ECHO   作:おふとん少佐

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前兆

それからというもの、モモは週に数回、見回りと称して岩融の部屋にやってくる。時間はまちまちだが岩融が寝るまで話をしていく。何度も飲み会を邪魔され、1人の時間を返上した。が岩融はだんだんその時間を心待ちにするようになった

 

不思議なことにモモがいるときは夢を見ないのだ。

 

 

その日、目を覚ますと昼過ぎだった。珍しいことにモモがすでに帰ってきている。

が、モモは見るからに不機嫌で、どことなく本丸中が浮ついているようだった。

 

 

「岩融、いいところに。ちょっとついてきて」

「何事だ?」

 

 

モモは廊下を足早に進みながら「鶴ちゃんとへし切が斬り合ってるの」と言う。

同じ部隊に所属している二人の相性が悪いことは岩融も知っていた。

しかし、殺し合いに発展するほどだったろうか、と首をひねる。

 

 

「解せぬな。普段なら鶴丸がうまく立ち回るか、へし切が近侍に忙殺されて終わるだろう」

「今日はだめだったの。検非違使に遭って気が立ってた。へし切が弱いせいで負けたって、鶴ちゃんが責めるもんだから、へし切もムキになっちゃって、大怪我なのに!!」

 

 

ぎゃあぎゃあと騒ぐモモの声が右から左へ流れていく。

思考が定まりそうなところで霧散する。

 

ーーこの違和感は何だ?

 

何も言わない岩融に、モモは不満げに眉を寄せた。

 

 

「検非違使……そうだ。近頃、検非違使と戦うことが多すぎると思わないか?。この前の我らの出陣もそうだった」

「あー、それは確かにそうなの。演練のたびにほかの審神者にも聞いてみるんだけど、こんなにケビーンが来る本丸は他にないみたい」

「不可解だな」

「たまたまそういう時期なんでしょ。それより、鶴ちゃんとへし切だよ。ねえ聞いて!」

 

 

モモは目先の問題をどうするかでいっぱいいっぱいのようだ。

喧嘩といい、検非違使といい、どうにも不穏な空気だと思いながらも、決定的な何かを見つけられない。

それが決定的になった瞬間、致命傷になるだろうことが岩融には経験上分かっていた。

 

ただ、もどかしかった。

 

 

 

 

「喧嘩の原因は、主にどう呼ばれているか、とな?」

 

 

岩融はモモに話を聞いたものの、呆れてそれ以上何も言えなかった。二人とも仮にも名刀として何百年生きてきたと思っているのだ。

 

 

「しまいに鶴ちゃんが自分こそ近侍にふさわしいとか言い出して……ああもう!」

 

 

母屋の西端にさしかかると、道場から刀がぶつかりあう鈍い音が聞こえてきた。入り口から短刀たちが心配そうに中を覗いている。

 

 

「言われてみれば、主が愛称で呼んでいるのは鶴丸だけだな。何か意味があってのことか?」

 

 

モモは急に立ち止まって、岩融をぼうっと見ていたが、ああ、と何か合点がいったように一人で頷いた。

 

 

「岩融は最近来たから言ってなかったんだけど、実は鶴ちゃんは2本目なんだ。自分の中で1本目と区別をつけたくて呼び分けてる」

 

 

モモの言い振りは、その内容に比して、拍子抜けするほどあっさりしたものだった。

 

 

「つまり、1本目の鶴丸はーー」

「折れたよ。私が初めて検非違使に遭ったとき。今日みたいにへし切が第一部隊の隊長で鶴丸が補佐してた。たまたまだったんだよね、全部」

 

 

 

出陣前、鶴丸がたまたま軽傷だった。

行き慣れている戦場だからと、たまたま手入れをしなかった。

念のため、副隊長だったへし切を隊長に任せて、出陣してしまった。

何戦かした後、たまたま検非違使に出会った。

鶴丸の刀装がたまたま剥がれていた。

 

ここまで偶然が重なると、誰に責任があるわけでもないのはみんな頭では分かっていた。

 

 

「恥ずかしい限りなんだけど、二本目の鶴ちゃんが来たとき、はじめましてって言われて、どうしても受け入れられなかった」

「このことは鶴丸は知らんのか?」

 

 

モモは小さく頷き、がっくりと肩を落とした。

 

 

「道理で、やっと合点がいった。へし切には堪ったものじゃないだろうよ。昔と同じ状況で、同じ顔のやつに自身の力不足をなじられるのだからな。かと言って当人にありのままを伝える訳にもゆかぬ、遣り場のない怒りよな」

「へし切には本当に申し訳ないと思ってる。でもね、やっぱり鶴ちゃんには言いたくないの」

「それは1代目への配慮か?」

「そうかもしれない。鶴ちゃんを悲しませたいんじゃなくて、私がただ、鶴丸との思い出を取っておきたいだけかもしれない」

 

 

モモは何言ってんだか自分でも分からなくなった、と乾いた笑いをもらした。

鶴丸は破壊されてからもなお、モモの意識の一隅を占めているのか。

 

 

「なんだか羨ましいことだな」

「あら、君もお岩さんって呼ばれたいクチですか」

「がははははは、どこぞの怨霊と一緒にしてくれるな。そうではなくてな、いや、主はどうなんだ」

「私?」

「誰からも名で呼ばれぬだろう。皆、主とだけで。名が大事なのだろう。それは構わぬのか」

 

 

すると、モモはしたり顔で岩融の顔を覗き込んだ。

 

 

「君は私の名を呼びたいの?」

「ああ、そうだな。どうしてか、そうしたいんだ」

 

 

モモは拍子抜けしたように「君は素直でいい子だね」と言った。

 

 

「何かまずかったか」

「ううん、なんでもない。いいよ。岩融だけだよ?」

 

 

よく見ると、モモの顔はほのかに赤く染まっている。岩融が「モモ」と呼んでみるとその反応は顕著に現れた。

 

 

「その代わり、あいつらの仲裁手伝ってよね!」

 

 

こんなときはどうすればよいのか。岩融は分からない。

しかし、分からないのがたまらなく心地よかった。

 

 

「あいわかった。任されよ」

 

 

モモの揺れる後ろ姿はだんだん遠ざかっていく。

幸せな瞬間。なのに、今まで考えもしなかった不安がよぎる。

いつの日か必ず、あの地獄へ帰らなければならない時がやってくる。

死者の待つあの白い世界へ。

戻りたくないと願うのはこれが初めてだった。

今まで通り、刀の定めだと思いこむことが出来ない。

 

 

岩融は人間に近くなりすぎた。

 

 

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