It's impossible to love and be wise.   作:蒼鋼

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/風紀執行(!)

 

「……桐原先輩?」

 

 剣術部員の拳を受け止めた晶は、達也に抑えつけられている桐原に少し驚く。

 模擬戦で相対した時には、自分勝手かつ場を弁えずに魔法を振りかざすような男には見えなかったからだ。

 

「蓬山、か……」

 

 桐原も晶に気づき、バツが悪そうに視線を逸らす。

 状況が状況だけに、今話を聞くべきではないと判断した晶は、再び正面で拳を晶に握られて動けないままの部員を見る。

 

「では、改めて申します。風紀委員会としては殺傷性Bランク魔法を攻撃目的として使用した桐原氏を危険行為で拘束します」

「なお、そこに至る経緯であった剣道部との諍いは、壬生氏との相対にて決着していたと判断します」

 

 無線通信で拾った内容から放った晶の言葉に、達也が補強する。

 だが、冷静に理論を振りかざされた所で、下級生のそれも二科生に言われたことを鵜呑みにできるほど剣術部員の熱は引いていなかった。

 

「知ったことかぁ!」

 

 右手を取られている部員が左手を引いて、さらに近くに居た二人が乱戦に持ち込もうと接近した。

 

「………………ハァ……。達也、桐原先輩を入口まで連行しておいてくれ」

「了解です」

 

 一瞬でかなり、いや強烈に疲労が溜まった晶。溜息をこぼしながら、達也に指示を出す。

 指示を受けた達也が桐原を担いで移動するが、そちらを狙おうとした部員も当然居た。

 

「喝!」

 

 だが、晶の鋭い一声で、部員はおろか体育館の生徒ほぼ全員の視線が晶に注がれる。

 当の本人である晶は、動きを抑えてた部員の拳を離して手首を握り直し引き込む。次いで左手で部員の首を回り込むようにして右襟を掴み、部員の背中を胸に寄せる。

 その部員を左側から来ていた部員の前に盾にするようにして進路を塞ぎ、右手で作った掌底を右側から来ていた部員の顎ギリギリで止める。

 

「いつまでもギャーギャーと礼を失した言動を。武の求道者たるを何と心得るか!」

 

 髪の毛で視線が隠されているからか、その場の剣術部員全員が同時に、まるで虎に睨まれているように錯覚した。

 蛇に睨まれた蛙。その言葉を体現するかのように、場の空気を支配した晶以外の生徒が動くことが出来なかった。

 そして、晶が拘束していた生徒を突き出すことで接近していた生徒にぶつけ、よろけさせた。そのワンアクションで、剣術部員たちが僅かにたじろぐ。

 

「納得がいかないと拳を振り下ろすなら、いいでしょう。俺に向かって存分に振るってください!」

 

 ザワザワ、と晶の一言で観客にどよめきが起こる。

 風紀委員が事を荒立てていいのか? と。

 だが晶は、そんなことはお構いなしにとばかりに言葉を続ける。

 

「実力至上主義と言うのなら、自分の力で正しいと示してください!」

「…………オオオオオオオォォォォォォ!」

「やってやる、やってやるさ!」

「一年のジャリガキにいいように言われて、黙ってられるか!」

 

 魔法、乱戦、上等! と叫ぶ晶に煽られて、剣術部員の全員が晶に畳みかける。

 それを晶は、近づいてくる順に一人ずつ捌いていく。

 無駄に大ぶりなモーションの拳を受け流して反対方向の部員の顔面に炸裂させ、右足での蹴りを脇に抱えて時計回りに薙ぎ払う。

 

「クッ」

「このォ!」

 

 輪の外側の部員が魔法を発動させようと腕輪型CADに指を走らせる。

 だが、晶はまるでその動作を予期していたかのように、左手のガントレット型CADから加速系単一魔法を起動させる。

 輪の隙間に体を滑らせて抜け出した晶が自己加速術式で接近し、目の前で回し蹴りを放った。当てることなく眼前を通り抜けるようにして放った蹴りは、彼の最高速度ではなくて敢えて遅めに放っていた。

 そのおかげで、突然目の前を通り過ぎた影に驚いた部員の術式が曖昧になり、魔法は不発に終わった。

 そのまま大外刈りで晶によって床に沈められた二人。

 沈めた二人を安全区域まで引き摺った晶は、たじろぐ剣術部員たちを見て「?」と頭に疑問符を浮かべる。

 

「もう、終わりですか?」

 

 ブッッッッッッッッチン。

 

 まだ立っていた部員全員が完全にキレてしまった。

 結局、剣術部員全員が納得するまで乱戦は続いた。

 

 

「いやー。晶クンってば凄いねー」

 

 体育館入口近くの壁に凭れているエリカが、驚嘆とともに呟く。

 視線の先では、晶が常時三人から四人を同時に捌く。そんな芸当は、数年やそこら武芸に励んだ程度で身に付くような代物ではない。

 そのことは、エリカ自身とて骨身に沁みて理解している。だからこそ、彼女は素直に感嘆しているのだ。

 

「一体、何が彼をそうさせたんだか」

「……多分。お父さんの(せな)に追いつきたかったっていうのと、途中からは後悔も混ざっているんじゃないかな」

 

 左で唐突に発せられた声は、会って数日の筈なのに顔さえ見る必要なく誰のものかわかる。

 

「夫が夫なら、嫁も嫁よね。夫婦揃って気配の消え方が暗殺者(アサシン)ばりなのよ」

「やだエリカったら。私たちは()()夫婦ってワケじゃ……」

 

 内心では心臓が飛び出そうな程驚いていたが、それをおくびにも出さず軽い冷やかしで応じるエリカ。

 一方のほのかは、モジモジと体を捩じらせて顔を紅に染める。何やら爆弾発言が聴こえた気がしたが、エリカは心を波一つない水面に例えて無の境地を保つ。

 

「……ま、おめでてぇこった」

 

 結局、口から出た言葉は剣術仲間の釼閣の言葉だった。

 

 

「……で? 蓬山、何か弁明はあるか」

「……ありません」

 

 体育館での騒乱及びその日の勧誘時間が終わってから、晶と達也は摩利たち三巨頭に呼び出されていた。

 

「剣術部員を黙らせるためって言っても、ねぇ。風紀委員が筆頭で暴れてたらダメじゃない」

「申し訳ありませんでした。反省しています」

 

 真由美の諫言で、晶が重ねて謝罪する。

 隣の達也から冷たい視線が痛く突き刺さるが、それを否定することは出来ない。

 

「だが、結果としては体育館での演目が十五分繰り下げ、及び剣術部員と剣道部員双方の全員が納得。結果論で言えば上々と言える」

 

 克人が調書に目を通し、中身を要約する。

 「そこなのよねぇ」と真由美も少し悩む表情を見せる。

 

「派手な演出だけれど、実際はそんなに時間を食ったわけじゃない。実演は予備に抑えておいた時間内に収まっている。そして当事者全員が納得している」

「部活連の会頭として、俺は今回の蓬山の行動は、最適ではないとしても不適切ではなかったと思う」

「十文字君?」

「剣術部には血気盛んな者も多い。調律の取れた乱闘で済んだことは高く評価すべきだろう」

「そう。……摩利は?」

 

 克人の発言を聞いた真由美は続いて、摩利に声をかける。

 

「……私か?」

「ええ。摩利ったら、さっきから殆ど言葉を発してないじゃない。不気味なくらい静かよ」

「真由美……。それは少し、いやかなり私に対して失礼だろ」

 

 「しかし、そうだな……」ともう少しばかり考え込むようにした摩利が、決心したような表情を見せた。

 

「ふむ……。やはり、単純明快な言い方が一番か。蓬山」

「はい」

 

 

「よくやった!!」

 

 

「「……HAH(ハァ)?」」

 

 晶のみならず、達也までもが気の抜けた声を出してしまった。

 ……決して、顔文字風に (HAH)? で返答したわけではない。

 

「いやはや、よくやってくれたよ実際!」

 

 ポカン……。とした状態の達也と晶をよそに、摩利が話を続ける。

 

「剣術部の部員たちは、剣道部がお咎めなしもそうだが、二科生に拘束されることに納得してなかったんだろ?」

「はい。最初は、でしたが」

「で、蓬山はそこら辺も含めて一切合切納得させたんだろう?」

「はい。“何でお前みたいなのが雑草(ウィード)で収まってんだ”と言われましたね」

「ハッハハ! そこまで言わせたか! なら尚更だ。一科と二科の格差を、たとえ僅かでも、是正させたんだ。これを咎めたら格差是正を掲げる私の指針に、私自身が背くことになるよ」

 

 満足そうに笑う摩利を見て、「そうね」と真由美も同意する。

 克人はそもそも、処罰が桐原のみで(それも比較的軽かった)他の部員の処罰が無かった時点で、この件は手打ちにしていいと思っていた。

 

「なら、今回の司波・蓬山両名の行動に問題性は無し。ってことでいいな」

 

 風紀委員長である摩利が最後に締め、今回の一件はこれにて終了となった。

 

 

 翌日も、その翌日も、そのまた翌日も。達也たち風紀委員は多忙を極めていた。

 摩利の「バカ騒ぎ」とはよく言ったもので、喧嘩祭のようになっていた。

 そんな中でも達也と晶の二人は、取り分け忙しくなっていた。

 なぜ、そう断言できるのだろうか。

 ……答えは単純。

 

「……スゥ……スゥ……」

「ッ! ッッ!! ッッッ!!!」

「(流石はお義姉様。お兄様の安眠を邪魔はしたくないけれども、貴重な瞬間を記録に残しておきたい二律背反なのですね)」

「……ん、んん……」

「晶ってばぁ……。私まで、眠く、なるぅ……ぅぅ……」

 

 恒例の九重寺での修行。それが終わるのとほぼ同時に真由美・深雪・ほのかの三人がやって来たのだが、朝ご飯を食べたところまでは良かった。

 その後、達也が殆ど突っ伏すようにして真由美の膝に頭を載せて寝オチしたのだ。そして晶は晶で、ほのかの肩に頭を置いて微睡んでいた。

 これまで一度たりとも見たことのない達也の姿に、真由美は顔が真っ赤になりながらも声が一切出せない。端末のカメラで撮影しようにも、音が出て達也の安眠を妨げては本末転倒でしかない。

 片やほのかは、晶と頭で「人」の字を作りながら寝ていた。

 

「良かったな、深雪。『アレ』が役に立つ時が来たぞ」

「そうですね、衛兵♪」

 

 言いつつ取り出した物は、彼女自身の端末。

 その端末の背中を達也たちや晶たちの方へ向けて画面をタッチしているが、音は一切出ていない。

 

「万が一のためにと、達也がカメラに無音機能を搭載していたが。まさかこんな形で役に立つとはな」

「ッ! ッッ!!」

「はい。ちゃんとお義姉様のパソコンと端末の両方に送信しますね」

 

 「ズルい!」とでも言いたげな表情だった真由美が、一転してにこやかな笑みを浮かべてサムズアップをする。

 その後、ほのかからも同様のお願いをされたことは言うまでもないことだ。

 

 

 そして、今世紀最大級の不覚を取った原因、勧誘期間はまだ続く。

 

「あぁぁぁぁ……」

「往生際が悪いぞ、達也。素直に己の敗北を認めろ」

「ですが、真由美のことですよ? 何するか分かったもんじゃ……。いや、予想はつきますが」

「せいぜい、額縁に入れて保管程度だろ?」

「それを『せいぜい』で片付けないでください……」

 

 巡回中に鷹から連絡を受け現場へ急行する最中、丁度人通りの少ない林道に入ったところで、達也がこの日六度目の嘆きをあげた。対象はもちろん、今朝の膝枕事件である。

 

「あぁ、何たる不覚……ッ」

 

 魔法発動時特有のサイオン波動を感じた二人が急停止をかける。

 二人の予測進路上にて発動された移動系魔法は不発に終わったが、達也と晶はしっかりと生徒の位置を特定した。

 

「達也、先に行け」

「了解です」

 

 達也にそう言い残した晶は、生徒を追いかけようと進路を変えてダッシュを始めた。

 しかし相手の生徒も簡単に捕まるつもりは無いらしく、移動系魔法を自身に対して発動させて距離を稼ごうとする。

 

「……遅い」

 

 だが、元よりその程度で振り切られる晶ではない。

 勢いよく地面を蹴り出すと同時に、左腕のガントレット型CADから単一加速術式を一瞬だけ起動させる。

 蹴り出しの一瞬、瞬間単位の時間に合わせて発動させることで、通常の加速よりも極めてロスの少ないベクトル増大で跳躍力を向上させる。

 それを左右での蹴り出しの瞬間ごとに、一瞬一瞬だけ無駄なく発動させていく。加速魔法、つまり現在ベクトルの増大であるこの術式の効果は、魔法による干渉が終わったあとも増大ベクトルだけは残る。ここへまた加速術式を発動させることで、総合的に加速するベクトル量は一回目よりも増える。

 すなわち、増大したベクトルを更に増大させていくことで、歩を進めるごとに一次関数の直線のように速度が上昇していく。

 相手も移動系魔法で鉛直下向きの重力を水平方向への加速力に書き換えているが、晶のように増大していくような連発ではない。

 その結果、次の一歩の加速で追いつくという距離まで縮んでいた。

 

「ッ、と」

 

 だが、その一歩の踏み出しと術式起動の直前に、横合いから不意打ちの圧縮空気弾が飛んできた。

 不意打ちのために回避の術式が間に合わなかったが、背中を擦りそうなほど地面スレスレで水平回転をして避けた。

 だが、そのロスから立ち直している間にまた距離を空けられたばかりか、不可視の弾丸の攻撃が続く。

 

「……まぁ、二兎を追うものは一兎も得ず。ということか」

 

 ある程度の特徴を覚えた晶は、自分に言い聞かせるようにして思いとどまる。そして、達也に詫びの連絡を入れつつ合流を図った。

 

 

「フフッ、晶に手を出そうだなんて……」

 

 この時、晶は迂闊にも失念していた。

 ほのかが、光波収束魔法による屈曲望遠で一部始終を『覗き見』できたことを……。

 

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