砕蜂のお兄ちゃんに転生したから、ほのぼのと生き残る。   作:ぽよぽよ太郎

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現時点の砕蜂(ソイフォン)はまだ梢綾(シャオリン)という名前ですが、地の文では砕蜂(ソイフォン)で統一してあります。


第2話

 

 

         +++

 

 

 

 翌日。痛む腰を押さえつつ、俺は夜一さんの元へと向かった。今日はちゃんと隊長室にいるらしい。

 昨日は結局、夜一さん探しに飽きて行きつけの店へと向かってしまったのだ。俺は悪くない。淫らな格好の客引きが悪いのだ。

 

 「それにしても、頑張りすぎたかな……?」

 

 午後には治るだろうが、腰がしんどかった。右手で腰を叩きつつ、隊長室の前までたどり着く。

 

 「よーるいーちさーん。開ーけまーすよー」

 

 そう声をかけると共に、部屋の扉を開く。あわよくば着替え中であってくれ、と邪な願いを込めつつ。

 

 「お、なんじゃ龍蜂(ロンフォン)か。どうしたんじゃ?」

 

 だが、もちろんそんなことはなかった。いつも通りのだらけた様子で座布団に座り、煎餅を齧っている。……ちくしょう。いつもいる護衛隊の気配がなかったからちょっと期待したんだけどな。

 

 「はあ……なんじゃもなにも、俺のこと呼び出したの夜一さんでしょ」

 

 「……おお、忘れておった!」

 

 本当に忘れていたようで、ぽんぽんと手を打って驚いている様子だ。それでいいのか刑軍団長。

 

 「――最近、夜間の(ホロウ)の出現情報が増えておる」

 

 だが、ほんわかとした空気から一変、夜一さんは真面目な雰囲気になって口を開いた。

 なんでも流魂街の各所で(ホロウ)が出現したという情報が出てきているようだ。それ自体はどうということはないが、それらの(ホロウ)は一点を中心に出現しているようだった。

 

 「昨日はおぬしにそれの調査を任せようと思ったんじゃが、隊舎に戻ったらどこにもおらんからな。昨夜は別の隊士たちにその場所を調査させたんじゃが……」

 

 その隊士たちが戻ってこないらしい。刑軍内でもそれなりに腕の立つ者たちだったようで、このことが少々問題になっているみたいだ。だが、その程度でも夜一さんが動くには理由が弱い。夜一さんは上級貴族ということもあって、こういう時の身動きは取りにくいようだった。

 

 「……それって、もともと俺が行くはずだったってこと……だよな?」

 

 夜一さんは頷く。

 俺は今まで刑軍の業務以外にも、こうして個人の任務もこなしていた。俺は今までで計5回。危険なことも多かったが、特に問題なくやれてきた。

 だが、今回ばかりは違う。4人の兄のうち2人が1度目、残りの2人が2度目の任務時に命を落とした。これは原作でも言及されていたはずだ。そして、砕蜂(ソイフォン)にとって5人目の兄である俺は、この6度目の任務で命を落とす。

 

 「今夜、(ホロウ)が出現したと同時におぬしにその調査を頼みたい。危険かもしれぬが、おぬし以外に適任はおらぬのじゃ」

 

 俺にとっての鬼門。ここを超えないことには、真の意味でこの世界での俺の人生は始まらない。そんな気がした。

 

 「……わかりました」

 

 「なんじゃ、その不景気な顔は。わしはおぬしを信頼してるんじゃぞ? ほれほれ、もっと喜べ」

 

 だが、夜一さんは相変わらずの調子だ。俺の悲壮な覚悟なんぞ知らないから仕方ない部分はあるのだが、どうにもイラッとした。俺はまだあんまり強くないんだぞ? 決め技だって未完成だし。死活問題なんだちくしょう!

 

 「おぬしも刑軍の一員。それに、わし自らが鍛えたりもしたのじゃ。この程度の任務、こなしてみせい」

 

 「うっせー。無事に帰って来たら乳見せろ、この駄猫」

 

 売り言葉に買い言葉。俺は思わず本心を喋ってしまう。まあここで恥ずかしがったりするなら女としても魅力的に見えるんだが、そこは残念夜一さん。きょとんとした顔で、首を傾げている。「なんで乳なんぞ気にするんじゃ?」ってな感じで。

 おそらく頼めば普通に揉ませてくれる気がする。だが、触るとしたら恥ずかしがってくれないと意味がないのだ。チラ見えは無頓着な女の子のものでも興奮するけど、無頓着な女の子の乳を揉むなんて興奮しない! むしろそれは哀れなことですらある。

 

 「はあ……。まあ、適当に頑張りますわ。俺もまだ死にたくないんでね」

 

 いろいろ言ったが、俺としてもこれから逃げるつもりはなかった。ここで逃げては、俺は先に進めない。いつかはこの時が来ると思い、準備はしてきたのだ。それで命を落としたのなら、しょうがないと笑うしかなかった。

 

 「――頼んだ」

 

 夜一さんも、再び真剣な顔に戻ってそう言ってくれた。うん、キリッとしている夜一さんも良いな。

 

 いつも通りの調子ではいるが、昨夜行方不明になった隊士たちのことも心配なはずだ。そして、そこに新たに隊士を送り込まないといけない。力ある自分が行けず、誰かに任せるしかないというこの状況。相当に歯がゆいはずだ。

 それでも、夜一さんはそれを見せまいと気丈に振る舞っている。これに答えられなきゃ、男じゃないな。

 

 「美味しいお酒でも用意して待っていてください。サクッと終わらせて帰ってきますから」

 

 俺の言葉に、夜一さんは少し間を空け笑顔を浮かべた。

 

 「うむ、わしのとっておきを用意しておいてやろう」

 

 その言葉に頷いて、俺は部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 隊長室から出た俺は、夜までどう時間を潰そうかと考えていた。まだ日は高く、今まで通りなら(ホロウ)の出現は夜のはずだ。それまではぶっちゃけ、暇である。

 

 書類仕事もあるっちゃあるんだが、別に今日中にやらなくてはいけないわけじゃない。ダメ男の発想かもしれないが、どうせ死ぬなら仕事なんてやっていたくないしな。なにより夜一さんが隊長ということもあって、意外とこういう部分は緩かったりする。大前田副長に見つかると始末書書かされるけど、ようは見つからなければいいのだ。

 

 というわけで、一旦家へ戻ることにした。出勤直後に帰宅とかふざけてるよなぁとか思ってしまうが、今日ばかりはいいだろう。俺の未来を知らない人たちからしたら確実に殴られるな、これ。まあでも、アンニュイな気持ちになった時は、家族の顔を見たいものだ。

 

 俺は得意の隠形で密かに隊舎を抜け出し、家へと向かう。

 

 俺の家は下級貴族とはいえ貴族の末席である。そのため、小さいながらも屋敷も持っていた。一般の死神は隊舎で生活しているのだが、貴族の中にはこうして家から通う者も多い。朽木家とか大前田家とか。夜一さんもそうだった気がするな。

 

 そして、俺んちの敷地には屋敷自体よりも大きい修練場がある。ここで幼い頃から父親にしごかれたのだ。小さな森だってあるし、本格的な訓練もできるようになっている。

 

 ぶっちゃけ、父さんとは親子としての付き合いはない。当主と前当主であり、師匠と弟子。ただそれだけの関係といってもいい。同じ屋敷内で生活しているが、俺が隠密機動に入隊してからは関わることはなくなった。

 逆に母さんとは結構仲が良かったが、彼女は砕蜂を生んだ時に亡くなってしまった。砕蜂はそのことを気に病んでいるようで、父さんに苦手意識を持っているみたいだ。父さんと母さん、仲が良かったからな。

 

 閑話休題。

 

 修練場に着くと、砕蜂が一人で鍛錬していた。まだ十歳を超えたあたりなのだが、白打に関してはだいぶ強くなった。鬼道や斬術は苦手みたいだが、十歳にしては良い方だろう。

 

 それでも、父さんは(フォン)家の六人兄妹では一番才能がないと言っていた。それも、砕蜂の目の前で。あん時は思わず殴りかかりそうになったが、砕蜂はそれでもめげずに努力を続けているのだ。

 

 まあそのことで、死んだ四人の兄にコンプレックスのようなものを抱いてしまったみたいだけど。死んだ兄よりも、生き残っている私のほうが強いんだ、みたいな。俺も死んだらそうやって嫌われちゃうんだろうか。そのことがとても不安だ。

 

 「梢綾(シャオリン)。お疲れ様」

 

 「――あ、兄様」

 

 俺が遠目から声をかけると、砕蜂はとてとてと走ってきた。結構懐いてくれているので、花のような笑顔を浮かべてくれている。鍛錬中の眉間に皺が寄ったキツめの顔もいいけど、やっぱり笑顔が一番だな。近くまで走ってきた砕蜂の頭を撫でつつ、そんなことを考える。

 

 「兄様、お仕事はどうされたのですか?」

 

 砕蜂はくすぐったそうにしながら、そんなことを聞いてくる。まあ普通はこの時間には隊の業務があるしな。

 

 「ああ、夜にちょっと任務があってな。それまでは休憩って感じかな」

 

 そして俺は、とっさに嘘をつく。

 本当は仕事をしていないといけないんだけどね。

 まだ夜一が追放される前だが、それでも砕蜂は規律に厳しいのだ。元の性格が真面目っていうのもあるけど、もし俺がサボったなんてバレたら嫌われてしまう。

 

 「任務ですか! さすが兄様ですね!」

 

 うん、砕蜂の純粋な言葉が辛い。

 だが一応、任務をこなす人間というのは言ってしまえばエリートだ。弱い奴には斥候や暗殺、処刑なんて任せられないしな。だから俺もエリートの一員ではあるのかもしれないけど、正直実感はない。

 そして、砕蜂はそんなエリート(笑)である俺のことを尊敬してくれているのだ。胃が痛い。

 

 「でも、任務というのは危険なものなのではないですか? もし兄様になにかあったら……」

 

 「大丈夫。俺はいつでも帰ってきただろ? 梢綾(シャオリン)を置いてどこかに行ったりはしないって」

 

 本当はわからない。今日俺は、死ぬかもしれないのだ。だけども、この可愛い妹には弱気なところを見せたくなかった。だから俺は、自身満々にそう言う。

 

 「はい! 気をつけてくださいね、兄様!」

 

 俺の言葉に砕蜂は安心したように笑顔を浮かべる。この笑顔をまた見るために、なんとしても生き残らないとな。

 

 改めて決意を固め、時間は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 




死亡フラグを立ててOSR値を貯めるテクニックです。

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