It's impossible to love and be wise.   作:蒼鋼

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/虫は付く前に払うが吉

 

「それにしても。師匠の指示だったんでやりましたけど、不意打ちって少し卑怯じゃないですか?」

 

 達也の手を引いて起き上がらせながら、晶が質問する。

 

「おっと、それもそうかな? それじゃ改めて組手始め、二対一だけど頑張って」

「へ?」

 

 晶が気の抜けた返事をして八雲を見ている間に、達也が晶の顔目がけて右足で蹴りを入れる。

 しかし、晶は表情を変えるよりも視線を戻すよりも早く達也の足を肘で真下に撃ち落とす。下向きの勢いを殺すことなく股下へと流した達也は今度は左拳を打ち出す。

 それを左腕で払った晶は左足を達也の左足目がけて突き出す。だがその突きが決まる前に衛兵が晶のこめかみ目がけて飛び蹴りを放つ。

 致し方なし。とばかりに達也の左側へ回り込んだ晶だったが、そこは達也が勢いを殺していなかった右足による回し蹴りの軌道上だった。

 とうとう晶に一撃入るかと思われたが、晶は上半身を後ろに捻り込み地面に垂直な軌道の回し蹴りを放つ。

 上から叩き落とす威力に押された達也。静かに着地した晶が僅かに硬直している達也へ右拳を放つ。達也に当たる直前に、二人の間に割り込んだ衛兵が何とかガードする。

 ところが晶はそれも織り込み済みだったようで、右手をすぐに引っ込めて両の拳で乱打する。

 衛兵は両腕でその乱打をよく受け止めたものの、ガラ空きになっていた鳩尾に鋭い膝蹴りを受けて顔を顰める。そこへこれまたガラ空きの右肩に蹴りをモロに受け、数mほど吹っ飛ばされた。

 その様子を見ていた達也は、晶が空中で動けない好機と見て拳を突き出す。

 晶は達也の考えとは裏腹に、空中で左足を軸に回転し右足を達也の肩に引っ掛けて勢いよく下に叩きつけた。

 

「はい、そこまで」

 

 八雲の掛け声で、仰向けの達也に跨って完全なマウントを取っていた晶が立ち上がり、達也を引っ張り起こす。

 蹴飛ばされた衛兵は自力で立ち上がり首を左右に揺らしながら戻ってくる。

 

「いやはや。達也くんと衛兵くんの連携は本当に素晴らしいね、晶くん」

 

 八雲の同意を求める言い方に、晶は首肯で答える。

 

「衛兵が攻撃を捨てて防御一徹で相手の攻撃を受けきる。達也は逆に防御無視で最速で相手を倒す。本当に厄介な連携技です」

「そうは言っても、俺と達也の二人掛かりで晶さんは膝を着かないじゃないですか」

 

 少し痛むのか、蹴られた右肩を抑えながら衛兵がボヤく。

 

「当然だろ。兄弟子としては、お前たちにはまだ倒される訳にいかないからな」

「それに、晶くんの場合はお父さんがM(マーシャル)M(マジック)A(アーツ)の元選手だからね。格闘技に関しては父君から手解きを受けている。完全に彼の土俵という訳だ」

「ま、その代わり魔法じゃお前たちには絶対に勝てないがな」

 

 四人が車座で談笑を始めて数分後、深雪と真由美が風呂敷包を携えてやって来た。

 

「「八雲先生、おはようございます」」

「やぁ、おはよう。深雪ちゃんに真由美ちゃん。毎朝欠かさずご飯を作ってくるだなんて、本当に殊勝だね」

「ありがとうございます。先生と晶さんも一緒にいかがですか?」

「お、いいのかい? それじゃお言葉に甘えて、ご相伴に預かるとしよう。ホラ、晶くんもだよ」

 

 真由美と深雪が風呂敷を(ほど)くと、その中からは重箱が顔を覗かせた。

 二人が重箱を広げている間にそそくさと立ち去ろうとしていた晶を見逃すことなく、八雲がニコリと笑顔を向ける。

 

「いや、しかし。達也と衛兵はいいのか?」

「「勿論」」

「そうか、それなら有難く。っとその前に」

 

 座り直そうとした晶はその前に一同に背を向け数歩離れ、服に付着した砂埃を(はた)き落とす。

 それを見た深雪が服のポケットからCADを取り出す。

 

「食事の前に、皆さんの服の汚れを落としてしまいますね」

 

 深雪が使用した魔法は振動系の単一魔法で、服の繊維に絡まっている汗や埃に微振動を与えて空気中に払った。

 

「ありがとうな、深雪」

 

 衛兵が代表して深雪の頭を撫でると、それだけで深雪は幸せそうな表情になった。

 その様子を見ていた真由美が、何かを思い出したように手を打つ。

 

「あ、そうそう。達也と深雪ちゃんと衛兵くんは昼休みに生徒会室に来てね」

「毎年恒例っていう、ヘッドハンティングですか?」

「言い方が悪いわよ、衛兵くん。新入生総代は慣例的に生徒会役員になってもらっているだけよ」

「知らないんですか、前例は破るためにあるんですよ?」

 

 達也には、衛兵と真由美の間にバチバチと青白い稲妻が走っているような気がした。

 しかしそれも数秒のことで、真由美がとどめの一撃を放った。

 

「本音を言えば、堂々と義妹を可愛がりたいのと虫除けなんだけどね」

「……わかりました。昼休みに生徒会室ですね」

 

 明け透けな物言いだったが、衛兵が引き下がるには十分だった。

 その後に六人で食べた深雪と真由美の手作り弁当が美味しくないはずがなく、達也と衛兵が美味しいと褒めるごとに二人から笑みが零れたこともまた、言うまでもないことであった。

 

 

 晶と別れ、真由美を交え一旦自宅に戻った達也たち四人は、深雪が重箱を洗っている間に昨晩調整した真由美のCADの最終チェックを済ませ学校へと向かった。

 最寄りの駅で降りて学校へ向かう一本道では真由美が達也の腕に絡みついていたが、深雪は人通りが多いからか衛兵の隣を歩くに留めていた。

 本校舎で四人は別れ、E組の教室に入った達也はクラスメイトたちから一斉に興味の視線を浴びせられた。

 

「司波、学校中で噂になってるぞ!」

「七草会長とベッタベタにくっついて帰ったって本当か!?」

「一部では婚約者だって噂もあるけど……」

『本当なの?』

 

 どうやら廊下での様々な視線は気のせいではなかったらしい。何かを諦めたような溜息を一つ零した達也は「……勘弁してくれ」と片手で頭を抱えた。

 

「あ、オッハヨー達也くん。いやぁ、一晩で大人気になったね~」

「よう達也。先に言っておくが、俺は誰にも話しちゃいないぜ」

 

 おめでとう~、と言ってエリカが達也の背中を軽く叩く。レオは当然のように達也の肩に手を置く。達也は別段それを馴れ馴れしいと思うこともなく、むしろその素直さにホッコリした。

 

「諦めろ、達也。どうせ七草会長が言いふらす」

「うおぉ!?」

「ちょっと晶くん、いきなり後ろに立たないでよ! 怖いな~」

 

 音も気配もなくレオとエリカの背後に立っていた晶に達也は動じなかったが、二人は大仰に驚いていた。

 

「晶さん……。どうしよう、ありえそうで否定できないです」

 

 兄弟子として絶対にタメ口はできないと言い張る達也は妥協案として『先輩』ではなく『さん』と呼ぶことにした。

 その達也は、彼女ならやりかねないと顔を青ざめる。そんな達也を素通りするかと思われた晶はすれ違いざまに達也の胸に拳を押し当てる。

 

「達也。いいか、先人の教えにこんな言葉がある。……“人間万事塞翁が馬(幸不幸は予測不可能)”だ。お前にとっては悪いことでも、それは誰かにとってはきっと良い事なんだ」

「晶さん……」

 

 達也は光明を得たように表情を明るくした……わけではなく、ジト目で晶を見ていた。

 

「それは要するに“諦めろ”と?」

「さっきも言ったろ? そういうことだ。理解が早くて助かる」

 

 その後、晶は我関せずといった様子で自分の席へ向かった。

 

 

 一方、衛兵はC組の教室を素通りしてA組の教室まで深雪に同行していた。

 あと少しでA組の教室といった所で、A組の男子生徒数人が廊下に出てきた。

 

「やあ司波さん、おはよう」

「おはようございます」

「ところで、司波さんの隣の君は誰かな?」

 

 衛兵に声をかけたその生徒は表面上は穏やかな笑顔に見えるが、その目には若干の冷たさがあった。別の言い方をすれば、「気安く司波さんの隣に立つな」という感情だろうか。

 目敏くその感情に気付いた衛兵は、敢えて挑発するように深雪の肩に手を添えて彼女を抱き寄せた。

 

「初めまして、1ーCの外島衛兵だ」

「も、衛兵!? いきなりどうしたんですか」

「深雪との関係で言えば、両家の親公認で当人同士も合意の婚約者(フィアンセ)だ」

「なっ、婚約者だと?」

「その通り。厚着の冬が終わる春先は『虫』の動きが活発になるからな、『虫除け』も兼ねて教室まで送りに来ただけだが、何か問題でもあったか?」

 

 オブラートに包むこともせず剥き出しの、いっそ清々しいほどの衛兵の嫌味に、A組の男子何某(なにがし)の眉間のシワが深くなる。

 

「お前、馬鹿にしているのか」

「はて、何のことだ?」

「この……!」

「おい、止せよ」

 

 衛兵に向かって歩き出しそうになった一番前の男子を、その後ろの男子が手を掴んで制止する。

 

「深雪さん。外島くんと言ったか、彼の今の話は本当なんだね?」

 

 顔立ちからも理知的な風合いを見せる彼の質問に、深雪は首肯で返した。

 

「魔法師は概して寿命が短い人が多く、世継ぎを早くに残すことが好まれることもしばしばあります」

「そうだね。だから名家であるとかに関わらず非魔法師よりも幾分か早い年齢での婚姻が望まれることもよくある」

「その通りです。ただ、それ抜きにしても私はただ衛兵の隣がいいというだけですが」

 

 衛兵の肩に頭を載せながら答える深雪。衛兵は深雪の頭を優しく撫でていたが、その時に予鈴が廊下に響いた。

 

「それじゃ、また昼休みに」

「はい、衛兵……」

「そんな悲しい顔をするな、深雪。折角の美人が台無しだ」

「衛兵。でも……ふぇ?」

 

 悲しさ全開の深雪の頬を、衛兵がグイと掴んで引き伸ばす。

 

「いつまでも暗い顔してる深雪には、こうだっ」

いひゃ(いた)いひゃい(痛い)です。はひふるんへふは(何するんですか)ぁ」

「はははっ」

 

 上機嫌に笑う衛兵が手を離すと、(つま)まれた頬を膨らませてそっぽを向く。その頬は上気して赤く染まっている。

 

「もうっ。衛兵なんて知りませんっ」

 

 ツンとすました表情の深雪が視線を衛兵に合わせることなく教室へと入っていく。

 男子たちもそれに続くようにして入っていくが、先ほど制止されていた少年だけは恨みがましそうに衛兵を睨む。

 

「司波さんは、僕達A組と付き合いを深めるべきなんだ」

「一応言っておくと、それは五世代は昔の木端(こっぱ)悪党の常套句だぞ。それも、登場したその回か次の回には倒されるような超雑魚の」

「うるさい!」

 

 廊下にまばらにいる生徒がギョッとして振り返る大きさの声で叫んだ男子生徒は拳を力一杯握って教室へ戻った。

 その様子に、衛兵は肩を竦めて呟く。

 

「やれやれ、少しやりすぎたか?」

 

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