It's impossible to love and be wise.   作:蒼鋼

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/キミが何者であろうと

 

「《竜》。現代において日本では絶滅危惧種に指定されている《異貌のものども》。そして、《異貌のものども》の王たる種族」

 

 ザクリ。量子干渉限界を未だに迎えていない《剛鎖(バイン)》だったチタン合金片を靴裏で踏む潰しつつ、少年――吉田幹比古代は、少女――柴田美月との距離を詰める。

 

「四百歳を超えれば体長は20mを優に超え、齢千年を超えてなお成長を止めることはない。彼らが先天的に有する咒式干渉結界は、ただ展開するだけで『到達者』とも称される第十三階梯(甲一種)の咒式士が放つ攻性咒式さえ防ぎうる」

 

 美月が眼鏡を外したためか、幹比古は先ほどよりも鋭敏に、強力な咒力を感知した。恒常咒式によって練り上げた鋼剣の切先(きっさき)をやや下段で構え、少女の一挙手一投足から目を離せずにいる。

 知り合って一か月も経っていないような間柄だが、幹比古から見た柴田美月という少女は、たとえ無表情に近い冷めた表情であっても、それでも自分(友人)を攻撃することはないだろうと彼は思っている。いや、思おうとしていた。だが、現状においてそれは確信のない判断、言ってしまえば妄想や理想に近いモノでしかなかった。

 そして此処は戦場である。死神が笑顔で巡回する区画で空想に縋ればどうなるか、分からないほど幹比古は未熟でもなかった。

 

「そして、膨大な咒力と卓越した知性であっても種として衰退している《(彼ら)》は、時として人の容貌(カタチ)に変身し、人間と交渉することもある。あるいは――」

 

 一足一刀、咒式の詠唱を紡ぎ終わる前に斬り込める間合いで止まり、美月の金色の瞳を見据える。

 

「――あるいは、《竜》としてではなく、人として生きることを望む個体もまた、往々にして存在する。笑い、泣き、怒り、喜び、愛され、愛し、哀し、果てる」

 

 釼閣と人喰虎が動かず、なけなしの抵抗をアッサリ破られた学生咒式士たちは動けずにいる。

 束の間の静寂の中で迷いなく幹比古の眼を見つめ返す美月の瞳は、幹比古が彼女の身体に流れる《血》に気付いたからだろう、爬虫類のように瞳孔が縦長なように幹比古には思えた。

 

「人として生きる《竜》の遺伝子構成は、人間そのものだ。異種交配であったとしても、雑種(ミックス)ではなく正真正銘の人間が産まれる。咒式士や古式魔法師の関係者は《竜の血族(ドラゴン・ブラッド)》なんて呼んだりするけどね。そして――」

「そして。《竜》としての咒力は、人の域を大きく越えた咒式への適性は。代を重ねても尚、強く遺伝します。かつて世界中に存在していた《ドラゴン・ブラッド》は、その殆どが弾圧、あるいはモルモットとして虐殺されてしまいましたが」

 

 幹比古の言葉を継いで、今度は美月が言の葉を紡ぐ。

 もう戻れないと悟ったかのように、あまりにも短すぎた平穏を生涯忘れないと誓うように、慈しむように。

 瞳を閉じることで幹比古への視線を一度切り、決心が着いたのだろう、静かに瞼を開けた。

 

「……私の家系に、ずぅ…っと続いてる習慣らしいです」

 

 そう切り出した少女は、左右の前髪をそれぞれ束ねている髪留めに指を添えた。

 結わえている紐を解き掌に載せると、儚いものを見るように優しく見つめる。そして、それらを制服の内ポケットに仕舞うと、女子向けの小ぶりな巾着袋を取り出した。中には、今しがたまで使っていた紫の髪留めとは違う、赤と(アカ)(アカ)の左右非対称な個数の珠飾りで彩られた髪留めが収められていた。

 ハラリと微風に揺れる美月の黒髪に視線を奪われそうになる幹比古だが、それに自覚する暇さえなく、彼女の掌にある髪留め、否、髪留めに(あつら)えられている珠飾りの発する咒力に戦慄した。

 

「その珠飾りの咒力…。もしかしなくても――」

「はい。私の、御先祖様たちです」

 

 巾着自体が封咒素材で作られているのか、あるいは咒力を隠蔽する咒式でも使っていたのだろうか。確実なことは、掌に収まる程度の小ささであるにも関わらず、美月の咒力さえ霞みそうな膨大な咒力が『余波』として溢れかえっていることだ。

 

「私の家系では、《血》が色濃く発現した人たちは皆、最期が近づくと決まって体に《竜》の名残が顕著に現れるそうです、鱗だったり尾だったり翼だったりと。本当に《竜》になる人もいれば、咒力が突然枯れる人や《人間》としての終わりを望んだ人もいたそうです。ただ、一つだけ共通点があるんです」

 

 彼女の言葉で、なぜ髪飾りの珠飾りが左右で不揃いなのだろうか、その答えに、幹比古は見当がついた。ついてしまった。

 

「…心臓、かな?」

「…はい」

 

 やっぱり、吉田君はお見通しでしたね。最初だけ驚いた表情で、しかしすぐに冷めた表情に戻った。ここまで来れば、お見通しであっても何らおかしくはないだろうと、美月もまた考えてはいたのだ。

 

「《竜》の咒力に、ただの人間の心臓では耐えられません。傷つき、破れ、でも、無くてはならないモノですから、体が勝手に新しい心臓を作ってしまうんです。元の心臓を触媒にして。そうして作られた心臓に挿げ替えられた身体にとって、本来の心臓(オリジナル)は不要です。だから――」

 

 捨てちゃうんです、ギュッと圧縮して。

 

「--ああ、やっぱり。そうなんだね」

 

 話はもう終わり、という意味なのだろう。幹比古が咒式剣の鍔本を人差し指でトントンと軽く二回、そのあとは中指も併せて二回叩く。

 

「…たとえ新たな体には不要でも、《ドラゴン・ブラッド》の心臓はそれだけで超一級の咒具になる。柴田さんの家では、その心臓を珠飾りとして一つ残さず蒐集(しゅうしゅう)しているんだね? 強力な咒具、あるいは一族の形見として」

 

 幹比古の推測に、首を横に二度振った美月は苦笑いで答える。

 

「家としては、形見として残しているらしいです。母に聞いた時は『こんなモノ(遺品)、後生大事に持っておく必要なんて、あるのかしら』と言っていましたけどね」

 

 咒式を紡ぐ前に首が落ちると悟ったからか、あるいは争いを望まぬからか。タイミングを図るような幹比古の行動に対して、何をするでもなくただ語った。

 

「へぇ、そっ、か…」

「……」

「……」

 

「「………」」

 

 話すことが無くなってしまったのだろうか、再び沈黙が続く。

 先に痺れを切らしたのは、美月の側だった。

 

「…もう、いいでしょう?」

 

 ただ、一言。早くこの首を刎ねてしまえと、笑いながら、そう言った。

 

 

―-ドクン。

 

 心臓が跳ねた。幹比古がそう感じる間に、体は動いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()

 

 唯一の感想が、出力されるより前に。

 

 

「ふざけるな…!」

 

 感情が意思を伴い、意思が判断を伴って声帯を振動させるよう命令した。振動が意味を伴った音声として出力されたと自分の耳で聞いた時には。

 

「…何を、しているんですか…。ちゃんと、断ったじゃ、ないですか…」

 

 突然視界を覆った煙幕の中で幹比古を見失った美月だったが、そのすぐ後に続いた音――。

 

 

 肉に刃物が突き刺さる音、キンと金属が響いてすぐ発された短い間隔に二度響いた肉と硬物を纏めて圧し斬る音で、彼女は幹比古が何をしたのかすぐに分かった。

 

「僕の家、吉田家にもちゃんと伝わっているよ」

 

 人喰虎と釼閣は煙幕が発生してすぐに離れた。ならば、誰が喋っているかなど考えるまでもない。

 未だに晴れない煙の中、幹比古の声が美月の耳に響く。

 

「《ドラゴン・ブラッド》は、その存在が既に許されない。ティエンルン条約を踏みにじり《竜》が人間の領域に土足で踏み入る行為は、明確な条約違反だ。古式魔法の奏者であり尚且つ攻性咒式士として《異貌のものども》を討つことを生業とする吉田家の人間として、《ドラゴン・ブラッド》を見つけた時は死を覚悟して討伐せよ」

 

 ペタ、ペタ。水溜まりを踏んで水分を多く含んだ時の靴音が、美月の後ろで鳴った。

 

「次男だけど、僕もそれなりに素質はあったからね。5歳になるかならないかの頃から、耳タコで教え込まれたよ。実際に遭遇したことはなかったけど」

 

 振り返って待てば、煙の向こうの人影が段々と近づいてくる。

 

「なら、どうしてですか…!?」

 

 糾弾するような美月の声が響く。詰問の対象、煙を手で払って再び姿を見せた幹比古は、全身を甲殻類と昆虫を足して割ったような質感の鎧と面頬の前面を血飛沫で染め上げていた。

 

「だったら、どうして私ではなくて、生徒(彼ら)を殺してしまったんですか!」

 

 煙が晴れるより早く、生体強化系第三階位《衂蟹殻鎧(ドラメルク)》により生成した強化キチン質と硬化クチクラの鎧が咒力の供給停止によって量子作用限界を迎え消滅した。それによって露わになった幹比古の目を、美月がキッと強く睨みつける。

 段々と消えていく煙の中から姿を見せたのは、幹比古が手にしていた鋼剣で顔を地に縫い付けられた生徒、上顎が下顎から離れ離れになってしまった生徒、化け物でも見たように目を大きく開いて、人喰虎(ルゥガンフゥ)が雷撃の身代わりにした魔杖剣を自分の喉に突き立て膝立ちしている生徒の三人だった。

 彼らが既に死んでいることは、もはや確認するまでもない。

 

「なぜ、私を助けるんですかっ。どうして彼らは、死ななければならないんですかっ!?」

 

 先ほど幹比古が二度叩いたのは、タイミン取りではなく『(人差し指二回)二人(中指併せて二回)』という意味だった。視線でその意味を察したからこそ、美月は二度振って『殺すなんてダメです』と返していた。

 涙さえ浮かべて問いかける美月に、幹比古も真剣に答えた。

 

 

 

 

「彼らが《正統派》で、僕は《ならず者(アウトロー)》だから。これで、理由になるかな?」

 

 

 

 

 

 

 

「……え…?」

 

 驚きのあまり、美月は放心してしまった。幹比古が何を言ったか分からない訳ではない。日本語を話したのだということも、その言葉の意味も分かる。だが、やはり訳が分からなかった。

 

「吉田君が…アウトロー?」

「そう。《ならず者(アウトロー)》」

 

 正直に言ってこの状況を如何にして片付ければいいか戸惑っている感が無い訳ではない幹比古が、無意識に頬を掻く。

 

「僕の家でも、《ドラゴン・ブラッド》に慈悲は無用って散々仕込まれたよ。建前としてね」

「た、建前って…」

「なんせ吉田家(僕ら)の祖先を辿っていけば、どうしたって《地竜》の一派に辿り着くからね」

「そん、な……。で、でもっ。古式魔法の奏者で、攻性咒式士の一門だって、そう言いましたよね!?」

 

 先程までの剣呑な雰囲気がどこかに去ってしまった様子の美月が問い詰める。

 

「言ったね。けど、『ティエンルン条約に無条件で批准している』なんて言ったっけ?」

「うっ…」

 

 死体を前にしてするような暢気な会話ではない筈だが、それでも二人は続けた。そして、美月が言葉に詰まったところで強引に彼女を抱き寄せた幹比古が、死んだ攻性咒式士からいつの間にか拝借していた魔杖槍を構え、釼閣と人喰虎を視界に収める。

 

「ツルギにも言ってなかったよね? ゴメンね。僕だって、このことはなるべく誰にも、ツルギにだって話したくはなかったんだ。それこそ、()()()()()()()くらいの秘密なんだ」

 

 幹比古が己の死さえ覚悟の内という闘志を見せたからか、釼閣の剣気が膨らんだ。

 

「さっきの三人は、僕からすればどうでもいい類の連中だった。けど君たちは違う。簡単に()れる相手じゃないし、出来れば殺したくない」

「へぇ。で?」

 

 いくらか挑発気味に釼閣が、続きを要求する。

 幹比古は一つ頷き、続きを口にした。

 

()()()()()()。柴田さんは咒式なんて使ってないし、ましてや面倒な立ち位置でもない。そして僕も、本音も建て前もないただの古式魔法師で咒式士見習いだ」

 

 だって、理不尽だろ。

 呟く幹比古の指が震え、振動が魔杖槍に伝達する。

 

「柴田さんの祖先が何をしたって言うのさ。人間を喰った? かもしれない。人間を殺した? 昔ならあり得るね。人間と戦争した? ハンッ、人間が領土拡大のために、一体どれほどの種の《異貌のものども》を殺したと思っているんだ!」

 

 無自覚に激高しているのだろうか、幹比古の眼の瞳孔が蜥蜴のように縦長に伸びていく。

 

「それらが仮令(たとえ)事実であっても、柴田さんに何の咎があるっていうんだ。ただ生まれが特殊で、遺伝で他の人にはない素質があって、その根源(ルーツ)を知っているだけで、つい一か月前に中学校(義務教育期間)を卒業したばかりじゃないか。それが、されど罪になるって、そう言うのかい」

 

 もはや嘆いているようにも聞こえる幹比古の言葉に最初に答えたのは、釼閣ではなかった。

 

「Gu…Ru……Ko…Ru…Ki…Mi…Ki…」

 

 ほのかをその腕に抱いたままの人喰虎が、いや、晶が言葉を発していた。

 

「Mi…キ…ヒこ…みき、ひこ…。幹比、古」

 

 理性が戻ったらしく、ほのかは決して離すまいと抱き締めたまま、幹比古に視線を向けた。

 

「俺は、俺の世界を邪魔しないなら、それでいい。俺にもほのかにも『面倒』をかけないでくれるなら、幹比古と柴田が何であろうと関係ない。ただ俺たちの友人という、それだけだ」

「私も、かな。咒式とあんまり縁がないっていうのもあるけど、二人とはやっぱり友達でいたいな。って」

 

 二人の言葉で、膨れていた釼閣の剣気が薄らいでいく。

 

「はぁ、面倒くせぇ。イチイチ告げ口すんのは面倒だし、人間だの人間じゃねぇだので差別するなんざ、クッッッ…ッソ面倒だ」

 

 晶がスックと立ち上がり、釼閣もさっさと振り返って歩き出してしまった。

 

「あ。つってもタダってぇのはちと癪だな。幹比古、んな強ぇんなら俺と戦いやがれ」

 

 あまりにもいつも通りすぎる()()たちに、幹比古も毒気が抜かれてしまった。

 

「ハハッ。お手柔らかに頼むよ」

「うるせぇ」

 

 魔杖槍を地面に突き立て、美月に手を差し出す。

 

「少なくとも、学校では独りにさせてくれないみたいだね」

「そう、ですね」

 

 割り切れていない、ためらいがちな表情ではあるが、それでも美月は彼の手を取った。

 

 

 

 

 講堂に到着し追手が居ないことを確認してから扉を静かに閉めた鷹は、詰めていた息を緩やかに放出し片膝をつく。雫は既に女生徒たちを連れて演台の方に向かっていた。

 

「飛矢君」

 

 声を掛けられるより早く背後に近づく気配を感じてCADを向け、ようとして視界に入った少女が友人であったことを確認した鷹は銃口を下ろした。

 

「外の様子を、分かる限りでも教えていただけませんか?」

 

 少女、深雪に尋ねられた鷹は憚られる話題でもなかったから迷いなく、しかし他の生徒には聞こえないよう声量を絞って答える。

 

「基本はアサルトライフルだのサブマシンガンだので武装。ただ、ヘッヘヘ。ごく少数だけど咒式士が混ざってる。俺が一人殺したけど、少なくとも二~三人は残ってると見た方がよさそうだぜ?」

「そう、ですか…。それは、あまり芳しくはありませんわね」

「ヘッヘヘ、そうだよなぁ」

 

 付いてこない鷹を不思議がって雫が見遣るものの、深雪の背中に隠れて表情が少しも見えない。

 

「…なんか、嫌な予感…」

 

 具体的に説明できない不安を抱く雫が、上方の窓を見上げて呟く。

 

「なんせここは魔法の申し子を集めてる高校で、咒式に対応できる生徒はごく僅か」

 

 ここで初めて深雪は視界の中の異変に気づき、悟らせ無かった鷹の技量に同時に深く関心した。

 鷹がわざと気付かせるように左手を小さく上下に揺らしたことで、左袖から覗く金属棒──先端部を肘側にして隠し持っていた魔杖短剣の把手(グリップ)──に気付いた。

 

「詠唱済みの咒式より早く魔法を展開できるって訳でもないんじゃねぇの、司波さん?」

「──要求は、何でしょう?」

 

 せめてもの抵抗に、「友人だと信じていたのに」とあらん限りの恨みを込めた(二~三人は殺せそうな)視圧で鷹を睨みつける。

 

「ッヘヘ。保険はあって然るべき(ヒドゥン・ジョーカー)って奴さ」

 

 

 間もなく日の入りに差し掛かる空。雫の見上げる窓からは眩しいばかりの斜陽が差し掛かっていた。

 

 

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