kaguya   作:ユサナ

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他の人が口にする程、死ぬという事は大袈裟な事では無かった。そして、自分自身が思っていた程、死ぬという事は簡単な事でも無かった。

 

痛みはそれを感じるよりも随分早く消えていった。悲痛に満ちた声を上げる事も無いままに、視界を失う。

 

頭部から出る溢れ出る鉄臭い液体。

目にしたわけではないが、それが血だとなんとなしに理解する。

徐々に湿っていく衣服。

消えかける意識。

 

ああ、最悪な気分。

次に目を瞑ったら恐らく次の瞬間はないのだろう。

でも今の私にはそれに贖うだけの力は無かった。

 

死にたくない。

 

血が溢れる道路のど真ん中で、何故か私の思考はいつもと寸分違うことが無く落ち着いていた。可笑しな事だが、きっと死ぬとはこういう事なのかもしれない。

 

 

 

――暗転

 

 

 

 

 

……

 

…………

 

気が付くと、どこか懐かしさを感じる場所に私は寝ていた。

 

此処はどこだ?

どうしてこんな所で寝ているのだろうのか。

そこまで考えて、ふと思った。

あれ、と。

少し前の記憶を引っ張り出してくる。

すると、そこにはぐっちゃぐっちゃになって紅い液体の中に蹲っている私がいたのだ。

勿論人間の視界的に自分の全身が見える訳もなく、それは飽くまで私の想像で補ったフィクションだったのだけれど。

でも、確かにあの時に感じた痛みは本物で。

なんだ。車に跳ねられて、そして死んだと思っていたの。

生きていたのか。ラッキー。どうやら私は神様とやらに嫌われているわけではないようだ。

早速身体を起こそうと思ったが、どうしてか身体が私の脳の指示通りに動く事は無かった。

反抗期か?いや、違うだろう。

意味の無い自問自答を繰り広げた後、私は自身の視界が酷くぼんやりしている事に気が付いた。

一体何なのだ?

もしかして私は助かったが、その代償として身体に障害を負ったのだろうか。

分からない、何も。

そもそも、此処はどこなのだろうか。

薄らと見えるその先に、白さは無かった。

本当に此処はどこだ?

取りあえず、誰か人が来るまで目を開けて待ってみよう。そしたら、傍を通りかかった看護師か医師のどちらかが私が目覚めた事に気が付いてくれるだろう。

しかし、私の思惑とは外れて私の元にやってきたのは看護師でも医師でもなく、そもそも人間でも無かった。

怪物。

そう形容するのが最も正しいと思える程に巨大な何か。

一体私はどういう所にいるのだろうか。

その巨大な腕を伸ばしてくる化け物。

全身の自由を失った私にそれをどうにかする術はなく、あっさり化け物の腕へと収まる。

喰われるのか。

死を悟って、私は目を瞑った。生憎、その心配は杞憂であったけれど。

 

……。

 

事故に遭って次に目覚めた時から、かなりの時間を経た。

身体は未だ動かないので、余り多くの情報は得られなかったが、分かった事が一つ。

私は赤子になっていた。

あり得ない。

それを理解してしまった時の衝撃たるや、語彙の少ない私ではとても言い表せない位の驚きに包まれた。

口が上手く動かないので、叫ぶ事こそ無かったけれど、もし身体が万全なら私はきっと今の事態を受け止められない余り病院を抜け出して我が家へと走っていただろう。

それ位、信じられない出来事が今私に起こっている。

人間は死んだら、実はまた赤子から再スタート出来るなんて知りたくもなかった真実である。

もしかして、私の家族や友人にも自分みたいな境遇の人間がいたのだろうか。

オカルト的な事には余り詳しくはないので分からないが、この世界には案外科学ではとても証明出来ないような未知のファクターで埋め尽くされているのかもしれない。

可笑しな話である。死んでから、分かる事が本当にあるなんて。

 

……。

 

 

あれから、随分時間が経った。

私が二度目だからか、もしくはこの身体は特別なのか、他の幼児共と比べるとはっきりとその異質さが垣間見える位に発達していった。

母らしき女性や父らしき男性に抱かれるとき以外は、家の中を歩き回っていた事もそれに含まれているのかもしれない。

私はどうやら、通常の赤子を遥かに上回るスピードで立ち上がったらしい。

らしいというのは、私が立ち上がっている姿を見た女性がこの子は天才児だ嬉しそうに叫び、いつも無表情を保っている男性も珍しく驚いた顔を見たからである。

正直、前の人生では親に褒められる事なんて全く無かったので、柄にも無く嬉しかった。まあ、実際の所、この二人が親だという実感は未だ殆ど無いのだけれど。それでも親は親だ。純粋に嬉しい。

恐らく異様であろう私を気持ち悪いと訝し気な目で見ずに、素直に喜んでくてたのは凄く嬉しかった。

 

……。

 

三歳になった。

身体の違和感は未だ完全に拭えてがいないけど、もうこれが自分の身体だと言える位には上手く動かせるようにもなってきている。

言葉の方も口が回る範囲で、それが例え大人でも殆ど他者との疎通が問題ない位、熟せるようになった。

それらの結果から、二人の親である男女に異例の早熟だと私は判断された。二度目である私は、当然であるがそこらの幼児よりは大人に近付くのが早かったのだ。

そして、それから生活が一変した。文字通り。

どうやら自宅に道場を持っている代々武道を極める一家に生まれたらしい私を、父親である男による英才教育なるものが始まったのだ。

この年齢の幼児なら、普通は好奇心に釣られて、様々な物で遊んだりとか。意味もなく走ってみたりだとか。とにかく遊び盛りの毎日だろう。

しかし、私の二度目の日常は普通とは全く違うものになった。

 

「君麻呂っ、なんだその突きは!甘いわ!もっと俺を殺すつもりで打ってみろ!!」

「は、はいっ!」

 

二回目の父である男、かぐや翁(おきな)の怒号と共に繰り広げられる迫撃。

正直父ヒアシの突きのスピードは速すぎて、攻撃する所まで深く考えられる状況ではない。だが、しかし。このかぐやオキナという男、妥協や甘えを一切許さない種類の人間であるのだ。

あんたの乱撃をいなすのに精一杯で、攻撃にまで頭が回らないという言い訳は許してくれない。

つまりは、なんだ。やるしかないという訳である。

 

「はあああっ」

 

思考は加速させ、ここだと思う最高のタイミングを見計らって私は自身に持ちうる最高の突きを放った。

それは物の見事にオキナに受け止められ、その後腹に掌底を食らって地べたを這いずり回る事になったけど、悪い気はしなかった。

 

 

「……兄さん」

 

朝の鍛錬を終えて、昼ご飯を食べるまでの少しの間。

かぐやの大屋敷の縁側でぼうっとしていると、此方はまだ正真正銘二歳になったばっかりの妹の豊姫が襖の陰から様子を伺うようにして此方を見ていた。

 

「豊姫か、こっちへおいで」

 

そう言えば私たちは兄弟でありながら未だきちんとした会話をした事が無かった。

どこか人見知りの気がする妹を自身の隣へ誘き寄せて、座らせる。

 

少しの間取り留めのない会話が続く。

鳥が飛んでいる。あ、蛙さんだ。とかそんな感じの他愛の内容で。

こんなにも小さな子供と接する機会は前世にもそうそう無かったので、初めはどういう会話をすればいいのか分からなかったけど、一度始めてしまえば会話とは案外続くものだった。

 

母がお昼を告げに来るまでの僅かな間だったが、私は妹とのコミュニケーションに勤しんだ。

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