砕蜂のお兄ちゃんに転生したから、ほのぼのと生き残る。   作:ぽよぽよ太郎

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第9話

 

 

 

         +++

 

 

 隠密機動への入隊式を終え数日。

 砕蜂(ソイフォン)は合同訓練のために、二番隊隊舎の訓練場へと来ていた。

 

 本来は別の組織である隠密機動と二番隊。だが、隠密機動総司令である四楓院夜一が二番隊の隊長を兼任するようになってからは、二つの組織はより密接な関係になった。そして、こうした合同訓練なども行われるようになったのだ。

 

 砕蜂は、自身が仕える相手に想いを馳せる。

 

 四楓院夜一。彼女との出会いは、神との対峙に近かった。代々隠密機動へと仕えてきた(フォン)家に生まれた砕蜂は、生まれた時から彼女に仕えることが決まっていた。

 そのために、幼い頃から修行を重ねて隠密機動としての心得を教わってきた。彼女に仕え、彼女を支えるのだ、と。梢綾(シャオリン)から砕蜂へと名を改めたことで、その意思はより強固になった。

 

 だが、こうして早期に隠密機動に入隊できたのは彼女の兄の力が大きかった。もちろん砕蜂も努力したが、彼女一人だったらここまで早く入隊することはできなかっただろう。本来の入隊予定時期よりも数年早くなったのだ。兄の存在は、それだけ大きかった。

 

 砕蜂の周囲には同期の隠密機動隊士や二番隊隊士が多数いる。隠密機動には女性がほぼいないが、二番隊隊士のほうには少数いるようだ。彼女たちは少し離れたところで複数に固まり、なにやら話しているようだった。

 

 「――龍蜂副隊長って素敵よねえ」

 

 「うんうん。霊術院の講義でも話しやすかったし」

 

 「そういえば少し前、ファンクラブができたみたいよ!」

 

 「あ、それ知ってる! 黒猫様って人が創ったらしいわ」

 

 「うーん……私は大前田元副隊長のほうが好きかなぁ〜」

 

 「「「「……え?」」」」

 

 隠密機動所属の隊士は皆静かだが、二番隊所属の隊士は男女問わず話し声が聞こえる。

 

 (まったく、これだから護廷の死神たちは……)

 

 砕蜂は聞こえてくる声に辟易し、ため息をつく。少なくとも隠密機動隊士に限っては砕蜂と同じように思っている者が多いようで、話している者たちを苛立たしげに睨む者までいた。

 

 その中でなによりも砕蜂を苛立たせるのは、自らの兄についての話し声だった。彼が副隊長になってからこういう輩が増えたため、あまり良い気分ではなかった。

 

 砕蜂は兄の瀞霊廷通信の連載はすべて保存しているし、もちろんファンクラブだって加入しNo.2会員の称号を持っている。入学していないが、自身の能力を駆使して霊術院の講義だって密かに覗いてもいた。生粋の龍蜂ファンなのだ。妹なのに。

 

 (ふん、私は貴様らミーハーとは違うのだ!)

 

 密かに胸を張りつつ、優越感に浸る砕蜂。敬愛する兄に関しては誰にも負けるつもりはなかった。

 

 元々(フォン)家では代々肉親の情が薄かった。隠密機動に関わる家系ということもあり、誰がいつ命を落とすのかわからないからだ。だが、砕蜂の兄である龍蜂は違っていた。砕蜂が幼い頃から細かく指導してくれたり、毎日の会話などを欠かさずに肉親としての愛情も注いでくれた。そんな兄であり師匠でもある龍蜂を、砕蜂は心から尊敬しているのだ。

 

 だからこそ、最近は兄を取られたようにも思えて複雑な気持ちを抱えていた。

 

 それからしばらくすると、訓練場前方に用意された壇上に二つの人影が現れた。二番隊隊長にして隠密機動総司令官、四楓院夜一。そして、二番隊副隊長にして隠密機動第二分隊警邏隊隊長、龍蜂。自身の憧憬する主と敬愛する兄の登場に、砕蜂の心が躍った。

 

 「面倒じゃのう……。龍蜂、代わりにやってくれてもいいんじゃぞ?」

 

 「誰がやるか! 夜一さん昨日ちゃんとやるって言ってたじゃないすか」

 

 「ぬう……ならご褒美じゃ! ご褒美を所望するぞ!」

 

 「はあ……。じゃあ例の甘味処付き合いますよ」

 

 だが、壇上で仲良さそうに話す二人を見て砕蜂の心がざわついた。会話の内容までは聞き取れないが、砕蜂には二人が気のおけない間柄なのだということはわかった。

 

 砕蜂の仕えるべき相手である夜一は式典で見たような神聖な雰囲気ではなく、一人の人間として龍蜂と話している。その顔には、砕蜂がいつも浮かべているであろう愛情の欠片が垣間見えた。対する龍蜂はそれに気がついてはいないようだが、砕蜂に見せるのとはまた違った笑顔を浮かべて夜一と相対していた。

 

 砕蜂の胸が不意に、ズキリと痛んだ。

 

 その痛みがなにを意味するのかは、砕蜂にはまだ理解できなかった。そして近々この痛みの意味を知るということも、またこの時の砕蜂にはわからなかった。

 

 

 

 

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 事件だ。事件が起こった。副隊長になってからの日々をぶち壊して余りあるほどの、大きな事件だ。毎日起こる夜一さん脱走未遂なんかとは比べものにならないほど、俺にとっては意味のある事件。

 

 「――最近妹が冷たい……」

 

 そう、砕蜂が冷たいのだ。俺が副隊長になってから約三年が経った。その間に砕蜂はどんどんと俺から技術を吸収して、隠密機動に無事入隊。そこまではいいのだ。だが、そこからが問題だった。

 

 「なんじゃ、そんなことか」

 

 俺の絶望に対して、夜一さんは呆れたような口調でつぶやく。

 

 「そんなこととはなんだ! いつでも”龍蜂副隊長”としか呼ばれなくなっちゃったんだぞ!? どうしてくれんだ!?」

 

 「むぅ、やはり副隊長は嫌だったのか……?」

 

 「あ、いや、そういうわけじゃないんだけど……」

 

 なぜか夜一さんは俺が副隊長に就任した件ではナイーブな反応するんだよな。よくわからないけど。

 

 俺と夜一さんは現在、同じ部屋で仕事をしている。

 

 元は普通の隊長専用執務室だったんだが、度重なる夜一さんの逃走を受けてこれをリフォーム。今では鉄格子付きの窓に厳重な鍵のかかった鋼鉄製の防音扉、執務机が夜一さんのものと俺のものの計二つ。部屋の中央付近には大きめのテーブルに二人がけソファが二つあり、急な来客にも対応できるような設計だ。もちろんトイレだってある。

 

 部屋自体での逃亡防止と俺の目視による逃亡防止、この二つで完全に夜一さんの逃亡の可能性を潰しているのだ。事実、この部屋に改造してからは夜一さんは一度も逃げることができていない。大前田元副隊長と俺の渾身の力作だと胸を張って言える。

 

 この部屋が完成した時は少し嬉しそうに見えたのだが、おそらく気のせいだったみたいだ。新しいものが嬉しかっただけだろう。今では毎日ぐうたら言いながら仕事をこなしていた。

 

 「おぬしの妹といえば、砕蜂じゃったかの?」

 

 「そうっすよ。どこに出しても恥ずかしくない、最高の妹です」

 

 「もしや、先日の合同訓練のあの女子か? 白打使いの小さな」

 

 「そうそう! ただあのときはどこか動きがぎこちなかったんで心配なんすよねえ」

 

 実際、昨日の砕蜂はなにか考え事をしていたのか難しい顔をしたまま訓練をしていた。心ここに在らず、といった感じでだ。気にはなったのだが、屋敷でもなぜか他人行儀に副隊長呼ばわり。それがショックで結局聞くことができなかったのだ。

 

 なんだろう、尊敬していた夜一さんがポンコツそうだったからふてくされてるのかな? そうだったらしょーがない妹だと笑っていられるんだけど。

 

 ……いや、なんとなくだけどそれだけじゃない気がするな。まあ、砕蜂から話してくれるのを待つしかないか。

 

 自分の中でそう結論づけて、俺は作業に戻った。夜一さんはなにかを考えているようで、黙って首を傾けている。

 

 それにしても、さばいてもさばいても書類が減らない。本当、なんでこんなに面倒なんだ。一般隊士よりも仕事量が多いとかふざけんな。

 

 休憩がてらにお茶でも入れようかと席を立ったところで、鋼鉄の扉がノックされた。ガィンガィンという重厚なノック音……手が痛そうだよな。

 

 俺はそんなことを思いつつ、扉についた長方形の小窓を開く。腰の位置にはこれまた横長な穴があり、そこを開くとでお茶などを載せたお盆などや書類などを入れることができる。

 こちらから窓を開かない限り、この部屋では外からの音がほぼ聞こえないのだ。我ながらとんでもない構造だと思う。

 

 「ほいほ〜い、誰かな〜?」

 

 「あ、どーも龍蜂サン。浦原です」

 

 扉の前にいたのは浦原喜助だった。彼は現在二番隊第三席にまで出世していて、仕事の傍らいろいろと趣味の開発に勤しんでいる。かくいう俺も、あるものを頼んでいたりする。

 

 「龍蜂サン。()()()()、とうとう完成したんスよ」

 

 

 

 

 




今話は前話から約三年経過(作中内時間)しています。
なお、第三者からの龍蜂(ロンフォン)評は過大評価です。

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