It's impossible to love and be wise.   作:蒼鋼

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/人それを「徴兵」と呼ぶ

 

「すまない、待たせ、た……?」

 

 午前の一般科目を淡々とこなした達也は、昼休みになると幹比古や美月に昼食に誘われたがそれを丁重に断って生徒会室へ訪れた。

 生徒会室のドアの前には、達也の予想通りに衛兵と深雪が立っていたが、彼の予想とは違ってどこか険悪な雰囲気が立ちこめていた。いや、険悪というほどギスギスした雰囲気ではない。

 

(何をやらかした?)

(……達也に隠し事は出来ないな)

 

 敢えて「どうした」という言葉を使わず小声で話しかける達也に、衛兵が参ったように後頭部をかく。観念したように朝のあらましを話そうとしたところで、肖像画のように俯いて微動だにしなかった深雪の口が動く。

 

「衛兵」

「は、はい」

「……お兄様にも言わないでください。あれは私と衛兵だけの秘密にしておきたいのです」

「え……?」

 

 ようやく顔を上げた深雪の顔が少し赤くなっていることに二人とも気付いたが、達也は二人から一歩下がり静観を貫く姿勢を取った。

 口を開けて数秒呆けていた衛兵は、自己解釈で深雪の言葉を解析した。

 

「つまり、恥ずかしかっただけ?」

「そうですよ! 衛兵ったら、(わたくし)が衛兵とお兄様以外の男性と仲良くするのが面白くないからって、あんな、堂々と、い、言わなくても、いいじゃないですか……」

 

 今朝の出来事を思い出して顔が赤くなっていった深雪が再び俯く。

 そんな深雪を真横で見ていた衛兵が、止めようもなくニヤける口元を手で隠す。

 

「達也。深雪って本当に可愛いよな」

「衛兵!?」

「何を今更言っているんだお前は。俺は、深雪の真の愛らしさを理解できていない男を深雪の婚約相手と認めた覚えはないぞ」

「お兄様まで、悪ノリしないでください!」

「「なぜ」」

「何でもです! もうっ。お義姉様を待たせるわけにいかないんですから、早く参りましょう!」

 

 恥ずかしさ半分、嬉しさ半分で顔を赤くしている深雪と、彼女を見て改めて惚れ直した衛兵と、そんな二人を見て微笑む達也の三人はようやく生徒会室に入った。

 

 

「確か生徒会室に入ったはずだったんだが、コレは一体どういうことなんだろうか」

 

 「解せぬ」という顔の達也の右腕には、スライド式のドアの横で待ち伏せしていた真由美が、さも当然とばかりに絡みついていた。

 

「え、当然でしょ?」

「まあ、構わないが」

「むしろ構ってください、司波くん。会長が使い物になりません」

 

 生徒会室で弁当を食べていた女性がキッパリと言い切った。

 長身で長髪と知性的な印象が漂う女性は達也の名前を知っているようだが、彼には見覚えがなかった。

 

「すみません。俺の名前をご存知のようですが、初対面ですよね?」

「それもそうでしたね」

 

 意外な返し方だ、とでも言うような反応だったが彼女は箸を置いてその場に立つ。

 

「三年、生徒会会計の市原鈴音です。どうぞよろしく」

「1ーE、司波達也です」

「それじゃ、今度は深雪ちゃんと衛兵くんかな」

 

 真由美に促され、深雪と衛兵が挨拶する。

 

「1ーC、外島衛兵です」

「1ーA、司波深雪です」

 

 二人の挨拶に続いて、生徒会役員と思しき真由美より小柄な少女が挨拶する。

 

「しょ、書記の中条あずさですっ。よ、よろしくお願いします!」

「もう一人、二年の副会長がいるんだけど、まあ放課後に紹介すればいいかな」

 

 いつの間にか上座の会長席と思しき座席についていた真由美。

 

「さて、司波深雪さん。今日はあなたにお願いがあって呼びました」

「はい」

 

 いつになく真剣な表情の真由美に、三人も顔を引き締める。

 

「新入生総代に選ばれた生徒には毎年、生徒会役員になってもらっています。別段これは強制ではありませんが、あなたは生徒会運営には必要な人材です」

「……条件を、付けさせていただけませんか?」

「この場においてはまだ聞くだけ、なら」

 

 一拍置いた深雪がチラリと衛兵と達也の横顔を伺う。

 

「では、衛兵とお兄様も生徒会に入会させてください」

「深雪!?」

「また思い切った条件だな」

 

 珍しく驚いた様子の達也と、関心こそすれ動じた様子のない衛兵。

 真由美もその条件を聞いて、眉を顰める。

 

「う~ん、困ったわね。残念だけど、それは無理なのよ」

 

 真面目な話はここまでとばかりに、真由美の口調が一気に砕けたものに変わる。

 

「理由をお聞きしてもよろしいですか?」

「まず達也だけど。達也のスキルはよく分かってるから私も生徒会に入れたいのよね」

(堂々たる身内贔屓ですね)

 

 鈴音が心の声でツッコミを入れるが、表情に一切出なかったために誰も気付かない。

 

「だから達也が一科生なら『生徒会役員は魔法力を鑑み、一科生のみで構成する』っていう校則をクリアできたんだけどねぇ」

「無茶を言わないでくれ。俺には現行の判断基準で高い評価を得られる才能が無いことは、真由美もよく分かっているだろう」

 

 真由美のジト目に、達也は困った笑みを浮かべる。

 

「分かってるけどっ! それから衛兵くんは、別件で既に目を付けられてた挙句、私が根回しする前にもう教員方に根回しされてたのよね」

「別件、ですか?」

 

 衛兵が真由美に聞き返したタイミングで、後ろのドアがスライドした。

 

「邪魔するぞ、七草」

 

 現れた人物は、高校生とはとても思えない巨漢だった。衛兵よりも筋肉のついた体は、同じ身長の筈なのに衛兵の背が小さく見えてくる。

 

「じゅ、十文字さん……」

 

 その男と視線が合った衛兵は、動揺を隠しきれなかった。無意識に握った拳には、汗が溜まっていた。

 

「久しいな、外島。ご家族ともども息災か?」

「は、はい」

「そう固くなるな。嫌がらせをしようって訳じゃない」

 

 男──十文字克人は衛兵たちの隣までやって来た。

 

「部活連会頭としての判断だが、外島。お前には部活連に加入してもらいたい」

「俺が、ですか?」

「そうだ、お前がだ。流石に二つも下の学年となれば、知り合いが一人くらいはいる方が作業に滞りも生まれないだろうからな」

 

 明け透けな、というより裏のない物言いに驚く達也と深雪。

 

「と、いうわけで。衛兵くんは十文字くんに持って行かれちゃったの。こればっかりは本当にゴメン、深雪ちゃん」

「……それでは、深雪も」

「司波、残念だがお前を部活連に入れる訳にはいかない」

 

 十文字が深雪の言葉を先回りして断る。

 

「何故です?」

「どうして、か……」

 

 深雪の表情に暗いものが走る。すぐに答えようとした克人は口を閉ざしてしまう。

 その様子で、真由美は事情を察した。

 

「あ、そっか。『彼女』が煩くなるのかな?」

 

 真由美が人の悪い笑顔を浮かべる。彼女の言葉で、克人の顔が益々苦くなる。

 

「……とにかく、そういう訳だ。了承してくれ」

「衛兵……」

 

 深雪の縋るような視線に、衛兵は訳もなく後ろめたさが募る。

 

「深雪。申し訳ないが、どうやら俺ではどうすることも出来ないようだ」

「そんな、衛兵と離れ離れだなんて……」

「そう暗い顔をするなよ、深雪」

 

 ポン、と衛兵が深雪の頭に手を載せる。

 

「離れ離れって言っても、放課後の数時間だけだ。我慢しよう」

「……はい」

 

 渋々、といった体で深雪が頷く。そんな様子の深雪に衛兵が耳元で囁く。

 

「正直、深雪の活躍を目の前で見られないのは残念だ。だが、深雪が新入生総代に選ばれ生徒会役員に抜擢されたことはとっても嬉しい。どうか、()()()にも頑張ってくれ」

「衛兵……! はい!」

 

 途端に満開の笑みを浮かべる深雪。そのことに自分で気付いた深雪はバツの悪そうな顔をして、真由美たちに謝罪する。

 

「七草会長、皆さん。先ほどまでの数々の無礼、申し訳ございませんでした」

「大丈夫よ。それでは深雪さん、正式に生徒会役員就任を承諾してくださるわね」

「はい! 未熟者ではありますが、精一杯努めさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」

 

 先ほどまでの憂鬱さを感じさせない、活気に溢れた笑顔で答える深雪。

 それに満足した真由美は一つ頷いた後、視線を達也に向ける。

 

「さて。深雪ちゃんと衛兵くんの話が終わったら、最後はやっぱり達也よね?」

「……やはり俺にも話があったのか」

「当然じゃない」

 

 ある程度予想はしていたのだろうが、それでも達也は溜息を禁じえなかった。

 そのタイミングでドアが再びスライドする。今度入ってきた人物は女性で、よほど急いで来たのだろう、かなり息が上がっていた。

 

「す、スマン!」

「摩利。丁度今から話をしようとしていたから、まずは息を整えて」

 

 真由美に摩利と呼ばれた少女(というより、鈴音ともども『女性』と呼んだ方がよさそうな出で立ち)がその場で大きく深呼吸を繰り返し、ようやく落ち着いた所で達也を一瞥し、ニヤリと唇の端を吊り上げる。

 

「そうかそうか。この少年が、真由美がさんざか惚気てくれる達也くんとやらか?」

「ちょっと摩利! 違わないけど、今言うべきはもっと別にあるでしょう!?」

「流石はお義姉様、違わないのですね」

(成程。この人が、真由美がよく楽しそうに話す『悪友(親友)』か)

 

 顔を赤くしながら真由美が机を勢いよく叩いて立ち上がる。

 たったそれだけの遣り取りだったが、達也は真由美が普段話している内容から真由美と彼女との関係を予想していた。

 

「おっと、それもそうだな。初めまして。三年、風紀委員長の渡辺摩利だ」

「1ーE、司波達也です。初めまして」

 

 そう言って差し出された右手を、達也は特に拒むこともなく握手する。

 

「さて、単刀直入に言おう。君は風紀委員会における生徒会推薦枠の候補として挙げられている。理由は……言わずとも分かるな?」

「ええ、まぁ」

 

 生徒会推薦枠の最終決定権は勿論、生徒会長に与えられている。とは言っても。

 

「真由美、こういう行為は職権乱用とか公私混同とか言われるんじゃないか?」

「それが何か?」

「おい」

 

 珍しく達也が即答で返してしまった。しかし、真由美はケロリとした表情で歯牙にかける様子が全くない。

 

「言いたい奴には言わせておけばいいじゃない」

「……はぁ」

 

 こうなったら梃子(テコ)でも動かないと熟知している達也は諦めの溜息を吐いた。

 その達也の肩に、笑顔の摩利が手を置く。

 

「話は真由美から色々と聞いているよ。君のような腕っ節の強い人材なら大歓迎さ」

「そうですか」

 

 自分の預かり知らぬ所で話がトントン拍子に進んでいた達也が冷めた態度で接するが、それを責められる人物はその場にいなかった。

 同時に、本人に言わないで話を進めていた真由美たちを責められる人物もまた、その場にはいなかった。

 

 

「それでは、私たちは放課後にまた生徒会室(ココ)に来ればいいのかな」

 

 そんな達也の様子を特に気にかけていない摩利が、真由美に尋ねる。

 因みに、後から来た五人全員がまだ昼食を食べていなかったので各々が生徒会室で昼食を取っている。

 

「ええ、そうよ。例え最終決定権が会長()にあると言っても、やっぱり役員全員の承諾は得ないとだから」

「服部君も、今日の放課後には来るでしょう」

「なら、その時間、外島はコチラで借りるぞ」

 

 克人の最後の一言で達也たちの放課後のスケジュールが完全に決まり、昼休みの残り時間が殆ど無かったことも相まって解散となった。

 

 

「そうだ、外島」

 

 廊下に出た克人が、思い出したように衛兵に声を掛ける。

 

「何でしょう、会頭」

「早速だが仕事だ。風紀委員会の部活連枠で推薦するに値する生徒がいたら、放課後に執行室に連れてきてくれ」

「俺が探すんですか?」

 

 意外な内容に、衛兵は思わず聞き返す。

 

「勿論、『いれば』の話だがな」

「風紀委員ってことは、腕っ節が強くて体が頑丈な人の方が適してますよね?」

「その通りだが、魔法の技能が優れている者でも構わん」

 

 克人のその言葉に、衛兵はある一人の人物を想起する。

 

「会頭。風紀委員は、一科でも二科でもいいんですよね」

「そうだ。生徒会役員のみが一科生限定という縛りを受けていて、風紀委員と部活連にはない」

「なら、一人。サイオン量は人並みより少なくて中遠距離は論外ですが、身体能力(フィジカル)と近接格闘戦ならかなりデキる人がいます。二科生ですが」

「いいだろう。なら、その生徒の同意を確認の上で執行室に連れてこい。俺が判断する」

「はい」

 

 

「真由美。流石にここではマズイんじゃないか」

「平気よ」

「はぁ、やれやれ」

 

 生徒会室に最後まで残っていた達也と真由美は、長いキスを交わしてからそれぞれの教室へ向かった。

 

 

 だが、真由美は知らない。コッソリ摩利と鈴音がその様子を撮影していて教室でおちょくられることになると。

 だが、摩利と鈴音は気づかない。達也がそんな二人に気づいていて、なおかつ真由美への意趣返しのために気づかぬフリをしていたことを。

 だが、達也は考えないことにした。真由美が、おちょくられた後で写真を没収する算段を立てるに違いないことを。

 

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