ECHO   作:おふとん少佐

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ララバイ

本丸に来て三週間が経った。岩融は他の刀剣と話しながら、いくつか分かったことがあった。

 

まず戦いのこと。

誰かがどうしても自分自身を手にして戦うことに慣れないと言った。だから岩融の初陣の姿に心底驚いていた。

なぜそんなに手慣れているのかと。

岩融は眠るたび見る夢で、飽きるほど自身の手で死者たちを薙ぎ払っているからとは答えなかった。

 

岩融が天井に向けて手をのばしたところで、ちょうどひょっこりモモの不機嫌な顔が現れた。

 

 

「安静にしてるか怪我人」

「無論だとも」

「はい寝てない失格ー」

 

 

ふっと部屋の明かりが消え、モモが部屋に踏み込んできた。布団ごしにも分かるその振動。モモはどすんと布団の傍に正座した。

 

 

「心配ご無用。この程度の怪我、おれより他を見舞った方がよかろう。帰る道々、へし切などモモのことばかり言うておったぞ」

 

 

岩融は妙に饒舌な自分がいるのに気付いた。

かなり熱があるな、と思ったときだった。

小さな手が大きくふくらみ、肩口の傷のあたりでパンっと乾いた音がした。そのあまりの痛みに視界は滲み、声も出せない。何が起こったのか理解できなかった。

 

 

「ふざけないで。あんなに資材使わせておいてこの程度?重傷がどの程度っていうの、ねえ」

 

 

岩融はモモをまじまじと見直した。

白い袖にぽつぽつ滲む誰かの血の跡、かれた鼻声、ほつれかけた髪結い。

夕暮れ前に部隊が検非違使から逃げ帰ってきてから、ずっと手入れをしていたのだろうか。

 

岩融はふと思い出した。モモのことだ。

モモは本丸には任務をこなすために日に一度やってきて、長くても2時間もすれば帰ってしまう。異なる世界で学生として生活する傍ら、審神者として時の政府に仕えているからだ。本業が忙しくなると数日顔を見せないときもある。

岩融はてっきり、モモは審神者業をお遊び程度にしか考えていないのだと思っていた。

 

しかし今日はモモ自身もボロボロになりながら刀剣の手当てをしている。これはどういうことだ。

なぜモモはこんなにも自分たちに思い入れがあるのだろう?

 

 

「主こそ少し休んだ方がよかろう。もう夜も遅い。働き通しで疲れただろう」

 

 

モモは確かに優秀な審神者だ。しかし、負けをほぼ知らないようにも見受けられた。だから今日も必要以上に肉体的にも精神的にも疲弊しているのだろう。

岩融はいざという時にそれが致命傷となりうることを感じた。

 

 

「そう思うなら君がさっさと寝てよ。君だけなんだからね、抵抗してるの」

「それは耳が痛いが……如何ともしがたいな」

「は? なんでよ、意味が分からない」

「おれは眠るのが嫌いでな」

 

 

そのときのモモの反応はあまりに大仰だった。

 

 

「なんで!? めくるめくオフトゥンワールドだよ? 午後になっても放してくれないぬっくぬくの恋人じゃないですか」

「それは布団の話だろう。あんな苦しいものの何が楽しいんだ」

 

 

モモは「寝苦しいから? まあ、君すぐに布団からはみ出しそうだし、体温高そうだしねえ」と首をひねる。

 

 

「まさか、ガキでもあるまいし」

「じゃあなんで」

 

 

他の刀剣に前例はないのか、想像がつかないと見える。それかよほど寝ることが好きなのだろう

 

 

「夢だ。夢を見るのが恐ろしいのだ」

「ふうん?君とは相容れない気がするな。それこそガキみたいだ。寝物語でも聞かせてあげようか」

「おお、頼む」

 

 

モモはほんの冗談のつもりだったらしく、ぱちぱちと目をしばたかせた。岩融がやはり訂正しようかと口を開きかけた途端、モモは「いいよ」と言った

 

 

しばらく思案していたようだったが、やがてぽつりぽつりと話しはじめた。

 

 

「むかしむかし、あるところに、とても美しい娘がいました。娘はその美しさから、みんなに大事にされ、娘が微笑んで出来ないことは何もありませんでした。

 

ところがある日、娘の前に一人の男が現れました。その男は、それまで娘が見てきた、かしずき貢ぐばかりの男たちとは違うようでした。

 

『お前は幸運だな。自分では何もできなくとも生きてゆけるのだから』と男は見下したように笑うのです。

 

娘はかっとなりましたが、何も言い返せないことに気付きました。みんなが全てやってきてくれたので、娘は何一つ自分で出来ないのでした。

 

娘はそのとき初めて自分から相手のことを知りたいと思いました。娘はいくら冷たくあしらわれても、男に話しかけ続けました。

 

とうとう根負けした男は少しずつ自分のことを話しはじめました。

田舎の貧しい農家から一人で上京してきたこと。

遊びたい盛りを勉強に費やしてまで、とにかく偉くなりたいこと。

娘のような恵まれた人間に劣等感を抱いていること。

 

男が語る言葉の全てが娘にとって新鮮でした。

もっと知りたい、もっと知りたいと願ううちに、気付けば娘は男に恋をしていました。

 

 

『あなたの見る世界を、あなたの側で見たい』

 

 

そう言った娘を、男は受け入れました。

二人は当然のように結婚し、子も生まれ、幸せな生活を送りましたとさ。ちゃんちゃん」

 

 

岩融は瞼を閉じたまま、モモの重く長いため息を聞いた。幸せな物語の最後にはあまりにもそぐわないため息。

疲労のせいだけだろうか?

 

 

「やっと寝たか。強情なんだからもー、ふわーあああ……」

 

 

モモが畳に寝転んだような気配がした ちょうど岩融と背中合わせになるように 背中にモモの高い体温を感じる。

全身がほどけていくような心地よさに、久しぶりに眠気が襲ってくる。

 

 

そのとき、ようやく聞き取れるかぐらいの呟きが聞こえた。

 

 

「結婚して17年が経ちました。それでもやっぱり何も出来ない娘は、過保護な男に守られ、把握された世界に生かされ続けました。男はそれが当然だと信じていたのです。籠の鳥のように、何不自由なく、生まれた子どもも閉じ込めて……」

 

 

岩融はモモが本丸に心を傾けている理由が分かった気がしたが、そのときには眠りに落ちていた

 

 

 

夢を見た。

いつもの白い世界、無数の落ち武者たちの代わりに、鳥籠に閉じ込められたモモがいた。岩融に気付くと、モモはほっとしたような顔をした。

 

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