?」

 

 「あ、いや、いつも通り綺麗だなぁと」

 

 「ふふん、そうであろう?」

 

 うん、夜一さんの機嫌はすこぶる良いみたいだ。昨夜は少し元気がなかったから気にしていたのだが、大丈夫そうだな。

 

 夜一さんの支度が終わったこともあり、俺たちは式典会場である一番隊隊舎へと向かう。

 

 「楽しみだのう、今日の喜助就任のお祭りは!」

 

 「いや、お祭りじゃなく式典っすから」

 

 道中に何度目かわからないやりとりをしながら、俺たちは瀞霊廷を歩く。すでに日は昇っていた。

 

 

 

 

 

 

 俺たちはしばらく歩いて、式典の場でもある一番隊隊舎へと到着した。入り口付近にいた一番隊の隊士に部屋を教えられ、俺と夜一さんは荘厳な雰囲気のある隊舎内を歩いてそこへ向かう。

 

 ……夜一さん、頼むからキョロキョロとしないでくれ。俺もあまりここに来ないから珍しくは思っているけど、あんたももう良い大人なんだからもう少し落ち着きを持って欲しい。すれ違う一番隊の人たちが子供を見るような目で微笑ましくこっちを見てるし。

 

 そんな風に生温い視線を浴びながら、教えられた部屋までたどり着いた。部屋の前では一番隊副隊長の雀部(ささきべ)長次郎(ちょうじろう)さんが待っていて、彼の案内で部屋の中へと入ることに。

 

 雀部さんと定型文での挨拶を交わし、扉をくぐる。

 

 「そういえば龍蜂殿。茶葉の件、本当に助かりましたぞ」

 

 「雀部さん、どうもです。お力になれたのなら良かったです」

 

 俺と雀部さんの交流は意外と長い。過去に雀部さんの相談に乗って紅茶の茶葉栽培を手伝ったことから、今でも交流が続いている。時折収集した茶葉を分けてくれるので、それを職務の休憩時などに飲んだりしていた。

 

 そんな話をしつつ、廊下の先の部屋へと入る。室内には未だ誰もいないが、もう少しすれば次々にやってくるだろうとのこと。雀部さんはそれだけ言って再び部屋の外へと戻って行ってしまう。

 

 その言葉通り、夜一さんとしばらく世間話をしていると次々に各隊の隊長、副隊長が入室して来た。

 

 まだ全隊の者が集まっていないということもあり、特に並ぶでもなく来た者から集まって談笑する形になっていく。総隊長と新任の隊長がきてからが本番なので、今から気を張っていてもしょうがないということみたいだ。

 

 そうして自然と夜一さんたち隊長格がまとまって話し始めたことで、俺たち副隊長組もいる者たちは自然と集まった。

 

 「なあ龍蜂、次の隊長が誰か知っとるんか?」

 

 八重歯とそばかすが特徴的な女の子――猿柿ひよ里が、くすんだ金髪ツインテールを揺らして近付いてくる。うん、相も変わらず小柄な寸胴体型だ。やはりこれ以上は成長しないらしい。

 

 彼女は十二番隊の副隊長であり、前任の曳舟隊長を母親のように慕っていた。だからこそ、新しい隊長が就任することには抵抗があるようだ。その口調、表情にはありありと不満の色が見て取れる。

 

 「いや、まあ知ってるっちゃ知ってるけど……」

 

 「なんや、教えろや!」

 

 「まあまあ、落ち着けって。ひよ里の知らない奴なんだから、今教えても仕方ないだろ?」

 

 「うぐ……せやけど!」

 

 こうして声を荒らげる彼女を見ていると、気性の荒い猫を見ているみたいだ。胸の中の不安を押し殺そうと、こうして虚勢を張っているんだろう、

 

 まあでも、ひよ里の憤りも納得できる。詳しくは聞いていないが、職務上の機密とやらでろくに話もしないうちにいなくなってしまったらしい。そんなわけで、こうして情緒不安定気味になっているようだった。せめて別れの挨拶くらいさせてあげればいいのにな。

 

 そんな落ち着かない様子のひよ里を宥めていると、不意に部屋の外から大声が響く。

 

 「もしもォ〜〜し!!! 五番隊隊長の平子真子ですけどォ〜〜!!!」

 

 「……! やっと来おったな、ハゲシンジ!」

 

 その声を聞いたひよ里は、先ほどまでの不安が垣間見える表情から一変。喜色の浮かぶ顔で部屋の外へと走って行ってしまう。そしてドタドタと走っていくひよ里を、七番隊隊長の愛川(あいかわ)羅武(らぶ)が呆れた様子で追いかけていく。

 

 「――猿柿さん、元気になったみたいだね」

 

 ひよ里がいなくなり手持ち無沙汰になった俺に声をかけてきたのは、六番隊副隊長の朽木蒼純さんだ。身体が弱く病弱なのだが、その実力は計り知れない。現隊長の朽木銀嶺さんの息子で、彼の退位後にそのまま隊長へと昇進するだろうと言われているくらいだ。今回も隊長への打診があったようなのだが、銀嶺さんの後を継ぐためかそれを断ったらしい

 

 各隊の副隊長の中でも古参であり、副隊長になったばかりの俺にいろいろと教えてくれたりと面倒見が良いのだ。その人柄から、隊の内外問わず色々な死神から慕われている人だ。

 

 「まあ、平子隊長とは特別仲が良いですからね。たぶん、ひよ里が一番気を許せるのが平子さんなんだと思います」

 

 「ふむ、じゃあ龍蜂くんは猿柿さんに振られちゃった感じかな」

 

 「いや、そういうのはやめてくださいよ。ウチの隊長が面倒なので……」

 

 俺のげんなりとした様子を見て、蒼純さんが苦笑する。こちらを凝視する夜一さんに気がついたのだろう。夜一さんはこういった話題に敏感に反応するのだ。

 

 嫉妬なのだとしたら嬉しくもあるが、実の妹である砕蜂(ソイフォン)にも対抗心を発揮するのはやめてほしかった。一度はごまかしたものの、夜一さんが自分から自慢したもんだから砕蜂にはすでに俺と夜一さんの関係はバレてしまっているのだ。うん、あの時の砕蜂は本当に怖かった。

 

 そうして蒼純さんと少し話していると、平子隊長たちも部屋へと入ってくる。京楽さんや浮竹さんも一緒のようだ。

 

 「――来たみたいだぜ、新入り。並んで待ってろってよ、総隊長(ジイさん)が」

 

 そして最後に九番隊隊長の六車(むぐるま)拳西(けんせい)が入ってきて、そう言った。

 

 彼の言葉で、俺たちは各隊長とともに所定の位置で立つ。真ん中に道を開け、それを挟んだ左右に偶数隊の隊長、奇数隊の隊長という形だ。俺たち副隊長は各隊長の後ろに佇んでいる。

 

 先ほどまでとは打って変わって部屋の中は静寂で満ちていた。そのせいか、ここに近付いてくる足音と装束の擦れる音も聞こえて来る。

 

 その音は扉の前で一旦止まる。そして、ギィィィという乾いた音とともに、扉が開かれた。

 

 「――ありゃ?」

 

 扉を開いて姿を見せたのは、くたびれた装束にかっちりと型のついた羽織を着た一人の死神。

 

 「え〜〜〜と、もしかして……」

 

 ぼさぼさの頭を気まずそうに掻きつつ、彼は苦笑する。そのいつもと変わらない様子を見て、俺はなぜか肩の荷が降りたかのような安堵を覚えた。たぶん、夜一さんもそうだろう。

 

 「ボク、一番最後っスか?」

 

 浦原喜助。十二番隊隊長に新しく就任することになった、この式典の主役である。

 

 

 

 

 

 

 


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