It's impossible to love and be wise. 作:蒼鋼
†
「多いですね」
「達也が異例中の異例を作っちゃったからね。晶くんに、必要以上の期待が掛かっちゃってるのかも」
服部の回復を待って、彼と達也の模擬戦を見ていた面々も引き続き見学することにした為に、ギャラリーが部屋の四辺の殆どを埋め尽くしていた。
今の衛兵の呟きは、このギャラリー達に向けられたものだ。
「では、審判は引き続き私が引き受ける」
凛とした目つきの摩利の言葉に、相対する桐原と晶の両名は
「それではルールの確認だ。魔法、殴る蹴る、隠し武器、何でもアリの真剣勝負。但し殺し及び修復不可能な大怪我を与えることは禁止とする。また、相手を完全に制圧したと私が判断した場合はその時点で終了とする。それでいいな?」
「はい」
「問題ありません」
短く返す晶と、刀を鞘から抜き中段の構えを取る桐原。彼の使っている刀が模造刀でなく真剣であることに、あずさがオロオロする。
「か、会長。いいんですか?」
「大丈夫よ、あーちゃん。いざとなったら、私と摩利と十文字くんで止めるわ」
「それでは、両者構え」
真由美があずさの頭を撫でて落ち着かせている一方で、晶と桐原が集中を高めていく。
「──始め!」
摩利の合図で当時に飛び出した。
桐原が飛び出すと同時にギャラリーの一部が顔を顰めて耳を抑える。『振動』で刀身を超微振動させて切断力を高める魔法、殺傷性能Bランクの『高周波ブレード』を発動させた余波で周囲にガラスを引っ掻くような音が撒き散らされているからだ。
だが晶は、近づく度に騒音が強まることを全く気にすることなく距離を詰める。
「シッ!」
桐原の、刀の間合いのさらに二歩外で桐原が小さく声を放つ。その声を聞くより前に、目を彼から一切離さなかった晶は攻撃の意図を読み取って半身を逸らす。
晶が逸らした刹那、彼の左肩があった空間を桐原の刀が貫いた。中段の構えからなら振り上げる必要がなく、間合いが長く且つ斬撃より速い
桐原の攻撃はそこで終わらず、彼から見て左側に寝かせていた刃をそのままに、腰の捻りで威力を高めて晶目掛けて薙ぐ。
刃自体が高速振動している為に白刃取りが出来ず、晶は斜め後方に跳び
「やるな!」
好戦的的な声になっている桐原は更に続けて、横薙ぎした刀を
しかしそれより速く晶が桐原の右胴側へ跳んだ。左足から着地した晶は急発進・急停止で体にはたらく慣性を左肘を引いた腰の捻りで受け止め、それを戻す勢いを上乗せした右裏拳を桐原の顔面目掛けて振るった。
だが直撃の寸前、桐原は上半身のみを後ろに引くことで躱す。ところが晶のその裏拳はフェイクで、本命の左拳が桐原の顔に打ち込まれた。
裏拳の勢いで加速されている上に捻じりながら繰り出された拳は通常の拳打以上の威力を発揮し、桐原の頬に少しばかり沈み込んだ。
けれども桐原はそのまま倒れることはなく、殴られながらも正確に狙いを付けて切り上げる。
「ああ、やらかしたな」
「いけない、あれは悪手だ」
晶に、星の数ほど石畳に叩きつけられた衛兵と達也が渋い顔をする。そして、その二人の言葉通り彼の選択は悪手となった。
不安定な姿勢のまま桐原が繰り出した切り上げに対して、晶は最大の隙となっていた右手に己の右手を添えた。そこから引き摺るでも投げるでもなく、ただ切り上げる勢いに乗って両足を空中から離す。
次の瞬間、左足を桐原の首に絡ませた晶は右手を離しながら左足で桐原を引き倒した。
「カハッ!」
背中から受身も取れずに叩きつけられた桐原が、一瞬だけ呼吸を詰まらせる。
その一瞬の間で、晶は左手で桐原の右手を、座りこむようにして腹部を抑える。左手も晶の右足で同時に封じられていた。更には左足で首を押し上げられ、右手は股間目掛けて殴る構えを取られている周到っぷりだ。
「やるな。これじゃどうしようもねぇ、降参だ」
一分の隙もない完全敗北を突き付けられたというのに、どこかやり切った後の達成感に満ちたような笑みを浮かべる桐原。
その様子を見ていた摩利はニヤリと口の端を吊り上げながら声高に宣言した。
「勝者、蓬山晶!」
†
一年の、それも二科生二人が二年一科生の実力者に模擬戦で勝利した。
開校以来、前例の無かった驚愕の事態に殆どのギャラリーが目を丸くする中、克人は一人深く頷いていた。
「どうやら、外島の目に狂いは無かったようだな。蓬山」
「はい」
桐原の手を引っ張って起こしていた晶が克人の方に向き直る。
「執行部の面子の異議は俺が捻じ伏せる。部活連会頭として、お前を正式に部活連推薦枠で風紀委員に任命する。桐原、文句は無いな」
克人の、確認させるというよりは事後承諾させるような物言いに、桐原は苦笑気味に答える。
「はい、全く問題ありません。つか、一年に負けてるようじゃ剣術部主将として失格ですね。こりゃイチからやり直しか。おい、蓬山」
「はい? ああ、わかりました」
桐原が無言のまま右手を上げる。怪訝な顔をした晶はすぐに彼の意図を読み取って、自分も右腕を上げた。
その晶の右手に桐原が右手をぶつける。小気味のいいハイタッチの音が演習室に響いた。
†
一方その頃、校門前ではレオやエリカ達とA組の生徒が険悪な雰囲気になっていた。
「……何か用かよ」
事の発端は、レオの何気ない一言だった。
達也に先に帰っててくれて構わないと言われていたレオ達だったが、急ぎの要件もなかった彼らは校門の近くで、且つ往来の邪魔にならない一画で雑談をして過ごしていた。
だが、そんな彼らにチラチラと訝しむ視線がずっと突き刺さり続け、痺れを切らしたレオがとうとう(やや喧嘩腰に)声を掛けた。
「フンッ。お前達E組なんかに用はない」
「そうかよ。そんじゃ、さっきからお前らがガンチラしてんのは俺の気のせいってか?」
「……気に入らないな」
「アァ? 気に入らないだぁ?」
会話が始まって二言目に気に入らない発言をされ、レオと言えど声が低くなるのを抑えられなかった。
「当然だろう。司波さんは僕達A組と共に居るべきだ、間違っても君たちE組如きが一緒に居ていいような人物じゃない」
「オイオイ、随分と言ってくれるじゃねぇか」
既にこめかみに青い筋が浮いているレオは、しかしまだ軽うじてこらえている。
「さ、西城君。落ち着いて下さい、喧嘩はよくありませんよ」
「止めないで、美月。アタシとしては凄く
レオを止めようとした美月だったが、彼女が逆にエリカに止められてしまった。
当のエリカはレオの横に並んで制服の懐から伸縮式の警棒を取り出した。
「別に、放課後に誰とツルんでいようと個人の自由でしょ。アンタたちにとやかく言われたくないんだけど」
「司波さんの貴重な時間を、お前達なんかのせいでフイにする訳にはいかないんだよ」
「そうだそうだ、司波さんとお前たちじゃ格が違うんだ。お前たちがお近づきになるなんて烏滸がましいにも程があるってもんだ。恥を知れ!」
額にはっきりと浮かび上がった血管が今にも破けそうだが、それでもレオはまだ動かない。エリカが伸ばした警棒で前を遮られているからだ。
「おい、どかせよ」
「イヤよ。どうせなら『殴られたから殴り返した』にしたいじゃない」
「……お前、ホンットに
一瞬血管が破れかけたレオだったが、すぐにエリカの言いたいことを察して大人しくなる。
レオが大人しくなったことを確認したエリカは、A組の前列にいる男子に尋ねた。
「それじゃアンタ達は深雪が達也くんと、実の兄と一緒に居ることも許せないんだ?」
「当たり前じゃないか」
((うへぇ、流石は筋金入り))
まさかの即答に、エリカもレオも呆れてしまった。
だが、その男子はそんなことは歯牙にもかけず自分の話を進めていく。
「実の兄だから何だと言うんだ。才能ある人間は、同じく才能のある人間と行動を共にするべきだろう。それを言えば、なんで生徒会長は二科生なんかと……。あんな将来性のない奴なんか──」
「ゴチャゴチャ
驚きとともに、レオたち四人が後ろに振り返る。エンドレスの持論展開に入ろうとしていた男子に待ったをかけた人物は、意外にも一番後ろで立ち寝をかましていた釼閣だった。
ふぁ、と欠伸を噛み殺した釼閣が前に出てきて男子生徒の目を見る。
「何だと? お前、今何て言った」
「惚れた腫れたの話に外野が野次飛ばすんじゃねぇっつったんだよ、くっだらねぇ」
「なにぃ!? くだらないだとぉ!!」
男子生徒が顔を真っ赤にしたのを見て、今度は欠伸を止めなかった釼閣がレオとエリカの前へと出る。
「ああ、何度だって言ってやらぁ。くっっっっ……だらねぇ」
「黙れ!」
釼閣が溜めに溜めた一言に、どうやら本格的にカチンと来たようだ。
「一応言っておくとね、戦闘に関するアタシの煽り技術は大抵が釼閣の見様見真似なのよね」
「……ああ、今の見てて何となく理解したぜ」
どこかひどく納得した様子のレオが見守る中、それは唐突に起こった。
「この、野郎!」
特化型と思しき拳銃型のCADを釼閣に向けるより前に引き金を引く。それがスイッチになっていた様で、魔法師から注ぎ込まれたサイオンでCADが起動する。
一方の釼閣は、上半身を少し前に傾けると同時に前方に飛び出し、左手に持っていた大きめの竹刀袋の下端で叩くように腕を振る。どうやら後方でエリカも踏み込みを入れたらしい、と彼は気配で察していた。
だが、その直後に新たな介入者の気配を感じた彼は咄嗟に発生源──足元から離れるように跳び
その彼の目の前を一つの石が通り抜けた。
「うわっ!?」
「ッ。……チッ」
対する男子生徒は全く気づかず、足元から空に向かって落下するかのように加速する石にCADを持つ方の手首を
他方、エリカは反応こそしていたものの対処がギリギリ間に合わず、警棒の先端を弾かれた。弾かれた警棒の先端を見つめつつ、鋭い目で舌打ちした。
「これは、加速術式か……?」
「でも、一体誰がそんなことを」
どうやらその場に居合わせていた誰も魔法を発動していなかったようで、小さくざわついていた。
「
そんな中、痛む手首を抑える男子生徒のみが校舎の入り口近くに立つ少年を睨む。視力の良い者なら、彼が左手に眼鏡を持ちながら、「あ、ヤッベ」という表情をしていることがわかっただろう。
「飛矢鷹!」
†