It's impossible to love and be wise. 作:蒼鋼
†
16:48
「――えぇと。それじゃ司波君たちはエガリテの、っていうかブランシュの掃討作戦に行った、ってこと?」
「最終的には、そういう事だな。司波兄に言わせてみりゃ『自分達の
「平和の定義って…?」
「止めろ壬生。今回
ツッコミ不在の中収拾が付かなくなり始めていたが、突然に連続した轟音と共に部屋全体が激しく揺れた。
「うおっ」
「キャッ!」
固定されているベッドの上の壬生にも衝撃が伝わった。ベッドの布や緩衝材越しの筈なのに相当な振動が伝わってきた。桐原は剣術部員として鍛えている体幹ゆえに殆どよろけることはなかったものの、動くことはまるで出来ない状態だった。
衝撃源は校舎の付近らしく、廊下と保健室の多数の窓が割れた。
「な、何? 今の…」
「まるで砲撃みてぇな音だったぞ。いや、本物な筈ないんだが…」
外の様子を確認しようと桐原が保健室の壁に張り付いき廊下を覗いたが、廊下越しに見えた外の様子に絶句した。外にはクレーターとも見紛う巨大で歪な円状の穴が穿たれており、中心から放射状に亀裂が無数に走っている。保健室の外を見ても、やはり同様の穴が刻まれていた。
大穴をよく見れば変形した見るも無残な金属塊が埋まっているが、段々と光る粒子が空中へ散っていった。
それは桐原はあまり見慣れていないが、咒式が量子干渉限界を超え崩壊していく現象そのものであった。咒式に疎い桐原はそれが何らかの咒式であるという事こそ分かったものの何の種類なのか分からず、考えることより状況への対応を優先した。
「あぁ、チクショ。なぁ壬生」
「なに? 怪我なら無いよ。大丈夫」
「そうか、それは良かった。じゃなくて、すぐ歩けるか?」
「えーと、うん。左手を使わなければ」
「そりゃ上等だ。急いで外に出るぞ」
「分かった。…あ、ガラス。あと靴」
二つ返事で了承しベッドを降りようとしたが、掛布団をめくろうとしてベッドの上に斜陽を照らし返すガラス片が散らばっており身動きが取れず、更に自分の靴が手の届かない距離の棚に置いてあることに気づいた。
「ゴメン、動けないや。武明君一人で行って?」
諦めた表情の壬生が桐原に告げたが、言われた本人は不服そのものの様子であった。
「何言ってやがる。置いていける訳ねぇだろが」
「えちょっ…ななな何!??」
ズカズカとベッドに歩み寄った桐原はガバと布団を捲ろうとして、ガラス片を思い出し慎重に捲っていく。掛布団を全て捲って床に落とした後に棚に入っている壬生の靴を取り出しベッドの上まで持ってきた。
「時間がねぇんだ。
「えっ? う、うん…。ねぇ武明君、時間が無い、って?」
「お前にも聞こえただろ、二回着弾した音」
「うん。でも、それがどうしたの?」
固定されている左腕をどうにか使わずに靴を履いた壬生が問いかける。苦い顔の桐原は「行くぞ」とだけ言い捨て歩き始めたが、廊下にも聞こえる生徒の悲鳴を誤魔化すように告げた。
「なぁ、壬生」
「うん?」
「面打ちで一発目の切先が
「え、急に何? そりゃ、よっぽどの素人でも間合いが遠かったから詰めて、詰め過ぎたから半歩下がれば当た…」
自分の言葉で気づいた壬生が口を噤み、俯きがちに桐原に続いた。校舎の中に生徒をほとんど戻していなかったためか、誰かとすれ違うこともなく二人だけの廊下が続く。
艦砲や迫撃砲といった砲撃の言葉に「
理解してしまえば、校舎の外側二箇所に砲弾が着弾したという事実から紡がれる確定した未来は…。敢えて口にするほど、壬生は考えなしでも浅慮でもなかった。
理解した、正しく戦場と理解したが故に。軽口が不謹慎に感じられた壬生は口を閉ざす。時には知らなくても、むしろ知らない方がいい事だってあると。遅まきに思い起こした桐原は伏し目がちに一抹の後悔を感じた。
「…すまねぇ。余計なことだったな」
「えっ。…ううん、いいよ。気にしないわ」
世間話をするような状況でもない二人を静寂と宵闇が包む。二人の耳朶を沈黙が包むが、そこに疑問を抱かないほど能天気でもなかった。
「空が…黒い?」
無音に疑問を感じた二人が廊下から見上げた空は、夜を想起させる暗さに染まっていた。しかしながら、数分前まで斜陽がまだ明るく照らしていたことを思えば、陽が沈むまで不自然に早すぎた。雲もそれほど漂っていなかったというのに、星明りが一つもないというのも、また不気味だった。
日の入りよりも早く迎えた夜。吸い込まれそうな
†
16:33
達也の主張に有志が便乗した結果、名実共に権利者の同行を必要と感じた十文字が監査役として随伴する形で作戦会議の方針が定まった。
部活連執務室を急遽占拠し、具体策の詰めに切り替わる。真由美と摩利は生徒たちに指示を出すためインカムでの参加に留め、他の参加者はスクリーンに投影されている画面を注視している。
「飛矢の残したGPS発信機を追跡している」
克人の言葉に、端末を操作している達也が画面を切り替える。
「向こうが自動車を捨てていないことは明白であるが、別行動や待ち伏せの可能性を捨てきれない。そこで達也の提案を基にメンバーを追撃班と支援班に二分し、その中で追撃班を三分割する」
地図上に三色の屈折した矢印が書き込まれ、起点となる学校にも赤丸が追記された。三角形を後ろから追う赤矢印には車のアイコンが、林の中を突っ切る青矢印と起伏の激しくなる区域を進む緑矢印には自動二輪車のアイコンが、学校の赤丸には望遠鏡のアイコンが付いていた。
「役割は画面を見て察しが付くだろう。手配の間に合った装甲車一輛と二台のオートバイに分乗する」
高校生が装甲車を手配できる件についてツッコむべきか思案したレオだったが、目の合った達也が首を横に振ったので「そんなモンか」と受け入れた。
車にしろ自動二輪にしろ免許を持ってる高校生が三人もいるのかと疑問に感じたエリカの脳裏には、真由美の小悪魔スマイルが脳裏を過った。詮索しない方がいいのだろうと思考を封印した。
「装甲車は司が乗っていたバンを、走路を辿って後方から追跡する。バイクはどちらも偵察目的だ。何か意見は?」
参加者を見渡す克人と目線の交わった釼が手を挙げ、そのまま指名される。
「バイクは偵察、っても何を偵察するんで?」
イイ質問だ、口にこそしないが誰かが突くことを期待していた「説明不足」を補う。
「林を進む側は装甲車の先行だ。裏取りが出来ていない
「矢印の長さが、そのまま先行順番てことか」
「そういうことだ」
緑、青、赤と短くなっていく。青が追跡の先行偵察となれば、その先を行く緑の役割は自ずと限られる。
「そうなると、緑は更に先の偵察ってことッスよね。アジトに目星が付いたんスか?」
「付いたというよりは付けただな、飛矢。達也」
カタカタと達也がキーボードをタイプしていくと、地図上に菱形の目印が浮かぶ。航空地図を拡大していくと、いくらか寂れた工場が残っている場所を示していた。
「所有元の企業が10年くらい前に倒産した化学プラントが放置されていたらしい。さすがに毒劇法に触れる薬品は残っていないだろうが、悪企みの拠点には使い勝手がいいだろう」
「錬成士が混ざってたら、薬品なんて作り放題ッスけどね」
咒式士でもある鷹の意見は至極全うだが、当たり前のこと故に軽口と流して進行された。
「飛矢の言う通りだが、同時に伽藍洞ではない作りだからこそ戦術としては留意する必要がある。その為に、青矢印の偵察は
「そのプラントが『アタリ』なら、そのまま外周の監視を潰しちまえば楽スからね」
「だったら、私が適任なのかな」
「いや、
「えー? なんでさー」
克人の隣で机に腰掛ける最愛が頬を膨らませて不貞腐れる。眉間に皺を寄せた克人がしかめっ面のまま、仕方なしとばかりに頭を撫でる。
「うわっ、何だよ急に。こんなんで懐柔しようたっt」
「本来なら不要な追撃戦だ。
「……りょーぉかいっ」
右手で頬杖を突き不機嫌そうに返事をするが、左に逸らした目と(首から下どころか)耳まで紅潮していては説得力に欠ける。その心中たるや、察して余りある。
「会頭。俺が引き受けます」
「元よりその人選だ、飛矢。ある意味で自分の蒔いた種だ、積極的な貢献を希望する」
「飛矢了解」
「それなら、青矢印のバイクは僕が乗ります。強剣士の僕なら、突発的な戦闘でも前衛咒式士として戦線を維持できると思います」
自己申告した幹比古の言葉に、会議室の面々が壁に立てかけてある彼の魔杖剣に目配せした。
――魔杖剣斧《頑鑠刃ルダオラ》、可変機構で剣と斧の形態を切り替える業物の咒式具。衛兵とレオという上背も筋肉も常人以上の二人がかりで、ようやく引き摺って運べる程の超重量級だ。
生体強化系の前衛咒式士は、恒常咒式で増強した筋肉であればこそ扱える重量級咒式具を好む。知識はあっても、それを片手で振りかざして鷹に治癒咒式を施す場面を実際に目撃するとでは別物であった。
「よし。では
「「はい」」
†
16:44
「御曹司、お待たせいたしました」
十文字家の使用人自ら運転して装甲車とバイクが届けられ、各々が搭乗していく。
「衛兵。真由美と深雪は頼むぞ」
「勿論だ、自分の役割くらい分かっている」
装甲車のハッチに手をかけた達也が、くれぐれもと衛兵に念押しする。三度目の念押しに流石に呆れも混ざる衛兵は生返事に手を払う仕草で搭乗を促す。自覚がないのか達也は心外とばかりに顔をしかめながらハッチから車内へ潜り込んだ。
バイクも幹比古と鷹が
「何その辛気臭い顔。浮気の言い訳でも考えてるの?」
「うるせえ元凶。息を吸わずに深呼吸でもしてろ。つか何だ浮気って、ただのスペアだろが」
校舎での戦闘で眼鏡を紛失した鷹は予備を持ってこそいたが、微妙に合っていないようで眉間に皺を寄せて計器類とにらめっこしている。
「大体、なんでオメェまで付いてきてんだ。大人しく引っ込んでやがれや」
「何言ってんの元裏切り者。監視も付けないで単独行動させる訳ないじゃない」
「…チッ」
達也の提案に意見具申した二人――衛兵と雫はそれぞれ配置換えされていた。
衛兵は防御寄りの魔法を得意としていて今回の追撃戦には適しておらず、校内に残って残党に備えることとなった。
逆に雫は支援班で校舎から
「で、なんで狙撃なのにライフルが無いの。頭打った時に狙撃のいろはまで捨ててきた?」
「テメェの頭から撃ってやろうか? 手元に持っとく必要がねぇんだよ」
「あっそ。そんじゃ、そのマントは? アンタってロビンフッド気取りのイタい奴だったっけ」
「その謎すぎる思考回路を解析した人間はノーベル賞にノミネートされるだろうよ、
「タカ。仲がいいのは結構だけど、君が先発なのは忘れてないよね?」
「幹比古」
「吉田君」
「「…腕のいい脳外科医を紹介した方がいい?」」
「真似すんな」
「真似しないでよ」
「二人とも順調そうで何より。仕事はしてね」
程なくして克人も操作性の確認を終え、一輛と二台は校舎を後にした。釼閣は座席に乗り込まず、器用にも車体上部の起伏に足をかけ装甲車の上で佇んでいる。
『…ザザッ…
「コマンダー了解。スポッター1、観測状況知らせ。オーバー」
克人が校舎に残した
「静かだな」
「ああ。斥候一人居やしねぇ」
「…なあツルギ。
「ソイツぁ、撤退戦じゃなくて潰走っつーモンだ。あるいは―――」
『緊急! 各員、
†
16:23
廃棄されて久しい様子の、配管や内壁が錆びついた工場に着信音が響いた。
「なんだ」
『…すまない、兄さん』
兄と呼ばれた青年――
「しくじった、と。そういうことか?」
『ああ。部隊はほぼ殲滅、捕まらなかった隊員たちも方々へ逃げてしまった』
「そうか。標的はどうした」
『それも…。最後に無線交信していた隊員に聞いたが、記録媒体ごとパスコードブレイカーを破壊されたらしい』
義弟の報告に、右目の周囲がピクピクとひくつく。
それが成果を出せないどころか、壊滅と敗走とは。指揮官としての憤慨たるや、推して知るべしである。
「……ふぅ。分かった、
自身の護衛として残した部隊の目の前で怒り狂う訳にもいかず、どうにか感情を押し込めた。作戦の指揮を預かるものとして、通話しながらも周囲の部下に次の段階へと指示を始めた。
『大丈夫、追跡されてる様子はないよ』
同乗者とも確認したようで、義弟が自信を持って答える。状況を整理した甲は現在が最悪の二歩手前だと結論付けた。
一歩手前は全滅か残存兵全員の降伏。最悪そのものは『何の情報更新もなく通信途絶』と定めていたからだ。
「そうか。なら、作戦を次の段階に移行する。なるべく早く帰ってこい」
『ああ、分かった』
夕飯に急かすような、どことなくノンビリした口調で最期に告げて通話を切った甲の表情はみるみる険しくなった。
「揃いも揃って、この役立たずがっ!」
苛立ち紛れに落ちていた空き缶を蹴飛ばす。カラン、コロン。工場の中では広い方の空間の中に軽い金属音が虚しく響いた。
「いやぁ、イヤァ。まさかマサカの失態、あいや大失態とは。オタクも大変ですなぁ」
一瞬前まで誰もいなかった筈の窓枠に、ひょろ長い人影が佇んでいた。何の足場もない壁、三階ほどの高さの窓だった。西日を後光に受けていて貌はほとんど見えないが、ここ最近で聞き覚えになったその声を睨みつけるように見上げた。
おぉ、こわいコワイ。人を弄ぶ以外の何でもない調子で肩を竦める男の表情は、猫の仮面に隠れて伺えない。
「癪ではあるが。貴様から買い取った例の『力』、使わせてもらおう」
「おっ、ご使用頂けるので? いやぁ良かったヨカッタ」
取引させて頂いた
「くっ…」
「ほら、お客サン。
「うるさい!」
感情そのままに怒鳴り飛ばし、無言で待機していた隊員たちに必要以上に大きな声で指示を飛ばす。
「証拠を
「了解ィ。ふっ、フヒヒ」
沢井と呼ばれた大男がニヤリと口元を歪める。目がトロンとして涎が垂れ続けており、正気かどうか確かめることはおろか会話さえ難儀しそうな状態だ。
あらマ、さすがにキマりすぎでっしゃろ。窓枠の不気味な意匠の発する声を無視して沢井がポケットから取り出した物は、掌ほどの大きさのあるUSBメモリのような形状をしていた。ゴツゴツした装飾で縁取りされており、『C』をモチーフにした大砲のようなデザインが描かれている。赤茶けた半透明なカバー素材の向こうで、内包さている粘液がユラユラと揺れている。
「め、モりィ…メモリィィィィィ!」
接続端子に相当する部分を手首に押し当て、側面に備え付けられたボタンを押し込んだ。インジェクションにありがちなガスの噴射音を立てると、みるみる粘液の嵩が減っていく。注射の感覚で軽く「達した」のか沢井の表情に恍惚がひた走る。
「何を呆けている、砲術班!」
浮かび上がる血管の拍動の速さ、不自然にゴキゴキと鳴る筋肉に周囲の隊員が警戒の視線を向けるも、指揮官である甲の叱責を受けて持ち場へ移動した。
「こんなモノに頼らなければならないとは。おのれ…」
†