It's impossible to love and be wise. 作:蒼鋼
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──一部が優遇されるか、総て等しく冷遇されるか。か
一階をレオとエリカに任せ図書館二階の高位情報閲覧室へ突撃した達也と
達也の答えを横で聞いていた衛兵も思う所はあれど、痛烈であっても否定できない事実であり、ただ黙していた。
やがて問答に窮した壬生が、彼らの横を通り過ぎて走り去った。
「いいのか?」
「エリカとレオが居る」
「そうだな」
レオもエリカも、戦場で敵として相対した時は割り切る人間だ。少なくとも達也はそう判断し、彼らが壬生を温情で逃すことはないだろうと信頼したからこそ、止めることなく壬生の逃走を許した。
「で? コイツらはどうする?」
「殺してもいいが、血でコンピュータが壊れかねない。それは許容できないな」
「なら、仕方ない」
閲覧室内で倒れている男たちの足を纏めて掴んだ衛兵と達也が、そのまま廊下へ引き摺り出した。彼らの上着を片側ずつだけ剥ぎ、背中で腕を交差させ剥いだ片袖を隣の男の腕に通す。そうして全員を一列に並べた所で、一人ずつ肩を外しにかかった。
達也も衛兵も綺麗に肩を外していくため、上手な者がやれば嵌め直しもアッサリ終わるだろうと予測できた。もっとも、警察の厄介になれるまで嵌め直されることは無いだろうが。
何人かは激痛で意識を取り戻したが、その都度鮮やかな手刀で暗闇に返された。
「ソイツで最後だな」
「あぁ」
達也の確認に衛兵が応答しつつ、最後の男の肩を外した。
†
「……ん…」
意識を取り戻した壬生は、眉根を一度強く寄せ静かに目を開いた。
「よぉ。後輩にのされて起きる気分はどうよ」
「…不思議ね。そう悪いものでもないわ」
あれほどいがみ合っていた桐原が相手だというのに、自分でも意外なほどスンナリと言えた。
きっと、今の自分に可能な範囲で限りなく最高に近い、と思い込んでいた一太刀ごと後輩に
自分でも驚くほどスッキリした心境の
「凄いわね、今年の新入生は」
「あぁ、そうだな。それも二科の連中がヤベェな、一点特化型の具合がよ」
「そうね。……私がやりたかったのって、こんなことじゃなかった筈なのになぁ……」
起き上がろうとして、しかし右手首と腹部に刺すような強烈な刺激を感じて顔をしかめた。
まさか起き上がろうとすると予想していなかったらしい桐原は、驚いた顔をしつつも咄嗟に彼女を支えて再び寝かせた。
「お前な、自分が何やったのか分かってないのか? 右手首はキレイに折れて、アバラも何本か逝ってんだぞ」
「うん。そう、だった、すっかり忘れてた」
「あのなぁ――」
「だって、すごく久々なんだ」
続けようとした言葉を遮られた桐原だが、文句を言うこともなく次を待った。
「久々なの、こんなに体が軽いの。私だって、学校をメチャメチャにしてまで不公平を正したかったわけじゃない。そんなことで出来るなんて思ってないよ。ただ、たった一度の試験で、なんでこんなに惨めな思いをしなきゃいけないのって、叫びたかった。誰かに聞いてほしかっただけなの…」
動かそうとして、固定されていて右手が動かないことにようやく気付いて、代わりに左手を胸に添えた。
色々なものをこらえて、溢れる寸前なのに、そうまでして自分に聞かせないといけないような話かと、桐原の胸中にじれったさが吹き溜まっていく。
「うん……。きっと、弱者同士で傷の舐め合いができていれば、私は受け流せたんだと思う。でも、出来なかった。自分が『本当にやりたいことじゃない』ってどこかでは分かってた。けど、そんなこと考えられなくなるくらい『私じゃない《ダレカ》のためにこの不公平は是正しなきゃならない! これは《正義》なんだ!』ってコトバに埋め尽くされてたんだ」
「……」
桐原は、しかし黙して何も答えない。否、『答えてはならない』と己を律していた。今は壬生が罪を懺悔している時間であって、それを己ごときが横槍を入れてはならないと決めたから。
「自分でも、信じられないの。なんであんな考え方に賛同したんだろうって。ううん、違うかな。『あの人の考え方』じゃなくて『自分の選択』を否定したかった。でも、そう思う度にその気持ちを圧し潰されるように考え方がすり替わったの。『違う、私がしたいことはそんなことじゃない』って思う度に、ね。だから…」
―-いつからか、抵抗することを辞めちゃったんだ、私。
「意志弱いよね」
自嘲の笑みを浮かべて問いかける、同意を求めるその言葉が。ただの空気の振動ではなく実体を伴っていたなら。爪が食い込みそうなほど握りしめた拳で殴り飛ばせたら。
有り得ない仮定があり得たら。どれほどよかったことかと思う桐原は、静かに怒っていた。
「んな、訳、ねぇだろぉが…」
「桐、原、くん」
「お前が意志の弱い人間だってんなら、そんな奴に俺が一本を、いいや"命一つ"取られる訳無ぇんだよ…!」
本当なら怒鳴ってしまいたかったが、生憎とここは保健室。激情を強引に押さえ付け、否、『斬り伏せて』静かに感情を発露させた。
彼とて、一科と二科の差を鼻にかけて剣道部を挑発した訳ではなかったのだから。
「お前はっ。殺し御法度の『剣道』をしてる
「えっ…? それじゃ、なんであんな――」
「見てらんなかったんだよ!」
「ひゃっ」
向かいで寝ている生徒もいたが、我慢が阿呆らしくなった桐原は思わず声を荒げた。突然の大声に、壬生も思わず首を竦めた。
思いの外声が大きかったことに気付き「あ。す、スマン」と詫びを入れた桐原は、再び言葉を連ねる。
「壬生の『剣』は真っ直ぐだった。去年の7月まではな。だってのに夏休みを越えたらどうだ、フッラフラと彷徨った鋒で、ずっと刃が定まんねぇでいやがるじゃねぇか」
「……気付い、て、たの?」
「当たり前だろうが」
ケッ、と若干苛つきの混ざった表情で明後日の方角を見る桐原。まさか桐原が剣道部員よりよく自分を『見えて』いたとは思いもしなかった壬生は暫く瞬きを繰り返したかと思いきや、言葉にならない音が口から溢れていく。
「それって、あの時のやっかみは…」
「あんまりシケた太刀捌きだったんでな」
「なにそれ。フッ、フフフ…」
お互いに真剣なのは分かるが、どうしても壬生は笑いを抑えられなかった。
さすがに心外だと桐原が視線を戻したが、すぐに口を閉ざした。
「居、たん、だ。ヒック。私っ、をっ。ウッ。ちゃんっと。ック。見て、くれ、ック…」
「……あぁ、見てたさ」
降参の意思表示か、あるいは「やっとか」という呆れか。桐原はニヒルな笑みと共に肩を竦めてみせる。
「高一の一年間だけじゃねぇ。10年間、ずっとな」
「……え…?」
「覚えてねぇとは思うけどな。小一ン時の剣道の全国大会、決勝戦の相手。ありゃ俺だ」
押さえてた反動か、泣き止む様子のない壬生。ベッドに腰掛けて彼女の背中に手を添える桐原が、世間話代わりに駄弁る。
「忘れもしねぇよ。延長五分、『決まった!』って確信した面に相小手を合わされて一本取られた瞬間は。悔しくて何度も録画を見返して、お前の試合は欠かさず見て。それで…。悔しかったけど、負けた」
桐原の脳裏を、親が撮影していた映像を再生機が擦り切れんばかりに繰り返し見た記憶が掠める。試合の後は寝て一晩過ぎても全く納得していなかったことを思い出して、表情が苦くなる。
「試合を何度見返しても、どんな格下格上相手の試合でも。壬生の剣道は真っ直ぐで、それで。……綺麗だったよ」
壬生の背を摩っていた桐原の手が跳ねる。いや、それは正しくない。壬生の背が跳ね、その振動が彼の手にも伝わったのだ。
「…本、当、ック。に……? 私の、剣、っはっ、綺、麗だっ、た…?」
泣き腫らしてすっかり目が充血してしまっているが、それに構うことなく少女は桐原を見つめる。
恥ずかしさはあったが、それでも桐原は迷いを振り切って壬生を見つめる。
「あぁ、本当だ。壬生は魔法の評価が低いことが悔しかったのかもしれないけどな。俺は、俺はな、壬生。そんな
「き、りはらっ、くん…」
「おうおう。あんま無理して話そうとすんなって」
「うっ、ん……」
何を思ったか、壬生は唐突に桐原の首に手を回し、彼の胸板に顔を沈めた。
「お、オイッ。壬生っ」
「ゴメン、今、だけっ。お、願い…」
「はぁ。ったく、世話の焼ける…」
溜め息をつきながらも、桐原は決して壬生を突き放すことなく、彼女の好きにさせることにした。
「ほら、泣けるんならトコトン泣いちまえ。その方がスッキリするとしたもんだろ」
「…ありがと」
――ウッ。ウゥッ、アアアァァァ……。
幸いにも向かいで寝ている生徒が起きる様子はなく。
少女の慟哭は、彼女に憧れ続けた少年だけが一人、穏やかな笑みで受け止めていた。
†
「ん、ん…」
一頻り泣いた後、子どものように泣き疲れて眠ってしまった壬生が目を醒ました。左右に彷徨う視線が窓越しの風景を捉え、黄昏の終わり頃の斜陽に目を細めた。
扉の開く音に反応すれば、通話を終えたらしい桐原が携帯端末を制服に仕舞っていた。
「目、覚めたか」
「うん。おはよう、桐原君。二重の意味で『目が覚めた』よ」
「そうか。そりゃ良かった」
残った甲斐があるってもんだ。小さな呟きを不思議に思い、ついで向かいで寝ていた生徒が居なくなっていた事に気付いた。
「あれ。ねぇ桐原く………。
…武明君」
「…………。ハァっ!?」
何のことはない些細な呼び方の違いだが、武明の声が思わず上擦った。
「壬生っ、おまっ」
「いいから、武明君。向かいで寝ていた人は?」
「ん、ああ飛矢か。あいつは今頃――」
――ま、死んでなけりゃ生きてんだろ。
†
壬生が寝ている間、真弓・摩利・克人の三巨頭を中心にエガリテに与していた生徒連中、通称『リスバン組』の処遇が話し合われていた。
「生徒会長としては一連の事態を警察に報告すべきなんでしょうけど、私個人としては生徒会の権限の内で終わらせたいのよねぇ」
とは、この会議の開催を呼び掛けた真弓の言葉。克人としては部活名義で参加していた訳ではないため処罰の対象が少なく、彼女の個人的な意見に賛同の姿勢を示していた。
「七草個人の意見に肩を持ちたい所だな。テロリストの手引きをしたと公にすれば、テロの共犯認定は免れない。小さくは一高の他の生徒の評価に、大きくはテロリストに協力してしまった生徒達の未来に傷がつく」
「それって普通は逆だと思うんだけど。ついでに言ったらガッコウの評価は度外視だし。ま、そこで敢えて常識の逆を行くところが克人らしいね」
言ってしまえばただの狙撃手でしかない光火射が参加していたが、達也や衛兵たち1年生も参加しており、文句のある者はいなかった。
「つっても、『生徒会の権限の内で終わらす』ったって、具体的にどうするんですか?」
「そうねぇ……」
指を顎に添え見上げるように思案する素振りを見せる真由美だが、実際には視線は達也に固定されていた。
「はぁ…(やはり俺か)」「フフッ(当然じゃない)」レオの尤もな意見から、ここまで0.5秒。
「制圧、しましょうか」
「「えっ!?!?!?」」
達也の口から出るとは予想だにしていなかった面々が驚きで目を剥いた。
†
神道師『た、達也が壊れた!?』
殺渡士『安心しろ、俺はいつだって正常だ』
近衛砦『いつだって…?』
麗凍姫『衛兵、そこは会話の要点ではありませんわ』
約全員『『(否定はしないんだ…)』』
†
「司波、詳しい説明を求める」
「イエッサ、いえ。んんっ、はい」
思わず踵を鳴らして敬礼しそうになった達也だが、無意識の行動を自覚して咳払いする。
「生徒を引き渡さない、引いては生徒は襲撃に与していないとするには、こちらでテロ実行犯を全員捕まえてしまうのが一番手っ取り早い方法でしょう」
「あー、成程ね。首謀者以下全員とっ捕まえて『犯人コイツらですよー』ってしようってハラだ。交渉は克人と真由美さんでゴリ押しって感じかい?」
「ええ。先程の交戦で多いとは言いませんが、しかし零ではない生徒が犠牲になっています。勿論、『甘言に誑かされてしまった』生徒も」
「たとえゴリ押しの交渉であっても、『テロの片棒を担いだ犯罪者』としてではなく『果敢に抵抗した英雄候補生』とした方が外聞も悪くない、ってことか」
「その通りだ、幹比古。だからこそ――」
「グエッ」
達也が幹比古の言葉を肯定しつつ、傍らの“ブツ”に腰掛ける。
「グッ、お、ォォォ…」
「コイツもそれを見越して、あんなややこしい“猿芝居”を打った。そうだよな?」
「ちょっ、そこまで分かってんならぁ手ぇどけろォォォ」
「何を言っているんだお前は」
“ブツ”こと飛矢に向けて、御仏もかくやの笑顔で悪魔のような冷め切った視線を向ける。
「深雪を危険に晒した時点で
「異議なし」
†
「うーんと、ちょっと待ってね…」
難しい顔で指先を額に当てる紗耶香だが、すぐに思考を放棄した。
「うん、ゴメン。前後関係サッパリ掴めないや」
「まぁ、だろうな。俺も端折りすぎたって自覚はある」
――ええと、飛矢の奴が司波妹を人質に取ったトコから説明すりゃいいか
――えっ!?
――思い切ったことするよな、アイツも
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