It's impossible to love and be wise.   作:蒼鋼

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/挨拶も程々に

 

 文言にいくつか差別是正に繋がる常識破りが織り交ぜられていたが、それも深雪の美貌に魅入っていた生徒たちが咎めることなく、結論で言えば平穏に終わった入学式の後。新入生たちは個々に配布されたIDパスで教室を確認して各々で教室に移動した。

 そしてHR(ホームルーム)が始まるまで、新たな友人作りやシラバス確認など思い思いに時間を使っていた。

 

 

 例えば、A組。

 

「司波さん、さっきの演説凄かったよ」

「ありがとうございます」

 

 先ほどの演説で感銘を受けた生徒たちが(主に男子が)我も我もと深雪の席の周りに集まる。

 それを(はた)から見ている生徒たちの内の二人の片割れ、薄い黒髪の小柄な少女が呆れ交じりの溜息をつく。

 

「初日からガッつきすぎ。あれじゃ、どんな女子でも友達付き合いから弾く」

「雫、ちょっと言い過ぎだよ」

 

 小柄な少女──北山雫の辛辣な評価を隣の明るい茶髪の少女──光井ほのかが(たしな)める。

 

「そうかな。せめて、アキラみたいにもう少し相手にゆとりを持たせて話せる環境を作るべき」

「そうかもね。って、まだその話引きずるの?」

「あれ。私、今、名字で指定してなかったよ。どのアキラだと思ったの?」

 

 表情が殆ど動かない雫は眉さえピクリと動かさない。が、付き合いの長いほのかにはしたり顔をしているに違いないと確信した。

 

「うぅ。雫の意地悪」

「でも、文通は続けてるんでしょ?」

「そ、そうだけどさ……」

 

 言い返す言葉が思い浮かばず、机に突っ伏すほのか。ほのかの隣の(なにがし)の椅子を拝借して雫も座る。

 

「そういえば、さっき小耳に挟んだ噂なんだけど」

「今度は何?」

 

 雫が前置きもなく話題を変えることに慣れたほのかは、突っ伏したまま雫の相手をする。

 

「なんか、二科生に前髪で顔を半分くらい隠してる生徒がいるらしいよ」

 

 ガバ、と周りの生徒の注目を集めるレベルでほのかが上半身を勢いよく撥ね上げる。

 

「ほのかって、そんなに背筋に力あったっけ?」

「そんなことはどうでもいいから、その話詳しく」

 

 さっきまでの消沈はどこ行った、と言いたくなる勢いで詰め寄るほのかをどうどうと制した雫は肩を竦めて答える。

 

「私もその話しか聞いてないから、何とも」

「そっか。でも、探そうと思えば探せない訳じゃないよね」

 

 グッ、と拳を目の高さで握るほのか。一度決めたら真っ直ぐ進める性格を熟知している雫も安心したように頷く。表情は一ミリも動かないが。

 キリのいい所でHR開始を告げるチャイムが鳴ったので、雫はそそくさと自席に戻った。

 決意新たに視線を正面に向けたほのかは、深雪の表情が少し暗いことに気づいた。

 

(雫の言う通り、挨拶したあとにあれだけの初対面の人を相手にして疲れてるのかな)

 

(ある程度覚悟はしていましたが、やはり衛兵とは違うクラスになってしまいましたか。残念です、すごく、とても……)

 

 周囲の視線を気にかける余裕もなく嘆息を零す深雪。それを見ていた生徒はその姿にもウットリしていた。

 

 

 例えば、C組。

 

「ふむ、深雪とは別のクラスになったか」

 

 残念そうに呟いた衛兵は自席に座る。周囲から視線が刺さるが、同世代では稀と言えるくらいには筋骨隆々という言葉が相応しい体格をしていることを本人も自覚しており、また毎度のことなのでダンマリを決め込んでいた。

 視線だけで、話しかける者がいないことも織り込み済みである。

 

「やぁ、大きいな」

 

 横から声を掛けられたので顔を向けると、頬杖をついた少年がにこやかな笑みを浮かべていた。

 

「……まるで、鷹みたいだな」

 

 茶髪に金のメッシュという派手な髪に加え、ブラウンフレームの眼鏡越しに伺える双眸がきらびやかな金色をしているその少年は、衛兵の言う通りにまるで鷹のような風貌だ。

 

「本当か? 初対面でそんな褒め言葉を言ってくれたのは初めてだぜ」

 

 どちらかというと好青年に分類されそうな顔つきの彼は子供のように活き活きとした表情で机に手をついて立ち上がる。

 

「へっへへ、嬉しいな。それじゃ、アレだ。そういうお前は、えーと、そう守護神! 最後の砦はお前だ、っていう風に防御面では手放しに信頼できる風格だぜ」

 

 衛兵も初対面でそこまで言われたことは初めてで少しばかり放心したが、表情を緩めて嬉しさを表現する。

 

「ありがとう、俺も初対面にそこまで言ってもらえたのは初めてだ。正直、嬉しいな」

「そうか? へっへへ、俺たちウマが合うんじゃないか? 俺は飛矢、飛矢(トビヤ)(ヨウ)だ。って言ってもタカの方が呼ばれ慣れててな、ぜひタカって呼んでくれや」

「分かった、タカ。俺は外島衛兵だ、下の名前で呼んでくれ。よろしくな」

「おう、よろしく!」

 

 どうやら二人は本当にウマが合うようで、それから趣味嗜好などの話でも盛り上がったが、鷹がふと気づいたように話題を切り替える。

 

「そういや、コイツについて最初に聞かなかったのも初めてだな」

 

 コンコン、と自分の眼鏡のフレームを指先で軽く叩く鷹。その仕草で眼鏡のことだと察した衛兵は当然とばかりに答える。

 

「そりゃ、今の時代は視力が悪いくらいなら簡単な手術で治るからな。なのに敢えて眼鏡を使わない事情なら、それこそ初対面で聞く方が野暮だと思ったんだが、違ったか?」

「……へー、ホントに珍しいな」

 

 数秒間呆けていた鷹が、感心したように呟く。

 

「お察しの通り、目が悪いってわけじゃないぜ。むしろ、良すぎて困るんだよな」

 

 少しだけ、困ったように小さな苦笑を漏らす。

 

「なあ、衛人。俺の視界って、裸眼だとどのくらいあると思う?」

 

 鷹のいきなりの質問に、衛兵は腕組みをして首を傾げながら数秒間だけ考え込む。

 

「大体、2kmくらいか」

「おっ、判断の根拠は?」

「お前さっき、『視力』じゃなくて『視界』って言ってただろ。それに『どのくらい』って、m(メートル)を付けなかったし。だから、そのくらいかなって」

「うんうん。中々の名推理だぜ」

 

 満足気味に頷く鷹はしかし、正解とは言っていないからきっとハズレなのだろう。

 (おもむろ)に眼鏡を外した鷹の瞳孔が、ピントを調整するように絞られていく。

 

「正解は、5kmだぜ。だから衛人との距離くらいだと、近すぎて焦点が合わないんだよ。あー、疲れる」

「へぇ、凄いな」

「あれ、信じるんだ?」

 

 目頭を揉みながら、拍子抜けといった(てい)で鷹が聞き返す。

 

「なんだ、嘘だったのか?」

「いや本当だけどさ。最初は誰も信じないんだぜ、マジな話」

「そうか」

「そうかって」

「他人は他人、俺は俺だからな」

 

 少しドヤ顔気味に衛兵が返すと、鷹は声に出さずに噛み締めるように口角を釣り上げて満面の笑みを浮かべる。

 

「多分、お前とは長い付き合いになりそうだ」

「奇遇だな。俺もそう思った」

 

 鷹が突き出した拳に合わせるように衛兵も拳を突き出す。

 二人が拳をぶつけ合うと同時にHR開始を告げるチャイムが鳴り、衛兵は前に向き直った。

 

 

 例えば、E組。

 

「あ、達也くんだ。さっきぶり~」

 

 机に内蔵されている端末から学園のネットワークに入っていた達也は、声を掛けられて顔を上げた。すると、そこにはエリカと彼女に連れられた美月が立っていた。

 

「ああ、さっきぶりだな。二人もE組だったんだな」

「そうそう。ラッキーってね」

 

 指でVサインを作りながら席に着くエリカ。彼女を見習うように美月も達也の横の席に着いた。

 

「あ、あの。よろしくお願いします」

「ああ。こちらこそよろしく」

 

 見た感じの雰囲気と変わらず、少し内気な美月とも挨拶を交わし端末の操作を中断した達也。エリカが、廊下側の席の一つを凝視していることに気づいたからだ。

 

「エリカ、知り合いでもいたのか」

「えっ。う、うん。正直驚いた」

「声を掛けなくていいんですか?」

「そうね。そんじゃ、コッチに連れてきますっか」

 

 席を立ったエリカと入れ替わるように茶髪で達也より少し大きいくらいの少年が達也に声をかけた。因みにその少年は、達也の前の席だ。

 

「よっ、初めまして。西城レオンハルトだ、よろしくな」

「こちらこそよろしく。司波達也だ」

「柴田美月です」

「俺はレオでいいぜ」

「なら俺も達也でいい」

「そうか。なぁ、何度も聞かれると思うけどよ……」

 

 レオが少し申し訳ないといった表情をする。好奇心には勝てなかったといったところか。

 

「ああ。お察しの通り深雪は俺の妹だ」

「やっぱし、そうだったんだな」

「やっぱり、そうだったんですね。何となく、二人のオーラには近しいものを感じました」

「オーラ?」

 

 少し訝しむレオの横で達也の表情が少し凍る。

 

(まずい。この少女に詮索されると、こちらとしては都合が悪いな……)

「柴田さん」

「はい?」

 

 達也に声を掛けられて彼に視線を遣った美月は、彼の真剣な表情に少しだけ慄いた。

 

「『目が良い』んだな」

「っ、スミマセン!」

「オイ達也。どうしたんだよいきなり」

 

 達也を窘めるようにレオが肩に手を置く。

 

「いいんですレオ君」

「いや、つってもな……」

「人には誰にだって見られたくないものがありますから」

「望むと望まざるに関わらず見えるというのは大変だな」

「はい……」

 

 美月は二人に自分の体質──霊子放射光過敏症についてかいつまんで説明した。

 

 

 その頃、エリカは廊下側の席の一つに座っている少年に声を掛けた。

 

「やっほ。久しぶり、ツルギ」

「ん、エリカか」

 

 気怠げな表情で座っていた少年は、エリカの声に反応して視線を彼女の方へ向けた。

 

「なぁに、また伸ばしてんの?」

「んー、切るのも面倒なんだよな」

 

 表情が常時気怠げな彼は相当ズボラなようで、鈍色(にびいろ)の髪の毛が肩甲骨近くまで伸びている。天然パーマの体質が無かったことが幸いだ。

 

「ね、どうせ暇なんでしょ」

「そうだな。(ダル)い」

「だと思った。ちょっと顔貸しなさい、面白い面子よ」

「それじゃ、幹比古も誘うか」

 

 全身で気怠さを主張しつつ腰から立ち上がる少年──宇練(ウネリ)釼閣(ケンカク)の呟きにエリカが目を丸くする。

 

「えっ、ミキいるの?」

「なんだ、気づいていなかったのか。ホレ」

 

 伸びをする釼閣が指で示した方向には、二人のよく知る右目尻の黒子(ほくろ)が特徴的な少年が横の少年と話をしていた。

 

「あ、本当だ。それじゃミキも誘おうっと。おーい、ミキー!」

 

 

 

 件の少年──吉田幹比古も達也と同様、席に着くなり端末からアクセスし情報を読み込んでいた。

 

「早いな。どうせ、この後のHRでやることだろ?」

 

 幹比古は左隣の少年に声を掛けられたので作業を中断して振り返った。

 声をかけた張本人の少年は、顔の上半分くらいまでが前髪で隠れており表情は口元以外に殆ど分かりそうにない。だがその口角は少し釣り上がっている。

 

「め、珍しい髪型だね」

 

 予想外の髪型で少し驚いた幹比古だが、相手は別段気にする様子もない。

 

「よく言われるよ。俺自身は気にしないんだが、やっぱり切るべきなんだろうか」

 

 少年は割と本気の雰囲気で幹比古に相談する。幹比古はこのテの相談に慣れていないのか、返す言葉は少したどたどしかった。

 

「ど、どうだろう。君の好みのままで、いいんじゃない、かな?」

「そうキョドらないでくれ」

「し、しかし……」

「アキラ」

 

 少年が放った言葉の意味を咄嗟に理解できず、幹比古は一瞬だけフリーズした。

 

「……は?」

「俺の名前だよ。蓬山(ヨモギヤマ)(アキラ)

「へぇ、珍しい名字だね。僕は吉田幹比古。出来れば名前で呼んでくれるかな、名字で呼ばれるのはあまり好きじゃないから」

「分かった、幹比古」

 

 それから二人は自分たちの得意な魔法の系統、中学時代の部活、得意な一般教養科目などを話していた。

 

「おーい、ミキー!」

 

 エリカが幹比古に話しかけたのは、丁度会話に一区切り着いた時だった。

 

「……」

 

 思い当たる節があるのだろう、幹比古が片手で頭を抱える。

 

「あだ名か?」

「幼馴染がね。僕は何度も止めてくれって言ってるんだけど」

「ミーキ! 今暇?」

「僕の名前は幹比古だ、暇っちゃ暇だけど。……って、釼閣かい?」

 

 二人の間では最早お決まりなのであろう遣り取りをしてから、幹比古はエリカの後ろの釼閣に気づいた。

 

「よお。同じクラスになったな」

「ミキ、こっちの人はミキの友達?」

 

 エリカが晶を指差しながら幹比古に尋ねる。

 

「友達っていうか、今挨拶したばかりだよ」

「んじゃミキの友達ってことで。根暗な奴ですが、よろしくどうぞ」

「ちょっと、エリカ」

「蓬山晶だ。こちらこそ、陰が薄いとよく言われるんでな。よろしくどうぞ」

「晶も合わせなくていいよ!」

 

 幹比古のツッコミで場の空気も和み、晶は続けて釼閣にも挨拶をした。

 

「初めまして。蓬山晶です」

「……宇練、釼閣。剣士だ」

 

 晶と(髪で隠れてはいるが)視線が合った途端、それまで気怠げだった釼閣は目を一瞬だけ大きく開き、表情と纏っている雰囲気を獰猛な肉食獣のそれへと変貌させる。

 その豹変ぶりは、美月と談話していた達也とレオの二人も本能的な危険を察知して立ち上がらせ戦闘態勢に移行させるほどだった。

 

「「こら」」

「あたっ」

 

 だが、エリカと幹比古の二人から拳骨を喰らった釼閣はすぐに表情と雰囲気を気怠げなそれに戻した。

 

「ごめん。普段は気怠げなだけのイイ奴なんだけど、強敵だと本能で感じ取ったら戦わずにいられない性格してるんだ」

「ミキ、そんな回りくどい言い方しなくていいわよ。コイツはただの戦闘狂、腕の立つ方は要注意! ってね」

 

 幼馴染二人から言われ慣れているのか、釼閣は少し気まずそうに視線を逸らして頭の後ろを掻くだけだった。

 

「……晶、()()?」

 

 先ほど席を立った達也がとても以外そうな顔をして晶の名前を呟いた。

 その声に対して晶は、恐ろしく滑らかな動作で椅子を蹴って宙を舞い、そのまま達也に踵落しを放った。見ていなければ、空中を舞ったことにも気づかないほど静かな動作だった。

 一方の達也は動じることなく両手を頭上でクロスさせて受け止めた。

 この程度は二人にとっては挨拶で、無音で着地した晶は達也と握手した。

 

「やあ、達也。同じクラスとは嬉しいな」

「まさか先輩が同い年とは思いませんでした」

『……先輩?』

 

 美月、レオ、エリカ、幹比古の四人が異口同音に呟く。

 

「ああ、晶先輩は俺が通ってる道場の先輩なんだ。いや、先輩というより兄弟子か」

「そうだな、どちらかというと兄弟子だ。だから先輩は止めろといつも言っているだろ」

「いや、しかし……」

 

 珍しく達也が言葉を濁す。

 

「ま、今すぐじゃなくてもいいさ」

 

 丁度HRの時間になったので、七人は席に着いてHRを受けた。

 

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