次の朝、枕もとに小さな箱が置いてあった。
箱の中身は小さな鉢植えだった 双葉が芽を出しているだけで、説明書きはない。
とりあえず枕元に置いておくと、翌朝には目に分かるほど茎が伸びていた そのときは大方成長が早い植物なのだろう、と別段何も思わなかった。
しかし、3日を過ぎ、伸びてきた蔓が縁側を這いはじめているのを見て、さすがの岩融もおかしいことに気付いた。
成長が早すぎる。
「あれっ、それってもしかしてこの前あげたやつ?」
植木鉢を片手にやってきた岩融に、モモは驚嘆の声を上げた。すっかり伸びた蔓は岩融の足元まで垂れ下がっている。
モモは筆を投げ出すと、興味津々にハート型の葉をつまんだ。
「そうだ、まだ1週間も経っておらんのにこの通りよ。何なのだこれは?」
モモは「未来アサガオ」と言った。
花自体は岩融でも知っている朝顔だが、その成長の早さが未来と冠する所以らしい。
「しかも面白いのがね、夜になると動き回るんだって」
「ほお、そうか。それは凄いな」
「あれれ~? 君、この子を枕元に置いてるんじゃなかったっけー?」
岩融はどうやら墓穴を掘ったようだった。
他の刀剣を叩き起こして飲み比べをしたり、夜通し道場にいたりして、あの夜以来、結局一度も布団に入っていない。
モモはやれやれとため息をつくと、岩融から植木鉢を取って、自身の膝の間に抱えた。
「そうだろうとは思ったけどさ。少しは休まないと戦いに支障が出るよ」
「なんの、十分すぎるほどだ。何なら今から夕食までに勝利を持って帰ってこようぞ」
「だからあ、ちょっとは部屋にいてほしいから買ったのに」
日は沈み、夜の帳が下りてきている。
モモは襖ごしに暗い空を見ると、唐突に膝を打った。
「よし、その子がどれくらい伸びるのか試してみよう。実際に見たら休んでくれるよね」
「今すぐにか?」
「思い立ったが吉日ってね。私そろそろ帰りたいし」
モモに急かされるままに明かりを消せば、一瞬で真っ暗闇になった。
岩融は腰を下ろしたすぐそばで、モモの素足が袴からのぞいているのを見た。
それは奇怪な衝動だった。
きゅっとくびれた白い足首を、すべらかな細い脛を、自分の指で確かめなければいけない気がした。
しかし岩融は身じろぎひとつしなかった。
放っておけば自身を抉る感情だと、何となく分かっていたが、身体の深部でむくむくと膨れ上がっては溜め込んでいくのに任せた。
「おっかしいなあ。うんともすんとも言わないや」
「モモ、袂を見ろ」
岩融はモモの胸元に伸びつつある、一本の蔓に手を伸ばした。
その膨らみが童顔に反し、手に余るほど大きいのは布ごしでも分かる 視線を上げていくと、細い首筋にほくろを見つけた。
蔓は中指にゆるりと絡みつくその間にも、少しずつ長さを伸ばしているようだった。
「おーっ、マジで動いてる~!恐るべし未来技術」
モモは子どものようにきゃっきゃと手を叩いた。
いや、それともまだ子どもなのか、と思いながら、岩融はあぐらをかき直した。
岩融はモモの齢を知らない。それだけではない、まだ何も。
「マジ、とは?」
「真剣と書いてマジと読むのよ」
「おお、ならば我らと同種だな!」
モモは生返事をしながら、未来アサガオがふよふよと動き回るのを満喫していた。
「そんなに気に入ったのなら、それはモモに返すぞ」
「ほんとっ! じゃないよ、それだと意味ないでしょ」
「はっはっはっはー、やはり騙されてはくれぬか」
そもそも布団に入りさえすれば眠れるほど簡単なことでもないと思うが、しかしモモはあくまで岩融を寝かせたいらしい。
「分かった。夜になったら見回りにいくから。ついでにその子の成長も見れる。うん、一石二鳥だ」
「見回り?」
「君がちゃんと部屋にいるかチェックするから、覚悟しといてね」
モモは勝ち誇ったような顔で岩融に植木鉢を返した。なぜか全く負けた気はしない どころか岩融は内心で優越に浸っていた。
「受けて立とうぞ」
他の刀剣にはしていないこと。自分にだけされること。
岩融は特別とは何か考えた。