まったく幸運だった。
タツミはしみじみと帝都の空を仰ぎ見る。
ユキと名乗った白髪の麗人と別れたその後、タツミは早速、仕官すべく兵士の募集・及び選考を行っている兵舎に向かった。
村を養うためにも早いところ出世しなければならなかったタツミは、是非とも部隊の隊長あたりのクラスから始めたいと思ったのだが、現実はそう甘くなく、募集は一兵卒からだった。
そんなのんびりやってられるか!! それが正直なところのタツミの本音だった。
故にタツミは募集を行っている選考官に向かって剣を引き抜いて、意気揚々と言ったのだ。
『俺の腕を見てくれ! 使えそうなら隊長のクラス辺りから仕官させてくれよ!!』
そんなタツミに対する選考官の答えはGET OUTだった。
『なんだよ! 試すぐらいいいだろ!!』
『ふざけんな! この不況で希望者が殺到してんだよ! いちいち見てられっか! 雇える数にも限界があるんだよ!!』
『え……そうなの?』
『そんなことも知らなかったのか! さっさとどっか行きやがれ、クソガキ!!』
こうして建物から追い出されたタツミはその後、謎のおっぱい美人にお金をだまし取られたり、田舎者が剣を持ち運んでいることにいちゃもんつけられたりと散々な目にあった。
――あれ、俺の思っていた帝都となんか違うぞ?
故郷の村で思い描いていた妄想と現実の違いに愕然とすることしかできなかったタツミであったが、それでも希望は残されていたのだ。
(ホント、アリアさんには感謝しかないわ)
帝都の街並みで買い物に走る金髪碧眼の少女――アリアの無邪気な様子を見守りながら、タツミはしみじみそう思う。
お金は騙し取られ、野宿するしかないと覚悟した矢先、タツミに声をかけてきたのがこのアリアという少女であった。
アリアはこの帝都で貴族の両親を持ち、道端で立ち往生していたタツミに『よかったら家、来ない?』と声をかけてきてくれたのだ。
アリアの父親はタツミの事情を聞くと、軍の知り合いに紹介してくれることを約束してくれたし、はぐれてしまっている二人の幼馴染の捜索も行ってくれると言ってくれた。
(最後はいい人たちに助けられて、ホント、よかったなぁ……)
こうしてタツミはせめてもの恩返しとして、自分がアリアの家に世話になっているその間、アリアの護衛を務めることになったのだ。
「次はあの店に行くわよ!」
「お、お待ちください、お嬢様!! このままでは荷物が……」
帝都の華やかな大通りには沢山の人が行き通い、洒落た雑貨屋、服屋が立ち並んでいる。
アリアはそんな店を片っ端から見て回り、これでもかというくらい買い物を楽しんでいた。
アリアの後ろに続くボディーガードが抱える大量の箱包みを見て、馬車の留守番をしているタツミは唖然と立ち尽くすことしかできない。
「お、お嬢様の買い物って凄いんですね……。もう量が面白いことになってますよ」
「あんなのはまだ序の口だ。まだまだ買い込むぞ、あのお嬢様は」
タツミの台詞に答えたのはアリアの警護隊長をしているガウリという男であった。
「それより上を見てみろ」
「え?」
言われるがままに見ると、そこには巨大な城塞の向こうにひときわ巨大な建物の、その尖塔が突き出しているのが見える。
「あれが帝都の中心、宮殿だ」
「で、でっけぇ!! あれが国を動かす皇帝様のいるところですか!?」
「いや……」
その言葉にガウリは神妙な顔を見せると、スッ、とタツミの耳元に口を寄せた。
「……少し違う。皇帝はいるが、今は子供……その皇帝を陰で動かす大臣こそがこの国を腐らせる元凶だ」
「え――」
「おっと、変な声を出すなよ? 聞かれれば打ち首だ」
ガウリに反射的に口を押えられたタツミは、やがて同じように声を潜めて言う。
「……じゃあ、俺の村が重税で苦しんでいるのも……」
ギュッ、と拳を握りしめたタツミにガウリは冷酷な現実を突きつける。
「帝都の常識だ」
「……」
タツミは思いつめたように地面を見つめる。
(俺は村を救う為にこの帝都にやってきたっていうのに……)
その帝都が村の貧困の原因だっただなんて。これじゃあ本末転倒もいいところである。
「他にもあんな連中もいるぞ」
ガウリが示した先を見ると、通りの壁に三枚の手配書が貼り付けられているのが見えた。
ガウリに告げられた言葉にタツミは首を傾げる。
「ナイトレイド?」
「帝都を震え上がらせている殺し屋集団だ。名前の通り、標的に夜襲を仕掛けてきやがる」
――あそこに貼られているのは、顔が明らかになっているほんの一握りのメンバーさ、とガウリは言う。
「あいつ等の主な標的は帝都の重役たちや富裕層の人間……一応、覚悟はしておけよ」
「……はい」
タツミはゴクリと唾を飲み込む。
富裕層――それは間違いなく、あのアリアの家も入っている。
(アリアさんは俺の恩人なんだ。絶対にこの命に代えても守ってやるぞ)
しかし考えてみれば、こんな得体のしれない自分を何の隔たりもなく受け入れてくれる善良な家を、果たしてナイトレイドが標的にするのか、ふと疑問に思ったが、警戒するに越したことはないだろう。
とその時だった。
「あ」
タツミの前をスッ、と通っていった見覚えのある人物が目に入った。
純白の髪に雪のように白い肌。身にまとうは腰下まで裾の伸びた同じく白のロングコート。
「ユキさん!」
そう。タツミがつい昨日、別れたばかりの――一級の危険種である土竜を一撃で仕留めてみせた謎の麗人――ユキだったのだ。
タツミの呼びかけにユキは足を止めると、こちらに振り向いてきたので、タツミは慌ててその元に駆け寄る。
「なに」
「え? あっ、ええーと、昨日ぶりですね。そ、そのぉ……俺のこと覚えてます?」
「タツミ。覚えてる」
「ああ、よかったー」
自分の姿を見ても何ら反応を示さなかったので、忘れられたかと心配になったが、そうではなかったようだ。
「おい、タツミ。その女は誰だ?」
「あ、昨日、帝都に向かう旅の道中でばったり出会ったんですよ。その時に助けてもらって……」
「そうか」
タツミの言葉に頷くと、ガウリは馬車の所に戻っていく。この時になってようやくタツミは自分が勝手に持ち場から離れてしまったことに気づき、気を使ってくれたガウリに内心、頭を下げる。
「何の用」
「へ?」
見るとそこには相変わらずの無表情でこちらを見据えるユキの姿があった。
「何の用」
「え、ええーと……」
繰り返し問いかけられ、タツミは口籠る。
(ただ、見覚えがある人を見かけたので、声をかけただけなんですが……)
――あれ、用がないと声をかけちゃいけない感じですかコレ。
「用が無いなら、行く」
「あっ」
口籠るタツミにしびれを切らしたのか、ユキはひらりと身を翻し、歩き去っていく――と思いきや。
「あれ?」
くるりと再度身を翻し、こちらに戻って来た。
「これ」
差し出されたのは小さい銃型の発射筒。
「え、ええーと?」
「何か起こったら、宙に向けて引き金を引く。引く場所は、屋外が望ましい。それだけ」
「え、あ、ちょっと!?」
タツミが止める間もなく、白き麗人は今度こそ歩き去って行ってしまう。
(何なのこれ!? 説明してくれよ――!!)
謎の発射筒を手渡されたタツミの心の絶叫がユキナに届くことはなかったのだった。
+++
仕込みは終えた。
後は獲物が罠にかかるのを待つ。
ただ、それだけ――。