―――忌々しい堕天使め!
神罰の執行者であり、「小Y・H・V・H」の異名を持つメタトロンにとって、信長は絶対に赦してはならない主の怨敵だ。全力でもって神罰を下さねばならない相手だ。なのに自身の本来の姿、「炎の柱」と称される体長数kmもの巨体に顕身し、日輪の槍の連続照射による猛攻を浴びせかけているにもかかわらず、信長に致命傷はおろか傷一つすら与えられないことに怒り狂っていた。
そして、信長が新たに唱えた聖句を聞いた瞬間、彼の天使は怒りで完全に冷静さを失っていた。
―――我が名を称えよ 我が 栄光に満ちた 並ぶ者無き 我が名を称えよ……
それは信長の最初の権能、Y・H・V・Hから簒奪した権能の真価を発揮するための聖句。
「それは! それは、それは、それは、それは、それは! 我が主の! 我が主の物だ!!!!」
怒りに身を任せ、メタトロンは日輪の槍をさらに照射する。
「でかい図体で騒ぐなよ、みっともない。」
メタトロンのすぐ足元で、漆黒の呪力を纏った信長が呆れたように言う。
「いつの間に!」
「今さっきだよ。」
信長が最初に簒奪した権能。『不朽不滅の神の肉体』と『人間が神より与えられた、どこまでも進化するという業』、すなわち信長の肉体は『進化する神の肉体』である。そして彼が持つ聖遺物、
立ち上がる。たったそれだけの動作で放たれる威圧によって周囲を蹂躙することすらできる。そんな信長にとって―――呪力で身体能力を強化せずとも、体術のレベルでの雷速機動が可能な信長にとって―――吹き飛ばされた十数kmを一瞬で詰めることなど、あくびが出るほど簡単なことだ。
「滅・侭・滅・相!」
振るわれたのは槍ではなく拳。しかし、その速度はあっさりと光の速度に到達する。さして力の入っていない、ただの軽い拳戟であるにもかかわらず暴風となって大地をえぐり砕きながら、メタトロンの巨体を吹き飛ばす。
「ガハッ!!!」
ズドンッ!と大きな音を立てて、メタトロンの体が着地する。
「義母さんとの約束もあって、
軽い口調でそう言いながら、信長は神槍を虚空へと消し去る。
神殺しが権能を簒奪するためには、義母パンドラを満足させるだけの勝利を収めなくてはならない。信長が持つのは只の不朽不滅の神具ではない。転生する際に与えられた、この宇宙において最強を誇る聖遺物。神殺しの槍。そして信長はその聖遺物の使徒である。
この槍自体が尽きることの無い呪力炉であり、強力な増幅器でもある。あらゆる穢れや罪、呪詛を祓い、如何なる傷をも治癒する加護が秘められている。どのような傷でも――たとえ肉体を完全に消失しても――一瞬で完全な状態へと回帰し、呪力が常に聖遺物の使徒である信長に供給されるので、信長の呪力が尽きることはない。それに加えて、神性や権能を切り裂き零落させる力まで持つ。
槍の壊れ性能がパンドラに知られて以降、信長とパンドラとの間に権能簒奪に関していくつかの約束が交わされている。その中に、神槍を用いて神殺しを果たしても権能は簒奪できない。『進化する神の肉体』の身体能力をフルに発揮する場合、他に同時に使っていい権能は一つだけ。というものがある。境界を操る霧の権能によって自身の世界を切り取っている信長にとって、実質肉弾戦によって闘えと言っているようなものだ。なので信長は、メタトロンとの戦闘を権能簒奪を遂げて終わらせるべく、槍を用いずに素手で戦うことを選んだ。
「秘拳・燕返し!」
そこからは、起き上がろうとするメタトロンに、信長が拳戟を浴びせかけて吹き飛ばす。この機械的な繰り返しが続いた。
「はぁ、こんな小技に頼るなんて、ぼくもまだまだ弱いなぁ。」
そんなことはない。言うまでもなく信長は最強格の神殺しの魔王だ。後に誕生する魔王、『武林の至尊』羅濠教主をもってすら、武術で信長の足元にも及ばない。
もとより神殺しの魔王は自ら勝率を生み出す生き物だ。天文学的にわずかな可能性でも存在する勝利を天運と気合で手繰り寄せる生き物だ。彼我の実力差など関係ないようにも思える。
しかし、信長は、信長だけは例外なのだ。そもそもが凡百の魂しか持ち合わせぬ身。勝利を手繰り寄せる天運など持ち合わせていない。信長にあるのは、他の魔王やまつろわぬ神と比較して、規格外ともいえるほどに絶対的な戦闘能力のみ。それだけで十分に他の魔王を、まつろわぬ神を圧倒することができる。
「こんなんじゃダメだ。この程度じゃ届かない。」
しかし、信長は最強格の魔王などでは満足できない。信長は知っている。何の気なしに惑星はおろか、宇宙すらも破壊できる、まつろわぬ神をも超える超常の存在を。
天元突破する螺旋の機械を。人の善の極致に至りし白の王を。星降る夜の魔王を。宇宙を食らう無限を。宇宙の上位存在である金色を。そして、生まれるべきでなかった唯我の邪神を。
『誰かよりも弱い自分など認めない』。その渇望を持つ信長にとって、いかに相手が強大な超常の存在であったとしても関係ない。ただひたすらにそいつらよりも強くなる。理由などない。目的などない。何者かよりも弱い自分など認められない。故に強くなる。ただそれだけが、そんな無駄で無用で無意味で無価値な強さへの渇望だけが信長のすべてなのだ。
「あぁ、もっと! もっと、もっと、もっと、もっと、『強くなりたい』!」
信長が叫ぶ。そして、より強く渇望が活動する。それに伴い、信長の纏っている漆黒の呪力がさらに強さを増す。信長の精神がさらに研ぎ澄まされる。より戦闘に特化した、戦闘狂のそれになる。
「さぁ、早く立てデカブツ!そして、ぼくが強くなるための礎となれ!」
「罪深き堕天使よ、調子に乗るのもいい加減になさい!」
そう言ってメタトロンは、先程のように信長を吹き飛ばそうと掌から灼熱の衝撃波を放った。
「で?」
しかしメタトロンの思惑とは反対に、信長はまるで大地に根差す大樹のように、その場からピクリとも動かない。躍起になったメタトロンが日輪の槍を照射するも、信長の纏う漆黒の呪力が霊的装甲の役目を果たし、日輪の焔が信長を傷つけることを許さない。
「もしかして、今のは攻撃のつもりかい?なら残念だけど、君の攻撃はぼくには効かないみたいだ。もっと必死になりなよ。ぼくは主の敵なんだろ?だったらもっと必死になって攻撃できるはずだ!さぁ、さぁ、さぁ、さぁ、さぁ!」
狂気的な笑みを浮かべながら、信長がメタトロンに発破をかける。
ここだ。お前の敵はここにいる。もっと必死になれ!もっと『憎悪』の炎を燃やせ!
―――化け物だ!
信長の思惑とは反対に、メタトロンは逃亡を考えていた。勝てるはずがない。逃げるしかない。主の敵を討てないのは業腹だが、自分が生き残りさえすれば、そのチャンスはいつか必ず巡ってくる。
メタトロンは巨体の顕身を解除して普通の人間サイズに戻ると、一目散に神速で信長から逃げ出した。
「なんだ逃げるのか。つまんない奴だなぁ。どうせこの世界からは逃げられないのに………………ここは霧の境界。何者も我を捕らえ得ぬ。」
ここは信長の世界。境界の霧によって外界と切り離された世界。霧の迷宮。何人たりとも信長の許可なしには外界へと出ることはできない。それはまつろわぬ神であっても例外ではない。
◆ ◆ ◆
逃げる。逃げる。少しでも速く。少しでも遠くに。一刻でも早くあの化け物から逃げるのだ。何度も後ろを振り返りながら、メタトロンは神速で霧に覆われた空を駆け抜ける。しかし数分か、あるいは数秒か、いくら空を駆けようとも霧の迷宮から逃れられない。
「逃げても無駄だよ。」
そんな声が聞こえたと思った瞬間には、メタトロンの体は地面に激突していた。いきなり姿を現した信長に殴り飛ばされたのだ。
「
そう、ここは信長の
「さぁ、年貢の納め時だよ、メタトロン。虚刀流 『
「がああああああああああ!!!!!」
抜き手でメタトロンの心臓を突き破る信長。口から血の塊を吐き出すメタトロン。しかしメタトロンは《鋼》の大天使にしてゾロアスター教の司法神、太陽王ミスラと習合した、いわば《鋼》と《太陽神》のハイブリット。生命力はまつろわぬ神の中でも随一を誇る。首を撥ねられたり、心臓を破壊されたくらいでは死にはしない高い不死性をもつ。
「そういえば、君は《鋼》のうえに、太陽神としての側面も持ってたんだよね。そりゃ生命力にあふれてるはずだ。大丈夫。殺して死なないなら、死ぬまで殺し続ければいいだけだから。」
そういって、メタトロンの胸から腕を引き抜く信長。嫌な予感がしたメタトロンはなんとか神速で逃げ出そうとするが、信長の攻撃の方が速く、そして正確であった。
「虚刀流、『
瞬間、信長の姿がぶれる。圧倒的な身体能力でもって繰り出される光速の打撃。その混成接続技。その打撃技のうちの一つをもってしても、メタトロンを一回殺すのに十分な威力を秘めた必殺の一撃の連打。都合、信長がメタトロンを殺すこと二百七十二回。こうして信長とメタトロンの戦いは幕を下ろした。