人里離れ……更に人目がつかないところにこの神社があった。
名は博麗神社……幻想郷を囲う結界の要であるこの神社は現在一体の妖怪と一人の人間が過ごしている。その生活を少しだけ覗いてみよう。
「フギャー!フギャー!」
まさに天を割くような泣き声……博麗神社の縁側には一人の赤ん坊……博麗霊夢が大声で泣いていた……そりゃもう盛大に……
「今度はいったい何なんだ!」
と言って洗濯物を干していた男……幻想郷の管理者である八雲紫にこの赤ん坊を押し付け──もとい、預けられた妖怪の縫螺が大慌てでやって来た……抱き上げてみたが機嫌が直ることはない。そもそも縫螺は赤ん坊など抱き上げたことがないのでぎこちない抱き方をするためもっと霊夢の機嫌を損ねてしまった……
「ええと……オシメは濡れてないし……腹が減ったのか……ええと……」
「苦労してるみたいね」
と、突然後ろから声……丁度良い。
「紫!お前のでっかい乳を飲ませてろ」
と驚く様子もなく背後からスキマを作って出てきた紫に縫螺は霊夢を押し付け台所に走る……
「あらよしよし……って!私の胸から乳は出ないわよ!」
「あー?何だじゃあ何もできないのにブラブラしてんのかよ」
「女は大体そうよ!」
スキマからハリセンをだして台所からミルクをもってやって来た縫螺にスパコーンっと一発突っ込みをいれておきつつ縫螺から哺乳瓶を受け取る。
「そもそも子供産んでない私に乳が出たら何もんよって話よ」
「それもそうか……」
何てやり取りをしていると紫はふと何かを思い付いた顔になった。
「そうだ……子供作ればあんたお望みのお乳も出るわよ?」
そう言って紫は縫螺にイタズラっぽく体をくっ付けてくる……妖怪とはいえ女だ……甘ったるいような匂いに柔らかく豊満な胸……まぁからかってるのは丸わかりなのだがそれでも普通の男なら理性がドカンするかもしれないが……
「アホくさ」
「あいた!」
紫にデコピンをかましてやった。確かにこいつは美人だ……だがな……女と意識するには少々長く……そして深く付き合いすぎた。今更そんな青春活劇何ぞこいつとやる気はこれっポチも起きんのだ。それに……
「俺はな……若い女の方がいいんだよ」
「私が若くないみたいな言い方すんじゃねぇわよ!」
縫螺に向けてスキマが出現……そこから円柱の鉄に棒の先っちょに丸くて薄い鉄の板をくっつけたようなもの……外の世界では道路標識と呼ばれるものが縫螺に向かって飛んできた……
「あっぶねぇ!」
縫螺は後ろに転がって回避する……流石にあったら痛いじゃすまない……一応縫螺だって妖怪だ。人間より遥かに頑丈だし腕力も反応速度も高い……だが妖怪レベルで考えるとそんな高くないと言うか突出したものではない。
どちらかと言うと紫もそうであるのだが二人はこの世界の住人風に言うなら程度の能力が規格外なのだ。縫螺のはまだ先になるが紫のは境界を弄ることができる。このスキマだってその能力の一端みたいなものだ。だが……
「てめぇ俺を殺す気かこの
「なんですってぇ!だったらあんたなんて
ここで記すのが憚れる罵詈雑言を発し合う二人……まぁ能力がいくら強くたって本人たちの性格もある上に強力ということは即ちこの幻想郷自体にも影響を与える可能性があるということだ。
だからこそ本気で能力を用いた喧嘩は暗黙の了解状態ですることはない。しかし……
「上等だ表出ろぉ!」
「やったるわぁ!」
ミルクを飲み終わった霊夢を下ろした紫とそれを見届けた縫螺は掴みあって髪を引っ張り合うわ引っ掻くわの大乱闘……ごろごろ転がりそのまま外に飛び出すとスキマから色んな物を発射させたり飛び蹴りを決めたりとドッタンバッタンと大暴れ……そして……
「藍様、また喧嘩してますよ」
「ああ……全く……あの二人は……」
それを見る猫耳と二股に別れた尻尾を持つ少女と縫螺と紫の喧嘩を見て大きなため息をつく藍が立っていたのだった……
「良いですか二人とも……アレほど口を酸っぱくして下らない事で喧嘩をするなと……」
『だけどこいつが!』
お互い同時に指を指しあって睨み会う……だが、
「あ゛?」
『ごめんなさい……』
説教状態の藍には逆らわないに越したことはない。誠心誠意頭を下げ続けるしかない。
「特に縫螺……お前はこれから一人の子を育てるんだぞ……口の悪さをどうにかした方が良い」
「ア、ハイ……」
こうなったときの藍の説教は長いんだよなぁ……まぁもっと長い説教をする人を知ってるけど……いや、あの人も人じゃないな……紫ですら苦手と言うか頭が上がらない御方だ。もちろん縫螺だってごめんである。
「しかし橙まで連れて今日はなにしに来たんだ?」
「はぁ?紫様が先に伝えてないのか?」
「あ……」
紫は今思い出したような表情をする。そして、
「縫螺、藍がいなり寿司作りすぎたからおすそわけに持っていくってさ」
「……遂にお前はボケたか……」
「そうなの最近物忘れが……ってなにやらすのよ!」
縫螺と紫互いに胸ぐらをつかんで喧嘩を……する前に藍に睨まれた……
「あ……藍様~、霊夢が起きましたよ」
と、かごの中を覗いていた少女が言う。
彼女は橙……名字はない。と言うのもまだ力が弱く未熟者のため八雲の姓を名乗れないだけだ。立場としては八雲藍の式神……と言うのが建前。元は化け猫だった橙は藍の式神となって日は浅いが藍がベタぼれ……と言うか完全親バカ状態。盛大に甘やかしていると言うのが現状で実際は愛娘と言っても差し支えなかったりする。そんな橙だが別段弱い訳じゃない。式神の式神とは言えあの八雲紫の式神の式神……才能と言うが持ってるポテンシャルも言うほど低いわけではないだろうし少なくともそこら辺の雑魚妖怪くらいなら余裕だと思う。それに藍の能力……【式神を操る程度の能力】がある。この能力は読んで字のごとく式神を……つまり橙を己の思うように動かす事ができる(理論上)と言う能力で、ぶっちゃけると橙単体ではなく藍と組んだ橙は中々高性能だったりすると言う話なのだ。とは言え藍もけっこう抜けてたりするし何より藍になついてるとは言え橙は気ままな猫なので言うことを聞かないことが間々あるらしい。そこもかわいいと言うのが藍の言だが……式神としてそれは許されるのだろうか……
「あ……あー……」
そんなことを考えてると霊夢は橙の耳が気になるらしく手を伸ばしてそれを見た橙が霊夢と遊ぶ……
「ふふ……赤ん坊と戯れる橙もかわいいな……」
(橙だったら何でも良いんじゃないかと思うのは気のせいじゃないよな?)
(気のせいじゃないわね)
と、縫螺と紫はこっそり話す……すると、
「藍様~」
橙が霊夢を抱っこしてこっちに来た。
「どうした?橙」
「凄く可愛いですよ」
と霊夢を見せる橙……気分はお姉さんだろうか?それを見た藍は頷く……お前絶対橙しか見てないだろ……
「それで藍様……」
「ん?なんだ?」
「私……」
次の瞬間縫螺と紫は藍の説教が逸れたのを良いことに口に含んだお茶を吹いた。
「こんなかわいい弟か妹みたいなのがほしいです」
「なに⁉」
『ブフゥ!』
無論藍も驚愕である……いきなりの話が飛んだなと橙と霊夢以外の表情が固まった……だが藍はすぐの正気に戻るとブツブツなにかを言い出した。
「だがしかし……今の私の力量では橙以外の式を作るのは無理だ……となると……よし縫螺!」
「お、おう!」
突然声をかけられ縫螺は目を開いて返事をした……そしてガシッと藍は縫螺の肩をつかむと耳元でささやく……
「おい、ここはひとつ橙の願いのために力を……」
『一旦落ち着け』
ベシっと藍の頭を縫螺と紫が叩いた。
「別に認知とか要らんから安心して良いぞ。死んだとかにしとくから……ほら、ちゃちゃっと孕ませて終わりの関係でな」
「お前自分がなにいってるかわかってんの?」
縫螺は冷や汗を滴しながら聞く……こいつ橙が絡むと冷静さとか色々大事なもんを捨て去ってしまう傾向があるからなぁ……普段は冷静で紫の身の回りの世話をする従者の鏡みたいなやつなのだが橙の願いは何とかして叶えてやりたいと言う部分が暴走すると何をしでかすかわからない。
「つうかだったら適当に人間の男でも誑かしてしまえば良いじゃねぇか……顔は並外れた美人なんだし……傾国美女ってやつだろ?お前」
「縫螺……それはただの痴女だろう」
どの口が言ってんだと言いそうになったが黙っておこう……下手なこと言うとおっかないからね。
「そ、それよりほら……俺は腹が減ったなぁ……」
「ふむ……まぁ確かに時間も時間だな。昼飯にしよう」
と、縫螺は話題を逸らすと藍もいつもの従者モードに戻る。
「橙、私が持ってきたいなり寿司を出しておいてくれ」
「はい!」
そう言って橙は霊夢をおんぶしたまま持ってきた重箱を開け始める……本当にいなり寿司しか入ってない……
「最近人里で見つけた豆腐屋のいなりから作ったんだ。これが大層旨くてな。毎日百枚買ってきて二日で使いきってしまう」
「一日五十枚かよ……」
いなり狂いめ……紫も流石に食い飽きたと顔が言っている……
「さぁ、昼飯にしよう」
と、藍が言った……因みにその日の昼食はいなり寿司のみ……しかも重箱(五段)にぎっしりと詰められた藍お手製のものを食べた結果食い過ぎと言うか食わされ過ぎでその日の夕食は抜くはめになったのだった……