夜更けすぎ、岩融は部屋に誰かが入ってくる気配に目を覚ました。
うす目をこらすと、小さく白っぽい人影がゆらゆらと近付いてくる。
モモが見回りに来たのだろう。何か言わなければ。
が、身体が動かない。
はて、と岩融は訝しんだ。へし切を潰したときに飲みすぎたか。
しかし、おかげでモモが勘違いして、「あれっもう寝てる!」と驚嘆の声を上げた。そのまま引き返すのかと思いきや、岩融のすぐそばに座り込む。
「あのね、今日いいことがあったの」
モモは岩融が起きているとも知らず、頬をぷにぷにとつつく。
「さっきこんのすけから聞いたんだけどね、うちの本丸が一番成績いいんだって。全審神者の中で。もうびっくりしちゃった」
モモはいつになく上機嫌に言葉を続け、急に黙った
奇妙な間。
岩融があやうく目を開けかけた瞬間、モモはぼそりと呟いた。
「起きてるんでしょ。ねえ」
動く気配がした、と思ったら、モモが岩融を押し倒すような体勢になっていた。
するりと落ちかかる長髪が岩融の首筋をくすぐる。
むせ返るようなモモの香りが、ぐらぐらと岩融を揺らす。
ぽってりとした唇がすぐそこにあるのは分かっていた。
「だめだ。主、あまりおれを困らせないでくれ」
岩融はとっさに手でモモの唇を覆うようにした
あとわずかで触れるという距離。
何か言いたげなモモの目を見た瞬間、岩融は自身の背が地中に吸い込まれていくのを感じた。
みるみる天井が遠ざかる。
布団も床も通り抜け、地中の深くへ落ちていく。
割れるような耳鳴りとともに、モモの顔が歪み、回り、黒く塗りつぶされる。
恐怖。
その恐怖は岩融が忘れかけていたものだった。
思念があの悪夢へと向いた途端、遠くから武者たちが現れる。
赤く染まった本丸から、ぞろぞろと。
「うわああああああああああ!!!」
岩融は訳も分からず自身を手にし、どんどん近づいてくるそれらに向かって大きく振り下ろした。
その刃は武者の兜をかち割った--かのように見えた。
「ーーたわけが」
刃をむんずとつかんだ手がある。汚らしい髭面が岩融を真正面から見据えている。
そう認識した瞬間、視界から武者が露のように消え、岩融は硬い地面に投げ出された。
岩融は尻もちをついたまま、かつての主を呆然と見上げた。
信じられないことにその袈裟も、声も、姿も尽く千年前のままだった。
「弁慶、か?」
「いかにも。我こそは999の刀を狩りし、源九郎義経公が一の従者、武蔵坊弁慶よ」
弁慶はにやにやと岩融を眺めた。
「がはは、幽霊でも見たような顔をしおって」
「ような、どころかとっくに死んでおろうが。なにがおかしい弁慶」
「そうだったそうだった。死んで面白いこともあるものよ。いやな、お前はそんな姿をしていたのだと思ってな。まるで若いときの俺のようだ」
「似ても似つかぬわ」
「かつての主に何たる言い草。しかし久方ぶりの再会じゃ、許してやろう。こんなところでかつての相棒と会うとは思わなんだ」
「弁慶。もういい。ここはどこだ」
「地獄じゃ」
相変わらずの大音声が洞窟中にこだました。