It's impossible to love and be wise.   作:蒼鋼

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/風紀執行(?)

 

 風紀委員が忙しなく動いていた頃、衛兵(モリト)は一人で校内を巡っていた。(深雪は間違いなく人目を惹くため、真由美の下で生徒会の業務を覚えている)

 だが、彼一人では誰も見向きもしないのかと言われれば、そんなことは無かった。

 

「おっ、そこの君! いい体格じゃないか、ぜひ我がラグビー部に入らないか?」

「いやいや、空手部なんかどうだい!?」

「君は柔道部にこそ相応しい!」

「何を言ってるんだお前ら! それよりクラウド・ボールはどうだい!?」

 

 公然の秘密として、一年の入試成績は密かに裏で流れている。

 本人に興味は無いのだろうが、深雪(主席)(次席)ほのか(三席)に次いだ総合四席で入試をパスしていたのだ。

 

「お誘いありがとうございます。でも、他の部も見てから考えさせてもらいますね」

 

 四方八方から我先にと勧誘の手が伸びてくる。だが、衛兵はその手の悉くを受け流したり躱したりすることで、いとも容易く包囲網を突破した。

 

「やれやれ。真由美さんから聞いてはいたが、本当に強引だな……」

 

 一高の部活動は、成績と部員数が予算に直轄する。だからこそ、暗黙の了解で成績が出回っていたり強引な勧誘も(ある程度は)見逃されている。

 

「確か、北山と光井は次席と三席だったか。あの二人はもっと大変そうだな」

 

 

 衛兵が危惧していた雫とほのかは、結果から言うと安全地帯に居た。

 まず、雫の場合--

 

 

「ウッヒャー。楽じゃないとは思ってたけど、本当にしんどいなコレ」

「だったら、二つ返事で引き受けなければよかったのに」

 

 殆ど休む暇なく校舎を俯瞰している鷹の隣。勧誘の生徒がまず来ることが無い屋上に、雫は佇んでいた。

 周囲の建物の中で最も高い位置であるそこは、手摺に凭れていればフェンス越しに心地いい風が吹き抜ける。

 

「あん? うっせぇな。誰も嫌だとは言ってねぇだろ」

「フゥン。ま、どうでもいいけど」

「そうだな。本当どうでもいい」

「……」

「……」

 

 お互いに視線を合わせることもなく二言三言交わすと、再び沈黙が流れる。ただし、鷹はその間も風紀委員の業務を熟しているから、正しくは“二人の間だけ”であるが。

 

「……つまらない男だね、飛矢。何か話したらどうなの?」

「あぁ? ったく、だったら俺につっかかんなよ」

 

 完全に暇を持て余しているという体の雫に、鷹は面倒くさそうにしつつもふと気になったことを聞くことにした。

 

「じゃあ聞いてやるけどよ。お前、光井と一緒じゃなくていいのかよ」

「何その上から目線」

「うっせぇ」

「アレ」

 

 雫が頬杖したまま、顎で下の方を指す。

 特に何を言うでもなくその方向に視線を向けた鷹は、「成程」と小さな笑みと共に呟く。

 

「友人想いって訳だ」

「違う。そんなんじゃない」

 

 否定とともに、雫に脛を横蹴りされる鷹。

 

「ハイハイ。あのデラ甘空気に晒されたくないのと、好い面の皮にされたくないっつーワケな」

「よろしい」

「はいよ」

 

 ……本音と建て前は使い分けってヤツだな。

 決して口に出さず、鷹は肩を竦めた。

 その視線の先。鷹の目には、晶とほのかの仲睦まじい様子が映っていた。

 

 

「なぁほのか。少しいいか?」

「なぁに?」

 

 風紀委員として、周囲で勧誘を行っている生徒たちの様子に注意しながら、晶は傍らのほのかに声をかけた。

 

「いや、その。少し近すぎないか?」

 

 昨日のように腕を絡めてきている訳ではないものの、ほのかはほぼ零距離まで晶に近づいている。風紀委員の晶に、主に一科生から憎しみ混じりの視線が突き刺さる。

 

「ダメ、絶対離れない。昨日のアレは私の勘違いだったから良かったようなもの、他の女に晶は渡さない」

「待て待て、待ってホノカサン? 俺は嫌われ者の二科生だからね?」

「同じ二科生だったら、可能性があるじゃない!」

「いや、しかしだなぁ」

「それとも、晶は嫌なの?」

「嫌な訳ないだろ」

「そうだよね。良かったぁ。ゴメンね、晶が他の女の子に横取りされるとは思ってないんだけど私自信なくてね。この四年間にしても晶ってば手紙でしか連絡できなかったから心配で心配で。他の女の子が言い寄ってたらどうしようって眠れない夜も多かったんだから」

「あ、ああ」

 

 ほとんど息継ぎなしで台詞を繰り出すほのかの双眸から、段々とハイライトが消えていく。

 

「ねぇ晶」

「なんだ?」

「他の女の子に乗り換えたら……。ワカッテルヨネ?」

「ああ。勿論」

 

 口元に笑みを浮かべ、ほのかの頭を優しく撫でながら晶が答える。撫でられたほのかは一瞬ポカンとしたが、すぐに幸せそうに微笑んだ。

 

「……これじゃ、俺が事故に見せかけて魔法の餌食になるのも時間の問題、か……」

 

 それが一科生の憎悪によるものか、目の前の少女の嫉妬によるものか、あるいは--。それは、晶にも分からない。

 

(とは言っても、昨日に比べたらマシだろうな)

 

 無線で連絡が入らないのをいいことに、晶が昨日の喫茶店での出来事を思い出す。

 

 

 喫茶店での会話が盛り上がっている中、晶がふと腕時計に視線を落とす。

 

「すまない、皆。俺は一足先に上がらせてもらうよ」

 

 そう言って晶は、財布から二千円を取り出してカップの下に置く。

 

「あれ、晶クンが一番早く帰るとは予想外だったなー。なんか意外」

「悪いな。そろそろ帰らないと、マラットとエマが不貞腐れそうなんだよ」

「……待って」

 

 席を立とうとした晶の袖を指先で握って、ほのかが引き留める。

 背筋に寒気を感じた達也とレオが、二人から少し距離を取る。とは言っても、二人の隣にはそれぞれ真由美とエリカがいるために数センチほどしか動けなかった。

 

「ねぇ晶。誰なの」

「ほのか?」

「マラットとエマって誰? 外国人?」

「外国人じゃないぞ。っていうかそもそも--」

「ああ、そういえば晶さん。今は親元離れて、マラットとエマと同居中でしたっけ」

 

 達也の言葉に全員が彼を見た後、晶に視線を移す。中には数人、疑惑の眼差しをしている者もいた。

 当の本人である晶は、唇をひくつかせている。なぜなら、爆弾を落としていった達也が目だけ笑っているからだ。いつもは制止役の衛兵も無表情でカップに手を伸ばしている。深雪と真由美に至っては、完全に面白がりつつ疑いの表情を繕っていた。

 

「達也。お前な、あらぬ誤解を招くような言い方(殺人的問題発言)を--」

「晶、座ロッカ?」

 

 いつの間にか膝立ちで晶の背後に回っていたほのかが、ゾッとするような冷たい声音で晶の耳元に囁く。

 頭が認識するより早く、脊髄反射で晶は座っていた。

 

「ちょっと待て、誤解だ。致命的な誤解がある」

「ドウイウコトカナァァ?」

 

 晶の背に凭れたまま、彼の胸板と顎をなぞるように指先を這わせていくほのか。

 対面の幹比古と美月には、彼女の目からハイライトが消えていることがハッキリとわかった。心なしか、二人の持っているカップが微振動している。

 

「何ガ誤解なノカなァ? 私に教エるホド大しタ問題じゃナイとでモ? 私が知ラなクテイイとでも思っテルのかナ? そレトも、晶にとッテそノ人たチの方が私よりヨッポド大事なの? 私なんカどうデもいいのかな? やっパり晶にトって……私は、私は、どうでもいいのかな?」

 

 湿り気が混ざって来た声を聴いて、晶は呆れるように息を一つ吐いてほのかの頭に手をそっと置く。

 

「バカだなぁ。そんな訳ないだろ、ほのか」

「でも、外国の人と同居中なんでしょ?」

 

 晶は達也を軽く睨むように視線を一瞬だけ移してから、意識をほのかに向ける。

 

「人じゃなくて、犬だからな?」

『……え?』

 

 ほのか含め、その場の大半が呆然とした。

 

「シベリアンハスキーの雄とコリーの雌だよ。マラットはロシア男性の名前の一つで、エマはイギリスとかアメリカの女性の名前の一つだから、二匹の原産地に合わせて、な」

「え。それじゃ、私の勘違い?」

「だから誤解だって言っただろ?」

「~~~ゴメンね、晶!」

 

 首から上を真っ赤にさせて、いたたまれなさと恥ずかしさで上半身を晶の背中に押し付けて顔を隠す。

 

「バカバカ、私のバカ。早とちりしすぎたぁ……!」

 

 ほのかが一人反省会をしている間に、頭に疑問符を浮かべたレオが晶に尋ねた。

 

「なぁ晶よ。それじゃ、お前ってもしてかして一人暮らし中だったりすんの?」

 

 一同に僅かな沈黙が走る。先ほどの内容を反芻した幹比古も「……確かに。達也の言い方だと、そうとも取れるよね」とレオに賛同する。

 晶の背中でほのかの指がピクリと動いたことには、本人と晶以外は気づいていない。

 

「レオの言う通り、一人暮らしだ。家が少し遠くて通学に不便っていうのと、両親が動物アレルギーだからな」

「それで、よく飼う許可が出たよな」

「飼い始めたっていうか、拾ったんだよ」

「へぇ~」

「……晶。一人暮らしって本当?」

「本当だぞ。……おい、ほのか。ちょっと待とう、落ち着こうか?」

 

 犬の話を一区切りした所で、ほのかが晶に確認する。

 肯定した晶はしかし、すぐにほのかに待ったをかける。

 

「はぁ。もうご馳走様すぎるんだけど」

「エリカ、もう少し続くと思うよ。晶が諦めるまで」

 

 幼馴染の次の行動を予測済みの雫が、落ち着いた様子でカップに口をつける。その間も鷹の目のみを見つめたままだが。

 

「なんで? 晶が一人暮らしなら、私が遊びに行っても問題ないよね?」

 

 結局ほのかを説得出来なかった晶は、「もうどうにでもなれ」という気持ちで彼女を連れて家路に着いた。

 

 

 つい半日前のことを晶が思い出している時だった。

 

『こちら司波。体育館にて魔法の不適正使用を確認、使用者を確保しました。応援と担架を回してもらえますか?』

 

 耳元の無線機から、達也による応援要請が入る。今いる場所からなら、体育館は走れば一分とかからずに到着できる。

 

「蓬山了解。すぐ体育館に移動します」

『こちら辰巳。担架は俺が持って行こう、それまで現場で抑えててくれ』

『司波了解』

 

 どうやら辰巳も近くに居たようで、担架の運搬を引き受けてくれた。

 達也の返答を確認してすぐにダッシュを始めようとした晶は、一度後ろに振り返る。

 

「すまない、応援要請が入った。体育館に急いで行かないとだ」

「だったら私もついていく。邪魔にならない場所にいるから」

「わかった。大人しくしていてくれよ?」

 

 そう言うだろうと思っていた晶は、止めるために時間を使うことも惜しんで走り出す。ほのかも、晶に随伴するように走った。

 

 

「おい、お前! なんで桐原だけが拘束されてるんだよ!」

「乱闘で捕まえてるんだったら、剣道部の壬生(ミブ)も同罪じゃねぇか!」

 

 達也は成り行きでエリカと体育館の巡回に来ていたが、その時に剣道部と剣術部の部員が口論から模擬戦になった。

 剣術部の部員は達也も見覚えのある人物だったが、彼が振動系魔法である『高周波ブレード』を展開させて剣道部の部員--壬生紗耶香(サヤカ)に斬りかかったところで拘束した。

 

「先ほども申しましたが、今回はあくまで『魔法の不適正使用』における拘束です。そこに至る経緯だった模擬戦に関しては追及していません」

「ゴチャゴチャうるせぇ!」

 

 達也の言葉に触発されたのか、喧嘩両成敗と考えている剣術部の部員が達也に近づく。

 

剣術部(俺たち)だけパクられて、納得できるかよ!」

 

 徐々に歩速を上げ、最後には走って勢いをつけたパンチを達也に当てようとした部員だったが、上から降って来た--文字通り、()()()()()()()()影に掌で受け止められた。

 

「ああ!? 誰だよテメェ!」

 

 止められたイライラも相まった部員は、目の前の前髪で顔が隠れている少年に怒鳴りつける。

 

「自分も風紀委員です。ここから先はカメラで記録させてもらいますので、悪しからず」

 

 晶の声は、少し離れていた他の剣術部の部員にもよく響いた。

 

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