It's impossible to love and be wise.   作:蒼鋼

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/裏のウラ

 

 騒動も沈着していっていた頃、達也たち四人が講堂に戻ってくると外に人だかりが出来ていた。

 

「なんの騒ぎだ、アリャ?」

「分からん。が、俺たちも確認しておこう」

 

 CADを構え、人だかりに突撃する四人。

 人だかりから少し離れた場所に真由美と雫が立っていることに気付きソチラへ移動すると、二人も気づいた様子だったが一瞬視線を投げただけで、一言もなく視線を戻した。

 二人の隣に着いた達也たちの視界に映った様子で、達也と衛兵だけでなくレオとエリカも人だかりが出来た訳に納得した。

 講堂を拠点として防衛戦線を築いていた真由美たち三巨頭が三角形を描くように、熊の両手になっている生徒側の首謀者と目される(きのえ)(つかさ)ともう一人――

 

――深雪を人質とした鷹を包囲していたからだ。

 

「…()()。どういうつもりだ?」

 

 銃の照準を合わせたレオの、拾ったのだろう打刀を構えたエリカの、CADを待機状態にさせていた雫の、野次馬として集っていた一般生徒の心臓が凍り付くような、重く響く達也の声だった。

 

「ヘッヘヘ。よう、達也。なんつーヒデェ声出してんだか」

 

 視界の端に捉えて気付いていただろうに、あえて無視していた鷹は、横で冷や汗を流している司とは対照的にニヤリと笑ってみせた。

 高まった殺意の余波で達也が眉間のシワを深くさせるとすぐに、鷹が深雪の頸動脈に宛がっている魔杖短剣とCAD(トーラス・シルバー)に着装した銃剣-固定用台座に11桁の数列が3桁4桁4桁で刻印されている-を近づけた。

 

「眉間のシワ一本動かさない方がいいぜ、達也」

 

 鷹は今、達也の方を向いていたとは言え、10mはある筈の距離で眉間のシワの変動に気付いてみせた。魔杖短剣の周囲には咒印組成式が、CADの銃口に待機状態の魔法式が展開されているが、今の達也はそれさえ気づいていなかったようだ。

 怒りで冷静さを欠いていると判断した衛兵が達也の肩に手を載せることで、ようやく達也も自身の冷静さの無さに気付いた。

 

「…スマン」

「お前に熱くなられたら、収拾がつかなくなる」

「ていうか、達也君の怒りのツボってやっぱし深雪だったワk――」

「無駄口は叩かない方が人質のためだぜ、エリカ」

 

 鷹の脅しに屈するのは癪ではあったが、状況を優先させたエリカは溜息を零すこともせず押し黙る。

 

「司先輩が面白そうなコト企画してたもんで乗っかてはみたんスけど、いやはや完全失敗ッスね」

「さて、本当にそう思うかい?」

 

 キキッ。

残党を拾い集めているらしいワゴン車が二人の背後に停車した。わざわざ屋外で深雪を人質に時間稼ぎをしていたのは、コレを待っていたからだろう。

 車内の残党が銃口を外に向けつつドアを開け警戒する。「まもなく時間です、急いでください」と急かす運転手の言葉に従って司は後ろ向きで乗り込み、鷹も続いて乗り込もうとした。

 

「撃て」

 

 

 車内に乗っていた五人が一気にアサルトライフルをフルオートで乱射したが、鷹はそれより早く、待機させていた()()()()術式と()()()()咒式を発動させた。二重の加速方法で銃弾以上の速度に到達できる筈だったが、それより一歩早く司が熊と化している右手で鷹を背中から刺し貫いた。

 発砲音に順応してしまったのか、悲鳴は上げても立ち竦む生徒は少なく、むしろ立ち竦む生徒を引っ張って方々へ散っていった。逃げることに必死な生徒たちは鷹に興味が全く無かったが、逃げなかった真由美やレオ、耐物魔法壁を展開した克人さえ驚きで目を開いていた。事この期に及んで同士討ちを演じる理由に検討が着かなかったからだ。

 生体変化系の咒式で自らの身体を熊に変化させ戦う《剛熊士(ごうゆうし)》である司は身体変化の咒式のみならず、生体系咒式士が好んで使う恒常咒式で神経系の電子伝達速度の強化と筋力強化を己に施している。射撃の号令を出した張本人ということもあり、鷹の反応に高速で反応し銃弾より速く動く手をしならせることができた。

 

「ゴ、フッ…!」

「やはり、君はダブルスパイだったか」

 

 司の声は、呆れ半分関心半分だった。なぜなら、彼は鷹と深雪の両方を一挙に貫通した確信を得たにも関わらず、実際には鷹一人だけが刺さっていたからだ。人質になっていた深雪は彼方で摩利に抱かれて無傷であり、放たれた弾丸は全てコンクリートか鷹の背面のみを抉っていた。

 動きの固定こそされたが加速自体は成功していた鷹が深雪を押し出し、そこに自己加速術式と移動系統術式のマルチキャストで間に合わせた摩利が深雪を回収していたのだ。

 

「君の(もたら)してくれた情報は貴重なものばかりだった。一科生の中でも成績が下位の生徒は二科生との交換の瀬戸際に晒されていて精神的に不安定であること、《論理使い》が僕の知っている派閥より多く存在していたこと、そして司波達也という男の危険性と対処法」

「ヘッ、ヘヘ。だ、ろう、よ。そう、い、う…ゴボッ!」

「残念だが。今、僕は君の話を聞くつもりはないんだ。最大目標とも言うべき人質を逃がした君の話は、ね」

 

 手筈通り加速に乗っているワゴンに対して自分が目的を達し損ねたことに苛立ちを隠せない司は右手を捻り、貫通によって損傷した鷹の内蔵を脊椎ごとグチャグチャに掻き回した。

 

「あっ、ああああぁぁァァァ!」

 

 痛みで視界が赤く明滅するが、なけなしの根性で絶叫してみせた鷹は焼け付きそうな神経で自己加速術式を再度発動し上半身を旋回させた。

 咆哮を聞いた瞬間に鷹を投げ捨てようとした司だったが、それより早く鷹が旋回し魔杖短剣で斬りつける。

 

「そういえば君は、化学珪成系の恒常咒式で全身の神経を光ファイバーに置換することで、文字通り『光速思考』と全身の『光速制御』を可能にしているんだったね」

 

 どうでもいいことを思い出す口調の司が、熊化している左手で難なく魔杖短剣を受け止めた。首を右に傾け、追撃に射出された銃剣を躱したが、そのせいでワゴンの窓を貫通し車内の同志の額に突き立った。

 すぐにドアを閉めて本格的な逃走に移行すべく、右手を振るって鷹を投げ捨てた。

 ゴン、ゴン、ゴロン。二度三度バウンドして回転した鷹だったが、魔杖短剣を地面に突き立て強引に制止する。遠心力で背中を勢いよく叩きつけられ呻くが、吐血することはなかった。あるいは、地面に残った紅の轍に使い切ったと言うべきだろうか。

 

()、っつつ…」

 

 痛い、などというレベルではなかった。アドレナリンで感覚がマヒしていて且つ恒常咒式で止血と沈痛処置が施されているにも関わらず、神経は焼き切れそうにズキズキし視界が赤く染まっていっている。呼吸が出来ている気がしないし、指先が冷たくなり始めている。

 冷めた表情の達也と無表情の衛兵が歩み寄るが、その間に鷹の腹部を淡い光が覆う。咒式に疎い二人はそれが応急処置の何かなのだろうと適当に予測して鷹の頭の近くで立ち止まった。

 

「で。タカ、お前何がしたかったんだよ?」

「…へッ、へへ…。ワ、リィ…」

 

 衛兵の見下ろす詰りに、青白い顔ながら苦笑する鷹。冷や汗が滂沱のごとく溢れているが、親指と小指を立てて耳に当てる。

 

「病院か? ったく…」

「違う。そうじゃないよ外島君」

 

 救急に連絡しようとした衛兵を止めたのは、意外にも雫だった。達也は何かに気付いたのか鷹の持つCADを凝視していたが、耳に届いた雫の声に共感を覚えたようで視線を後ろに向けた。

 

「達也君なら気付いてるんじゃない? 記憶の食い違い、『何かが違う』違和感。それは何?」

「お…ぃ……」

 

 懐から伊達眼鏡を取り出し着用する雫。

 先程の苦笑と打って変わって露骨に渋い顔になる鷹だったが、彼女は気にかける素振りも無い。

 

「じゃ、その違和感は? 銃剣(バヨネット)の存在? 確かに前は付けてなかった。でも、そうじゃない。それが全てではない」

 

――では、違和感とは一体?

 

――銃剣を飛ばしたこと?

 

――では、なぜ飛ばした?

 

――司に当てるため?

 

――ノー。零距離で振り回した後、そのまま射出して当たる筈が無い。

 

――では、車内の銃手が狙い?

 

――ノー。一人殺したところで他の銃手は健在。

 

――では、無意味に飛ばした?

 

――ノー。結果と過程は目的に対して為されるべく帰結する。

 

――では、推理の観点に間違いがあった?

 

――飛矢はダブルスパイ。これは事実?

 

――飛矢(本人)が否定せず、また反撃に転じた。ならこれを事実と仮定。

 

――では、ダブルスパイなら。

 

――あれ程残存戦力の優劣がハッキリ示されていた状況で、なぜ司を確保しなかった?

 

「北山。急に黙り混んだが、大丈夫か」

「…常に、異なる可能性を――」

 

――確保、()()()()()

 

――『出来なかった』のではなく『しなかった』。それは何故?

 

――そもそも。これほどの規模の襲撃作戦を、一介の高校生が指揮できるものか? で、あるならば…

 

「呆れた。海老で鯛でも釣りたいワケ」

 

 鷹からCADを取り上げた雫が、CAD(シルバー・ホーン)の銃口部分を掴み検分する。

 

「司波君。この事件の黒幕は司先輩じゃない、そうだよね」

「疑問形ですら無いとはな。知っていたのか」

「まさか。けど、推理ですら無いよ。少なくとも『司波君が何かしらを知っている』なんて事は」

 

 顔を上げる訳でもなく、CADを検分し続けながら当たり前のように淡々と言葉を繰る。

 

「司波君と外島君が二人して、深雪も会長も放置して屋外に討って出た。それは敵の本命が講堂じゃない――生徒の殲滅でも拉致でも無い、講堂はあくまで生徒を一ヶ所に張り付けて身動きを取らせない為。と知っていたから、でしょ」

「ご明察だ。で、違和感の正体は分かったか?」

「勿論。アンサー。銃剣、の挿し込み口」

 

 トントン、と小指で強調する雫。達也はその動作を注視することで、ようやく違和感の正体に気付いた。

 

「そうか。ロットナンバーにしてはアルファベットの無い11桁の数列は、電話番号か」

「そういうこと。3桁目と7桁目にハイフンが入っているのは、電話番号だと分かりやすくするため。でも直接繋がる筈の無い番号だから変換して……」

 

 自分の端末を取り出して計算を行う雫は、ものの30秒で画面を達也と衛兵に見せた。

 

「この番号。GPSで追跡して」

「電話じゃなくていいのか?」

「うん。どうせ、コイツのことだから」

 

 文字通りの死体蹴りで鷹を呻かせ、露骨に呆れた表情で見下ろす。

 

「さっきの銃剣。態々飛ばす必要のなかったアレに付けられた発信器の番号、それがこのナンバー。でしょ」

 

 

 

 

「クソッ。あのワゴン、キッチリ防弾仕様してやがる」

 

 急発進するワゴンにフルオートで弾丸をバラ撒いたレオだったが、タイヤを抜くことさえ出来ず悪態を吐く。そこへ、晶に肩を貸すほのか、釼閣、幹比古と美月たちが戻ってきた

 

「晶、さん…!? どうしてそんな、いつになく消耗して――」

「これまでにない長時間での機動でフィードバックが来てる。そうですよね?」

「さす、がに。たつやは…ゼェ、ハァ……」

 

 初めて目にする晶の疲労困憊に驚く衛兵だが、それとは対照的に達也は、先ほどの激昂からの流れを推測して確信を抱いていた。体力が無くなるまで暴れていたに違いない。と。

 

「宝珠も壊れてる魔杖槍だと、高位咒式を使う訳には行かないからね。低位咒式でATPを増産するくらいしか…って、タカ!?」

 

 晶の傍らで生体咒式を連続発動させ簡易処置を施していた幹比古が、驚きの声を上げる。晶の様態なら放置しても特に問題なしと判断し急いで鷹の隣へ駆け込んだ。

 

「うわ、酷いなコレは。変化系咒式の、それも蟹や熊の類いかい? 傷口がグチャグチャだ」

 

 手早く傷を検分していき、見た目の派手な腹部の大穴以外に外傷は無いことを確認していく。

 

「これは、本格的に咒式を使わないとどうしようもないかな…。衛兵、レオ。事務室で僕の魔杖剣を受け取ってきて貰えないか」

 

 了承をとる前に学生証を衛兵に投げ渡し、後は頼んだとばかりに鷹の魔杖短剣を手に取る。

 

「タカ。今から咒式治療するから、個人認証をフリーにして欲しい」

「おう、よ…っつつ」

 

 痛む体をなんとか動かし、魔杖短剣の生体認証を解除する鷹。体力が殆ど残っていない為に、解除を終えてすぐに腕がドサッと地に落ちた。

 

「ツルギとエリカは、安宿先生に報告してきて。出来れば連れてきて欲しいけど、向こうも怪我人の相手で一杯だろうね」

「報告だけでいいのか?」

「どーせ、今来たばかりのアンタじゃ詳しい説明なんて出来ないでしょうが」

「ハッ。違ぇねぇ」

 

 軽口を叩き合いながらも既に常人を軽く超える加速で駆け出していた二人。エリカが仔細を報告し、万が一安宿先生が此方に来れるのならばツルギが運ぶというのは最早言わずもがなであった。

 

「……死ぬの?」

「縁起でもないこと、言わないでよ」

 

 鷹の頭の横あたりに膝を下ろした雫の呟きを、幹比古が苦笑混じりに否定する。

 止血が済んでいるお陰で低位の増血咒式と皮膚の培養咒式を併発させる事が出来、治療開始から数分で血色はそれなりに生気を取り戻していた。

 

「今タカに死なれたら、僕の寝覚めが悪くなる。だから死なせない、手を出した以上は命を繋いでみせる」

 

 大雑把に見て最低限の血液量に到達したと判断した幹比古は咒式を切り替えようとしたが、鷹を挟んだ反対側に落ちた影に視線を上げた。

 

「…手伝わせて、ください」

 

 ギュ。と、幹比古が投げ捨てた魔杖槍を握りしめた美月を見た幹比古は、迷うこと無く魔杖剣を美月に近付けた。

 幹比古の意図を汲み取った美月は魔杖槍の穂先を魔杖剣の鋒に近付け、増血咒式の咒印組成式を受け取った。生成量が過多にならないよう演算に気を付けている彼女を見て、問題無しと判断した幹比古は自身の増血咒式を中断し生体強化系第二階位《活息醒(フ・ハー)》の咒式で全身に直接酸素を供給する。

 

「上出来だ、柴田さん。そのまま、合図するまで増血を続けて」

「っ、はい!」

 

 宝珠による演算補助無しに咒式を維持している現状で声を掛けるべきで無かったと内心反省しつつ、幹比古も咒式を展開し続ける。

 

 

 

 

「七草、渡辺。服部と、あと役員を何人か借りていいか?」

 

 鷹については見守ることしか出来ないと判じた克人は、その件以外に着手することにした。

 

「はんぞーくんを? 本人次第だけど、私は構わないわ」

「こちらもだ。しかし、何のためだ?」

「現状の損害把握だ」

「ふむ、そうか。なら私がーー」

「駄目よ、摩利」

 

 克人の言葉ですぐに生徒(死者)数の把握と理解した摩利だったが、彼女の提案は真由美が即時棄却した。

 

「何故だ、真由美。私は死体くらい見慣れてーー」

「貴女()、ね。()()()()()

「っ。ああ、そうだな」

「七草の言う通りだ。手は借りるが、作業は先生方が中心になる。有志だけで充分だろう」

 

 「残党が残ってるかもしれん、守りは頼むぞ」とだけ言い残した克人は(いつの間に来ていたのか)最愛を傍らに伴いその場を後にした。

 ギュ、と左手を強く握りしめる摩利だったが、すぐに割り切った表情で真由美に向き直る。

 

「仕方ない。そうだな、組織の長が動けば『組織としての決断』になる。風紀委員と言えど強制的に死体と対面させる訳にもいかないか」

「そうよ。それに、まだ全部終わった訳じゃない」

「なに?」

 

 真由美の言葉に眉をしかめる摩利。言った本人は想い人に視線を向ける。

 

「――そうでしょ。達也」

 

 

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