妖怪親父の誕生
フワッと頬を撫でる柔らかい風……それを浴びながらとある家の屋根の上で一人の男は月見をしていた。
その男は無精髭を生やし髪を無造作に束ねていることから分かるように身なりに気を使うタイプではないらしい。だからと言って不細工と言うわけでもない……着物をその身に纏っていて体格も貧相と言うほどではない……だが不思議なほど他者の眼を引かない……そんな男が人通りの少なくなった人里の民家の屋根の上で酒を飲んでいた。
だが残念なことにこの男は酒に弱く杯に注いだ酒を舐めるように飲んでいる……春になったこの時期に飲むこの酒は中々良いものだ。本当は桜で一杯が良いがまだ少々時期が早い……なら月見で我慢しようとやって来たが少々肴の一つもないのでは口が寂しいことに今ごろになって気づいた……だが今から買いたくとも大体の店は閉めてしまう……何処か適当な飲み屋で勝手に貰ってくるか……なんて考えていたときである……
「あら、まだまだ早い月見酒……ってところかしら?」
「む?」
いきなり背後からの声……とは言え男はさして驚いた感じはない。この声の主とは知り合い……と言うには深い付き合い……だが友人……と言うには相手の本質上あまりよろしくないと言うか……そのため腐れ縁と言うのが正しいだろう。
「紫か……」
「私も少しもらえるかしら?」
杯が一個しかない……と言うと紫と呼ばれた女性の近くの空間が歪み穴が開いたかと思うとそこから杯が出てきて勝手に男の酒瓶から貰う。
「良いお酒ね。どうしたの?」
「勇儀から分けてもらった」
そう男が言うと紫は成程と頷いきながら杯に口をつけた……何とも様になる……紫と言う女性は人間ではない醸し出せないオーラのようなものがあった。
それもそのはずである。彼女の名は八雲 紫……見た目は金髪の美しい女性だがその正体はこの世界の管理者である……そして彼女は人間ではない……スキマ妖怪と言われる高位の妖怪なのだ。勿論……男の方も人間ではない。つまり、妖怪と呼ばれる種族である。
「今もあなたは地底でのんびりかしら?」
「聞くなよ。お前ならどうせスキマで分かってんだろ……」
「見るのと聞くのは違うわ」
そういわれ男はため息をついた……この女に口での言い合いは不毛である。長い付き合いの仲で学んだことだった。
「地底は良い場所だ。酒もある……喧嘩の野次馬も良い……だが残念なことに夜がないから月がない。草花もない訳じゃないが地上には負ける……だから時々こうやって人里に来て酒を飲むのさ」
「ふうん……相変わらず自由にやってるわね」
「お前にだけは言われたくないな……」
そんな軽口の応酬をして二人は少し笑って酒を飲む……まぁ正確には飲んでるのは紫だけで男は酒を舐めてるだけだ。男と違い紫は酒に強い……
「変わったわね……」
「ん?なにがだ?」
「この幻想郷が……よ」
「あぁ……」
突然の言葉に男は首をかしげたが真意を聞いて納得した。
この世界の名は幻想郷……人と人外が共存する世界……この世界は実は外の世界と呼ばれる世界と陸続きで存在するのだが今は色々あって普通では入ることはない世界だ。まぁそれは脇に置いておこう。
まぁそんな人間と人外が共存する世界……最初の頃は人間が喰われたとか妖怪が人間に祓われたとかと殺伐とした時期もあったが今はそう言ったのは殆ど無い。理由としてはまずそう言った荒事を担当する者……【博麗の巫女】を据えたからだ。他にも人間達の中にも先程のように妖怪を祓ってしまうような特殊な能力に目覚めるものがちらほら見え始め人間が一方的に喰われる弱者でなくなったこと……無論その能力があっても全ての妖怪に勝てるのかと聞かれれば否である。だがそれでも人間が圧倒的弱者の立場に甘んずることも無かったわけだ。
そしてこれが一番の要因……妖怪の性質の変化だ。
幻想郷の外の世界では妖怪は人間を襲ったり拐ったり迷惑をかける存在……と言う認識である。そもそも妖怪とは人間の思いから生まれた存在であり、いろんな自然現象に妖怪とか神様が絡んだものだ。故に妖怪が人間に害をなすと言うのは存在意義のようなものであり、当然の結果でもあった。
だが幻想郷と言う隔離された空間では妖怪は自由なのだ。人間だって長い月日の中で変わっていくもの……
人間よりは長い月日を要するとは言え妖怪も変わる。何が言いたいのかと言うと……妖怪も人間を気に入ったのだ。長い月日の中で人と交流し続けることで変わった妖怪が多くなってきたのだ。無論……多くなったとは言え未だに人を餌として認識する妖怪だっているしそもそも幻想郷に住んでいながらも交流を持たない場所も多い。
男が住む地底の住人なんかその筆頭だろう。そもそも彼処は同じ妖怪からすら嫌われ者が集うのだ。
だがそれでも……人間と妖怪の繋がりは生まれていたのである。一時期は考えられないほど強固なものになって……
そんな風に変わっていった幻想郷を管理者である八雲紫は見る。
「巫女が死んで……もう長いわ……」
「まだ見つかんないのか?」
先代の巫女……それは先代の博麗の巫女のことである……そもそもこの世界は博麗大結界と呼ばれる結界で外界との交通を断っている。
この結界は紫と代々の博麗の巫女が管理をしていたのだが博麗の巫女は今はいない……なら次の巫女を……と言う話かもしれないが博麗の巫女は異変と呼ばれる妖怪退治も生業にする。つまり強くなければならない。そして博麗大結界の維持と言うのは紫との共同になるとは言え簡単な作業ではないのだ。つまり……並外れた才能がないとなら無い……と言うことだ。そんなのがポンポンいるはずもなく今日まで紫とその式神が結界の維持を請け負ってきた……
これからもそれで良いんじゃないかと言う話もあるがそういう訳にもいかないのだ。そもそも幻想郷とは不安定な存在で不確かな場所なのだ。そしてそれを囲う博麗大結界もまたおなじ……と言うか博麗大結界は八雲紫と何よりも博麗の巫女……と言う存在自体と言うか概念その物と言うべきか……そういうものを核として作られている。紫であっても管理はできるが維持し続けるのは難しいのだ。
「まぁ見つけたわよ……やっとね」
「ほぉ?なら安心だな……」
酒を舐めながら男は言う。
「それでね……縫螺」
「断る」
紫が男の名を口にしながら声をかけようとした瞬間、縫螺と呼ばれた男は拒否の言葉を出した。
「まだなにも言って無いんだけど?」
「知ってるか?お前自分でも面倒なこと言おうとしてるなぁ~って自覚がありながらも俺に頼もうとしているとき妙に猫撫で声なんだぞ……」
長い付き合いだからこそ分かる微妙な機微に気づいた縫螺は逃げの体勢に入りつつある……だが紫は慌てて制した。
「そ、そうかもしれないけど話くらいは聞いてちょうだいな」
「やだよ、口論になったら俺は勝てないんだぞ。なら口論になる前に逃げるが勝ちってもんだ」
そう言って立ち上がろうとすると……
「そう言わずにお前も紫様の話を聞いてやってくれないか?」
「あ?」
別方向からの声……その方向を見ると空間に空いた穴から紫に似た服装のこれまた美人な女性が出てきた……紫同様に膨よかな胸に切れ目……そして何よりもフサフサの九本の尻尾が特徴の女性……
「藍……お前からも言ってくれ……お前の主人の面倒なことは大体俺に任せて済まそうって言う癖はどうにかしろってな」
藍……と呼んだ女性の名は八雲 藍。同じ名字だが紫の娘とかではなく紫の式神なのだ。博麗大結界の維持は体力の消費がすさまじく紫は一日の大半を睡眠で過ごすことも少なくない。そのために寝ている間の世話や家事をこの藍に任せているのだ。
そんな両手になにかを抱えた藍に縫螺は言うが……
「この方が言って聞くなら私は楽なんだがな……しかしお前も知っての通りこの方は言って聞く性格じゃない」
「二人揃って私をなんだと思ってるの?」
紫は若干頬を引きつらせつつもゴホン……と咳をひとつしてから藍を促す。それをみた藍は頷くと手に持っていたものを縫螺に見せた……
「これは……」
縫螺は藍の持っていたものに眉を寄せた……
「おい紫……お前まさか誘拐してきたのか?」
そう、藍の手の中にあったもの……それは赤ん坊であった。今はすやすや寝ているが中々可愛いじゃないか……ってそんな場合ではなく縫螺は紫に確認をとった。
それを聞いた紫は慌てて否定する。
「んなわけないでしょ!外を覗いてたら見つけたのよ!」
「やっぱ誘拐じゃねぇか!今すぐ元の場所に戻してこい!」
「へぇ~、あなたは人が一日三回でも通ればマシな道をさらに奥に進んだ外の世界の自殺の名物スポットに放置してこいと?鬼畜な事言うわねぇ~」
「ぬぬ……」
縫螺が紫の予想外の返答に眉を寄せると藍が口を開いた。
「縫螺……この子は捨て子だ」
「……はぁ?」
藍が言ったことに縫螺は一瞬反応が遅れた。だが藍は言葉を続ける。
「お前でも感じるだろ……この子の力を……」
そう言われ今度は落ち着いて赤ん坊を見る。そして気づいた……この赤ん坊の発する力……
「おいおい……この子まだ物心だってついてないはずだぞ……なのに何で……もう
霊力……それは魔を払う人間の力のひとつ……他にも魔法使いや魔女が使う魔力に妖怪が使う妖力……神が使う神通力等々たくさんあるが少なくとも人間の赤ん坊が発し続けるようなものじゃない……いや、正確には漏れてるのか?
「だからこそじゃない?物心がついていないし修行も勿論できてない……自分の力を制御できないからこそ……この子は自らの霊力を漏れさせてる……そのせいでしょうね、悪霊とかヤバイのとか引き寄せまくってたわ……」
大方この子の本当の両親はこの子が引き寄せたやつらの起こす怪奇現象に耐えられなくなったんでしょうね……だから捨てた。この子を原因としてね……
と紫は言う。あながち間違ってもいない……この子が原因なのは本当なんだからな……
「で?もしかしてこの子を博麗の巫女にでもする気か?」
「正解……この子は人間だし高々十年ちょっと待てば良いわ、私たち妖怪にとって十年なんてあっという間だしね。修行でも何でもつけようと思えばいつでもつけられるし」
そういう紫……だが縫螺は首をかしげた。
「だが紫……ひとつ聞くがこれと俺の何が関係あるんだ?」
「簡単よ縫羅。あんたこの子育てなさい」
「…………………………………………………………………………」
今度こそ縫羅は反応が出来なくなった……
「…………………………はい?」
何とか引っ張り出した言葉である……だが紫は笑うだけだ。
「な、なぜ俺に?」
「だってまず普通に人里の家に預けるのは論外でしょ?そもそもこんな危ないの引きよせかねない子供育てる方も腕っぷしが強くないとね。その点あなたは信頼できるわ」
「いや……だったらお前ら育てりゃ良いだろ!橙相手に練習できただろうし!」
「無理よ。だって私は普段結界の維持か寝てるし藍も仕事がある。橙に手伝って貰うしても藍が忙しさで倒れるわ」
「紫様がもっと動いていただければ嬉しいんですがね」
紫は藍の嫌みにたいしてそっぽ向いただけだ。
「それに私たちがすんでる場所は人間の赤ん坊が住むには空気が悪いわ」
確かにそうだ……何せ妖怪が三匹もいる家だ……ちなみにこの場合通気が悪いとかではなく紫達の存在によって生まれた淀みみたいなのがあり、それが悪いと言うことだ。しかし……
「何よりも俺は妖怪だぞ……」
縫螺は言う……博麗の巫女は結界の維持と……そして人を襲う妖怪を祓う事だ……
「幻想郷の管理者と博麗の巫女が一緒にいるのはまだ可笑しくない……だが俺は管理者でも何でもないこの幻想郷に住む妖怪だ……これまでも、そしてこれからも人を襲ったり異変を起こす気は更々無いがそれでも俺は謂わば敵を育てるようなもんだぞ」
「そうね……でも縫螺……見て」
「ん?」
縫螺は紫が指差す方を見る……
「あそこの飲み屋……人間だけじゃない。妖怪まで一緒に飲んでるわ。全てが安全なわけじゃない……でも全てが危険でもなくなった。これからの巫女には妖怪も人間も区別しない……そんな人間が巫女にならなくちゃいけないと思うの……」
だからね……と言ってから紫は縫螺をみた。
「
紫の言葉に縫螺は顔をしかめた……
「それにあなたは良い父親になると思うわ」
「根拠あるのかよ」
縫羅がそういうと紫はにっこり笑って……
「乙女の勘」
「……………………ぷふ!」
紫の一言に縫羅は舐めていた酒を吹いた……そして、
「お前もう乙女なんて歳じゃタコス!!」
「私しゃ永遠の乙女なのよ!」
縫螺の失礼な物言いに紫はタキオン粒子より早くキレて十秒でボコボコにした……
「と・に・か・く……良いわね?」
「わぁったよ……ったく……俺と大差何てゼロ位の癖に見栄はりなんだからなぁ……」
と、縫螺が頭をかきながら言うとクワッと紫は眼を見開いて言う。
「寧ろあんたが親父臭いの!止めて欲しいわその無駄にオッサンみたいなの!無精髭とか髪型とかもっと気を使いなさいよね」
「男がそんなのに気を使ってどうすってんだよ」
縫羅はため息を吐きつつ藍から赤ん坊を渡された。渡された赤ん坊はうっすらと目を開け縫螺を見る……
「名前は?」
「霊夢よ……博麗 霊夢。あなたに考えさせたら可愛そうだからね」
「どういう意味だよ」
そう言いつつこっちを見て来る赤ん坊……いや、霊夢を縫螺は見つめる。
「つうわけだ、宜しくな霊夢」
「…………」
縫羅がそういうと霊夢はニコッと笑ってキャッキャと笑う……ヤバイ、めっちゃこの子可愛いんだけど!
「きっと将来は美人だな」
「そこはあなたの育て方次第ね。性格歪めるのもまっすぐ育てるのもあなた次第よ」
善処するよ……と縫螺は紫に言いつつ……
「しゃあね……頑張るか……なぁ、霊夢」
縫螺は霊夢を高い高いした……瞬間、
「イ゛キ゛ィ!」
縫羅は突然奇声をあげた……縫螺の奇声に紫と藍が驚くと……
「こ……」
『こ?』
「腰が今ギクって言ったぁ……滅茶苦茶いてぇ……」
『エエエエエエ!』
紫と藍が驚愕の声をあげる中縫螺は顔から脂汗を流した……
ここに腰の痛みとの戦い──もとい、妖怪による巫女の子育てが始まったのだった……