もぞもぞもぞと、ミサが吹っ飛ばしたビルの瓦礫の下からLと警察官達が這い出て来る。
「皆さん、生きてます?」
「うーす……」
「なんとか……」
「知らなかったのか。俺は死なない」
タネを明かせば簡単な話だ。
こんなこともあろうかと理論を使い、Lはビル一つをダミーに使って、地下の部屋を捜査本部として使っていたのである。
この先読み。流石はLだ。
ミサビームは地上の建造物だけを破壊し、地下には影響を及ぼさなかったのである。
「今回出て来た第二のキラは、これまでのキラとは違いビームで殺す……予想通りでしたね」
「ですがL、それが分かっただけではどうにも……」
「いえ、もう一つ分かったことがありますよ。
我々のビルを破壊したビームが、ヨツバグループ東京本社から飛んで来たということです」
「「「 ! 」」」
「あのヨツバのビルに、そうそう部外者は入れません。ならばキラは、ヨツバの人間」
ビームの射角から、Lはビームがどこから飛んで来たのかを推理する。
Lが指差す先には、巨大企業ヨツバグループのビルが悠然と立っていた。
「ヨツバビル本社。おそらくそこに、キラは居ます」
「なるほど!」
「流石L!」
「なんて冷静で的確な判断力なんだ!」
ヨツバグループ編、開幕。
神は世界創造の一週間の中で一日休みを取っていた。つまり新世界の神になるには働きっぱなしでは駄目で、休日を確保しなければならないのでは? と月は考えた。
新世界の神になるため、彼は休日を取ることにした。
そして自分が休んでいる間も神の裁きを行うため、手元で腐っていたデスノートをヨツバのとある人間に手渡すのであった。
デスノートの説明と贈呈を受けた人間はこっそり社長を脅し、自分に足りない部分を補うために次期社長の座も狙えると言われている有能な人間、七人を集めさせた。
その人間に足りないもの。それは知恵である。
自分の利になる、ヨツバの利になる、そんな殺し方を思いつくための知恵である。
そのためデスノートの現所有者は、自分がデスノートの所有者であるということを隠し、他の人間と同じくキラに脅された社長に集められたという体で、何食わぬ顔で会議に混じっていた。
「では今日も、会議を始める」
サングラスハゲの尾々井剛が口を開く。自らの内より光を発する頭部と、外から来る光をカットするサングラスの組み合わせが、尾々井がこの中でリーダー格であるということの証明となる。
「我々の中にキラが居る。我々の会議の結果をキラが裁きに反映させる。今日もその前提で……」
「そんなことわざわざ言う必要があんのかよハゲ」
「なんだと?」
「それだからお前はハゲなんだよ」
「これだからハゲは」「しょうがないなハゲは」「まったくハゲだから」
「ハゲハゲ言いすぎじゃね?」「ハゲに人権はねーわ」
「ハーゲーハーゲーそんなのやーだーかーみのけー消え去っていくー」
「「「「「「 ハゲハゲハゲハゲハゲハー 」」」」」」
「俺がキラだったら、お前ら即座に殺してるところだ……!
ハゲに罪はない! 神はハゲを赦している! ハゲはステータスなんだ! 希少価値だ!」
「仮に希少だとしても価値はないだろう」
新たなるキラを含めた八人は、今日も知を絞って生産的な話し合いをしていた。
「好きな奴に好きな死なせ方をさせられるキラの力、か」
「『冨樫 義博
過労死
寝る間も惜しんで最高クオリティでハンターハンターを完結させる
その後心残りが無くなったことに満足しながら、安らかに死を迎える』ってできるか?」
「!」
「お前天才か!?」
「いや冨樫って本名なのか? ペンネームじゃなくて?」
「本名って話を聞いたことがあるが」
「23日フルに使って執筆させる感じか……しかし冨樫ほどの才を死なせてしまうというのも……」
「だが今のペースで、冨樫が寿命で死ぬ前にハンタを完結させられるのかは疑問だろう?」
三人寄れば文殊の知恵と言うならば、八人寄ればいかほどか。
船頭多くして船山に登るとしても、そのまま船が天を衝くならば問題はない。
「まずはヨツバの価値を上げなければな」
「ライバル企業の奴らを事故や病気に見せかけて殺していけばいいのか?」
「いやもっと確実な方法がある。
『○○ ○○
事故死
自室のパソコンで児童ポルノ画像を収集、保存。
その後近所の小学校の女子児童に怪しく声をかけ、通報された後逃走中に事故死』
と書けばいいだけだ。物理的・社会的に殺せる上に応用が効く。ショタホモでも可だ。
どいつもこの方向性で攻めればいい。死後に警察の手によってPCが検められれば最高だな」
「な、奈南川……」
「恐ろしいやつだ、奈南川……」
「お前だけは敵に回したくないな……」
彼らの恐ろしい企みは進んでいく。
ヨツバグループの価値を上げるため、彼らは他者の有力な人間を色々な意味で殺す方法を思案していた。デスノートは、社会的にも人を殺せるのだ。
月は使わないが、極めて優秀な殺人兵器なのである。
この場に集った八人にも良心がないわけではないだろうが、彼らが話し合っている内容は極悪非道と言って差し支えないものであった。
「この中にキラが居る……か」
「おいおい三堂、変にキラの正体を探ったらお前が殺されるかもしれんぞ」
三堂芯吾のメガネがキラリと光る。
煌めくメガネは知性の証。メガネを付けてるだけで人はちょっと頭がよさそうに見えるもの。
「かもしれないが……私は既に、キラの正体を見抜いているんだよ」
「!」
「どういうことだ三堂!?」
メガネクイッとする三堂。それだけで頭が良さそうに見える。
頭脳派アピールを欠かさない三堂は、どこかサマにならない動きでタバコを吸った。ゆったりとタバコの煙が広がり、三堂を除いた七人の内何人かが顔をしかめる。
「キラはタバコの煙を少しでも吸うと……亀頭に血管が浮き出る」
「なんだって!?」
三堂の言葉に、皆が一斉に席を立った。
外されるベルト、パンツごとずり下ろされるあれこれ。露出するメンズカノン。人によって「私はLです」「俺はMだ」「僕はS!」と自己主張に個人差はあれど、皆違って皆いい。
されど、どれもどこかしら変になっているということはない様子だ。
「なんだ、なんともないじゃないか」
「ああ。だがマヌケは見つかったようだな」
三堂の言葉に反応し、全てをずり下ろし全てをさらけ出したのは六人。
そう、六人だ。一人足りない。
この中でただ一人だけ……"ヨツバのキラ"火口卿介だけは、自分の股間がそうなっている可能性を危険視し(上の口でどう言い繕っても体は正直)、真っ先に逃走を選んでいた。
そのため、メンズカノンを隠し一人だけ逃げ出そうとした火口がキラであると、証明されてしまったのである。
「ち、違う、俺は……」
「火口、お前がキラだ。ここで股間をさらけ出せなかったのがその証拠」
露出された股間こそが真実を語るのだ。ここに居たのが知性溢れる月かLであったなら、その優秀な頭脳と判断力によって、一瞬で猥褻物を出すくらいはやってのけただろう。
しかし火口にそれだけの知性はない。
結果、彼は自分がキラであると皆に知られてしまっていた。
「大丈夫だ火口。私達はお前の正体を口外するつもりはない」
「み、三堂……」
「ああ、俺達だけの秘密だ」
「葉鳥……」
「俺も居るぜ」
「鷹橋……」
「お前らだけにいいカッコさせるかよ」
「尾々井……」
「ヨツバグループの繁栄を願ってるのは、お前だけじゃないんだぜ」
「コーホー」
「み、皆……!」
「分かってるな、お前達。俺達は今日キラの正体を知った。なら、すべきことは……」
コクリ、と皆が一斉に頷く。
自分がキラだとバレても皆が黙ってくれるのだ、と思いながら火口は感涙の涙を流した。
「これが友情パワーか……」
今日の会議はこれでお開きかな、と思案しつつ奈南川がふっと笑う。
この日、火口は確かな友情と仲間意識の存在を確信する。
その日の夜、警察に『火口卿介がキラです』という匿名の通報が七件届き、警察に追い詰められた火口は自家用車で逃げ出した。
追い詰められた火口は、死神の目をゲッツして首都高を大爆走。
捕まってたまるかと言わんばかりに、自分を追って来る警察をビームで片っ端からぶっ飛ばして行った。
飛び交う銃弾。ビームが全て見切って撃ち落とす。
走るパトカー。ビームは破壊する。
出動した自衛隊。ビームで全滅した。
「どうやら顔を見ただけで殺せるキラになったようですね」
火口が流し目をするたびに検問が吹き飛び、火口のウィンク一つで戦車がぶっ飛ぶ。
悪夢のような光景だった。
「どうですかワタリ」
「火口卿介は剣道五段です。銃を使っても制圧は難しいかと」
「分かった」
L、ワタリ、"なんか役に立つかもしれないからついて来いや"と連れられて来た月はヘリに乗り、火口を追跡する。
彼らのヘリと並んで飛んでいたテレビ局のヘリや自衛隊のヘリは次々と落ちていったが、彼らのヘリはバレルロールや宙返りを駆使して巧みにビームを回避していった。
「火口卿介ー、大人しく投降しなさーい」
「クソがぁ! もう誰も信じねえぞ!」
警察による投降の呼びかけに、人間不信に陥った火口がビームの返答を返す。
火口の暴走を止められる者はもう居ないのか、と誰もが思ったその時。首都高を埋め尽くすほどの数のパトカーが飛び出して来て、一斉に火口の車に体当たりを始めた。
火口はビームでなぎ払うが、パトカーの数が多すぎて処理限界を超えてしまう。
100のパトカーとその搭乗者が砕けようとも、1つのパトカーとその搭乗者が届けば勝ちだ。
これこそが人間の知性の証。
数学を用いた冷静沈着な計算による理知の打撃。
またの名をカミカゼ・アタックである。
そうして、一つのパトカーが火口の車に体当りし、続いて複数のパトカーが群がるように火口の車に突き刺さっていく。
「Fooー! カタルシスだぜ!」
「これだから警察はやめられねえな!」
「Fooー!」
「うわあああああああ」
火口の車が首都高の壁に衝突し、パトカーを巻き込んで大爆発。
警察官と火口はふんわりと飛び出し爆発を回避。火口はビームでキエエエエと飛びかかってくる警察官をなぎ払うが、後続が次々わらわらと群がってくる。
「来るなぁ! 誰も来るなぁッ!」
ビームを乱射しながら、周囲に来るな来るなと叫び続ける火口。
夜神総一郎を始めとする捜査本部の面々が到着した頃には、火口を取り押さえるためにL(竜崎)と月がヘリから飛び出していた。
夜神月は中学時代二度テニスの全国大会を優勝した強者。
Lは月と拮抗するほどのテニスの腕を持ち、かつて竜崎スミレの指導も受けていたことがあり、その縁で今の偽名を名乗っている名探偵。
それを知っていたからこそ、松田桃太は、二人がテニスラケットを持って飛び出した意味を理解できていた。
「始めるのか、テニスを―――!」
火口がビームを放ち、月がラケットを振るう。
ラケットが抉った空間が盾となり、ビームを遮断した。
「む、あれは、月君が中学時代に対戦した相手、徳川カズヤのブラックホール!」
「知っているのか松田!」
「はい! 当時U-17選抜の合宿にて月君を追い詰めたこともある男の技です!
空間を削り取り、あらゆるテニスボールを止める技……!
ビームが通れる空間がなければ、ビームは届かない!
テニスボールを受け止められるならばビームを受け止められるのも必然!
まさか月君が中学生時代に苦戦させられた対戦者の技を習得しているなんて……!」
「そうか! それで月君はあの技を! なんて冷静で的確な判断力なんだ!」
「こいつは面白くなってきましたね……!」
「松田、お前の『面白い』が面白かったこと一度もないだろ」
月がブラックホールで防ぐと同時、竜崎は攻めに転じる。
「がっ……!」
Lが放った打球が路面で跳ね返り、火口の顎に命中。顎骨を粉々に粉砕した。
「む、あれは、月君が中学時代に対戦した越前リョーマが得意としたツイストサーブ!」
「知っているのか松田!」
「はい! ツイスト回転で異様なバウンドをするサーブです!
あれならば、テニスをやったことのないような人間ならばまず目で追えません!
銃弾は目で追えてもテニスボールを目で追えないのは道理!
目で追えなければビームで撃てない!
ビームで撃てなければ叩き落とせない!
ツイストサーブは顔面に向かって跳ねるため、顎に当たれば一撃でその意識を刈り取れます!」
「そうか! それで竜崎はあの技を! なんて冷静で的確な判断力なんだ!」
「こいつは面白くなってきましたね……!」
「松田、お前の『面白い』が面白かったこと一度もないだろ」
顎を砕かれた火口が気絶し、倒れ、警察官達がそれを取り押さえる。
「終わったな……」
月のその呟きが、皆に安堵の息を漏らさせていた。
そして月はLから離れ、一人ほくそ笑む。
(計画通り)
そして腕時計を操作し、腕時計に仕込んでいた六法全書を取り出した。
瞬時に踏み込む。
周囲の人間の視界の合間を縫う。
六法全書を振り上げる。
そして一撃にて、火口卿介の頭蓋骨を陥没させた。
(さよなら火口)
月は証拠隠滅をはかるため、六法全書を丸めて飲み込む。
何もかもが当初の予定通りだ。
これで、本物のキラ―――夜神月に繋がる情報源は消えて失せる。
「りゅ、竜崎! 火口が突然死にました!」
「なんだと!?」
第三のキラ、火口の死をもって、Lの捜査はまたしても振り出しに戻った。
ヨツバグループ編、終幕。