It's impossible to love and be wise. 作:蒼鋼
†
「すまない、蓬山を呼んでもらえるか?」
放課後になった1ーEの教室に、衛兵は来ていた。
彼は目的の人物、晶を見つけたが直接呼ぶのも憚られた為、入り口近くの席に座っていた鈍色の髪の少年に頼むことにした。
「ん? 衛兵か。ふわぁ、晶でいいんだな?」
「あぁ、寝ようとしていたところ申し訳ないが頼む。釼閣」
少々寝呆けている様子の釼閣は理由を聞くこともなく、席を立って晶の方へと向かってくれた。
「晶、お客さんだぜ」
「俺にか?」
自席で読書をしていた晶が釼閣の声で顔を上げる。彼の視界に入り口で立つ衛兵の姿が写る。
「お客って、衛兵のことか?」
「応よ」
「わかった。ありがとう」
気の抜けた返事の釼閣に礼を言って席を立った。
その頃になると教室内の他の生徒も衛兵に気づき、怪訝な目をする。
(おい、アイツって一科生だろ?)
(わざわざ何の用だよ)
(それに、後ろの彼女って新入生総代だった子じゃない?)
小声で話す生徒たちの視線を浴びる中、晶は入り口まで来た。そんな晶でも、流石に衛兵の後ろに深雪がいたことには驚いた。
「衛兵。呼ぶのは構わないが、深雪ちゃんとベッタリし過ぎじゃないか?」
「いえ、俺は連れてくるつもりでは無かったんですが……」
「
健やかな笑みで答える深雪に、晶がやや呆れぎみの溜息を零す。そんな晶の背後で、幸運にも深雪の笑顔を見ることが出来た男子生徒が顔を赤くしていた。
「ま、衛兵と深雪ちゃんがいいなら構わないか。それで、今日はどんな案件で来たの?」
「それなんですが、立ち話もどうかと思うので場所を変えても?」
「いいよ。それじゃ、カフェテリアに行こうか」
晶のその言葉に衛兵と深雪が頷いたのを確認して彼は廊下に出た。三人で歩いている筈が、いつの間にか達也も随行していた。
†
「おいおい、過保護な兄だな」
苦笑する晶の隣では、深雪が衛兵と達也という身長的にも圧迫感的にも『
「過保護? どこがです?」
「深雪に不躾な視線を向ける輩から守るには適切かと」
「もう、衛兵とお兄様ったら……」
「深雪ちゃん、……いや、言わなくていいか」
恥ずかしそうに言う半面、すごく嬉しそうな表情の深雪に晶は「それでいいのか?」という言葉を咄嗟に引っ込めた。
†
「それでは、深雪とお兄様はここで失礼させていただきます」
カフェテリアへ向かう途中の生徒会室前で達也と深雪が立ち止まる。
はて、と少し不思議に思った晶は今朝の遣り取りを思い出す。
「そうか。深雪ちゃん、生徒会役員就任の話を引き受けたんだね?」
「はい。正式な就任は、これから現行の役員の方々全員の承認を得てからですが」
「だとしても、深雪ちゃんが承認されないってことは無いだろうから、確定でいいだろ。おめでとう」
「ありがとうございます」
晶の賛辞に、深雪は会釈程度で頭を下げる。
そこでふと、晶は顔を達也の方に向ける。
「深雪ちゃんはいいとして、どうして達也が同伴なんだ? 普通は衛兵が同行しそうなものだが」
「そ、それは……」
苦虫を噛み潰したような表情をする達也に、晶は驚き深雪は小さな笑みを浮かべる。
「晶さん、それに関しては俺から話します」
達也の様子を見かねた衛兵が助け船を出した。
「そうか。取り敢えず、頑張れよ」
「はい!」
「はい……」
快活な深雪の返事と憔悴気味の達也の返事。対照的過ぎて笑いかけた晶はひとまずその場を後にした。
†
カフェテリアにやって来た二人はコーヒー片手に端の席に座った。
「さて。それでどんな話?」
一口二口とコーヒーに口をつけた晶が切り出す。
衛兵も、カップをテーブルに置いて晶の方を見る。
「まず、俺は部活連執行部に所属することになりました」
「そうなのか? てっきり深雪ちゃん共々生徒会役員になると思ってたぞ」
衛兵の報告に、晶は意外といった言葉を述べる。
「俺もそう考えていたのですが、十文字会頭が根回しされていたそうです」
「おっと、そう来たか。あの人も中々に大胆だな」
予想外の人物の登場に、晶が少し驚いた。
「本当、大胆ですよ。尤も、敵意とか悪意がある訳じゃなしに、ただ単純に『知り合いがいる方がいいと判断したから』だそうです」
昼の遣り取りを思い出した衛兵が口元に笑みを浮かべる。
そんな衛兵を見て、晶も安堵の様子を見せた。
「そうか。俺は、家同士の関係性しか聞いていなかったからな。正直、今聞いて少しハラハラしていた」
「『十』の
「へえ。十師族の意外な一面を知ったな」
「それに。俺含め外島の一族全員、『
「……何と言うか、前向きだな」
数秒だけ口を開けたままだった晶がようやく言葉を絞り出す。
「そこは、遠慮なく楽天的と言ってくれて構いませんよ。っといけない、話が逸れすぎました」
「そうだったな。確か、衛兵が部活連に引っ張られたんだったか?」
「はい。それで、俺の最初の仕事は『風紀委員の部活連推薦枠に相応しい人物がいれば、同意を確認した上で会頭に推薦する』というものです」
「お、すごい大役じゃないか。……ん、ちょっと待て。その仕事、いつ仰せつかったんだ?」
関心したように笑みを浮かべた晶だったが、すぐに冷静に思考する。
今日はまだ入学式の翌日だ。
「昼休みです」
即答する衛兵に、晶は思わず片手で頭を抱える。
「おいおい。自虐じゃないが、俺は二科生だぞ?」
「会頭は『関係ない』と仰っています」
「いや、そうじゃないだろ。お前、俺の魔法力の低さは分かってるだろ?」
「ですが、近接戦闘の無双っぷりは今朝証明してくれましたよね?」
八雲は達也と衛兵のコンビネーションを高く評価しているが、それ以上に晶の格闘技能を評価している。
「それはそうだがな」
「一応言っておきますよ? 他を当たるつもりありませんから。それと、達也は生徒会推薦枠で抑えられてます」
「げっ、達也もか」
「真由美さんが放っておくと思います?」
「仰る通りで」
晶の脳裏に、真由美の小悪魔的な笑みが過る。あの人が、達也のスペックを理解しているあの人が放っておく理由が見当たらなかった。
「はぁ、仕方ない。弟弟子に頼まれた以上、無碍に断るのも野暮か」
結局、晶が先に折れた。
「ありがとうございます」
「それで? もう、俺が引き受ける前提で話を進めているんだろ?」
コーヒーを飲みきった晶が立ち上がり、紙コップを後ろへ投げる。放物線を描いたコップは回収箱の縁に当たることもなく中心の穴に入った。
「さすがにお見通しですよね。執行室へとお連れせよ、とのことです」
続いて立ち上がった衛兵も空の紙コップを投げる。スナップを利かせたコップは中に微量に残っている雫を溢すこともなく、晶の時と同様に投入口へ吸い込まれた。
去り際、その様子を見ていた他の生徒が驚きの声を上げていたが、二人はそれを気にするでもなくカフェテリアを後にした。
†
克人と他数名が書類仕事を行っていた執行室のドアがノックされる。
『会頭、外島です』
「入れ」
「失礼します」
ドアが開き、衛兵が中に入る。しかし、彼の後ろにもう一人、室内にいた誰もが見覚えのない人物がいた。
「失礼します」
長すぎる前髪で顔が半分ほど隠れた少年が衛兵の隣に立つ。
それを合図にしたように、室内の全員が作業を止めて二人に注目する。
「皆、新入りだ」
「1ーC、外島衛兵です。よろしくお願いします」
衛兵の挨拶に、口々に挨拶を返す。
「ああ、よろしく」
「これまた会頭によく似た奴だ。よく見つけましたね」
「んじゃ、再来年はこいつが会頭か?」
「いや、どうだろうな」
「んんっ」
部員同士の時に近いノリで脱線しようとする他の執行員たちを、克人が咳払い一つで静かにさせる。
「それで、外島。そっちの男がお前の推薦か」
「はい」
「1ーE、蓬山晶です」
克人と視線が合い、晶も挨拶をする。
「おいおい、二科生かよ」
「推薦って風紀委員の推薦だろ? 大丈夫かよ」
衛兵の時とは対照的に値踏みするような視線が飛び交う。
それをやはり咳払い一つで静めた克人が、室内の面々を見回す。
「桐原。お前が相手をしてみろ」
克人に指名された男子生徒がその場で立った。
「俺でいいんですか?」
「構わん。剣術部主将のお前を相手に上々以上の戦いができれば、一般生徒を抑えるのに苦労しないだろう」
即答で言い切った克人に、桐原がもう一つだけ質問する。
「では、竹刀でやりましょうか? それとも真剣ですか?」
「それは、蓬山のやりたい方に合わせてやれ」
克人の言葉で、桐原と晶の視線が交錯する。
「よう、一年。お前はどっちで相手してもらいたい」
「勿論真剣で。真剣勝負で手抜きはナシでしょう」
晶の言葉を聞いて、その場にいた殆どが「おいおい」や「止めておけ」という表情をする。
だが、言われた当人の桐原は好戦的な笑みを浮かべる。
「言ってくれるな。オーケイ、真剣勝負、してやろうじゃねぇの」
「よろしくお願いします」
†
克人が舞台の候補に考えていた演習室には既に先約が入っていたが、克人がその先約者である真由美に頼むと、アッサリ使用させてもらえることになった。
部活連の数人も共に演習室に入ると、中では一科生と思しき生徒が倒れ、達也が立っていた。
「服部か?」
克人が誰に向けてでもなく質問する。その場にいた生徒会の面々と摩利が驚いた様子の中、笑顔の真由美が答えた。
「そうよ。達也を生徒会枠で風紀委員に推薦したかったんだけど、はんぞーくんが納得いかないってことで紆余曲折を経て模擬戦になってね。あら、晶くん?」
「こんにちは」
声を掛けられた晶が真由美に会釈する。真由美は、桐原が真剣を持っていることから凡その状況を察した。
「そっか。衛兵くんってば、晶くんを推薦したんだ」
「はい。俺は、同年代では晶さん以外に何度もボッコボコにされたことがありませんので」
「おい衛兵。他に言い方があるだろ」
「事実じゃないですか」
「だからってなぁ」
そこで倒れていた生徒──服部刑部がフラつきながらも立ち上がった。
「くっ。何だったんだ、今のは……」
「何だ達也、『レゾナンス』を使ったのか」
「ちょっ。言わないでくださいよ、晶さん……。それに、通称みたいなもので正式名称でも無いんですから」
まるで世間話のように達也の使った魔法名を言ってしまう晶。彼の言葉を聞いて鈴音が少し考え込む。
「成程。レゾナンス、resonance、つまり共鳴ですか……。司波くん、今の魔法はサイオン波の増幅ですね」
自身に満ちた表情で鈴音が言い切る。彼女の予想に、達也は目を大きくする。
「まさか、名前だけでそこまで読みきられるとは……」
「分かりやすく『名が体を表し』ていますからね。振動数の異なるサイオン波を三発投射し、服部君の立っている場所で『共鳴』させることでサイオン波が増幅され、サイオンに鋭敏な魔法師だからこそ一時的に酔ったわけですね」
「ご慧眼、恐れ入ります。ただ、振動数の変数処理は簡単ですが、コレのループ・キャスト無しでは出来ない魔法ですね」
そう言って達也は自分のCADを、シルバー・ホーンを撫でる。
すると、彼のCADを凝視していたあずさが驚いた声を上げる。
「それって、シルバー・ホーンのカスタムモデルじゃないですか!」
瞬間移動もかくや、いつの間にか達也の目の前にいたあずさがジーッとシルバー・ホーンを見つめる。
「ほわぁ……。洗練されたグリップ、彩色まで
「あの、中条先輩、落ち着いて下さい」
真由美と深雪の冷たい視線を感じた達也が何とかあずさを宥めようとする。その時、視界に入った衛兵を見てあることを思い出した。
「衛兵。確かお前、DFXー34型持ってたよな」
「おまっ、余計なことを……!」
「本当ですか!?」
聞き漏らさなかったあずさが今度は衛兵の前に立つ。
「……」
無言を貫き通すあずさの両目が、全力で「見たい!」と訴えていた。
「……今度持ってきますから、今は勘弁してください」
「わーい、やったー!」
嬉しさそのままに真由美に飛びつくあずさ。そんな彼女に目もくれず自分を凝視する深雪に、衛兵が溜息を吐いた。
「勘弁してくれ……」
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