吐く息を白くする冬の寒さの中、制服姿の少年少女が通学路を歩いていた。
「タケルちゃん! 今日の晩御飯は楽しみにしててよ!」
長く伸ばした赤毛を首の後ろで黄色いリボンで結んだ十代半ばと思われる少女が、楽しげな表情で少年に語りかける。 それを受けて少年は意地の悪い表情を浮かべた。
「大丈夫なのか、 純夏? 変な食い物出すなよ?」
「む~! 折角、ちゃんとしたお肉を手に入れてきたのに! 天然だよ? 天然物の牛肉だよ!」
「ホントか!?」
少しむくれた少女から出てきた言葉に、少年は驚きの表情を浮かべて聞き返す。
「ホントだよ! 高かったんだよ? ろんでにおん産のお肉だってぇ」
「ロンデニオン? って、宇宙産の肉なのか?」
「すごいよね~ 宇宙でお肉がとれるなんて。 今日はなんと、スキヤキだよ~!」
天然物の食料が不足がちなご時勢で、今日と言う特別な日に肉を手に入れてご機嫌な少女に、少年は苦笑を漏らした。
今日は少年の誕生日。 それも今までとは違う意味を持った誕生日だった。
その事を思い、少年は街のある方角へと視線を向ける。
町並みでここからは見えないが、そこには帝国軍の基地がある。 その少年の視線の意味に気が付き、少女は笑顔から一転して表情を曇らせた。
「タケルちゃんも、戦争に行っちゃうの…?」
沈んだ声に我に返った少年は少し考えた後に、ニッっと笑みを浮かべる。
「心配すんな、純夏! 大丈夫だ! BETAなんて俺がやっつけてくるからよ!」
「タケルちゃん…」
少年は元気づけようとしたが、少女は唇を噛んで何かを堪える様に俯く。
足を止める二人。 やがて少女は勢い良く顔を上げ、何かを決意した顔を少年に見せる。
「私も一緒に行くよ、タケルちゃん!」
「…ば~か。 お前は行けねえよ」
長く続く戦争。 日々増え続ける戦死者の数は、日本にも深刻な影響を与えていた。
人類の存亡と護国の志の下、大陸に多くの兵士達が派遣され、多くの者が異国の地で骨を埋めた… その補充と、間近に迫りつつある本土進攻への備えとして、帝国議会は徴兵年齢の引き下げを行った。
事実上の学徒動員である。
未成年男子を対象にしたその法令。 今日から少年はその条件を満たす事になる。
近いうちに赤紙とも言うべき案内が少年の下に届くだろう。 そして来年の春には適性検査を受けて、兵士としての生活が始まる。
「行くもん!」
「だから、女子は徴兵対象外なの! 偉い人達がそう決めたの!」
「むー! 絶対に行くもん!」
「…ば~か。 お前が来たら、俺が行く意味ないだろ?」
「えっ…?」
「はぁ~ 何だか腹減ったな。 早く帰ろうぜ、今日はすき焼きなんだろう?」
少年の一言と何かを秘めた真剣な表情に、キョトンとした少女を置いて軽い足取りで家路を急ぐ少年。
「えっ、あっ… タケルちゃん、ちょっと待って! 今なんて言ったの!? どういう意味!?」
「あ~あ、腹減った~ 腹減った~」
慌てて後を追いかける少女の追及を無視して更に歩みを速める少年。 その顔は沈み行く夕日に照らされたせいか、少し赤く染まっていた。
正史では、来年初頭から始まる混乱により少年は兵士になる事はなく、一人の少年として戦いそして…
「このまま行くと、本来の歴史の流れとは大分変わってしまうね」
白い壁に囲まれたドーム状の室内。 その中央に肩膝を付いた状態でケーブルに繋がれた白い巨人が来訪者にそう告げる。
「しょうがないでしょ?」
「…00ユニットの最適合者が、“最適”な状態で手に入らなくとも?」
「それこそ、ふざけんなでしょ? ゼファーさん?」
巨人を見上げる顔にニヤリとした不敵な笑みが浮かぶ。
「まあ、香月博士には悪いけど。 やれる事はやらせて貰うさ」
「…失言だった。 謝罪する。 私は機械なのでどうしても効率を考えてしまう」
巨人の言葉に来訪者は肩を竦めて「気にしないで」と返す。
「失点は何とかこっちで埋め合わせしよう。 それに今さらそこらへんを考えても遅い… というかあんまり意味がないと言うか。 そもそも俺達が居る時点で歴史の流れも大幅に変わってるだろうしね」
「ふっ。 確かに」
「ところで相談があるんだけど…」
朝鮮半島38度線付近 前線基地
BETAによる侵略。 それはただ単に人類の生存圏の喪失だけでは済まされない。 BETAの占領した地域には何も残らない。 動物も虫も、そこに根付く数多の植物も、命を潤す川も大地の歴史でもある山脈も… 地球と言う星を構成するあらゆるものをBETAは蹂躙し、食らい尽くす。
その結果、異常気象が深刻化し、温暖化とただでさえ乾燥しやすい土地では容易く砂塵が巻き起こる。雪の降らなくなった冬の季節は更にそれを加速させ、急造の格納庫前で待機する整備兵達は口元をマフラーで覆って砂塵を巻き起こす主を出迎えた。
地面を振るわせる元はグレーの塗装が施された巨体は、砂塵と赤い体液に塗れ所属を記す車体番号も読み取れない程に汚れている。
最後の車両が格納庫に入ったのを確認した整備兵が、これ以上砂塵が入り込まないように急いで扉を閉める。 それと同時に地面を震わせていたエンジンが止まり、一台の戦車の砲塔から整備兵と同じく口元をマフラーで覆い、ゴーグルを掛けた男がのっそりと上半身を出して勢い良くマフラーを下げて髭に覆われた口で大きく息を吸い込んだ。
「かっはぁっ~ 空気が旨めぇ~」
続いてゴーグルも首元へと下げると、車体前部中央に位置する操縦席のハッチが開き、同じ格好の男がよろよろと這い出てきた。
「大尉ぃ~ 無茶苦茶ですよぉ~」
口元を覆うマフラーを外してないので、情けない声はより小さく聞こえる。 そんな彼らの元に、冷えたペットボトルを持った整備兵達が群がる。
「ご苦労様です大尉。 戦果は?」
整備兵から受け取った合成玉露を一気に飲み干して、豪快な笑みを浮かべて応える。
「要撃級を20に突撃級を3。 それとオマケに戦車級と小っこいのをコイツで轢いて挽肉にしてやった!」
「無茶苦茶ですぅ~」
バンバンと分厚い装甲を叩きながらさも愉快そうに笑って述べる戦車兵・宇喜田と、精根尽きた感のあるその相方・楠田。 帝国陸軍の61式戦車実戦評価試験の為に設立された512戦車大隊の21両を率いて半島の最前線で戦っていた。
帝国陸軍の主力戦車である74式、90式戦車と明らかに違う設計思想で作られた61式戦車は、運用面に置いて難があるのではと陸軍上層部に訝しがられた。 しかし半島の戦火が何時本土へと飛び火するか分からない状況下に、安保関係にあるアメリカが前向きに61式を採用する動き、製造元であるロンデニオンの琵琶湖基地建設に拠る部品調達の見通しに首を縦に振った。 性能面に置いては地球上のあらゆる戦車を凌駕し、ロンデニオンが提示する安い購入価格に低利息長期国債での支払い可は、膨大化する軍事費に戦術機方面に予算を振らざるを得ない予算で、戦力の可能な限りの増強を行わなければいけない軍としては手を出さざるを得なかった。
そこで一刻も早く、少しでも多くの運用データを得るために驚くべき速さで61式やその他のロンデニオン産兵器を装備した部隊編成が行われ、半島へと送られた。 なお、同じく61式等を調達予定のアメリカは、幅広い運用データを得るべく、半島、アフリカ、中東方面への試験部隊派遣を行っている。 そしてそのデータは、後に様々な派生機種を生み出す事になる。
戦車格納庫と同時期に建てられたばかりなのに、早くも薄汚れだした兵舎内にある食堂に移動した戦車兵たち。 折りたたみ式の椅子とテーブルで作られた食卓に、当番兵から料理を受け取って思い思いの場所へと座って食事を口にする。
宇喜多達もその中に居り、時折雑談を交えながら夕食を摂っていた。
「最近、戦線をすり抜けて来る奴が多くなりましたね、大尉?」
合成食品と天然物が混ざり合うメニューの中から、コロニー養殖物のアジの開きを箸で摘みながら楠田が話を振る。 それに対して、同じくコロニー産の大豆から作られた豆腐入り味噌汁を一口啜って宇喜多が答える。
「…そうだな。 近い内に、何かあるかもしれん」
そう言って、味噌の香りと汁をもう一度味わう。 物資の援助に拠って、綻びつつある戦線を立て直す事に成功はしたものの、それに応じるかのようにBETAの圧力も徐々に増して来ているように感じられていた。
正史において、本来ならばこの時期には戦線は擦り切れる寸前で、半島は更に増加するBETAの圧力に抗しきれずに人類は撤退間近であった。 しかしこの世界においては十分な弾薬と食料、比較的扱いが容易い歩兵携行火器などの提供に拠って戦線は強化されている。 おまけに、戦線をすり抜けて、ゲリラのように後方浸透して戦線の綻びを生み出すはぐれBETAも、新たに半島に派遣されてきた日米の新兵器部隊が火消し役となって殲滅されており、小康状態を保つ事に成功していた。
それでもこれより先、BETAの圧力が増す事はあっても減る事は無いことを、今までの経験上か何となく感じ取った宇喜多はそのまま口を閉ざした。
「二番機の補給は終わったか!? 終わったな! よし、大尉待たせてすまない」
「慣れない機体ですからね」
コンテナが積み上げられた格納庫で整備兵のツナギを着た壮年の髭男と、狭いコックピットに収まったパイロットスーツ姿の男が周囲の喧騒に負けないように大声で話し合う。
「そんなの理由になんねえよ。 少なくとも一月前からコイツとは付き合ってん
だ。 いい加減慣れなきゃ前線で戦うあんた達パイロットに申し訳ねえよ」渋い顔で言う年上の整備兵に、パイロットは苦笑を返した。 ヘリ部隊から転属になったパイロット自身も、この機体に乗って同じ一月しか経っていないために整備兵たちには同情の念を感じ得ない。
『バイパー小隊、出るぞ!』
オープン回線で飛び込んできた声に反応して視線を格納庫の出口へと向ければ、機首にコミカルなガラガラ蛇をマーキングした同型機が本日3度目の出撃をして行く。
「アメリカさんに先を越されたか…」
「さすが、ですね。 …行きます、離れて下さい」
「おうよ。 気をつけてな」
日の丸がマーキングされた機首横に取り付けられたタラップを降りて、すぐにタラップを外すように支持する整備兵。 パイロットはキャノピーを閉じながら隣の席に座るコパイと最終確認を行う。
『モンガー1、エリアB7にて応援要請が出ています。 至急そちらへ向かってください』
「了解だ。 今日はやけにお客さんが多いな… モンガー2、いいな? …よし、出るぞ!」
機体の展開能力、瞬間火力制圧の高さから、ひきりなしに飛び込む応援妖精に一言漏らしつつエンジンに火を入れる。 ファンの駆動が機体を揺らし、ふわりと浮遊感を感じながら僅かにコントロールスティックを前に押し込む。
二機のファンが巻き起こす強風に、整備帽を飛ばされないように抑えながら整備員はにやりと笑う。行って来い!そう視線に込めながら見送る整備員の前で、二機の新型機が出撃して行く。
「班長! モンガー3、4が5分後に帰還します! 両機ともに被弾無し!」
「おうさ! 野郎ども、弾薬と燃料のおかわりの用意だ! 被弾無しでも機体のチェックに手ぇ抜くんじゃねえぞ!?」
威勢の良い返事を聞きながら整備兵は踵を返した。
帝国軍に高い期待を持って試験配備された機体がある。 その名をファン・ファンと言う。
地球連邦軍正式配備の機体の一つで、一番の特徴は2機のファンを使ったホバー飛行機体であることだろう。
武装は機関砲と連装ロケット砲装備と比較的シンプルで、一見すると戦闘ヘリでも代替可能な機体に見える。 しかし、一見コミカルな外見を裏切ってその性能は信じられないくらいに高い。 ある意味で、簡易型戦術機と言って良いかもしれないのだ。2機の高性能ジェットエンジンを装備して戦闘ヘリ以上の最高速度を誇り (第一、第二世代戦術機に追随出来る速度)、ホバー飛行を併用した高い運動性と稼働時間の長さ、シンプルな構造に依る生産性の高さと整備性の簡易さ、武装変更による運用性の高さに操縦性も良い。 高度50m以下の匍匐飛行を戦闘ヘリ以上に容易く、高速で行える機体。 山地の多い日本に置いて、これほど適した兵器もないだろう。 世界中に戦域を持つアメリカ軍にもその能力の高さに即戦力として期待された機体は、半島の大地を這うよに飛び回る。
「カモーン! イエス!!」
目前に迫る突撃級を中心とした小集団に向かって、数十のロケット弾が細い煙の尾を引き獰猛に食らいつく。 計4機のファンファンに、機体上部に設置された連装ロケット砲を各々別に投射された突撃級は、甲殻を細かく打ち砕かれながらその場で動かなくなった。 ロケットの爆発に巻き込まれた周囲の小型種もまた爆発の余波だけでなく、砕かれ飛んできた突撃級の破片に拠って被害を受けて足を鈍らせる。
「ドッグファイトがお好きかい? 格闘戦のデータを採る、フォローを!」
足の鈍った集団から抜け出すように出てきたのは、蠍を思わせるフォルムを持つ一匹の要撃級。 カウボーイハットを被ったコミカルなガラガラ蛇を機首にマーキングしたファンファンの1機が、それに答えるように進み出る。
『前に出るな、バイパー1! 距離を保て!』
「はっ! コイてろ!」
F15イーグルで編成された米戦術機部隊の隊長が静止の声を掛けるが、バイパー1のパイロットはコックピット内で中指を突き立てて要撃級へと間合いを詰める。 一瞬、隣の席に座る機体の管制を担うコパイへと視線を向けるが、ヘルメットのバイザー越しににやりと目が笑ったのを見て同じような目を返した。
バカみたいに太い前腕を振り上げる要撃級。 その右腕をスティックを傾けて軽やかに避けつつ相手の側面へと回り込み、硬い甲殻の継ぎ目に四基の36mm機関砲を叩き込む。
戦術機の突撃砲と口径は同じでありながらも、ロンデ二オン技術で再設計された新式36mmケースレス弾に拠る四門集中掃射は、要撃級の腕の付け根を抉りとり左腕が地面へと落ちる。 それだけではなく、瞬間的に集弾命中した弾頭はそのまま肉へと抉り込んで中枢器官を破壊。 要撃級は力無くその場に崩れ落ちた。
「ヒーハー!! 蛇の毒はあっと言う間だぜ!?」
『イカレ野郎が、無茶しやがる…』
「はっ! メインは粗方食い尽くしたな? 後は付け合せ共を片付けるぞ!」
無線機越しに聞こえた声を褒め言葉とし、バイパー1はすぐさまに部下へと残敵掃討を命じる。
暫くの間、機関砲の音が重なり合って鳴り響き、やがて周囲は静寂を取り戻した。
夜の帳が降り寒さが一段と増した頃。 帝国の半島派遣軍司令部の一室で二人の男が壁に貼られた戦域図を見ながらコーヒーを啜っていた。一人は帝国陸軍の将官服を身に纏った穏やかな目をした壮年の男、襟の階級章は中将を示している。もう一人は士官服を纏い若く精悍な顔にメガネを描けた男、階級章は中尉を示している。
親子ほどに年の離れた二人は、ここのところ変化の激しい戦域図をじっと見つめていたが、若い中尉がメガネを人差し指で押し上げながら口を開いた。
「確実にBETAの圧力が増していますね…」
「…そうだな」
中尉の指摘に肩を竦めながら中将は静かな声で短く返し、コーヒーを一口啜ると再び口を開く。
「戦線を保っているのは奇跡と言って良いくらいの綱渡りだな。 この間の物資援助で、各国の軍が士気を取り戻しているが、これまでの疲弊で限界が近い事には変わりない。 勿論、我が軍もそれに含まれる」
「はい…」
中将の言葉で、中尉はつい先日の出来事を思い出す。
最前線のローテーションで出動した彼の所属する戦術機部隊は、運悪くBETAの大集団と鉢合わせになった。 先だって呆気なく戦死した同部隊の衛士たちの穴埋めのために来た帝国の戦車部隊と共に、友軍の応援が来るまで持ち堪えるだけの何時もと変わらない戦場。
何時も通りにBETAを迎え撃ち、合流した友軍と撃滅する。気を抜いていたつもりはない。 周囲の状況と仲間の様子に気を配りつつ、目の前に迫る敵を撃つ。 これ以上は仲間を死なせないし、自分もまだ死ぬ積もりは無い。 戦域データを確認しつつ、敵を寄せ付けないようにトリガーを引く。
けれどその日は突撃級が間近に迫っていたのに気づくのが遅れた。
「あっ…」
迎撃しようとするが、精神と肉体が弛緩しているのか一瞬のタイムラグが発生。 間に合わない。 そう瞬時に悟った瞬間、走馬灯の様に一人の少女の姿が脳裏に浮かぶ。
すまない…
少女に心の中で詫びつつ、モニター一杯に迫りつつある凶器の塊を見つめた。
『バカ野郎!!』
野太い怒声と同時に炸裂音が愛機のコックピット内に鳴り響き、目の前に居た突撃級が吹っ飛んでいった。
胴体に二つの大穴を開けてゴロゴロと横倒しに滑稽な程に転がる要撃級は、味方である小型種のBETAを押し潰しながら大地に横たわり、ぴくりとも動かなかくなった。
『ぼさっとすんなよ!』
続けて間近に迫りつつあった戦車級を始めとする小型種の集団の真ん中で、二発の榴弾が炸裂。 大小の肉片が周囲に飛び散り、中尉の乗っていた機体に血しぶきが降りかかる。
『撃て撃て、撃てぇ!!』
その声に弾かれるように反応し出した指がトリガーを引き絞る。 ブブブブッ…! チェーンガン特有の連なった発射音がコックピットに響き、目の前に迫りつつあったBETAたちを引き裂いていった。
「はあっ、はあっ、はあっ…!」
荒い息を整えつつ、視線だけを周囲に張り巡らして、目視とレーダーで危険域にいない事を確認すると、額と顎を伝う大量の汗を手で拭った。
危なかった…
柄にもなく震える手を見つめながら内心で呟く。 そこに先程の通信の男が、映像付きで通信をつないで来た。
『大丈夫か?』
無精ヒゲの生い茂る顎に傷跡が走るいかつい顔の男が目を細めながら尋ねる。
「…ありがとうございました、大尉」
通信先のデータを瞬時に読み取って、窮地を救ってくれた上官に軽く頭を下げながら礼を言う。 大尉はじっとその姿を見つめると、顎に手をやってヒゲを撫で付けながらそれに返す。
『無事ならいい。 …気を付けな。 知らない内に、気付かないうちに疲れは体の奥に染み込んで行くもんだ。 どんなエースもこいつに憑かれたら゛呆気なく”死んじまう』
「…ご忠告痛み入ります」
『ふっ。 特にお前さんみたいなクソ真面目そうなのは危ない。 息抜きに慣れてないからな。 おっと…?』
ニヤリとからかいが含まれる笑みを浮かべていた大尉が視線を一度脇に移して真剣な表情に戻る。
『追加のお客さんだ、中尉』
「はい!」
真面目な表情で返す中尉に、大尉は一瞬笑みを漏らす。
『中尉、助けた礼に今度酒に付き合え』
「は?」
『奢れと言っているワケじゃないぞ? 息抜きの仕方を教えてやると言っている
んだ中尉』
「あの?」
『楽しみだろう? だからな中尉…』
「はい?」
『死ぬなよ?』
そして通信が一旦途絶え、代わりに若い女性のコマンドポストから新たな戦域情報が入ってくる。
楽しみだろう? 死ぬなよ?
思い返した大尉の言葉に、中尉は頬を少し緩めて「了解」と心の中で返した。
…
……
………
思い出していると、自然と笑みが浮かぶ。 お陰さまで五体満足に基地へと帰ることができ、今は大尉との再会の時を“楽しみに”待っている。 そんな若い中尉の顔を覗き込んだ中将は、暖かみのある笑みを浮かべる。
「どうした、珍しいな? お前が笑うのも」
「いえ、少し楽しみにしている事を思い出しましたので」
「ほう… 女か? いかん、いかんな~ 国で慧が泣いているぞ~?」
「閣下!?」
楽しげな表情でからかう中将。 中尉は珍しくも慌てふためいた表情を見せ、それが中将の笑みを更に深くした。
嵐はすぐそこまで迫りつつある…
オマケ
~オレ達、帝国海兵隊!!~
ー横須賀鎮守府ー
開け放たれた大扉から吹き込む潮風と格納庫内に篭った機械油の入り混じった独特の匂いの中、一人の男が頭上を見上げていた。
見上げる先には、セミモノコックの耐水構造の装甲が彼方此方と剥がされ、内部構造をさらけ出す異形の巨人。
彼の愛機である戦術機・海神(ワダツミ)。 アメリカの攻撃機A‐6イントルーダを帝国海軍向けに改修した機体。 彼が初めて乗った戦術機であり、彼が乗ったことのある唯一の戦術機でもある。
その愛すべき機体は、搭載母艦の母港でのドッグ入りに合わせてオーバーホールの真っ最中だ。 半島での情勢が油断ならない状況下で、何時訪れるやもしれぬ本土防衛戦に備えて母艦ともども入念に整備される予定。 体力を維持する基礎訓練と、シミュレーターの空いた時間に行われる操縦訓練以外にやることがないので、暇を持て余してはこうして愛機の様子を見にやって来ていた。
ヨーロッパのドーバー海峡防衛戦に参加した事もある前任者から受け継いだ機体は、ロートル(おじいちゃん)となりつつあるが、まだまだ現役。 陸軍の戦術機関連に予算を取られ、予算の無い中をロートル艦を近代化改修するなどして、爪に火を灯すような帝国海軍に新型を開発出来る余裕があるはずもないので、二階級特進か退役までこの機体に乗り続けるのだろうなと、愛機を見上げながらぼんやりと男は考えていた。
「赤坂少尉!」
自分を呼ぶ声に男はゆっくりと振り返る。 二十代前半の自分と同年代の顔見知りの整備兵がこちらへと近づいてきている。
「なんだ?」
「戦隊司令部から呼び出しが来てますよ?」
「…どっちの?」
「海兵隊の方です」
「そっ」
整備兵の言葉に軽く手を上げて礼をしつつ、上から呼び出される覚えの無い赤坂は一度愛機を見上げると、ズボンのポケットに手を突っ込みつつ司令部の方へと足を向ける。
途中で整備兵の自転車を借りて、海風に当たりながら司令部へと鼻歌交じりにサイクリング。 同じ港に同居している顔見知りの在日米軍さんと軽く挨拶を交わしながらペダルを漕ぐ。
広い港湾部を駆け抜け、改築されて間もない海兵隊司令部へと足を運ぶ。生真面目そうな受付に要件を告げ、海に出ているときは殆ど顔を合わせない上司に面会。 そして新設される部隊への転属を言い渡された。
青天の霹靂。 何が何やら訳も分からずに、その日の内に荷造りを済まさせられ、愛機や同僚と別れを告げる間も無く列車で新しい赴任先へと向かうことになる。
外行きの制服に身を包み、国鉄の車内で途中で買った駅弁幕の内を広げつつ赤坂は、これから向かう赴任先へと思いを馳せる。
琵琶湖基地。
琵琶湖周辺にある既存の軍事基地とは別に、日本とアメリカが共同出資して作られた基地。
最近、日本とアメリカは随分と仲が好いみたいで、皆に秘密で宇宙にコロニーを作ってたりと色々とやっているようだ。 在日米軍と同居していた身としては、上が仲が良いのは歓迎するが、コロニーとか、基地を作る予算があるのなら海軍の方にも少しは回して貰えないかと思ったりしつつ、合成食材混じりの弁当を口に運ぶ。
急遽新設される部隊への転属と共に昇進して、中尉になって給料がちょっとだけ上がったのはいいが、何をやらされるのか心配になる。
徴兵されて早数年。 出来る事といえば海神にしか乗る事。 一応海兵隊所属なので、海兵としての基礎訓練はやったが、今更生身でドンパチ出来るはずも無く。 花形の戦術機乗りとはいっても、陸軍の使う戦術機と戦術“攻撃”機の海神とでは機体運用が全く違う。 向こうは空を飛び、地を走るのがメイン。 こっちは海に潜って顔を出すのがメインなのだ。 まさかいきなり跳躍ユニット付きの戦術機に乗れとは言わないよな…? いや待て。 新設部隊で海兵なのだから、もしかして新型とか? 愛機に心の中で詫びつつも、新型という淡い期待に心躍らせて合成玉露を煽った。
駅を降り、バスに乗って琵琶湖基地ゲート前にやって来た赤坂。 ゲートの衛兵に身分証と転属証明書を渡し、琵琶湖基地建設工事のトラックが巻き起こす砂塵と共に基地内へ。 予算の関係で最初に在った琵琶湖基地は、船の補修が出来る最低限のドックが一つと補給物資を貯める倉庫と船の繋留場所しかなかったのだが、新たに新設された新琵琶湖基地は潤沢な予算と人口減少が原因の過疎化のお陰で広大な土地を入手できたせいで敷地は広い。
その広い敷地内を丁度半分に区切る形で設置されるフェンスと検問所。 そこを潜り抜け、湖に面した新設のドックと、繋留されている平たく巨大なモノ。 かつての母艦・崇潮級よりも、海軍の大和よりも遥かにでかい何か。 それらを横目に、敷地の奥に見える真新しい建物へとたどり着く。 建物前の掲揚旗に海兵隊の旗がはためいているのに少しほっとしつつ、建物内へと入った。
建物内一室。 受付の案内の元にたどり着いた部屋には、自分と同じく招集されたのであろう人々が室内に設置されたパイプ椅子に座り、思い思いにだらけていた。 中年のうだつの上がらなさそうな上官はパイプ椅子に深く腰掛け、腕を胸の前に組んでうつらうつらと船を漕ぎ、若い衛士達はパイプ椅子を寄せて花札をしている。 その様から、自分と同じ潜水艦勤務と知れる。 海に出れば居住空間の限られた海軍の艦で居候としての生活を強いられる海兵。 その中でも段違いに狭い艦内で海に潜って生活しなければならない潜水艦勤務は、ストレスの溜まりが早い。 故に抜けるところではとことん抜くのが潜水艦勤務の海兵にはよくある風景だ。
赤坂も空いた席の一つに腰を下ろし、何をするでもなく天井をぼ~っと見上げて時間を潰していると、やがて中佐とその部下らしき人物が室内へと入ってきた。
流石に中佐が入ってきたので、一同は花札を片付け口元の涎を拭い居住まいを正して席を立つ。
室内の奥に設置されたモニターの前に立つ中佐。 それに対して一同は一斉に海軍指揮の敬礼を送る。 中佐はそれに陸軍式の敬礼を返して「休め」と告げる。腰を下ろした一同の顔を順に見やった中佐は帝国技術廠所属の巌谷と名乗り、新設される部隊の説明を始めた。
新設される部隊、第三潜水艦隊は日米の技術協力により開発された所謂ロンデ二オン産の兵器を試験運用するための部隊である。 故に技術畑からアドバイザー兼部隊責任者の一人として自分も参加する事。 母港を琵琶湖基地としてのデータ取りがまず最初の任務である事、ここで見聞きした情報に関する守秘義務などなどが説明されて行く。
既に母艦となる新型潜水艦には人が配置され、習熟の最中だと説明されると、次に赤坂ら衛士が乗る機体の説明に入る。
赤坂はここに来る途中で新型に乗りたいなと思った。
確かに思った。
しかし、目の前の巨大モニターに映る機体画像を見てあんぐりと口を開いた。 周りにいる他の衛士達も皆同じように口を開けたり、呆気に取られた表情で目を見開いていた。
大の男たちのそんな様子に対して、巌谷中佐はモニターに目をやることで視線を逸らして話を続ける。
「これが諸君らに乗ってもらう機体。 “RMSM-04・アッガイ改”だ」
「アッガイかい…?」
モニターにはずんぐりとした丸みを帯びた機体が映し出されていた…