砕蜂のお兄ちゃんに転生したから、ほのぼのと生き残る。   作:ぽよぽよ太郎

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第8話

 

 

 

         +++

 

 

 翌朝。窓からの日差しで俺は目を覚ました。俺の知らない天井――というか、おそらく四楓院家の離れだろう。どうにも昨夜の記憶が曖昧だが、屋敷に帰った覚えはなかった。

 

 「あー……頭が痛え……」

 

 酒でここまで酔ったことなど、過去に一度もなかった。

 ガンガン痛む頭を押さえ、とりあえず俺はベッドから身体を起こした。それで掛け布団がめくれ、俺の右隣で何かが身じろぎをした。嫌な予感がして、ゆっくりとそちらを向く。

 

 「――んぬぅ……」

 

 そこでは、俺の上司が気持ちよさそうに眠っていた。なんとなく、猫っぽい。

 はだけた布団から見える彼女の身体は、うん、素っ裸だわこれ。何も着ていない。俺のほうを向いて横に寝転んでいて、腕で挟まれたおっぱいがさらに破壊力を増している。ご馳走様です。

 

 「……」

 

 いやいやいやいや、ちょっと待て! おおお落ち着け、俺。落ち着くんだ。記憶がないままにヤっちまったのか!? なんて勿体ないことを!

 

 ……いや待て、そうじゃない。

 

 落ち着いて考えろ。もしそうなら、なぜ俺は寝巻きを着ているんだ?

 そもそも寝巻きがなぜ用意されているのかとか、いつの間に寝巻きに着替えたのかとか疑問は残るが、俺は事後は服を着ないで眠る派だ。着ていたということはまだ何もしていないということになる。

 

 大丈夫か、この理論。我ながらとんでもない暴論だな。

 

 よし、とりあえずもう1度夜一さんの裸を見よう。せっかくだしな。うん、見ながら考えよう。

 

 そう思って再び夜一さんに視線を向けると、ニヤニヤとした悪い笑顔が俺を見ていた。その瞳には興味深そうな、それでいてどこか楽しむような色が浮かんでいた。当然、俺は言葉を失った。

 

 「……」

 

 「……なんじゃ、一人芝居はもう終わりかの?」

 

 「いやいや、なんでそんな冷静なんすか?」

 

 俺の言葉を聞いて、夜一さんは声を上げて笑い始める。清々しいくらい楽しそうに。

 

 「――はあぁ……おかしな奴じゃの。なんじゃ、儂がおぬしに身体を許したとでも思うたか?」

 

 「え、やっぱ違うの?」

 

 とりあえず、ホッとした。もしヤってたのならどういう顔をすればいいのかわからなかったからな。いやでも、せっかくのチャンスを……ちくしょう!

 

 「……な、なんで残念そうな顔をするんじゃ?」

 

 うんうん唸る俺を見て、夜一さんは若干引いている。少しだけ頬が赤いのは気のせいだろうか? 気持ち悪く思われてるだけなら立ち直れないかもしれない。でも、そんな彼女はとんでもなく可愛かった。

 

 「いやだって、夜一さんみたいな美人と一緒に寝たくせに手を出していないとか……なんて勿体ないことを!」

 

 頬を染める夜一さんに感化され、思わず思いの丈を叫んでしまう。少し恥ずかしい。

 

 「――ぬぅ……」

 

 夜一さんも恥ずかしくなったのか、布団を被って丸くなってしまった。

 

 「さ、昨夜のおぬしは相当酔っ払っておっての。儂がここまで運んだら、その場で着替えてすぐに寝てしまったのじゃ」

 

 布団を被り亀のようにそこから顔だけを出して、夜一さんは昨夜のことを話してくれる。

 

 「それでおぬしがあんまりにも気持ちよさそうに眠るもんじゃから、儂も眠たくなっての。お、思わず一緒に寝てしまったというわけじゃ……」

 

 夜一さんのいう通り、昨日は気持ち良く飲めたことだけは覚えている。改めて前を向けたということもあり、ハメを外しすぎたのかもしれない。

 

 「ていうか「というわけじゃ……」じゃないっすよ。なんでそれで服脱いじゃうんすか。いや、俺としてはありがたいんすけどね」

 

 「そんなこと言われても、いつも寝る時は脱いでおるからのう。癖じゃ」

 

 いたずらっぽく笑う夜一さん。この人は本当、よくわからないな。

 

 「まあ、とりあえず服着てくださいよ。俺後ろ向いてるんで」

 

 俺は夜一さんに背を向け、プラプラと手を振って促す。夜一さんにそういった類いの羞恥心があるのかはわからないが、俺が見ていては着替えにくいだろう。

 

 「なんじゃ、襲わんのか?」

 

 「早くしないと襲っちゃうかもっす」

 

 「……まったく、意気地のないやつめ」

 

 夜一さんの軽口に笑いながら、俺は背中で衣擦れの音を聞いていた。なんかこう、音だけっていうのもいいなあとか考えながら。

 

 ていうかこのムラムラ、どうしようか……。

 

 

 

 

 

         +++

 

 

 

 無事に任官式が終わり、俺の副隊長としての日々が始まった。書状をもらってからすでにある程度の月日が経っている。

 

 希ノ進さんから仕事の引き継ぎなどは終えたが、未だに慣れてはいない。それに俺のことを良く思っていない隊士だって多い。まあ上位の席官を差し置いてだいたい6席くらいの地位だった俺が抜擢されたんだ。しょうがないといえばしょうがないんだけどな。

 

 ベテランや新人とはものすごく良好な関係なのだが、下位の席官やある程度経験を積んだ新人もどきからは敵視されている状態だ。彼らは俺の実力を知らないし、俺も彼らの実力を知らない。逆にいうと、ベテランとは何度も訓練してきたし、新人には教導目的で指導したりしていたからな。その違いだろう。

 

 なにより、やはり組織というものでは相互理解が必須のようだ。

 

 まあ、これからの姿勢でそのあたりの認識を変えていかなくちゃいけない。責任のある立場になったわけだからサボることだって中々できなさそうだしな。真面目に仕事をしていれば、反発する者たちの意識も変わってくれるだろう。

 

 そんなこんなで真面目に働いている俺は、夜一さんに書類を届けるため執務室へと向かう。こうして歩いてみて思ったが、二番隊の隊舎は他所の隊舎に比べても相当に豪奢だ。大前田家の財力にものを言わせカスタマイズされているから、細かいところも色々と手が加えられている。ぶっちゃけ、質実剛健を地で行く一番隊隊舎とかとは比べものにならない。

 

 そんな隊舎の廊下を歩き、執務室へとたどり着いた。希ノ進さんから引き継ぎの際、こうして定期的に夜一さんへと仕事を持っていくように言われているのだ。

 

 「あ、副隊長、おはようございます」

 

 「おはようございます」

 

 夜一さんの執務室前には常に数人の護衛隊士が付いている。警護が主な任務なのだが、その実態は夜一さんの見張り役だ。希ノ進さんが強権を発動して任務に組み込んだらしい。

 俺も隠密機動入隊後しばらくして護衛軍へ誘われたが、これが嫌で入隊はしなかった。

 

 「ああ、おはよう。夜一さん、執務室から逃げてない?」

 

 「ええ、たぶん……。今朝執務室に入ってからかれこれ二時間くらい、ずっと出てきてないですよ」

 

 「龍蜂さんが副隊長になったから、意識が変わったんじゃないですか?」

 

 護衛(見張り)の二人は茶化すようにそう言ってくる。彼らは俺が副隊長になった後、初めての夜一さんの護衛(見張り)役なんだろう。彼らは以前の夜一さんは知っていても、最近の夜一さんを知らないのだ。

 

 そう。彼らの言うとおりであってくれると嬉しかったんだけど、彼らの証言はおかしい。希ノ進さんの話や経験を元にすると、30分に1回は逃亡を図ろうとするという結論が出る。そんな夜一さんの習性ともいえる行動が今更変わるわけがない。なのに、彼らは嘘を言っているようには見えない。

 

 これはつまり……。

 

 「夜一さーん、仕事してますかー?」

 

 一応扉の前で声をかける。執務室内からは返事はない。半ば諦めつつ、俺はその扉を開く。

 

 「……」

 

 そして案の定、執務室はもぬけの殻だった。書類の束が載ったままの執務机には誰も座っておらず、大きく開かれた窓があるのみ。時折吹き込む風で未処理の書類が花びらのように宙で踊っている。

 

 もともと希ノ進さんは窓にも鉄格子を嵌めようとしていたみたいなんだけど、それだけは夜一さんが断固反対したらしい。「儂は刑軍の長じゃ! 窓から逃げるようなことはせん!」と真摯に訴え、事実希ノ進さんが引退するまではそこからの逃走はなかった。そう、引退するまでは。

 

 「――よし、あの窓に鉄格子を嵌めろ。今後一切、執務室からの逃走は許すな」

 

 「は、はいっ……!」

 

 平静を装えているか不安だが、俺は絞り出すようにそう言った。護衛(見張り)の二人は声を震わせつつ返事をし、頷いて走っていく。

 

 希ノ進さんのいた時は、夜一さんの逃亡方法は護衛を懐柔しての正面突破が主だった。だからこそ希ノ進さんも定期的に様子を見に行くだけで済ませていたのだ。護衛に何度か止められれば最低限の仕事はするし、そういう信頼関係もあったのだろう。

 

 だが、俺が副隊長になった途端に窓からの逃走を解禁しやがった。毎度毎度俺が追いかけるのだが、最悪なことに夜一さんはそれを楽しんでいる嫌いもあるし。

 

 「――何度目だと思ってるんだあの駄猫おぉぉぉぉッ!!!!」

 

 俺が副隊長になってから一月ほど。

 夜一さんの逃亡回数16回、逃亡未遂は331回。

 

 まぁいいだろう。彼女がこうして手段を厭わないというのなら、俺にだって考えがある。

 

 とりあえず執務室を執務室(監禁部屋)に改造することを決め、俺は隊舎を飛び出した。

 

 

 


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